表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢ですが気にしないでください。  作者: よんに
学園初等部編
52/152

オレの願い

アーグ視点。



マジで何でこんな強いんだよ、クソが。



いくら魔法を放っても水と氷で相殺され、

どれだけ剣を振り下ろしても防がれ躱される。


しかも容赦なく氷は襲い掛かるし、隙の見極めを失敗すれば危うく此方が氷漬けになってしまう。


踏み込み過ぎて凍った右足に炎の魔力を送って溶かすのはもう何度目だ。


「アーグも水も滴る良い男になりましたねぇ。」


「うるせぇ。」


悪態付きながら試合中まだ一歩も動いていない目の前のお嬢にどうするかと頭を悩ませて暫く経つが良い案は浮かばない。


しかも、そうこうしている内に女子優勝者のエレナとやらはお嬢と緑色の王子サマにヤラれた。


氷と突風で身体が徐々に動かなくなって最終的に両手両足を氷らされて動けなくなったとこを王子サマに獲られて終わった。


ヒヨコが一人増えたところで、とは思うがお嬢の氷と風は思ったよりも相性良さそうでやりづれぇ


「ブリザードって中々素晴らしい戦法ねぇ。一度リダと合わせてみましょうか。」


「いーんじゃねーの。アイツはお嬢とならすげぇ喜ぶだろーよ。」


「まあ、アーグが言うなら間違いありませんねえ。今度の長期休暇が楽しみですわぁ」


いつもの穏やかな微笑みを浮かべながらエゲツない水魔法を放つお嬢にゆとりを持って躱せば、躱した先で氷の礫が五つ飛んでくる。


それを剣と魔法で相殺し終えたところで突風がオレに向かって直撃してふっ飛ばされた。


「アァー、マジでうぜぇ。」


先に消そうと王子サマに向かって魔法を放ってもお嬢に消されるし、剣を向けてもお嬢の氷に邪魔されて近づくことさえ出来ない。


鬱陶しい。お嬢に守られながら戦っている緑色の王子サマが誰かと重なって苛立つ





お嬢の護衛になって数年が経った頃、公爵家を妬む他家からの刺客にオレがヤラれてしまった時。


逃げろと叫ぶオレにお嬢はいつもと変わらない穏やかな微笑みを見せて言った。


『大丈夫ですよ。私が守ってみせます。』


柔らかい声と穏やかな口調。

目の前に自分を殺そうとする奴がいるのにお嬢は普段と変わらない態度で、表情で、何の気負いもなくオレを背に庇った。


綺麗な銀髪が隠す小さな背中はオレが今見て良いはずがないもので、オレが背中に隠さなければならないもので。


どうしようもなく、腹が立つ。


『アーグは死なせません。まだ途中だもの。』


最初に会った時の利害関係の一致を今尚、第一と考えるお嬢に苛立つ。


生活の保証も、生きるための力も知識も、もう十分にある。


もしも今、お嬢の護衛を外されて路頭に迷うことがあってもすぐに立ち直せる力があるのだと理解している。


学園でオレを引き抜きたいと騎士団、魔道士団から推薦が来たし、他家の子息、令嬢から護衛にと声が掛かる事が増えた。

それはオレがそれだけの能力を持っているということだと、お嬢に言われた。


『まだもう少しだけ、私のもとで成長してくださらない?私の従者はアーグだけだもの。給金も食事も他よりはるかに高待遇でしょう?』


いつも通りの穏やかな微笑みと口調。

けど青い瞳はオレに『行かないで』と懇願してて、それなのに発せられる言葉は酷いもので。



『アーグならもっと素晴らしい護衛になれますわ。そうなればもっともっと高位の人間に選ばれて一生生活に困る事はありませんし、力があれば貴方の自由にしても誰にも邪魔はされない。』



オレを突き放す優しい言葉。



『大丈夫。貴方は私が自由にしますから。』



自分で首輪を付けながらそう言う少女に苛立つ



オレはそんなに薄情に見えるか。


今もまだ、利害関係の一致だけで傍にいると思ってんのか。



『孤独』に嘆くお嬢と『力』に飢えたオレ


お嬢はオレに『力』を与え、オレはお嬢の『孤独』を埋める。



確かにあの頃はそれだけだった。

力が欲しいからお嬢の傍にいただけだ。


お嬢が毒で倒れたときも、糞ジジィに道具みたいに魔力を獲られたときも、お嬢が刺繍してるときも、菓子作ってるときも、勉強してるときも訓練してるときも、命を狙われていたときも。


必死に愛されたいと叫ぶお嬢の傍に、ただ、自分の欲のためだけに居た。



でもよ、何年も傍にいたら情が湧くだろ?


何もなかったオレに優しくしてくれる人間に、

嬉しそうに話しかけてくれる人間に、

不安そうに縋ってくれる人間に、

幸せそうに微笑みかけてくれる人間に、


何もなかった存在に『アーグ』と名付けてくれた人間に情が湧かねぇほど心の無い“人間”じゃなかったんだよ、オレは。



優しくされれば、優しくしてぇ


不安そうにしてれば、安心させてやりてぇ


寂しいと嘆いているなら、傍にいてやりてぇ


まるで犬が主人にだけ懐くように、オレはお嬢だけを守ってやりてぇと思う。



だからこそ腹が立つ。


いつかオレを捨てようとしてるお嬢に。


オレの為を思って自分の思いを殺すお嬢に。



愛してもらえないってずっとずっと泣き叫んで嘆いてるお嬢に言ってやんだよ。



一生、オレがお嬢を守ってやる。ってな。





強い者が自由を手に入れる。


お嬢はそう言ってオレを育てた。

だからオレはその強さを見せつけてやる。


テメェが育てたもんはテメェが飼い続けろ。


一度首輪つけたんなら最期の時まで責任持て。


もうお嬢以外に鎖を付けられることも、お嬢以外を守ることも、オレはしねぇから。



“狂犬”の手綱握れんのは“氷の女帝”しかいない



そう世間様に知らしめてやる。


そうすればオレに関する勧誘とかの面倒事は全部お嬢にいって、身内に甘いお嬢はオレが嫌がればその面倒事を全部消してくれる。


それに甘えてお嬢の懐に居座り続けてやる。



守り、守られる。


これも利害の一致なんだからいーだろ?



お嬢に勝ってお嬢より強いんだって見せつけてからいつも通り皮肉っぽく笑って言ってやる。




だから、



「負けねぇよ。」



絶対に、勝つ。





って、決めてんのによぉ、ほんっと、うちのお嬢は強過ぎて勝てそうにねーの。マジふざけんな。



「あら、もうアーグは魔力切れですか?」


「お嬢ほど魔力量バケモンじゃねぇからオレ。」


「アーグも火が特殊属性になるくらい持っているでしょう?そんな言い方は酷いですわ。」


「どっちが。」


鼻で笑って剣先を下ろせば僅かに表情を曇らして今の相方に声を掛けようとしたお嬢にほんとよく見てると舌打ちしたくなる。


が、今はお嬢じゃなくて邪魔な王子サマを消す。


「なぁ、王子サマ。ずっとお嬢に守られてっけど男としてそれはどーなわけ?」


「………。」


お嬢より先に声を出したオレの勝ち。


わかりやすく煽ればわかりやすく煽られた王子サマが顔を歪めた。


だよなぁ、自分が一番思ってることだもんなあ。

言われたらクッソ腹立つよなぁ、わかるわかる。


「男同士の一騎打ち。しよーぜ、王子サマ。」


「………僕が勝てる見込みはないな。」


「わかっていらっしゃるならお止めくださいませ、オスカー殿下。」


お嬢、ここでそんなこと言っちゃあ駄目だろ?


オトコってのは好きなオンナに庇われちゃあ引き下がれないモンだ。


「一騎打ち、受けて立とう!」


「おっしゃー」


「何故負けるのに戦おうとするのですか。」


お嬢ってたまに天然失礼だよなぁウケる。

王子サマちょっと心折れかけてんのがまたウケる。


「惚れたオンナにカッコイーとこ見せてぇよな?」


「うるさい!」


顔を真っ赤にした王子サマにケラケラ笑って、地を蹴る。


反射的に防御しようとしたお嬢は構えの体勢をとった王子サマを見て諦めたらしい。


これで邪魔はない。潰せる。



もしかしたらお嬢の将来の夫になるかもしれない奴の二匹目の見極めは呆気なく一太刀で終わった。


「まだ一匹目の方がいーわ」


倒れた緑色の王子サマを審判が戦闘不能と判定して残り試合時間三分。



お嬢とオレの一騎打ち



「なぁ、お嬢。」


「何でしょう。」


「全力出してくんね?」


「……あら。私いつ手を抜きましたの?」


目を細めて言うお嬢に笑う


「広範囲魔法が得意なお嬢の特大魔法、まだ見せてねーじゃん。」


「殺すつもりはありませんよ。」


本気でそう言うお嬢はオレを冷たく見据えている。




オレが学園に入って離れた一年の間、お嬢は一人で自分の身を守ってきていた。

どうしようもないときは、殺したこともあった。

でもお嬢は“人”を大切にして、“生命”を尊ぶことを第一としているからその数は極少数でよっぽどの事がない限りはない。

そんなところをオレは凄いと尊敬している。自分を殺しに来た奴にまで慈悲を与えるほどオレは人間できてねぇから。



本来なら対処すべきは糞爺の付けた影の護衛なのに、こいつらはいつもギリギリまで姿を現さない。基本お嬢は糞爺の下僕には嫌われてるから。


自分達の絶対的存在である公爵に絶対的服従にならないお嬢は忌まわしいモノらしい。ただ黙って道具になれと上から物を言う糞下郎共。クソ嫌いだ。

会えば小競り合いが起きる。でもそういう事だけは糞爺に報告しやがるからお嬢がとばっちりを受けるのを知ってからはしなくなった。


お嬢の魔力全部刈り取って研究所で使うこの国のクソ野郎共は嫌いだ。この国は基本嫌いなやつばっか



アー考えたら腹立ってきた。

今ならクソヤバイの出せそう。



「オレもガチの全力ぶつけっから。」


「………。」


珍しく口籠るお嬢に笑ってしまう


学園に入学してからお嬢はなんか感情豊かになったなぁ。照れたり恥ずかしがったり怒ったり。


一番はおもしれぇのは黄色とのやり取りだけど、新侍女もお嬢にとって良い刺激になるだろうし。


でもオレがお嬢の一番で唯一。

これだけは譲れねぇし譲るつもりはねえ。


「な、お嬢。いーだろ?」


「……これで終わりにしますからねぇ。」


お嬢が仕方ないと呆れたような微笑みを見せてから右手を空に翳すと、雨が降る。


会場内がざわめき立つのを耳にしながら目を閉じて集中する。


今必要なのはお嬢の放つモノだけ


魔力感知。呼吸、動作。


何一つ見逃さない。


見逃せば、オレが死ぬ。



ザァー…と雨の降る音と、お嬢の傘が弾く雨の音。


そしてパキパキ、と凍る音。



目を開けばオレの立つ場所を除いて、地面も観客席を隔てる結界も、全てが凍っていた。


正面に立つお嬢は水と氷の巨大龍を二匹身体を護るように創り出してオレに微笑んでいる。



圧巻の一言。


まさに『氷の女帝』



負けてらんねぇ



残りの魔力全部を使って炎の巨大虎を創り出して、剣に火を纏わせて構える。



「子猫が肉食獣になってしまいました…」


「オレは元々そーだっつーの。」


「アーグはずっと可愛い子猫ですよ。」


「フハッ!視力ヤベーんじゃね?」


ここにきて一番気が抜けた。

だからこそ、気兼ねなくできるってもんだ。



絶対的強者に勝って、願いを叶える。


その決意と共に踏み出した一歩目は力強く、だけど軽やかに進む。



「檻は壊させませんよ、アーグ。」



衝突する寸前耳にした今にも泣きそうなお嬢の言葉に返す余裕はなく



――――ドガアアアアアアンッ



割れるような衝撃が身体を襲い、劈くような爆発音を耳にしてオレの意識が途切れる。






『ねえ、アーグ。私は貴方を自由にしてあげたいと思っているの。』


『ハア?今更何言ってんだ、アホか。』


『今ではないけれど……そうですねぇ…学園を卒業する頃には次の主人を見つけるか、進路を決めておきなさいな。』


『何でだよ。』


『私の将来が決まったの。』


『ふーん。オレが居たら邪魔な場所ってか。』


『今以上の苦労と批判がある場所だもの。可愛いアーグには自由でいてほしいわ。』


『………。』


『私の唯一が自由に生きていると思うと、私はそれだけで幸せですから。』



お嬢、オレは自分の幸せなんかもうどーでもいーんだよ。


自由も別にいい。

その場所でオレなりの生き方を決めっから。


オレの幸せはお嬢の傍にいて、お嬢の優しい光を見続けることだから。


だから、頼む。



もう、自分を押し殺すのはやめてくれ。




《――ッ初等部中等部優勝者決勝戦、凄まじい激闘の末の勝者は―――》




どうか、お嬢が笑ってる未来を。






《――――初等部優勝者だぁあああ!!!》






アーグの願いはルーナリアの傍にいて幸せそうに笑う姿を見ることだけ

頑固な主人を負かして屈服させるという、普通なら首が飛ぶことをしようとしています。ケルトルがリアム殿下にできなかったこと。

でもルーナリアとアーグは互いが互いに唯一の大切な存在で、ルーナリアがアーグの雇い主なので首が飛ぶ心配は一切ありません。

「私がいない方が自由で幸せ」だと手放そうとしている事に対して「捨てんなご主人サマ」って吠えてる感じです。


伝わってると良いなぁ、と書かせていただきました。人の気持ちを描くのはめちゃくちゃ難しい…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アーグの願い、きっとルーナリアに関連することだろうなと思っていましたが!!切ないー!!ボロ泣きしました!! ルーナリアが臆病なのは仕方がないと分かっていても、一番気を許せてるはずのアーグを…
[良い点] 一話からずっと読ませていただいているのですが、 読んでいてその場面が思い浮かぶくらいに描写がとても綺麗で毎話毎話心躍らされる気分です!特に闘技祭入ってからのルーナリアちゃんの魔法の描写が好…
[一言] アーグの思いが純粋で格好いい あといちいち「悪役令嬢」を感じさせるルーナリアの言動が最高、当人悪役じゃないのにね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ