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悪役令嬢ですが気にしないでください。  作者: よんに
学園初等部編
54/152

貴族の子女

アイサ視点。



生徒会役員になって早五年。

それなりに貴族の人と関わってきたけど、記憶に残るのはこの先の人生、絶対にこの人だと言える。



「さぁ、洗いざらいお話しなさいな。」



アクアマリンの綺麗な瞳は緩やかに細められながらも絶対零度の眼差しで、自分に向けられていなくても身体が強張ってしまう。



闘技祭が終わってすぐ、初等部の二、三年生であるリノちゃんとレオン・トバラスくん以外の生徒会役員が生徒会室の西棟にある一室に移動した。


今回大役を担っていたらしいルーナリア・アクタルノ公爵令嬢の氷で捕縛された生徒会長であるウィスド・カヴァルダン辺境侯爵子息は、同行を願い出た騎士団のザリウス・ティト男爵子息に引き摺られる形で連れて来られ、今は地面に這いつくばる体勢で喚いている。



「何を言ってる!僕は何もしていない!証拠はあるのか!?僕が相手をした女から!」


「調べたと言いましたでしょう。それに自分で仰っているではありませんか、“相手をした”と。お馬鹿ねぇ。貴方本当に私より年上ですの?」


「猿以下だな。」


「リアム殿下、お猿さん以下のものに失礼ですよ。せめてゴミ屑以下でないと。」


「ならば埃にしよう。存在意義のないものだ。」


「馬鹿にしているのか!!!???」


「埃なら綺麗にお掃除してしまわなければいけませんねぇ。私、お掃除した事がないのですけれど上手に出来ますかしら。力加減を間違えて壊してしまわないか自信がありませんわ…。」


パキパキ、と会長の身体が薄く凍っていく


まるで拷問。ちょっと理解出来ない。ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢ってまだ十歳だよね。私より年下だよね、ねえ?殿下も私より一つ年下だよね…。…あれ?ちょっと待って頭の理解が…


「僕は火の使い手だぞ!氷は火で溶けるものだ!」


「あら、私の氷を溶かすには火では足りませんよ。やってご覧なさいな。」


「その上から物を言う言い方をやめないか!!」


「今の自分の立場と状況を理解していらっしゃらないの?オリヴィアの言う脳内ピンクって的確ねぇ」


「褒められた…っ」


歓喜の声を上げた人物、オリヴィアという緑と赤の色を持つ一つ年上の先輩である彼女は、室内の少し離れた所でネラリス・タバサルス子爵令嬢を見張ってくれている。


中等部三年女子の決勝戦で驚くべき実力を見せた彼女は引き分けになった相手を何の遠慮もなく拘束していた。


「だから、アンタのそれ痛いのよ!!少しくらい力緩められないの!?」


「もう、タバスコさんってば注文が多いです。」


「緩められないのって言っただけでしょ!?多くないわよっ!!あと意図的にタバスコって言うんじゃないわよ!」


「タバサルスよりタバスコの方が言いやすくて。」


「煽りッ!!!!!」


「こんな状況でよくそんな元気でいられますね…」


「アンタが引いた顔するんじゃない!!」


何の遠慮もなく煽りまくっている彼女と額に血管を浮かべて怒鳴るネラリス・タバサルス子爵令嬢の掛け合いは笑いが込み上げて来てしまって苦しい。


試合中のアレに腹筋崩壊してたライギル先輩はもう顔を覆って震えている。耐えてくださいよお願いですから。今吹き出せば絶対零度の眼差しこっちに来ますからね。


「オリヴィア、煽りも程々に。」


「はい!」


ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢に名前を呼ばれた瞬間、引き攣った顔を一瞬で蕩けさせた彼女の変化に頭が混乱しそう。


「アンタのその変わりよう、なんなの…」


今だけは貴女の言葉に同意です…。




「貴方の犯した罪は既に多くの人が知っているのです。いつまでも往生際が悪いのは無駄な時間なので止めてくださる?」


「僕の罪?理解出来ないな。僕は何も悪い事はしていない。女との行為も同意の上ばかりだし、誘って来たのは相手の方だ!!」


段々と身体が凍っていく事に冷や汗を掻き、必死の形相でルーナリア・アクタルノ公爵令嬢を見上げる生徒会長の姿はいつも甘い顔をしていた人とは思えないほどに醜い。


そして、いつも穏やかな微笑みを浮かべているルーナリア・アクタルノ公爵令嬢は今も微笑みを崩すことはなく、どちらが“上”なのかをわからせる。


「私は()()をお話しなさいと言っているの。進んで自分の身体を捧げた方のお話は必要なくてよ。貴方が身分を使って乱暴にした“中等部の女子生徒”について、話しなさい。」


「ッ!!?」


『中等部の女子生徒』の言葉に顔が強張り青褪め、今まで睨み付けていた目が泳ぐ


私たちも殆どの話が解らない状態だけど、このワードは生徒会長にとって()()()なのだとわかる。


「中等部三年のリリア・シャレン伯爵令嬢。」


その人名を口に出した瞬間、生徒会長と、室内の隅に居るネラリス・タバサルス子爵令嬢が固まる。


そして隣で観察し続けていたライギル先輩が息を呑む気配を感じて伺うと、目を瞠りルーナリア・アクタルノ公爵令嬢を見ていた。


「リリア、が…?」


「元々お身体が弱くいらしたようで、領地に戻っても何も疑問には思わなかったのでしょうねぇ。けれど、婚約者でありながら彼女の異変に気付く事の出来なかった貴方にも問題がおありね、ライギル・バルサヴィル侯爵子息。」


「こん、やくしゃ…?先輩の…?」


隣で呆然とするライギル先輩の、婚約者。


胸が痛むのは、リリア・シャレン伯爵令嬢の事を思ってなのか、婚約者がいるということを初めて知ったからなのか


俯いた顔がどんな表情をしているのかわからなくて上げることができない。



「リリア様は副会長である貴方が今、生徒の人気を持つ生徒会長であるこの方に恨みを持てば学園の生徒は混乱し、最悪の場合、生徒間で争いが起こる可能性もあるかもしれない。そう思い、貴方にお話することはなかったと仰られていましたわ。生徒間で争いが起き、もしも事が大きくなり家同士に亀裂を生むことになれば苦を負うのはその領地の民ですもの。当人の苦しい思いより、領民を思う彼女の心の強さ、そして貴族としての在り方にとても感銘を受けました。」


穏やかながら、強く、身の竦むような声が語る言葉に目が滲む。


どんな思いだったんだろう。

リリア・シャレン伯爵令嬢は、自分よりもあるかわからない未来の最悪を想定してその決断をした。


それは貴族ではない、誰の未来も背負っていない私には一寸もわからないことだ。



「女性にとって純潔を奪われる恐怖、絶望、恨み、悲しみ。そしてそれらを抱えながら民を思った彼女の強さを尊敬する者として、貴方を許すことはありません。」


「……、」


「そしてライギル・バルサヴィル侯爵子息。」


「………。」


「今後貴方がどのような行動をされようとも何も言わずに従うと。リリア様からの伝言です。」


「ッ、俺、は…っ、……っ、」


言葉に詰まるライギル先輩の声はひどく震えていたけれど、ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢は表情を変えることはなかった。






「そしてネラリス・タバサルス子爵令嬢。」


「…はい、ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢。」


「貴女はその事を知り、想っていた人を心底軽蔑したはずです。それなのに何故、この方の傍に居続けるのですか。」


アクアマリンの瞳が見据える先、顔を上げて落ち着いた表情の彼女の様子に驚く


私から見てネラリス・タバサルス子爵令嬢という人は、いつも会長に媚びを売る女の顔か、酷く罵る醜い姿しかなかった。


見た目も頭もどれだけ良くても、人は中身が大事と思わせる人。


こんな表情を出来たのかと思ってしまう。


そして、あれだけ周りの女子に対して威嚇、というか牽制をしていたのに軽蔑していたのかと驚いた。


「…あたし、元々は領地の町で暮らしてたのよ。」


落ち着いた声と口調に反して歪んだ表情から話したいことではないのだとわかる。


彼女が元々平民であったらしいという噂は少なからずあった。けど本人の態度や能力は目を瞠るものがあると言われる程に優秀で、平民出でありながら素晴らしいと一部の生徒にとてつもない人気があった。


「タバサルス子爵領で、お父様が遊びで手を出したメイドの娘。あたしが産まれる前にお父様は母を貧困者の多い町に追い出して、あたしはそこで平民として暮らしてたのよ。」


「けれど、タバサルス子爵の唯一の御子息…継承者がご病気で亡くなられて血を引く者は貴女しか居なかった。」


「……そう。連れ戻されてからの生活は今までの生活は何なのかってくらい、贅沢なものだった。母が身体を売る事も、あたしが汗水垂らしながら仕事をしなくても食べられるなんて初めて知った。綺麗な服、綺麗な髪飾り。世話をしてくれるメイドや料理人。まるで物語のお姫様になった気分だったわ。」


目を伏せて話す彼女の姿は弱弱しく、そんな彼女を多人数で囲むように見ているこの状況に心苦しくなってしまう。


そんな中でも彼女から視線を離さない王子殿下と、ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢の毅然とした姿に気を持ち直す


どれだけ彼女に同情心を抱いても、彼女の罪もまた罪深い。



「本当なら、最初からあった生活だったのよ…」


一段低くなった声には恨みが篭っていた。


「あたしはッ……あの生活に戻りたくないっ!!!二度と!!!絶対に!!!!」


悲鳴のような叫びが室内に響く


「戻りたくないなら、戻ることがないように貴族の男を婿に迎えろとお父様に言われた。それも出来る限り高位貴族の男を、ってね。」


「そこで下半身の緩いこの方を?」


「そうよ。偶然致してる所を見たの。調べてみたら辺境侯爵家の次男だっていうじゃない?顔も良くて性格も表向きは温厚。好条件でしょ?」


どこか嘲笑うようにして言う彼女が唖然と固まっている生徒会長を見て笑う。


「驚きました?会長。」


「キミは僕を好きだったんじゃないのかい…?」


「、……好きでしたよ。平民の暮らしを馬鹿にして、自分なら耐えられないって、そんな事にならないようにする、って、自信満々に言う会長が、好きだったんです。」


真っ直ぐに想いを伝えた彼女の姿に場違いとわかっていても、綺麗だと思ってしまった。


涙を流しながら笑うネラリス・タバサルスという一つしか年の変わらない彼女の想いは嘘偽りではなく、本物だったのだと。



「でも、会長の女遊びだけは許せなかった…ッ。その中途半端な行為で産まれたあたしは、それを認めることは、…どうしても…っ無理だった。」


「………。」


「好きだけど、嫌いだった!!好きだけど腹が立って仕方がなかった!!その想いをあたしは会長じゃなくて、会長に付き纏う女に向けた…!!」


悲痛な叫びを口にして、その表情が何かが溶け落ちたように変わる。


「リリア・シャレン伯爵令嬢の事があってからは出来る範囲で女を近づけないようにしたわ。別にどれだけ尻軽を相手にしていても良かったけど、あの子はそうじゃなかった。ライギル・バルサヴィル侯爵子息の婚約者として清廉潔白を体現したような、…あたしに貴族の流儀を教えてくれた優しい子だった。………だから会長は手を出したのかって腹は立ったけど、その苛立ちを上回るほどにはあたしはリリア・シャレン伯爵令嬢が好ましかったから………でも、あたしは――」


「リリア様から聞き及んでいます。動けない時に貴女が助けに来てくれたのだと。」


「………本当ならもっと早くに行けたのに、あの子が羨ましくて、行かなかったのよ。」


「それは彼女が貴族令嬢だったからですか?」


「そうよ。産まれながら両親に愛されて大切にされてて、仲の良い婚約者が居て、…誰にでも優しく出来て、…………妬ましかった。」



誰もが抱く『嫉妬』は人を狂わせる。


それは他人であったり、自分自身であったり。


『嫉妬』したあとに残るものは何か。

正しい答えはわからないけど、ネラリス・タバサルスという人物にとって良い何かではないだろう。



「……ただ、貴族として幸せになりたかった。」



たった一つの願いが、身を滅ぼすことになった。





「でもあたしには無理ね。リリア・シャレン伯爵令嬢みたいに他人を思って自分の事を後回しには出来ないし、……貴女みたいに国民を背負う覚悟なんてないわ。」


涙を流しながら彼女が見つめた先、微笑みを浮かべているルーナリア・アクタルノ公爵令嬢は一度目を伏せてからこの場に来て初めて穏やかな微笑みを見せた。


「嫉妬は誰もが抱くもの。妬みも、恨みも、貴女だけが持つものではないという事を胸に留めておきなさい。」


「………胸に刻むわ。」


安堵したような彼女の表情が目に焼き付いた。




「ウィスド・カヴァルダン。」


一つの話の区切りの後、ずっと呆然としていた生徒会長に声を掛けたのは王子殿下だった。


氷を纏って地面に這いつくばる生徒会長の前に立ち毅然とした立ち振る舞いで話を進める。


「貴様の犯した罪は“淑女暴行罪”だ。カヴァルダン辺境侯爵殿の了承は得ている。十年以上の辺境地での犯罪者労働鉱山発掘が定められるだろう。一ヶ月以内には送られる。まだ動ける間に謝罪すべき者へ成すべき事をしろ。」


「………。」


「生徒会としての制裁は終わりだ。各々自由にすると良い。だがこの場での出来事を少しでも他言した場合…わかっているな。」


威圧感のある声と眼差し、そしてオーラに身が竦む


決してするつもりはなかったけど、より一層、どれだけ脅されても口にはしないと誓った。


この場にリノちゃんやレオン・トバラスくんが居なくて良かったと心底思う。まだまだ甘くて幼いから物事の分別も感情で決めてしまうかもしれない。


ネラリス・タバサルス子爵令嬢の涙や想いを同情心だけで受け止め、気持ちを寄らせては自分が落ちる。


こういう場はまだ早い、と思うけどあの二人より年下の子が先頭切っているのだという事実が中々受け止め難い。



でも、もうこの目で見た。

この身体で感じた。




ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢は貴族であると。



悪を罰する強大な力を正しく使う事の出来る人なのだと。



本物の貴族とは、こうあるべきなのだろう。




優しくも厳しく、穏やかながらも冷静で、


人の思いというものを深く考えて受け取る。



もしも彼女が将来、ロズワイド王国の国母となることになったなら、きっとこの国は今より素敵な国になるんだろうと思った。




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