中等部
客観視点。
「食堂での事、聞きました?」
「ええ、セレナ・ジャナルディ伯爵令嬢様がアクタルノ公爵令嬢様アンチ生徒を制裁なされたとか…」
「流石だな。」
「相手に同情してしまうくらいですよ。」
「高等部の生徒でわざとらしくアクタルノ公爵令嬢様の悪口を言う方は居なくなったらしいです。」
高等部事情が一日の間で中等部に回るほど食堂事件は広まり、ルーナリア・アクタルノファンクラブの中等部生徒は歓喜の声を上げ、そうでない生徒は少しだけつまらなそうな顔をしていた。
けれど中等部では元々あまり声に出す者は居なかったのだ。
中等部の絶対的存在は三年も二年も一年も同じく一人の人物。
「きゃあ!第一王子殿下よ!」
「今日も格好いいですわぁ…」
「あのオーラ、本当にすげぇぜ。」
「近い歳とは思えないな。」
「今回の事件でも生徒会として役目を果たすために人事を尽していらっしゃったってお聞きして、尊敬度が鰻登りですもの。ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢様も同様に。」
熱を帯びた目。尊敬の目。嫉妬の目。
様々な目を向けられるが、その目には等しく琥珀色の瞳を持つ美しい少年が輝いて見えていた。
いつも注目を浴びるロズワイド王国第一王子であるリアム・ロズワイド殿下。
従者は護衛騎士であるケルトル・マーテム伯爵子息だけであり、近侍、執事、侍女、そして護衛騎士に付くために努力する生徒は中等部に限らず多い。
そして、第一王子であるリアム殿下が名前を呼ぶ許しを与えている人物は余り居ない。
周囲が認識している限り名を呼ぶことを許されていらっしゃるのは護衛騎士のケルトル・マーテム様と生徒会のライギル・バルサヴィル侯爵子息や、件の初等部一年のルーナリア・アクタルノ公爵令嬢だけ
それ故に第一王子殿下の婚約者になられるのはルーナリア・アクタルノ公爵令嬢だと思う者は多く、良い関係を持っているのだと思う者ばかりである。
なにより美しい御二人はとてもお似合いだ。
「第一王子殿下、少し宜しいでしょうか。」
「どうした?」
背後から声を掛けた同学年の生徒に嫌な顔一つせずに顔だけでなく身体ごと向けるその姿は、他の傲慢な貴族が見習うべき姿勢だと思う。
「前会長の被害にあった生徒が複数、殿下に取り次ぎをといらっしゃっているのですが…」
「…今か?」
「その…はい、直接、御本人が。」
馬鹿かと周囲で様子を窺っていた賢い人は思う。
そのようなコトをしていたのだと周囲の人間に教えるような事をして、今後の婚約者探しなどで支障を来すとは思わないのだろうか。
普通そう言った場合、付き人や信頼出来る者に文を持たすのが普通では。
そして少なくともまだ居る下衆に声を掛けられるとは思わないのか。それとも狙っているのか。
だが今第一王子殿下に直接お話をしたいと言うのはただ単に殿下と関わりを持ちたいが為だろう。
そのような思いだけで軽率な行動をとる人間に第一王子殿下が目を向ける事などないだろうが。
「来た者の名はわかるか?」
「えっ?あの、ですが…場所を変えなくても宜しいのでしょうか…?」
知らせた男子生徒は気不味そうに周囲を見て、サッと視線を逸らした人達に少し顔を青褪める。
今自分が大勢の人の前で名を告げたことを知られたら、自分が権力によって潰されるのではないか、そう考えるのも当たり前だ。
だが、第一王子殿下はそうは思わないらしい。
「この場で良い。」
「え、はい…。あの、中等部三年の――――」
複数人出た名を聞き、第一王子殿下は一つ頷くと感謝の言葉を伝えると共に、言ってしまったと顔色を悪くする目の前の男子生徒に微笑む。
美しい顔を持ちながらいつも無表情の殿下が珍しく見せた表情に色めき立つ女子生徒だが、その何とも言えぬ空気を纏う殿下に熱い想いは萎んでいく
「今この場で出た名が広まったとすれば、それは君が言い触らしたわけではない。頭の足りぬ愚か者が品性も考えず口を開いた時だけだ。」
この場に居た者は思っただろう。
今出た名が広まれば、疑われるのは自分達…!口を滑らせてはならない。もしも、滑らせたとき、自分の今後は露と消える。
昇進も、就職も、良い婚約も、殿下が良く思っていない人物は周りも良く思う事はありえない。
リアム・ロズワイド第一王子殿下はそういった影響力を持つ御人だ。
「だがその者達は関係のあった者ではないな。お帰り願おう。」
「あ、此方に…!」
「すまないな、案内よろしく頼む。」
「いえ!光栄です、第一王子殿下!」
表情を輝かせて言う男子生徒が落ちたのは明確。
男を落とす男である。
第一王子殿下が去った後。
「…いや、把握してるんですか…?」
「うそ…まさか……。」
「あ、そう言えばさ、闘技祭が終わって数日間は前会長学園に居たって噂あるよな。」
「あぁ、でもありえないだろ?すぐ騎士団に引き渡すか、辺境侯爵当主様が迎えを寄越すはずだ。」
「それがさ、西棟で断末魔が聴こえたって…」
「は?何の噂だそれは。」
「その話、私も耳に致しましたわ。『やめてくれ』『話すから』『痛い』などと涙ながらの悲鳴が…」
「恐怖!!」
「こっわ!!!」
「そう言えば、その悲鳴が聞こえている間、第一王子殿下や副会長のお姿を見た方はいらっしゃらないとか…って、……あら?」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「………、やめよう。」
「そうだな、危ないからな。」
「ええ、危険ですわね。」
「……だ、大丈夫だよな?」
「不安になることを言うな!」
「きっと大丈夫ですわ!あの御方は普段とてもお優しいではないですか!」
「だ、だよな。優しいからな殿下は。」
「俺この前、授業でわかんねーとこめっちゃ丁寧に教えてもらったし!!」
「それ第一王子殿下ファンクラブの会員に知られたら追求間違いなしですわよ?」
「うわそっちも怖いな。」
「やべぇ、俺、どうする?」
「ご武運を。」
「骨は拾う。」
「薄情者!!!」
祈る女子生徒と親指を立てる男子生徒に騒ぎ立てる男子生徒の様子は少し緊迫感を漂わせていた場を和ませ、周囲は切り替える。
言わなければ良いのだと。
そもそも、そのような下世話な話は広めるものではない。
当人に問題があればその内ボロが出て何かやらかした際にこそっと話す程度であれば問題ないだろう。
まあその時も言える度胸はないかもしれないが。
「でもさ…『女帝の断罪』の時に殿下、めっちゃキレてたじゃん。」
「前会長がアクタルノ公爵令嬢に掴みかかろうとした時か?」
「そうそう。俺あのとき比較的近かったんだけど、殿下の魔力がバチバチってなって、殿下の目がすげぇ据わってたんだよ。マジでめっちゃ怖かった。」
「女性に、しかもまだ十歳の少女に掴みかかろうとする者など焦げてしまえば良かったのですわ。」
「…中々公爵令嬢推しだよなぁ」
「うふふっ。だって私、会員ですもの。」
「あぁ、アレか。」
「アレって?」
「第一王子殿下と公爵令嬢を推す会。」
「え、それ大丈夫なやつ?不敬になんねーの?」
「非公式に決まっていますわ。」
「将来公爵令嬢が王家に入る事になるのは確実だろうけどな。闘技祭の戦闘力と今回の件の手腕を鑑みれば。」
「そのお相手が第一王子か第二王子かはわかりませんけれど。声を大にしては言えませんが出来れば第一王子殿下がお相手であればもう私言う事は御座いませんし一生をこの国で終えたいです。」
「めっちゃ好きじゃん。」
「あら、貴方はお嫌い?」
「格好良い人は男女問わず好きだぞ。」
「同じく。」
「うふふ。私も、歳下でありながらも貴族として、そして生徒会として身を尽くした彼女に敬意を抱きましたの。」
微笑む貴族の女子生徒がそう言うと周囲の貴族令嬢は頷く者が多かった。
しかし何も思わない者は居ないわけで、
「いつまで続くかわかりませんけどね。」
そう悪態吐いた者が後日、リアム・ロズワイド殿下とルーナリア・アクタルノ公爵令嬢の推し会の会員になっていた事は知る人ぞ知る出来事である。




