初等部
客観視点。
闘技祭が終わって数週間が経っても今事件の立役者であるルーナリア・アクタルノ公爵令嬢は学園に姿を現さない。
元より身体の弱い方だという事は周知の事実であったため、やはり身体に負担が…と心配する者が多かった。
特にルーナリア・アクタルノ公爵令嬢のクラスメイト、初等部一年二組の生徒は闘技祭で明かされた演技を信じ態度を変えた者、愚かにも応援する事を選んでしまった者がよくわかり、己のしたことを恥じている。
直ぐにでも謝りたいが、体調不良の人間の部屋に押し掛けるなど以ての外。それにいくら本人が優しく気さくに接し名を呼ぶ許しをくださって居ても礼儀と踏み込んではいけない境界線がある事ぐらい理解している。
だがしかし、理解していても気持ちは別。
「うぅ…っ。看病したい…!ルーナリア様の付き人って中等部の紅髪の先輩だけでしょ?男なら出来ない看病だってあるじゃん!」
「御実家から特別に侍女が来ているはずだと言っているでしょう。今行って貴女が出来ることなんて睡眠の妨害だけよ。」
「ノアン様、言い方酷い。もっと優しく言って。」
「リメリナさん、そんな甘えが私に通じると?」
「思いませーん。」
二組の付いた派と離れた派筆頭であった二人の女子生徒が話をする内にクラス内で別れてしまっていた者達はまた話をするようになり、数日前には以前よりも仲の良い関係を築いている。
それを知って欲しい方が居ない事が二組での一番の悩み事であり、心配事。
確かに一般の魔法学の授業と一般の騎士学の体力を消耗する授業が続けてあった時は顔を真っ青にして医務室に行かれたけれど、数時間後にはいつもの顔色で「ご心配お掛けしました。もう大丈夫ですよ」と穏やかに微笑むあの人がこんなにも長く休まれるとは思っていなかった。
やはり身体的だけでなく精神的にも疲労する事だったんだろうなと皆の認識で、あのルーナリア・アクタルノ公爵令嬢でもそういうことがあるのだと心配はしているけど少しだけ安堵している。
「ルーナリア様、早く元気になってくださると良いな…」
「…そうね。」
机に突っ伏するリメリナとそんな彼女の隣、少しだけ表情を曇らせているノアンと周りに居るクラスメイト達が静かになってしまう教室内で、ただ一人変わらない者が居た。
「今俺達がルーナリア嬢に何か出来るとすれば授業の内容を伝えるためのノートを作る事と来年の闘技祭で負けないように実力を上げる事だと決めただろう。」
「ガルド様…」
二組のボス、ガルド・バルサヴィル侯爵子息が姿勢良く座り凛々しい表情で言う姿に生徒は頷き笑う。
「ガルドの言う通りだよな!ルーナリア様のために俺等の平均点上げよーぜ!」
「ですね。箔が付く事は良い事ですし。」
「ルーナリア様の為に綺麗なノートを作ります!」
「あ、良かったら家の商会で発売する予定のコレ使ってみて?結構良い色出るんだよね。」
「今は商売魂抑えなさいよ。…まったく、もう。」
楽しそうに表情を明るくしたクラスメイト達にボスと言われるガルド少年は笑みを浮かべ、自身も話に混ざる。
初等部一年二組の生徒の絆は早くも深まりつつあり、この先の人生でかけがえのない『友』となるのだろう。
一方、オスカー・ロズワイド第二王子殿下やトレッサ・レジャール侯爵令嬢も在籍する初等部一年一組では――――
「何故あたくしはあの女に勝てないのよ!?」
「そんなっ、トレッサ様はアクタルノ公爵令嬢様ととても良いお試合をされましたわ!」
「そうですわ!トレッサ様が一番良いお試合をなさっておられました!」
「…わかりきったお世辞は腹が立つものだわ。」
「ッ、お世辞ではなく…!」
トレッサ・レジャール侯爵令嬢の機嫌がとてつもなく悪く、普段周りを囲む令嬢達が必死に声を掛けるも失敗して顔を青褪めている。
「あのっ、えっと…、……あっ!と、トレッサ様はアクタルノ公爵令嬢様の演技についてはどう思われますか!?」
僅かに頬を引き攣らせながらも笑みを浮かべて話題を少し変えた一人の令嬢に周りが尊敬の念を送り、乗ってくれるか…!と機嫌の悪いトレッサ・レジャール侯爵令嬢を見つめた。
しかしそれに当人は顔を顰めただけで返事はなく、お気に召さなかった!?と周りの令嬢が次々と口を開いていく
「わ、私は少し疑ってしまいますわ。だってアクタルノ公爵令嬢様のあのお顔や態度が演技だとはとても思えませんもの。」
「そうですよね!あたしもそう思います!絶対会長があっさり負けたから冷めただけですよね!」
「この年頃は恋心が移ろいやすいと書物で読んだことがありますわ。きっとあの方もそうなのでしょうね。」
「そうよね!」
「トレッサ様もそう思われませんか?」
段々と悪く言う事に対して優越感を抱いていたのか楽しそうな笑みを浮かべている令嬢達が話に一切入って来なかった彼女を見て、冷や汗をかく
何故、そんなに無表情なの。
いつも怒るか笑うかでしょう…?どっちなの…?
初めて見る表情に何も言えずにいると、形の綺麗な口が開き聞き慣れた高飛車な言葉を口にした。
「あの女は生徒会で頑張ると言っていたのよ?恋なんてものに現を抜かすわけ無いじゃない。生徒会の仕事でしかないわよ。あの女が誰かを好きとか言うこともないでしょ。あと、会長ではなく前会長よ。」
無表情で言い切るとそれ以上は話す意味が無いとでもいうふうに机で本を読もうとしたトレッサ・レジャール侯爵令嬢に周りの令嬢は唖然とする。
仲、悪いんじゃないんですか…?
その様子を少し離れたところから観察していた一組の最高権力者、オスカー・ロズワイド第二王子殿下とその側近であるマムルーク・アッシリア公爵子息が小声で話をしていた。
「彼女は言動や態度は良いとは言えないけど、偶にああいうとこあるからどことなく憎めないなぁ」
「ルーナリア嬢に対してライバル心が強いだけだろう。別に良いんじゃないか?僕もあの狂犬に良い態度はとれないだろうし。」
「…………オスカー、その…あまり気にするなよ?一撃だったからってさ。」
「言うなよ!」
どこか悲痛な声に周囲にいたクラスメイト達は哀れみを抱くが、それを表には出さない。
きっと傷つけてしまうし、気軽に話が出来るわけでもないから変な行動は起こしてはいけない。
初等部一年一組はまだまだ関わりを持つ生徒は居ないけれど、
「あの、殿下…あちらで二年の生徒がお話したい事があると…」
「ありがとう。」
「はい!」
別段、悪い関係ではないのである。
「トレッサ様!その書物は何の物語ですの?」
「私も読んでみたいです!」
「『勝者になる者の百の条件』よ。」
「…………、まあ、素晴らしいですね!」
「百もあるなんて、………あの、凄いです!」
「そこまで言うなら読み終わったら貸して差し上げるわ。」
「ひえっ…」
胃に悪い関係であったりもするけれど。
ロズワイド学園初等部一年生徒達は実力者揃いと言われているが、その筆頭は銀髪のアクアマリンの瞳を持つ美しい少女である。
しかし、その少女が終業式を迎える頃にも一度たりとも学園に顔を出さなかった事からかなり病弱であることが知れ渡り、ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢が『深窓の令嬢』と呼ばれることが一層増えた。
けれどそれよりも『氷の女帝』という名の方が広まっていることを、当の本人は可笑しそうに笑っていたという。




