私と父と母
「旦那様、おかえりなさいませ。」
「あぁ。また本か?」
「えぇ。とっても充実した毎日を送らせてくださる旦那様には感謝しかありませんわ。」
「そうか。」
話す父と母を見比べたら、全ッ然目線が合っていませんし笑ってもいません。
本当に冷たい家族関係、と座りながら思います。
特に会話があるわけでもなく、ただ無言で出されていくご飯を食べる。
無言、無言、無言。
私には親子三人で話している記憶がありません。
両親二人で私のことを話していることもないです。
愛されていない。
誰にも、私は……
「ルーナリア。」
「ッ、はい。」
父に声をかけられました。
驚いて息を詰まらせたけれどちゃんと返事をできた私、エライですわ。
ナイフをテーブルに置き父を見ると父は私を見てはいらっしゃらなかった。お肉をナイフで切っている。
母は何も反応することなく食べ続けていました。
ちょっと喜んだ少し前の私、どんまいです。
「三ヶ月後の第二王子の誕生パーティだが、プレゼントなどはこちらで用意する。お前はただ気に入られろ。公爵令嬢は婚約者候補に必ず入る。その時のために今から政治や他国、貴族の勉学や社交ダンス、礼儀作法に励め。裁縫などもな。」
「……はい。」
「全て侍女長に話を通してある。サーナや…フランにも教えてもらえ。」
父はそれだけ言うと食べ終えたのかすぐに席を立ち、ダイニングルームを出て行かれた。
母を見ると幸せそうにデザートを食べています。
「おかーさま、」
「……何かしら?」
あからさまに嫌そうな顔をした母に私は何も言えず「なんでもありませんわ。」と誤魔化しました。
私も食べ終わりフランさんの元へ行います。
「ふらんさん、おゆうはんおいしかったですわ、ありがとう。それで、その……わたしてくださいましたか?」
「ありがとうございます。ええ、お嬢様。旦那様の従者に渡してありますよ。」
「ありがとうございます。」
厨房でのんびりお茶を飲んでいたフランさんの隣に座り、少しソワソワしているサーナを見て、
「きょうはもういいですわ。ありがとう、さーな。またあしたよろしくおねがいしますね。」
「…はい、お嬢様。おやすみなさいませ。」
サーナは嬉しそうに笑ってすぐに厨房を出て行った。その姿を暫く眺めていると、コト、と私の前に紅茶が置かれました。ミルクとお砂糖を添えて。
「…ふらんさん、ありがとうございます。」
「婆にまで気を遣うことないですよ、お嬢様。ゆっくりのんびり話しましょうね。ほら深呼吸ですよ。」
そう笑うフランさんに私は少し詰まっていた呼吸を深く吐き、深く吸うことで落ち着きました。
「……ふらんさんにししゅうやあみものをおしえてもらいたいのだけれど、おじかんはありますか?」
「おやまあ、こんな婆で良ければいくらでもお教えいたしますよ。」
「ありがとうございます。……おかしづくりもおねがいしていいですか?」
「勿論でございますよ。こんな婆で良ければ。」
微笑むフランさんに私も笑みが浮かび、淹れてくださった紅茶にミルクを入れて軽くかき混ぜ飲む。
「…おいしい。」
「食後ですから茶菓子が出せないのが残念ねぇ。」
「ふふっ えぇ、そうですねぇ。」
他愛もない話をし、私は厨房を出ました。
廊下を歩いていた侍女に手伝ってもらいながらお風呂に入り、髪を梳かし乾かしてもらい、お礼を言って侍女が部屋を出てからベッドに向かう。
天蓋付きのダブルベッドはふかふかで体が沈みます。
四方のカーテンを閉め、布団を口元まで被り目を閉じる。
目を閉じた真っ暗な中で思い浮かぶ父と母の顔。
そんな二人を女の表情で見ているサーナ。
「……だれも、……」
呟きは声にならず、私はすぅっと眠りについた。
翌朝、朝早く目が覚めて昨日のことを聞きに厨房へ行くとそこには数人が台で何かを食べていらした。
「おはようございます、みなさん。あさごはんですか?」
「お嬢様!?お、おはようございます!」
「おはようございますお嬢様!いえ、これはその…朝ご飯といいますか…」
ギョッとした顔で私を見て焦る料理人達を不審に思い、食べられていたお料理を見て納得しました。
「たべてくださらなかったんですね…」
私がフランさんに頼んで作っていただいた父が好きだと言っていたワインに合うドライフルーツがありました。きっと無駄になったのを皆さんで食べようとしてくださったのでしょう。
「もうしわけありません。わたくしのわがままをきいていただいたのにむだにしてしまって…」
謝り頭を下げようとしました。
そのとき、
「お嬢様が謝ることじゃないですよ」
ドライフルーツを囲んでいた中にいなかったはずのフランさんの声がし、振り返ると野菜籠を持って立つフランさんが居ました。
「娘が忙しい父を思って楽しい時間を作るために用意した物を無下にした旦那様が悪いのですよ。」
そう言って微笑むフランさんに私は自然と笑う。
その笑顔が良いものだったのかは別だけれど。
「おとーさまがわたくしに“むすめ”をもとめていないことくらいわかっていたんです。わたくしがばかだっただけです。もうしわけありません。」
そう謝る私に厨房は重苦しい雰囲気になってしまい、どうにか話を変えようとして、フランさんに頭をよしよしと撫でられました。
それは私が息を呑むほど驚愕した。
サーナ以外に頭を撫でられたのは初めてでした。
サーナとは違う温かくて優しくてゆっくりな撫で方に、私は少し震えた息を吐く。
見上げた先にあるフランさんの笑顔に、何故だか、涙が溢れそうになりました。