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悪役令嬢ですが気にしないでください。  作者: よんに
学園初等部編
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覚悟



目の前で繰り広げられる魔法の放ち合いに闘技場内は盛り上がり、両者に声援が贈られている。


「この短時間でよくあそこまで鍛えられましたね、アーグ。」


「アイツの熱量ヤバかったしギリギリまで教えてやった。」


「あら、押し負けてしまったの?」


「どーしてもお嬢の傍に居てぇつってうっさかったんだよ。」


「絆されたのねぇ」


「うっさかったからだっつってんだろ。」


気恥ずかしそうに悪態をつくアーグにくすくす笑いながら必死に喰らいついている試合中のオリヴィアさんを優勝者特別観客席から眺める。



水魔法の使い手である会計女子と相性の悪い僅かな火魔法と良くも悪くもない風魔法の使い手であるオリヴィアさんの差は少しずつ縮まり始めていた。


「アンタ、そろそろ限界なんじゃない?」


「すぅーはぁ。…いいえ、そんな事ありません。」


「額に汗ビッショリなのに?」


「これは興奮してかいているだけです。」


「そっちの方が気持ち悪いわよ!!」


元々中等部三年成績トップで生徒会に在籍している会計女子の力量はそこまで戦闘に趣意を置いていなかったオリヴィアさんをかなり上回っている。


オリヴィアさんが決勝戦まで残っていること事態、学園の教員や同級生は驚いているでしょう。


けれどほんの短時間で此処までの成長は目を瞠るものだと思う。それが強い決意からか、単に可能性を持っていたからなのかは定かではないけれど。


「……眩しいですねぇ」


魔力の減りからくる脱力や精神の疲労により汗が止まらない様子のオリヴィアさんは息が荒く、手に持つ魔力道具の杖が上がらなくなっている。


でもその姿がきらきらと輝いて見えて、とても素晴らしいものだと感じた。



「いい加減、諦めなさいよ…!!」


「諦めません。優勝して、侍女になるんです。」


「下民風情が公爵家の令嬢の侍女になれるわけないじゃない!」


会計女子の言葉に会場内でオリヴィアさんに声援を贈っていた人達の声が減ってしまう。


確かに、平民の方が高位貴族の屋敷で使用人として働く事はあまりない。かなり優秀で信用出来る方からの推薦状が無ければまずありえないでしょう。


けれど、私の唯一は平民の孤児だった者だもの。


「あの方は身分がどうかより、今は、能力重視だと思いますので、そう言ったご心配はとても有り難いですけど、無用です。」


そうねえ、私は今のところ家格より能力重視ですけれど、これから先はわからない。


だからそうなる前に、私に絶対的な存在を手に入れておきたい。


オリヴィアさんはそういった面は合格内。

私の覚悟がないだけで。


「誰もアンタの心配してないけどッ!?」


「はぁ、はい…知ってます。」


性格も何だか愉快で楽しい方だし面白い。



「そんな顔すんなら合格じゃねーの?」


「私、約束は守る質ですから。」


「優勝すれば、ってやつか?あの状態からは無理だろ。あの糞女、まだ余力あんぞ。」


「あら、師匠が信じなくてどうするのです。」


「こっ恥ずかしいこと言うんじゃねえ」


眉を顰めるアーグにくすくす笑っていると、闘技場でまさかの戦法を繰り広げ始めたオリヴィアさんを目に留めた。


「………………まあ。」


「うわ、マジでしよった。」



「此処を、掴んで、えーっと…?」


「痛い!痛い痛いっ!離してよッ!」


「あらら?此方に向けるんでしたっけ…?」


「ちょっと、変なことしないでよ!イタッ!痛いってば!離して!!」


「大丈夫ですよ安心してください、タバスコさん。上手に関節外してみせますからね。」


「安心できるかッ!!!」


「あ、駄目ですよ、ちゃんと訂正しないと。皆さんが“タバスコさん”って覚えてしまいます。」


「ワザとだったのッ!!?」


「単純馬鹿には煽りが効くと師匠に教わりましたので、ちょっと馬鹿にしてみたんです。」


「馬鹿にしてんのッ!!!!??」


「はい?そう言ってるじゃないですか…」


闘技場の中心で繰り広げられる舌戦に観客席から僅かな笑い声と咳が聞こえてくる。


皆様の笑いのツボに嵌ったようで。


「ぶあっはっはっは!!やべぇ!!はっはっはっはっ!!いい気味だっての、いーぞヤレヤレー!」


アーグも会計女子の態度に内心腸が煮えくり返る思いだったようでオリヴィアさん押せ押せモードになってしまった。


けど、あれって……


「私が教えた絞め技…」


「そ。オレがお嬢に教えてもらったやつ」


「もう何年も前の事、覚えていたのですか?アーグがアレを使っているのは見た事無いですけど…」


「オレぁ、剣の方が性に合う。絞め技も出来っけど締める前に斬るからなあ。アレは剣からっきしだったから試しに教えてみたら才能あったっぽい。」


あのほんわかしたオリヴィアさんがガチガチの近接戦って…


「…ふふっ ふふふっ、ふふっ」


「珍し。んなウケたんか?」


「ふふっ、だって、っ、ふふ、」


もうほとんど無い前世の記憶を私の代わりに誰かが覚えてくれていて、使ってくれている事が何だか不思議に思えて、


「ふふっ、ありがとう、アーグ。」


とても、嬉しかった。




《白熱している中等部三年女子決勝戦!!残り時間五分を切りましたー!両者頑張れー!》



「はぁっ、はぁっ、」


「すぅー、はぁー。」


オリヴィアさんの絞め技からあらゆる水魔法を試して逃れた会計女子も魔力が底を突き始めて、両者共に激しい息切れを起こしていた。


「次で終わんなァ。」


「そうですねぇ… どっちかしら。」


「ふぁ、…どっちでも可笑しくねーんじゃね?」


欠伸混じりに怠そうに言うアーグはもうこの試合の結果に興味は無いようで、隣の席で凭れて寝る体勢に入ってしまう。


自由ねぇ。折角の初弟子の公式戦を見届けないなんて…まあアーグらしいけれど。


ならせめて、師匠の主人が見届けましょう。



「っ、行きます。」


「来なさいっ!!」


オリヴィアさんの両の掌に火と風が渦巻く


会計女子が赤い扇子を正面に伸ばす


どちらも今出せる全力の魔力を注ぎ、放った。



風で大きさと勢いを増した火とホースから出たような水がぶつかり合い―――



《試合終了!中等部三年女子、勝者は――――》








「―――悔しいです…ッ!!」


「アンタよりも私の方が悔しいわよ!何よ、引き分けって!!どっちかにしなさいよ!!」


「二人共が同時に倒れたなら勝敗は決められないでしょう。そう思い詰めるのは良くないですよ、そうですよねえ、アクタルノ令嬢。」


「そうですわねぇ、大神官様。見事な試合に闘技場は大盛り上がりでスタンディングオベーションでしたもの。」


二人の気絶により引き分けに終わった中等部三年女子の決勝戦は大反響だった。


そして中等部三学年による準決勝、決勝戦は二年生の試合辞退により一年生が決勝進出するも、三年生は女子が魔力が底を突き戦闘不能で、男子も辞退するという異例が起こり本日の闘技祭は終わった。



明日の闘技祭は高等部のトーナメントを行い、その後に初等部中等部の優勝者で最終決戦をする。


初等部中等部の最終決戦は各方面から絶大な人気を誇る者達の試合だと観客は大いに盛り上がり、明日の観戦客は倍以上になりそうで警備に手間がかかると教員の皆様が顔を歪めていらした。


この国の第二王子とタッグを組むのは近年で一番の魔力量を誇る公爵家の令嬢で、対戦相手は近年稀に見る剣の天才少年と天才少女である。


注目しない方が可笑しいと言えるでしょう。

明日の事は必ずお父様にも知られるでしょうし、気合いを入れて頑張ります。

アーグからのおねだりもありますし。



けれど今は、目の前の彼女に困ってしまう。


「うぅ…優勝してルーナリア・アクタルノ様にお試し期間を設けていただきたかったのに…っ」


悔しそうに唇を噛み強く拳を握り締めるオリヴィアさんの気迫に会計女子も大神官様も少し仰け反っていらっしゃって、


「ふふっ」


思わず声に出して笑ってしまった。


「はうぁッ!?わら、笑っていらっしゃる…!可愛い、可愛い素敵、尊いぃ…」


「アンタ何なの…?」


「貴女がそこまで表情を変えるとは…時間が経てば人も変わるものですねえ。」


大神官様が我が子を見るような穏やかな眼差しで恍惚としている危ない彼女を見て微笑む。


神殿に仕える神官様は穏やかな人が多いと聞いては居ましたけれど本当だったのですねぇ。この大神官様だからこそかもしれませんけれど。


「オリヴィアさん、淑女としてしてはいけない顔ですよ。」


「はっ!! 申し訳ありません、ルーナリア・アクタルノ様がとてもとても可愛過ぎて…っ!」


「まあ…。嬉しいです、ありがとう…。」


「はにかみ…ぶほぁ。」


「淑女が出す声ではございませんよ。」


「ハイ。すみません。」


こくこくと真剣に頷く素直さに思わず緩い微笑みが浮かぶと、ほんわかとした微笑みを返された。


何故でしょう。彼女の微笑みは幼い頃サーナに向けられていた温かいぬくもりを思い起こしてしまう。



手を繋いで引かれた時のような


優しく頭を撫でられた時のような


柔らかい優しい声で名前を呼ばれた時のような



『ねぇさーな。さーなはわたくしと、ずっといっしょにいてくれる…?』



そう聞いたのは私がまだ前世の記憶が曖昧で無償の愛が当然だと思い、それなのに家族の愛が貰えなかった事に苦しくて辛かったときだったかしら。


唯一私に優しく話しかけて触れてくれた人に、雛が親鳥の後を付いて回るようにくっついていた。


このとき、サーナは何と応えてくれたのだった?



「ルーナリア・アクタルノ様?どうかされましたか?」


「…いいえ。」


今となっては思い出しても詮無きこと。



だから、今。


私が私自身の思いで決めなければ。



目をゆっくりと閉じ、またゆっくりと開いて微笑む


私の呼吸の仕方。



「オリヴィアさん、約束は覚えていらして?」


「はい、勿論覚えています。…優勝したら、お試し期間を設けてくださるという…」


「えぇ、そうです。」


悔しそうに唇を噛み俯きかけた彼女の頬に手を伸ばして触れる。


柔らかく温かな体温と、潤んだ桃色の瞳を真っ直ぐ見つめれば真っ赤に染まる彼女に微笑う



「来年まで保留に致します。」


「えっ?」


素っ頓狂な声を上げたオリヴィアさんに柔らかく微笑んで頬に当てた手を微かに動かして撫でるとブワァっと首まで赤く染めてしまった。


あらあら…


「ふふっ。来年の闘技祭までを教育期間としましょう。そして、来年優勝したらお試し期間を一ヶ月設け、その後に本契約するかを決めます。」


「え、うそ…」


「嘘にみえて?」


「っ、いいえ…!貴女様は、嘘なんてついていらっしゃらないです…っ」


震えながら声を上げて、桃色の瞳を潤ませるオリヴィアさん


そんなに喜ばれると照れてしまいますねぇ


「一年間、私とアーグが貴女を鍛えましょう。魔法や貴族の事は私が、武術はアーグが教えてあげられます。けれどそれ以外の侍女としての役割などはコースを侍女科に変更して鍛えないといけないわ。それは貴女にとって未知の世界です。そこで誰かが手を差し伸べてくれる保証はありません。身分の低い身で高位貴族の侍女に付けばやっかみは当然あるでしょう。私はその全てから貴女を守る事はできませんし、致しません。どうですか?貴女はそれでも、私の傍にいたいと思われますか?」


優雅な微笑みと冷たい眼差しを向ける。


オリヴィアさんと、その近くに居る会計女子と大神官様が息を呑む様を平然として受け止める。



今この場を支配するのはロズワイド王国三大公爵である、水のアクタルノ公爵家の人間としての私。


私個人の思いや考えよりも、其方を見せて付いてくる者であればこの先も生きていけると思える。


だから出し惜しみはしない。

十年間の努力の賜物は尋常ではないと、私は胸を張って言えるのだから。


貴族としての私は完璧なのだと。




「っ、わたしは、この世界での異物です。」


「歴史に二属性を持つ人間は居ないもの。そう思うのは不思議ではないわ。」


「……失礼を承知で、聞いていいでしょうか、」


「ええ、許可しましょう。」


穏やかに微笑み促すと、一度大きく息を吐き、何かを飲み込むような動作をして、桃色の瞳が私を見つめる。



「世界の異物を、貴女様が気味が悪いとお思いになられないとは限りません。その時、貴女様はどうされますか…?」


「オリヴィアくん、その問は――」


「わたしは守ってきた妹に恨まれました。何故普通じゃないのだと。仲の良かった村の人達に追い出されました。貴族に、研究員に見定められ価値がないと捨てられました。関わってきた人に捨てられ続けたんです。」


大神官様の言葉を遮り早口で言う彼女の表情は堅く、握り締められた拳は震えていた。


それを指摘することはなく、いつも通りの微笑みを浮かべる。


「ええ、経緯は知っていますよ。」


「ッ…、捨てられるのは、嫌です…」


「………。」


「もしも次、異物だと、普通じゃないからという理由で捨てられたら、わたしは、きっと、()()じゃなくなってしまう気がするんです。」


掠れた声と昏く濁る桃色の瞳に、きっともう半分堕ちているのではと思う。


人の悪意は人を殺すから。


オリヴィアさんはそれらをずっと、一人きりで堪えて、耐えて、耐え続けてきた。


それでも己の優しさを見失わなかった彼女の心の強さに目が眩んでしまう。


冷えた紅茶を温めてくれた優しい手にそっと手を重ねて、涙の溜まった瞳を見つめて微笑む。



「貴女を捨てないと断言は致しません。」


「――ッ」


声にならない悲鳴が彼女の喉に留まる。


「私は貴族です。ロズワイド王国の民の生活を守る事を第一としていますので、私に“失敗”や“過ち”などという言葉があってはいけないのです。ですから使えない、使う価値のない物は要らないと考えています。」


「……、」


「私の失敗や過ちはそのまま国へと繋がっている。なので私は不純物の排除を怠りません。」


「……はい。」


「けれど、だからこそ使える優秀なものはとても大切にしていますの。」


「…え、」


俯きかけた桃色が私を見て、じわじわとこぼれ落ちてしまいそうなほど潤んだ。



「世界の異物くらい私が使いこなします。」


同じ異物だからこそ言える言葉。


記憶のこと。氷属性のこと。扱われ方も。


少し境遇の似た彼女を見て助けたいと思うのは私の自己満足かもしれないけれど。


綺麗な淡い桃色からこぼれ落ちた透明の雫が頬を伝いぱたぱたと落ちる光景につい頬が緩む。



「貴女次第ですよ。私の侍女として使える価値のあるものだと教育期間中に証明してみなさいな。」


「ッ、はいぃ…っ」


その返事が彼女の何かを壊してしまったのか、それからのオリヴィアさんはまるで幼い子供のように泣き続けていた。


私はそんな彼女を抱きしめ、淡い薄緑色の髪を優しく撫でて、いつの間にか席を外してくれていた大神官様と会計女子に後でお礼を言わないと、と考えて止める。



今は、私の新たな可愛らしい年上の侍女を癒やすことだけを優先させましょう。





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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの「タバスコさん」がわざとであったのにめちゃくちゃ笑いました。 オリヴィアちゃんやるやん!!!て。 ずっとずっと、ルーナリアが幸せになれるように彼女の幸せを祈ってます!! 先日のケルト…
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