トラウマと変わるもの
ケルトル視点。
僕は何してるんだろう。
「女子生徒の声援が凄いな。君の人気と僕の人気、どちらが上なんだろうね?」
「はあ、そうですね。」
ルーナリアお嬢様とはまた異なる子供らしくない子供の第一王子殿下の護衛筆頭なんかになってしまって、僕は本当に何をしているんだろう。
「けどどっちにしてもこの試合に勝って決勝へ進出するのは僕さ!」
「はあ、そうですね。」
学園の騎士科でトップを張り続けて卒業と共にお嬢様の護衛に返り咲く予定だったのに。
なんでだ。それもこれもあの可愛くない金色頭の雷小僧のせいだ。
「ザリウスに負けた恨み、必ず果たしてやる。」
「はあ、そうですね。」
お嬢様が美しく可憐で優しく冷徹な王妃の器であるのはわかっている。けど何であんなクセの強い雷小僧が惚れるんだ?風小僧まで骨抜きにされて…
そりゃあ、お嬢様はめっちゃくちゃ素敵だと思う。それは勿論当然。
きっとあの方が国母になられたならこの国は絶対安泰だと思わせてくれる人柄であると言える。
けどだからこそお嬢様本人を癒やし守ることのできる男にじゃないと任せられない。
僕とアーグでそう決めて長い時間をかけて考慮していくはずだったのに…
なのに、何故僕はお嬢様のことを話してしまったんだ…!?
「…君、さっきから聞いているのかい?」
「騎士としてありえない…」
「は?」
いくらこの国の王子の命令と言えど、お嬢様本人に聞かれるよりはと言うなど…!!
「合わせる顔がない…」
「何を言っているんだ、君は…。」
「………そもそも、貴方が面倒な事をしでかすからお嬢様と殿下が…」
「なんだ?」
元凶、この男じゃないか?
…………………。
「ヴィスト・カヴァルダン。お互い頑張ろう。」
「?あぁ、頑張ろう。」
爽やか笑顔はお手の物だ。
《最高学年である高等部二年の優勝者は―――――ケルトル・マーテム子息だぁああっ!!
魔法を一切使わずに剣一本で全ての強者を斬り伏せたその力、圧倒的!!これはファン急増間違いなし!!この人を護衛に持つ我がロズワイド王国第一王子リアム殿下は鼻高々でしょう!》
「……お前、八つ当たりか?」
「なんのことでしょうか、リアム殿下。」
全ての試合を終えて今の主君の元へ行くと呆れた顔でそう言われたので爽やか笑顔で返した。
「あの糞会長がズタボロにヤラれたせいで精神可笑しくなったらどうしてくれる。」
「その時はその時。殿下が何とかしてください。主君は下の者の尻拭いも必須ですよ。」
「…言ってくれるな。」
どこか面白そうに口角を上げる主君に今度は自分が呆れてしまう。
何でこんなに子供らしさがないんだろう。
お嬢様のように愛らしかったらまだ可愛げがあると思えるのに……………いや思わないか。
「で、あの糞会長をボコった気分はどうだ?」
「最高ですね。お嬢様のお手を煩わせる者を直々にヤれて満足です。」
「お前の爽やかに腹黒なところ、嫌いではないぞ。むしろ面白い。」
「光栄デス。」
「顔に出ているぞ、クソガキと。」
「これは失礼。」
軽口を叩き合う様子は傍から見れば仲良しに見えるのかもしれないけど、僕は本気でこの子供らしくない可愛くない金色雷小僧がイヤだ。
「今日のルーナリア嬢の試合に公爵は来るか?」
「……来ないと思いますよ。」
「そうか。」
それだけを言って次の決勝戦に向けて場を整えている闘技場内を眺める殿下
その姿が癇に障るのだと理解しているだろうに。
昨日話をした時も殿下は何も仰らなかった。
「報告ご苦労。」それだけを言って自室に戻られたリアム殿下に失望を抱いたのは仕方がないと思う。
王家に絶対的な公爵様に物申す事を出来る立場にいて、何故好いている人の憂いを取り除く動きをしないのか
ただ一言、公爵に「ルーナリア嬢は良い者だな」と言ってくだされば少しはお嬢様に関心が行くかもしれないのに。
単純すぎるかもしれないけど、今までお嬢様がどれほど成果を見せようが公爵は変わらなかった。
もし、もしも変えてくれる人が居るのならそれはもう王家の人間しかいないのに。
「そのような顔をするな。」
「……どのような顔をしていたのでしょう。」
「捩じ伏せたい、と顔に書いてある。」
「…………。」
捩じ伏せて言うことを聞かせたいとは思うけど。
そんな事をすれば確実に首が飛ぶ。物理的に。
「彼女の事は外野が何を言ったとしても変わらないだろう。」
「断言ですか…」
苛立ちから震える声に殿下は気付いていながらその琥珀を此方に向けることはない。
その立ち姿は国民を前に堂々と立つ陛下を思い起こさせた。
「家族に対し政治道具としてしか興味のない者は多数居る。逆に、大切に愛し育てる貴族の方が少数派だろう。」
「そうでしょうか。」
「マーテム家は少数派だ。…王家も複雑な関係が多いが、少数派に含まれるだろう。」
それはオスカー殿下の毒の時に身を以て知った。それが上辺だけなのかは定かではないけど腹違いの兄であるリアム殿下は本心から心配していた。
それだけでお嬢様とは違う。
「……お前はルーナリア嬢を“特別”なものと思い過ぎているのではないか?」
「……、は、」
言葉に詰まる。
特別なもの。それは間違いない。
お嬢様は僕にとって『特別』だ。
初めて護るべき人だった。
そして、護れなかった人。
「初めての事を特別視することは不思議ではなく、可笑しいことでもない。だが、度が過ぎるのは考えものだ。」
「…度が過ぎると?」
「ああ。お前の今の主君は誰だ。」
「………貴方様です。」
「そうだ。お前が今護ろうとしている者は誰だ。」
琥珀の瞳が僕を見上げる。
強い輝きを持つその瞳に射抜くように見つめられて逸らすことが出来ない。
けど、頭に浮かぶのは目の前の琥珀の瞳を持つ少年ではなく、アクアマリンの瞳を持つ幼い少女。
あの日から脳裏に張り付いて消えない、氷の光景。
「……騎士として有るまじき失態です。申し訳ございません、如何様にも罰を受けます。」
「優秀な護衛を捨てるほど俺に余裕はない。今まで職務に問題は起こらなかった。今後気を付けるのならば今回は不問にしておく。反論は聞かん。」
「……有難く存じます。」
全てを封じられて他に言える言葉はなかった。
僕は、何を考えているんだろう…
騎士として護るべきものは今度こそ絶対に護ってみせるとあの日誓ったはずなのに。
今も懐にある青い花柄のハンカチに手を当てる。
『ケルトル・マーテム様。私の初めての騎士が貴方で心から嬉しく思います。』
そう柔らかく笑った少女の姿が脳裏に浮かぶ。
僕の大切な、大事な言葉。
一生の宝物だと心が奮い立ち、それと同じように悔しさを抱いた言葉。
ルーナリアお嬢様にとってずっと、生涯そう言っていただけるように精進してきた。
鍛錬も。勉学も。交友も。
全てにおいて誇れる事を。
それがなんだ。今護るべき人を見ず、過去ばかりを見てる。
何が護衛だ。何が騎士だ。
僕なんかが騎士という栄誉を名乗って良いのか
沈んでしまいそうな感情に自嘲の笑みが浮かんだ時、ワァアアッと爆発音のような歓声が響く。
驚いて闘技場を見ると、そこには銀の髪と紅い髪が対峙していた。
「手加減しねぇから。」
「まあ、ふふっ。私の台詞ですわぁ」
アーグの軽薄そうな笑みとお嬢様の柔らかな微笑みが交わされ、炎と氷がぶつかっているかのような錯覚を感じる。
本来注目されるはずの第二王子オスカー殿下が気不味そうにお嬢様の少し後方で控えている事に苦笑いしてしまう
あの二人の何とも言えない空気に交じるのはかなりの勇気がいるだろうなぁ。
「…オスカーとエレナ・ジャナルディ嬢は互いのペアから付属のような扱いを受けているな。」
「ぶふっ、…ゴホンッ。」
リアム殿下の実に楽しそうな声音と言葉に思わず吹き出して笑ってしまい、すぐに咳で誤魔化す
駄目だ駄目だ。これ以上護衛としての職務を怠るわけにはいかない。
気を引き締めるように腰に携えた剣の鞘を撫でると
「ケルトル。」
「はい。」
「お前もロズワイド学園の生徒だ。まだ学生の内は好きなようにすれば良い。」
「………、」
この人は本当に、何故こんなにも子供らしくないんだろうか。
「…有難く、」
「御託はいい。お前の見解を聞かせてくれ、高等部優勝者殿。」
揶揄いを含んだ殿下の僅かな笑みに、肩に入っていた妙な力がスッと消えていく
不思議と嫌な気分にならず、素直な笑顔が浮かぶ。
「僕の見解としましてはルーナリアお嬢様の勝つ確率は百ですね。」
「……、…百と言ったか?」
「はい。」
「…………。」
黙り込むリアム殿下の姿に今度は堪えきれず噴き出してしまって軽く睨まれてしまった。
どういう心境なんだろう。やっぱり好きな女の子より強くありたいって感じなんだろうなぁ…
僕にはまだ未知の感情だな。
《今大会のメイン試合となります、初等部一年優勝者、風の使い手オスカー・ロズワイド様と水の使い手ルーナリア・アクタルノ嬢!お二人ともかなりの強者で、魔力量と速さを誇るタッグ!
そして中等部一年優勝者、火の使い手アーグと土の使い手エレナ・ジャナルディ嬢!こちらも二人揃って“剣の天才”と謳われるほどの強者だ!
この試合、目が離せないぞ〜ッ!!!》
審判員…というより解説者の熱の篭った声に会場内がさらに盛り上がりを見せる。
闘技場の中心で対峙する二人にはどうでもいい事なのか気にする様子は一切ない。
けど、ヤル気はお互い十分なようで。
《そして闘技場も最終日になった今日、今までの試合で魔力道具を持たなかったルーナリア・アクタルノ嬢が何かを手にしている!!これはまさか、手を抜いているというのか!?》
「まあ、その逆ですよ。私のアーグ相手に魔力を抑えてコントロールする余裕はございませんもの。」
「光栄っす、お嬢サマ。」
お嬢様は閉じた傘を方手に持ち、もう片方の手を頬に当てて楽しそうに微笑う。その反動で耳元で揺れる蝶と花のピアスが魅力的だ。
可愛らしさが天元突破している。
ファンクラブの生徒が赤いモノを垂らして搬送されていき、見てたオスカー殿下の顔が噴火しそう。
とんだ顔面兵器だ、流石ルーナリアお嬢様。
「私の全力、アーグなら全てを受け止めてくれるでしょう?」
「そりゃ勿論。オレはお嬢のもんだからなぁ。お嬢もオレを受け止めてくれんだろ?」
「ええ、勿論。全て受け止めます。」
「カッケーなぁ、おい。男前かよ。」
軽口を言い合う仲睦まじい様子に会場内は黄色い悲鳴と野太い怒声と甲高い罵声が飛び交う
その様子を少し離れた特別席から眺めて思う。
変わったな、と。
あの頃、お嬢様の傍には無数の氷の棘が周りを威嚇するように存在していた。
そこに近寄れたのは氷を溶かす炎だけ。
けど今、
「アクタルノ嬢、楽しそうなところ悪いけど、タッグという事は忘れないでほしいな。」
「狂犬、貴様もだ。」
「忘れてなどおりませんよ。ねえ、アーグ?」
「あ?あぁー、ウン。」
「嘘つけ!忘れてたって顔してるぞ!」
「真面目にやれ、狂犬。」
周りは賑やかで、お嬢様は楽しそうに微笑っておられて、その場に僕はいないけれど、とても嬉しいと思った。
『貴方がこの先、素敵な騎士になる事を私は信じていますよ』
あの最後の日。
優しい笑顔で言ってくださった事をこれから証明していかなければ。
過去を、過去に変えなければ。
「ルーナリア嬢の属性は水と氷。紅髪と相性が良いのか悪いのか。水は火に強いが蒸発させれば水は無効。炎は氷を溶かす。」
冷静に分析する今の主君に笑う。
「アーグは魔法の実力は上級魔道士に匹敵すると思いますが、そのアーグに魔法を教えていたのはアクタルノ令嬢ですから。」
「……それはまた、素晴らしい能力だな。」
引き攣る美しい顔はそれでもどこか熱を帯びていて、恋する乙女でなくとも恋する者は中々に凄いと思った。
「ケルトルがあの糞会長ボコって優勝してんだ、オレが負けてたまるかってんだよ。」
そんなアーグの嬉しい言葉に緩む顔は、護衛としてのケルトル・マーテムではなく、
「ふふっ。確かにケルトル・マーテム様は会長にお勝ちになっていましたけれど、あの試合は実力に天と地ほどの差があったからですもの。私とアーグにはありませんでしょう?」
「言ってくれんなぁ。」
ただの、昔馴染みのケルトルとして嬉しいからだ。
変わっていく時の流れに一歩、歩き出そう。
その先の道標は正に今、隣に居るのだから。
ケルトルにとってルーナリアは護れなかった特別な人。護衛でなくなっても「お嬢様」と呼んでいたのは“今”でも一番護るべき対象だったから。
でもそれは違うのだと“今”護るべき対象に気付かされたんです。
そしてリアム殿下がルーナリアの過去、アクタルノ公爵家の実態について調査はしても深く関わり何かをするという事はありません。王子という高い地位に存在する者が身内でもない一貴族の令嬢に深入りして良い事なんてありませんから。本人の意思は別として、今回リアム殿下は“王族”の一人としての決断を下したんです。
なんか複雑でゴチャッとしてしまって皆様に伝えられているかと不安になったのでこちらに。
思うところがあるとは思いますが、この決断はかなり前から決めていたので変えずに描かせていただきました。ルーナリアの救済を求めてくださっていた方には申し訳ありません。
今後も苛々する場面は絶対にありますが、何卒読み進めてくだされば幸いです。




