断罪
無事に勝てた。という安堵感に満ちながら医務室のベッドで眠るアーグの寝顔を眺めて、私を迎えに来たというオリヴィアさんに声を掛ける。
「私は表彰式に行きますからオリヴィアさんはアーグに付いていてくれますか?」
「いいえ。アーグ君が居ない今、ルーナリアお嬢様のお傍にはわたしが付きます。あの、それと、オリヴィア、と呼んでいただけたら…」
キリッとした表情で格好良くキメたのに、最後はデレデレしてしまっていて台無し感が凄い。
ふわふわした年上のお姉さん。という印象が早くも消えてしまった。残念年上侍女。面白くて良いかもしれません。
「ではオリヴィア、行きましょう。」
「ぼふぉあ。」
「その奇声はお止めなさいな。」
「すみませんルーナリアお嬢様があまりに尊くて…以後気をつけます。」
「……その尊い、というのはどういう…?」
「素晴らしい神の如き存在という意味です!可愛くて綺麗で可憐で格好良いルーナリアお嬢様を一言で表せる言葉だと!」
「…………。」
「ぶぼふぉ。…やだ、頬を染めて恥ずかしがるルーナリアお嬢様、尊過ぎ…」
「奇声。」
「申し訳ありません。」
変態…恥ずかしい…慣れない、とても恥ずかしい。どうしてこんなに褒めてくるの。
「君はよく変わり者に好かれるな。」
「…リアム殿下、私その言葉を好意的に受け取れるほどの余裕は今持ち合わせておりませんの。」
進行方向から姿を見せた殿下に優雅な礼をしてから少しだけ冷たく言葉を返す
この方も急に褒めてくるから嫌。
「そうか。それはそうと、優勝おめでとう。史上初の初等部一年が全制覇だ。」
「ありがとうございます。オスカー殿下の助力もあって素晴らしい試合が出来ましたの。」
「…まぁそういう事にしておこう。ルーナリア嬢は今言葉遊びをする余裕がないそうだからな。」
楽しそうに口角を上げて揶揄ってくる殿下に何か言い返そうとして、無表情でリアム殿下を見据えているオリヴィアに気付いて止めた。
この国の最高位である方にその眼光は不敬だ。
「オリヴィア。」
「はい、ルーナリアお嬢様。」
名前を呼べばとても嬉しそうに蕩けた表情を見せる残念年上侍女に僅かに苦笑いが溢れる。
「リアム殿下。此方は今日から私付きの侍女見習いとなりました、オリヴィアでございます。今後生徒会で姿を見せる事もありますでしょうし、ご紹介させて頂きました。」
「把握しておく。中等部三年女子で生徒会会計のネラリス・タバサルスと引き分けで終わった者ならばルーナリア嬢のような各方面から人気のある者の侍女となるには適任だ。」
この方、一々揶揄いを含まなければお話しできないのでしょうか。
という思いには蓋をして、侍女として出しゃばらず頭を下げただけのオリヴィアを評価しませんと。
話す価値なしと決めただけかもしれませんけれど。
「さて、激闘を終えて疲れもあるかもしれんが行けるか?」
「御気遣いありがとうございます、リアム殿下。
けれど私、この数カ月間この時のために尽してきましたもの。」
「頑張り過ぎていた君に申し訳無いが、あともう暫らく頼む。」
「………、…もちろんです。」
「…本当に褒められ慣れていないな、君は。」
優しい眼差しを向けてくる殿下に気恥ずかしさが顔に出てしまってもう本当に、もう、本当にやだ。
「そんな、うそ…ルーナリアお嬢様が…めちゃくちゃ可愛らしい……やだ、まさか、え、そんな………いやめっちゃくちゃにかわいい尊い天使…。」
「確かにルーナリア嬢は可愛らしいな。」
「めっちゃ話し合いますね、第一王子殿下!」
そんな親しげに話しかけてはいけないと言わなければならないのに今口を開いても上手く話せそうになくて言えない。
もう本当、何なのでしょう。
アーグの適当さがとても恋しい。
「殿下、表彰式が始まります。アクタルノ令嬢も、其方の新しい侍女見習いの方もお急ぎください。」
「あぁ。ではエスコートを、ルーナリア嬢。」
「光栄ですわ、殿下。」
差し出された手に反射的に返した骨の髄まで染み込んだ令嬢教育に初めて後悔した。
けれど今、ケルトル様が私を「ルーナリアお嬢様」ではなく「アクタルノ令嬢」と呼ばれた事に意識を向けると冷静になれた。
ずっと私に意識を向けていた彼が、やっと前を向けたのだとわかる。
きっと、今私の少し前を歩く方のお蔭ですね。
「ケルトル・マーテムと申します。リアム第一王子殿下の護衛騎士を務めさせて頂いております。」
「オリヴィアです。ルーナリアお嬢様の侍女見習いです、以後お見知りおきを。」
「アーグから話は聞いています。アクタルノ令嬢の護衛も兼用できるかもしれない方だとか。」
「アーグ君が…?お知り合いなんですか?」
「アクタルノ令嬢の元護衛騎士を務めさせて頂いていたので長い付き合いなんです。」
「そうなんですね。ではルーナリアお嬢様の今より幼い頃の事も知っているのでしょうかとてもとても羨ましいです。」
「とても可愛らしく、幼いながら大人のような賢さを持ち当時から素晴らしい方でした。」
「ケルトル・マーテム様、今後共是非宜しくお願い致します。」
「是非仲良くしましょう。」
過保護なところは変わっていないようですが…熱い握手を交わすの止めて頂きたいのですけれど。目の前でそういった事されるの恥ずかしい本当に。
「愛されているな、ルーナリア嬢。」
「…おやめくださいませ、殿下。」
顔から火が噴くんじゃないかというくらい熱い頬を隠そうと俯いて冷やした手を当てる。
これ、前もした気がします。
けれど、周りの方から愛されている……と言われるのは、とても嬉しく感じた。
闘技場に並ぶ学園生徒は正面の表彰台に立つ方を姿勢良く見つめている。
《ロズワイド学園闘技祭。初等部優勝者、男子オスカー・ロズワイド様、女子ルーナリア・アクタルノ嬢。中等部優勝者、男子アーグ様、女子エレナ・ジャナルディ嬢。高等部優勝者、男子ケルトル・マーテム様、女子セレナ・ジャナルディ嬢。
そして初等部中等部優勝者決勝戦の勝者は初等部、オスカー・ロズワイド様とルーナリア・アクタルノ嬢です。ロズワイド学園闘技祭史上初の初等部が制覇するという異例をこの目で見れたこと、とても嬉しく思います。
優勝者だけでなく、誠心誠意試合に望まれた皆様、とても素晴らしい試合でした。きっと皆様の心に深く何かを抱いたのではないでしょうか。抱いたものを大切にし、来年の闘技祭に向けて切磋琢磨してください。――以上。審判員からでした。》
盛大な拍手は選手と、素晴らしい審判員、もとい解説をしてくださった解説員さんへのものでしょう。
私も楽しい解説に笑ってしまいましたもの。
変態要素のある方との接触は防ぎたいですが。
《――では続いて、生徒会から。》
次に表彰台に立ったのはオリヴィア曰く“脳みそピンクの下半身ゆるゆる下衆野郎”の生徒会長ウィスド・カヴァルダン辺境侯爵子息。
今回の断罪者。
私はこの時を待っていましたの。
多くの人が注目するこの絶好の機会を。
《皆の熱い闘いに胸を熱くさせたのは僕だけじゃないと思います。高等部生徒、中等部生徒、初等部生徒。生徒全員が素晴らしい試合をしたと拍手を贈りたい。ですが僕が一番に贈りたい相手は初等部、そして初等部中等部の決勝戦で激闘を繰り広げ優勝を手にしたルーナリア・アクタルノ嬢。キミだよ。》
甘い声を出して私の名前を呼ぶ糞会長に対して鳥肌の立った腕を擦る。
それはもう誰が見ても『嫌がっている』とわかる態度をしてみせた。
《え、……ルーナリア嬢、本当におめでとう。可愛いキミがあんなに堂々と闘う姿は皆の心に刻まれただろうね。生徒会会長として誇らしく思うよ。氷の使い手である事は知らなかったけど近年一の魔力量を持つキミなら持っているのではと思っていたよ。本当に素晴らしい。》
少し動揺したらしく言葉に詰まったけれど気のせいかとポジティブに捉えた糞会長はまたも甘い声で私の名を呼び、甘い言葉を吐く
なんと、気持ちの悪い…。
「私の名を呼ぶの、おやめくださる?」
思ったことを素直に口にした私の声は静まっていた闘技場に思いの外よく通った。
一拍を置いてざわめいた周囲の声と視線は驚愕と困惑ばかりで、想像以上の混乱を招いていると内心ほくそ笑む。
これならば皆様注意してお聞きになるでしょうし、誤解は解きやすそうで安心だ。
《…え、いや、……え?ルーナリア嬢…?》
「まあ。貴方、聴覚は機能していまして?私は今、私の名を呼ぶのはおやめになって、と申したのですけれど。」
《聞こえてた、けど…、え、ルーナリア嬢、どうしたんだい?》
「それは私の言い分ではありませんこと?どうされましたの?聴覚に問題がないのなら頭に問題があるのでしょうか。」
いつも通り微笑み穏やかな口調で言うと表彰台に立つ糞会長は顔を真っ赤にして、私に指を差して何かを言おうとなさったので先に口を開く
「人に対して指を差すことはいけないことだと存知ませんの?幼い子どもでも知っていてよ。本当に頭の方に問題が?あら、もしかして生徒会長としてのお仕事をなされていなかったのはそのせいですの?気づいて差し上げられなくてごめんなさいねぇ」
頬に手を当て申し訳無いという顔を作って言う。
心底反省しているのだと思われるかもしれませんけれど、この状況が可笑しいことに皆様お気付きになっている。
噂の“毒を抜かれた姫”が毒を抜いた恋するお相手に対して“毒”を吐いていると。
それに私の隣ではリアム殿下が面白そうにしていらっしゃるので、私はリアム殿下側なのだと気付くでしょう。
その事にいち早く気付かれた副会長ライギル・バルサヴィル様と中等部二年書記のアイサさんが駆け寄っていらした。
「リアム!どうなってんだ?何でクソ………、会長寄りのアクタルノ嬢が…」
「敵を騙すにはまず味方からと言うだろう?」
「まぁ、ふふ。とてもわかりやすい例えですねぇ。これならば頭に問題のある会長にもきっと伝わるでしょう。流石はリアム殿下。」
「この程度で褒められても嬉しくは……いや、ルーナリア嬢に褒められて悪い気はしないが。」
「何故そういう事を……まあ良いです。」
今照れるわけにはいかないとリアム殿下から顔を背けて唖然と私を見ていらっしゃる皆様に柔らかく微笑むと、ほうっと溜め息のような息を吐かれる。
そしていつの間にか私と表彰台に立つ糞会長までの間に立つ方はいらっしゃらなくて、生徒皆様が囲むように立っていらした。
まるで舞台か何かのようだと思う。
茶番と言ってしまえばそうなのだけれど、その内容は茶番などと言えるものではないもの。
「皆様は知っていらして?ウィスド・カヴァルダン辺境侯爵子息である生徒会長の信じ難い行動の数々を。」
《ルー、いや、アクタルノ嬢、何を言って―――》
「お黙りなさい、卑劣漢。」
《ひ、卑劣漢!?》
糞会長の悲鳴混じりの声と共に生徒や観客席の方からも声が上がる。その種類はこの際気にしません。
というより、私の声が会場全体に届いていると言うことは風の使い手が届けてくれているのでしょうか。一体誰が――と周囲に目を向けて、目をキラキラと眩いほどに輝かせているオリヴィアと審判員もとい解説者さんを見つけた。ああ、もう信じてお任せ致します。
ゆっくりと表彰台に向かって歩いて行く
「私、リアム殿下とは生徒会に加入する前から交友させていただいていて生徒会の実態も耳にしていましたの。生徒会は七名いるにも関わらず生徒会の役割を担っているのは五名だけなのだと。そして、役割を放棄しているのが現生徒会会長のウィスド・カヴァルダン辺境侯爵子息と会計のネラリス・タバスコ…失礼致しました、ネラリス・タバサルス子爵令嬢だと知って驚きましたの。会長は生徒に人気のある素晴らしい方だと認識していましたので…。それから独自で調べたところ、女子生徒と不埒な噂が多数あるのだと知って……試してみようと思い至ったのです。」
表彰台から信じられないものを見る目で見下す糞会長にゆっくりと微笑みかける。
「公爵家令嬢で、魔力量も豊富で、生徒会に推薦して頂ける程の成績を収めている女子生徒があからさまな好意を見せたらどう行動するのか、私で試してみようと。試したところ見事に喰い付かれて呆れましたわぁ。生徒会長という栄誉ある役職に身をおいていながら知能が低くて。」
《なッ!!!!???》
目を瞠り固まった糞会長に微笑みわざと背を向け、生徒の皆様に深い礼をする。
「皆様には会長を騙すためとはいえ、あからさまな演技をしてしまい申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます。」
ざわめく生徒から「そうだったのか」「信じてしまいましたわ」「最初から可笑しいと思った」「素晴らしい演技力」「リアム殿下と共闘されていたの?」「推し会集合!」などと多勢の声が上がり、批判的な声は「信じられない」「会長が優勝しなかったから捨てただけ」「リアム殿下に乗り換えた」などと少数だった。
もっと批判が上がると思いましたけれど、やはり試合の様子とリアム殿下に対しての皆様の評価は高いのでしょうね。
「私にとって最初の生徒会の役目だと気合いを入れて頑張りましたの。学園の悪、膿を炙り出し排除する事が生徒会の成すべきことだと、そうお話しまして…。」
そう言いながらリアム殿下に視線を向けると頷かれて、生徒と観客席を見渡して口を開く
「ルーナリア嬢が加入する前の生徒会でも調査はしていたが内部からの調べには限界があった。だからこそ優秀で信頼の置けるルーナリア嬢に頼みをした。入学したばかりの新入生である彼女に頼ってやっと証拠を揃えられた。本当に感謝している。」
「光栄です、リアム殿下。ですが私も生徒会の一員、新入生だからと甘えは許されません。役目は役目、担うと覚悟したのなら最後までやり遂げます。」
「…本当に素晴らしいな。」
珍しくわかりやすい笑みを浮かべて仰られたリアム殿下に生徒や観客席から黄色い悲鳴が上がった。
男性だとしても絶世の美貌と言える容姿であるリアム殿下の笑顔の威力は凄まじい。目の前で見た私もちょっと、なんですの、あれです。
話の流れと雰囲気が脱線してしまわないように少しだけ声を大きくして話を進める。
「…こうして生徒会長の実態を皆様に知らせる事ができて良かったです。職務放棄に、女子生徒との不純異性交遊…合意であった方もそうでない方もいらっしゃったようで。」
《何を言っているんだッ!!出鱈目を言うな!!証拠もなしに子供がふざけたことを…!!》
どこか焦りの含んだ糞会長の声は闘技場内に響き渡り、その態度で大半の人が察する。
―――事実であると。
同意であるならば別段言うことはなかった。
けれど、同意がないその行為は決して許されるものではない。
その事を公に出来ないように相手の娘に家格を使って脅すなど下衆極まりない。
相手が自分に想いを抱いていたとしても、無理矢理してはいけないことだとわからないのか。
「この数カ月間、貴方の異性関係などを調べた結果、その事に思い悩み身体を壊した方もいらっしゃるのです。」
身体だけじゃない、心を病み領地へ身を隠す事にした方がいらっしゃった。
その方の証言は既にとっている。
私の手足となってくれている人達はとてもとても優秀で、今回の事で見逃しはないでしょう。殿下方の調べていた情報と示し合わせても誤差はなかった。
「か弱い女性を屈服させ、身体も心も痛めつける。……どういう神経していらっしゃるの。」
心底蔑み、その眼差しを向ければ相手は顔を真っ赤に染めて怒鳴る。
《ふざけるな!!!たかが十歳の子供に何かわかる!!不純異性交遊の意味もわかっていないだろう!?誰に何を言わされているんだ!?バルサウィルか!?父親である公爵か!!!》
「副会長は私の演技を信じていらっしゃったもの。父である公爵もこの件に関して一切関与しておりませんわ。学園に深入り出来る大人は王家や教員だけです。生徒会長という役目をおいながらご存知なくて?……いえ、名ばかりでしたものねぇ、ご存知なくても仕方がないですわ。けれど、学園生であれば誰もが認知している事でございましょう?本当に、頭の弱い方ですのねぇ。」
頬に手を当て微笑み馬鹿にすれば、激昂した糞会長が表彰台から降りて私に手を伸ばす
胸ぐらを掴まれて至近距離で怒鳴られるのかしら、などと考えながら魔力を練ろうとしたときには彼が動いていた。
「近寄らせると思うか、下衆が。」
バチバチと雷を纏い糞会長の腕を掴み地面に組み敷き、低く掠れた声で言うリアム殿下が“怒っている”のだとわかる。
こんな殿下は初めて見た、などと思いながら糞会長の手足を凍らせて捕縛する。
「離せッ!!!何をするんだッ!!」
「黙れ。」
「七つも年下の者に手を上げようとするとは…。」
「騎士団の方に連れて行って頂くように伝えてきます。」
「お待ちになって、アイサさん。」
凍らされながらも暴れる糞会長をリアム殿下と副会長が押さえつけ、アイサさんが駆け出そうとするのを止めると目を瞠り驚愕される。
私が話しかけるのは初めてに近いことですし、驚くのも仕方がない事ですけれど…
「騎士団の方に引き渡す前に“学園”としての制裁をいたしましょう。幸い、学園に深入りするには学園側からの申請がなければ出来ないのですもの。」
そう言いながら此方に駆け付けたザリウス・ティト様に微笑むと顔を盛大に引き攣らせ、僅かに頷いていただけた。
暫らくの間、預けて頂けるでしょう。
「貴方に傷つけられた方々以上の“痛み”を、私達が貴方に与えて差し上げますわぁ。」
ロズワイド学園闘技場最終日。
生徒会長ウィスド・カヴァルダン辺境侯爵子息の悪事は生徒内だけには収まらず、観客に来ていた多くの者により広まった。
だがしかし、広まったのはそれだけではない。
上級魔道士並の圧倒的な力を持ち、『学園の守護者』とも言える生徒会の役目を身を挺してやり通し、見事に悪事を暴き断罪してみせたルーナリア・アクタルノ公爵令嬢の功績。
『氷の女帝の断罪』
そう、学園の歴史に刻まれる一幕であった。




