高等部
客観視点。
数日前の闘技祭で起こった数々の出来事。
生徒会長であったウィスド・カヴァルダン辺境侯爵子息の淫らな女関係と職務怠慢、ネラリス・タバスコ…タバサルス子爵令嬢の中等部女子生徒に対する悪質な嫌がらせがあったこと。
生徒会は二人を除名。前会長は学園から姿を消し、子爵令嬢も学園を退学となり辺境の修道院に送られたという噂が立った。
そしてそれ等の証拠集めとして学園中を騙してみせた初等部一年のルーナリア・アクタルノ公爵令嬢はその名を一躍有名にし、人気が鰻登りだ。
ファンクラブは生徒の半数以上が加入者である。
ファンクラブには『ルーナリア・アクタルノ様の御目に適う人格者を目指す』という鉄の掟がある。
『ルーナリア・アクタルノ様とリアム・ロズワイド王子殿下を推す会』と『ルーナリア・アクタルノ様とオスカー・ロズワイド王子殿下を推す会』、『飼い主と狂犬の主従関係目指し隊』など多く会や隊が結成されるほど。
とにかく学園中から人気のある人物。
だがしかし、一部からは不評もある。
「会長に対してあんな恋する乙女だったアクタルノ様を演技とは思えないわ。」
「絶対、闘技祭で会長が負けたからよ。」
「そうですよ!二組のケルトル・マーテム子息に時間制限内で叩きのめされていたからって…!」
「後から言われてもなあ?」
「それに、あの“狂犬”とかって言われてる紅髪も気に入らねえぜ。何が狂犬だよ、ただの餓鬼だろ。中等部だから目立っただけだっつの。」
「高等部と中等部でも試合があれば良かったのに。あったらあんな下民、僕が一捻りで終わるよ。」
高等部生徒の教室で騒がれる負け犬の遠吠えと言うに相応しい言葉の数々は周りによく聞こえる。
しかも話している者達が前会長と関係のあった女子生徒や、平民を下に見る普段から周りに嫌がられている貴族達であれば余計に。
「アクタルノ公爵令嬢も、今世紀最大級の魔力保持者でありながら身体が弱くてあれから学園にも来てないんだぞ?」
「宝の持ち腐れとはよく言ったものだな?」
「本当に。わたくし、身体が弱いの!ってアピールなのかしらね?」
「異性にチヤホヤされたいだけでは?」
「まあ!何て厭らしい…!」
「確かに顔はめちゃくちゃ良いもんなぁ。あれで同級生なら絶対言い寄るな。」
「違いない。」
下品な笑いが響く教室内で、”ルーナリア・アクタルノ様ファンクラブ”会員の皆様の顔が真顔に、泣き顔に、キレ顔に変わっていく
「あの方の崇高な考えを慮れないとは…」
「嘆かわしいな。」
「あんなふうに言われて…っ!アクタルノ様がお可哀そうですっ。」
「少し捻ってやりますか?」
「馬鹿!ファンクラブの掟『敵は自滅の一歩前まで放置すべき』ってのがあるだろ!」
「あっ!…すみません、浅慮でした。」
「まだ日が浅いから仕方ないだろう。…そうだな、僕が掟に関して詳しく教えようか?」
「マジですか!?あっ、いや、本当ですか!?よろしくお願いします!」
「ははっ。正式な公共の場でなければ学園の間、気軽に話して良いぞ。」
「…じゃあ、よろしく!」
「あぁ、よろしく頼む。」
にこやかな笑顔で握手をする貴族子息と平民男子。
闘技祭後、ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢がどの立場の者にも平等に接するのだと知った者達は今まで違う世界なのだと関わらなかった平民に、貴族に関わりを持つようになった。
それが良い結果になるのか、悪い結果になるのかは今はまだわからないが、学園の雰囲気は以前と比べて和やかで明るい。
その素晴らしい光景を実現させた当の本人が見られていないが、元より立場の垣根のなかった者達はとても嬉しそうで、それもまたルーナリア・アクタルノ公爵令嬢の人気へと繋がっている。
だからこそ、不評を零す者達は異物とされ遠巻きにされていた。
だがしかし、そろそろ我慢の限界になりそうな者も居ていつ揉め事が起きるかと非戦闘生徒はヒヤヒヤしている。
そしてとうとう事が起きたのは闘技祭から一週間が経った頃。
学園の食堂でルーナリア・アクタルノ公爵令嬢に対しての悪態を吐く者たちに声を掛けた者が居た。
「弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったものだな。やはり偉人の言葉は為になる。貴様らもお勉強してみたらどうだ?」
ざわついていた食堂が驚くほど静かになって、声を発した人物を見る。
テーブルに片肘をついて嘲笑う淡い茶色の長い髪を上頭部で一つに纏めているから女性だと認識出来るイケメンに数名の女子生徒が黄色い声を上げた。
「セレナ様だわ!」
「セレナ・ジャナルディ伯爵令嬢様…、今日も格好いいですわぁ…」
「魔道士団に推薦がお決まりになったとか…」
「闘技祭では高等部女子優勝者なのよ?当たり前じゃない。」
静かな食堂に響く声に「あぁ、あの。」と納得している者達が多数。顔を青褪める者多数。もはやこの状況の行く末がわかり笑う者多数。
高等部のイケメンと言えば、リアム第一王子殿下の筆頭護衛騎士であるケルトル・マーテム伯爵子息と騎士科と魔法科を選択している生粋のバトルジャンキー女子と言われるセレナ・ジャナルディ伯爵令嬢の二大イケメンだ。
ジャナルディ伯爵家の長女である彼女は、それはもう好戦的で有名である。
やれ、騎士科の男子生徒を血祭りにした。
やれ、侍女科のセクハラ教師を辞職に追い込んだ。
やれ、魔法科で威張る先輩をボコボコにして土下座させた。
やれ、騎士科の女子生徒全員に告白された。
やれ、政治科の悪質顧問を血祭りにあげようとして教師に止められて教師数人相手に勝った。
たくさんの嘘とも本当とも言える伝説がある。
中等部女子優勝者である剣の天才エレナ・ジャナルディ伯爵令嬢の実の姉であり、剣の天才が恐れる最強魔法剣士だ。
何の問題もなければ、王太子妃となる者の筆頭護衛騎士になれる実力を持ちながら、何も問題がないとは言えない事をする残念な人物。
けれどだからこそ、人気があるのだ。
「初等部のアクタルノ嬢に勝つだの中等部の狂犬に勝つだのと喧しい。んなもんはあたしに一度でも勝ってから言え。弱味噌が。」
「なっ!!!??」
「何だとッ!!!??」
「貴様らも下衆に股開いてアンアン鳴く体力あるならアクタルノ嬢を見習って魔力コントロールを極めたらどうだ?」
「何ですってぇッ!!!!??」
「ひっ、卑猥よッ!!」
「はしたない!!!男女ッ!!!」
「学園っていう公共の場で子作りの神聖な行為をする奴に言われたくないな。そもそも、遊びならそれはただの破廉恥で如何わしいという言葉になる。破廉恥女共。」
悪態を吐いていた男女と、食堂で傍観していた生徒達が揃って絶句する。
仮にも貴族令嬢が言う?そういう直接的な言葉。
しかも口悪くない?神聖って真っ当なこと言ってるけども。
「要は、貴様らにとって大切な棒を奪った可憐な令嬢と、そんな令嬢を守る強い騎士に嫉妬しているだけだろう?馬鹿馬鹿しいな。」
「あなたっ、本当に何を仰っているかわかっているの!?」
「仮にも令嬢である身で…!」
「仮じゃなく立派な御令嬢だ。失礼だな。」
お前が言うか、である。
片肘をつきながら馬鹿にして笑うセレナ・ジャナルディ伯爵令嬢というイケメンに周りの女子生徒は頬を赤らめる。
これで顔立ちが中性的であれば正しく『騎士様』と持て囃されるだろうが、彼女の顔立ちはどちらかというと可愛らしい分類で、黙っていれば異性にモテると友人に残念がられるのだ。
そしてその異性は数分で崩れ落ちる理想の可愛らしい女性像をブチ壊され、下手すればトラウマを負わされる。
だがしかし、そんな勝ち気というか男気あるセレナ・ジャナルディという令嬢はとにかく可愛いものが大好きだ。
小動物。可愛いお菓子。可愛い後輩。可愛い小物。
姉妹揃って厳しく剣で育てられた故に可愛いものには弱いのだ。
「ともかく、これ以上アクタルノ嬢に対する悪意ある言動をあたしの目の前でするんじゃない。」
そして強者である故に自分より強い者には惹かれてしまうもの。
可愛くて強ければ、それはもう―――
「潰されたいなら言ってろ、下衆共。」
理想の人物なのである。
「セレナ様がアクタルノ嬢の親衛隊を名乗っているのって…本当なの?」
「そうらしいですよ。中等部の妹君と結成されたとか。」
「…最強の親衛隊じゃねぇ?」
「少し、過剰戦力に感じるな。」
食堂の喧騒を苦笑して眺めていた高等部生徒が話す中、琥珀色の瞳を持つ少年が隣の茶髪の青年に声をかける。
「ルーナリア嬢は変わった者に好かれるな。」
「…………。」
「……ケルトル?」
珍しく返事がない自身の護衛騎士を不思議に思い振り返ると、目を輝かせ頬を僅かに紅潮させた護衛騎士が居た。
その視線の先は、イケメン令嬢。
「………おい。」
「格好良い……」
「…………。」
ケルトル・マーテム。十七歳。
初めて恋した相手はバトルジャンキー女子。
「あんな格好良い女性も居るんですね!お嬢様に好感を持つ人は良い人ばかりですし人格も優れているでしょう!」
「あれを見て言えるお前を少し尊敬する。」
「見事な口撃ですね!」
目を輝かせて言うこの男が自覚しているのかは定かではないが…というより自覚していないだろうが、
「お前の基準は相変わらずルーナリア嬢だな。」
浮かんだ苦笑には少しの喜びが混じっていた。




