わたしの光
オリヴィア視点。
《中等部三年の女子決勝は生徒会会計のネラリス・タバサルス嬢VS最近一年のアクタルノ公爵令嬢への熱烈なアプローチで有名な火と風の二属性を持つオリヴィア嬢だー!!!》
「なんで二属性のがオマケなんだよッ!!!可笑しいだろッ!!あと熱烈なアプローチって何だぁああああああッ!!!!!」
《先程からテンション爆上げの騎士団からのスカウトマン、ザリウス・ティト様の突っ込み!キレッキレですねー、流石は去年の闘技祭高等部優勝者!!フゥーっ!ザッリウス!ザッリウス!》
「やめろ!去年だから優勝出来たんだ俺は!!惨めになる!やめろ!やめろよぉー!」
《おっけーやめよーう!皆も騎士ザリウス様の心を抉らないように気に掛けてあげてくださーい》
「俺のガラスのメンタル気遣って…」
中等部三年で優勝すればお試し期間…
「まさかアンタが決勝まで来るなんてね。でもアンタみたいな下民が貴族の私に勝てるわけないわ!直ぐに膝を付いて降参すれば痛い目見ないようにしてあげる。」
「……………」
優勝すれば…
「私は水魔法で、アンタは水に弱い火魔法と役に立たない風魔法。二属性でも弱い魔力しかないアンタに負けるわけ無いわ!泣きをみなさい!」
「……………」
お試し…
「そもそも、アンタみたいな芋くさい女が会長の周りを彷徨くのなんて許せるわけ無いわ。私より家格が上の伯爵家でも許せないのに…!!けどそれよりもあのクソガキよ!!あの、顔だけは良いクソガキだけは…!!」
「ルーナリア・アクタルノ様は顔だけでなく心も素晴らしい人です。とても、ええ、綺麗で可愛くて可憐で優雅で、なのに消えてしまいそうなほど儚くて…もし手が触れたら通り抜けてしまうんじゃないかってくらいに儚いけど昨日の優勝した際にクラスの生徒に広範囲拡声魔法でお返事をなさる姿はとてもとても格好良くて…っ!!」
そんな素晴らしい方の侍女見習いに…!!
「なってみせる!!だからタバスコさん。」
「ネラリス・タバサルスよ!!誰がタバスコか!!ふざけんじゃないわよッ!!」
「わたしは貴女に勝ちます。」
「…………フンッ。アンタみたいな下民なんか五分で終わりよ。瞬殺してあげるわ!!」
「瞬殺と言えば昨日のルーナリア・アクタルノ様の決勝戦!素晴らしく速かったですよね。本当に目が追い付かなくてアーグ君が鳩尾にかなりの水圧の水玉が当たったんだって教えてもらえなかったら全然わからなかったです。本当にルーナリア・アクタルノ様は凄いですよね、可愛くて綺麗で優しくてお強いなんてもう女神のような御人じゃありませんか?タバスコさん。」
「タバサルスだっつってんでしょッ!!!??耳節穴なの!?ねぇッ!!?」
「え、あの、タバスコさん。額に血管が…。破裂する前に大神官様に診てもらった方がいいですよ…。大丈夫です、不戦勝にはなりませんよ。完璧な優勝じゃないとお試ししてもらえませんから!」
「……………もういいわよ。」
急に元気の無くなったタバスコさんを不思議に思いながらもわたしが今集中すべきは試合の時どう動くかのお浚いだ。
僅かな間、ルーナリア・アクタルノ様の護衛であるアーグ君に火魔法の効率的な使い方や、簡単な護身術という名の格闘技をほんの少し教えてもらえた。
本当に感謝している。態度と言葉はとても怠そうな彼だけど、わたしがあの方の侍女になる事に対して悪感情は抱いてなかった。
『弱い奴をお嬢の傍には置けねぇ』
そう言って木陰で刺繍をするルーナリア・アクタルノ様を優しい目で見るアーグ君はとてもあの方を大切に思っているのだと知れたし、そんな彼をあの方も同じように思っているのだと気付いた。
とても素敵な主従関係に憧れる。
わたしもいつか、あの方の傍らであの方の信頼を少しでも受ける存在になれたら…
『なんでお姉ちゃんはへんなの!?なんで、わたしはみんなとちがうの!?なんでへんなお姉ちゃんしかいないの!!』
「………。」
学園に入る前、泣きながら妹に言われた言葉に当時のわたしは悲しくて、好きでなったんじゃないと腹が立った。
けどなにより、幼い妹に泣きながらそう言わせてしまうほど傷つけてしまっていた事に胸が痛かった。
《闘技祭二日目最終戦、中等部三年女子決勝!!!ネラリス・タバサルスVSオリヴィア!試合開始!》
「優勝して会長の隣に立つのは私よ!」
「あの方のお傍はわたしが!譲りません絶対に!」
「なんか勝手に違う解釈したでしょ!?」
タバスコさんの放つ水球を緩い足捌きで避け、合間合間に火球と風の刃を放つ
それを相殺されたり、避けられたり、制服を掠めたりして中々上手くやれている。
特訓相手があのアーグ君だけあって、タバスコさんの動きがまるで産まれたての小鹿の様に感じた。
そんな少しスローモーションの風景を眺めてこれまでの事を思い出す
―――わたしは辺境の小さな村に産まれて育った。
父と母、歳の離れた妹とわたしの四人暮らし
とても裕福な家庭でもなければかなり貧困して貧しいわけでもなく、平凡な村娘の一人として家族皆で幸せに暮らしていて、
その頃はまだわたしの瞳は髪と同じ薄緑色だった。
平凡な村娘の日常が変わったのは十歳を迎えたわたしの誕生日。
小さな平屋で誕生日の歌を家族皆で歌って、誕生日だから特別な豪華なご飯でお祝いして、次は妹の誕生日だね、って笑って。
そんな幸せが崩れたのは、
「良い匂いがすんなぁ、オイ。俺等に寄越せよ」
村の近くに拠点を張っていた山賊が現れたせい。
父さんが農具を持って村の人達と交戦し、お母さんはわたしとまだ幼い妹の手を引いて家から飛び出して避難場所である村長の家に必死で隠れながら逃げようとした。
でも、
「こわいよぉ、おかぁさん!」
幼い妹は恐怖を押え切れずに声を上げて、
「オイオイ逃げんなよ!ガキは高値で売れるんだぜ?しかもこの近くの領主は子供好きだぜ、良かったなア?」
「逃げなさい!オリヴィア、この子を連れて早く行くのよ!」
「母さんっ!母さんも行こうよ!村の人が来てくれるよ!だからっ、母さん!」
「行きなさい!!」
力強い母さんの声に弾かれるように小さな妹の手を取って走り出す
怖くて、苦しくて、痛くて、悲しくて。
母さんを置いて来ちゃった。母さんが一人で山賊の相手を、わたしがこの子だけ逃して母さんと一緒に居たら良かった。でも山賊は怖いよ、売られるのもいやだ。でも、母さん…
頭がごちゃごちゃで今も泣いている妹に構う余裕はなくて。
「見つけたぞ、商品。」
背後から伸ばされた大きな手に何かが切れる音がして、恐怖と怒りで感情がごちゃごちゃで、でも妹だけは守らなくちゃって思いだけがシッカリしてて、
意識が朦朧として、少し経ってはっきりした時わたしの視界に写ったのは黒い物体。
そして、
「いたいよぉ…っ!おねぇちゃん、いたい…っ!うわぁあああん…っ」
わたしと手を繋ぐ妹の手が焼け爛れていた。
でも妹と手を繋いでるのにわたしの手は焼け爛れていなくて、意味が解らなかった。
でも、山賊がいないとホッとした瞬間意識が遠退いたのはわかった。
次に目が冷めたとき、
父さんと母さんが亡くなったって事も、
優しかった村の皆がわたしに対して怖いものを見る目をしていたのも、
今もはっきりと思い出せる。
色の変わった瞳に怖いと震えたことも。
「大丈夫だよ、オリヴィア。ずっとこの村に居ればいいから。」
そう優しい言葉を言いながらわたしを怖いものとして見て、決して抱きしめたり頭を撫でたりはしなかった。
ほんとは、早く消えて欲しいって思ってる。
「御先祖に火の特殊魔法、炎を宿す魔道士がいたのかもしれませんね。大丈夫、きっと悪い物ではないから。」
そう言って優しく微笑む研究所の大人は異物を見る目で、未知の物を調べる楽しさを宿していた。
ほんとは、楽しい研究材料だって思ってる。
「そうか、君が例の…。大変だったろう、幼い妹のために火魔法を開花させたと聞いたよ。頑張ったね、偉かったね。」
そう言って涙ぐみわたしを抱き締めた貴族の大人は汚物を見る目をしてて、優しい体温とは裏腹にドス黒い何かがあった。
ほんとは、下民風情に優しい自分に酔ってるだけ
「オリヴィア、貴女はとても綺麗だよ。」
そう言って甘く微笑む貴族の青年は欲を孕んだ気持ちの悪い眼差しで、わたしを見下していた。
ほんとは、珍しい品種に手を出したいのと周りからの賞賛がほしいだけ
全部、全部ウソ。偽物の優しさ。
なんかわかるんです、そういうの。
大人って、貴族って、人間って、そういうもの。
汚くて、醜くて、どうしようもなく汚い。
はずなのに、
『オリヴィアさん、貴女も磨けば光る原石ですよ、きっと。』
貴女はとても綺麗で、優しかった。
『会長に関わる事は今後一切ありませんように、お気をつけ下さいませね。』
作り物のような綺麗な顔を不満気にして言う少女の言葉に嘘偽りはないのに、その裏に込められた思いはとても優しくて。
脳みそピンクの下半身ユルユル下衆野郎の被害者が増えないように。
そう強く思っているのだと感じた。
きっとなんとなく感じ取れなかったら本気で嫉妬しているんだろうな、と思うほど完璧な表情と態度が逆に凄くて、
何故か、惹き寄せられた。
だから申し訳なく思いながらも観察していた。
ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢様
初等部一年二組 王子二人の婚約者候補
成績優秀 容姿端麗 温厚篤実 冷静沈着
護衛:中等部一年一組 狂犬のアーグ
趣味:刺繍 お菓子作り 人間観察
特技:刺繍 人間観察
好みの茶葉はアールグレイ
好みのお菓子は刺繍時に摘めるクッキー等
基本誰にでも優しく温厚だけど嫌な感じの人には少し距離を取っている。だがそれに気づく人は今現在居らず。
脳みそピンク野郎を慕っているように見せかけて現在何かしている模様。
いつも柔らかく微笑んでいて男女問わず魅了する十歳とは思えない美貌を理解して使う様はもう素晴らしく美しいのだ。
そんな素晴らしい彼女が刺繍をする時は西棟の林の木陰が定番。
シートを敷いて綺麗な刺繍の施されたカバーを被せたバスケットにお菓子と紅茶のポットとティーカップを常備して、寒くなりそうな時は暖色の膝掛けをして、その光景はまるで絵本の中みたいで可愛い。
そんなルーナリア・アクタルノ様の可愛い日常の一ページを烏滸がましくも遠くから堪能させて頂いていたある日のこと。
「…あら、紅茶が…。」
この日は肌寒くて紅茶が冷めるのが早かった様子。
いつもなら火魔法の使い手である護衛の紅髪の子が温めているけど、今は運悪く居ないようで…
「………、」
冷めた紅茶を片手にどうしようかと悩む可愛くて愛くるしい姿にわたしはどうしてもそのまま紅髪の子が戻って来るのを待てず、
「あの、宜しいでしょうか…?」
思い切って姿を現して声を掛けてしまった。
少しだけ驚いたような表情をして、ふんわりと柔らかい微笑みを浮かべてくださるルーナリア・アクタルノ様に胸が撃ち抜かれる。
「こんにちは、オリヴィアさん。声を掛けてくださるのは初めてですねえ。どうなされましたの?」
ゆったりとした口調でも遅いと思わない不思議な声色に酔い痴れながら、小さな手がティーカップをシートに置くのを目にしてハッとする。
酔い痴れてる場合じゃない!
「あの、わたし、火が使えるんです。」
「ええ、可愛らしい桃色の瞳をお持ちだもの。」
「かわ…っ…、」
嘘、じゃない……
薄緑色の髪と相反する桃色の瞳を本心から可愛いなんて言ったのはこの少女が初めてだった。
この世界で二属性の人間なんていた話はない。
神話でだって、二つの異なる魔法を扱う者はいなかった。
異質で、異物。
得体の知れない未知の生物を人は恐れて、遠巻きにして、嘘の優しさを見せる。
それが悲しくて寂しくて、でも異物のわたしはどうすることもできなくて。
でもその思いをわたしよりも小さな少女が流してくれる。
「お顔が真っ赤ですよ、オリヴィアさん」
真っ直ぐ目を見て話をしてもらえたのはいつ振りだったかなぁ。
柔らかくてこんなにも優しさを感じる笑みを向けられたのはいつ振りだったかなぁ。
「わたし、火の魔法、使える、ます、紅茶、温めらる、れます。よ。」
硬い口調と変な言葉の繋ぎ方に頭が爆発するんじゃないかってくらい恥ずかしくなって、恐れ多くも許可を得る前に手を伸ばしてしまった。
紅茶の入った綺麗なティーカップを両手で包んで、火の魔力を流し込む
魔力の波でユラユラと波打つ紅茶からふわっと温かい湯気が立ち昇り温め過ぎたと焦る。力を入れ過ぎてしまったどうしよう。
「まあ。ありがとう、オリヴィアさん。気遣ってくださって嬉しいわぁ。」
あぁ、本当にこの子は温かい。
明らかに熱すぎるであろう紅茶にも嬉しそうに微笑む姿の愛らしさと尊さは言葉では言い表せないほど。
「いえっ、あの、すみません、わたし、加減間違えてかなり熱く…!」
「今日は急に冷え込むから丁度良い温度ですよ。」
「ッ〜、あの、ポットにもしておきますね。」
「まあ、そんなに良くして頂かなくとも良いのですよ。お気持ちだけ、」
「いいえ、一度失敗したので挽回のチャンスをいただけたら…!」
貴族の御令嬢相手に自分勝手なことをと言ってしまってから気付いて青褪める。
けど、少女はきょとんとしたあと、可笑しそうにくすくすと微笑って「お願いしましょうかしら。」と言ってくださった。
なんて懐の深い優しい方…!
気合いを入れて挑まなければ、と深呼吸をしているとふと何かがわたしの手に触れて、「え、」と触れた何かを見れば小さな細い手があって、「えっ」と綺麗な微笑みを浮かべている少女に瞠目する。
「力の入り過ぎは余分な魔力を流してしまうの。だからリラックスですよ、リラックス。ゆっくり落ち着いてすれば上手に出来ますよ。」
「りら、っくす…」
え、まって、てに、さわられて、えっ?やわらか、わたしにさわってる、このこが?きぞくの、え、わたしなんかに?てあせ、いや、え、だいじょうぶなの、え、まってまって、ちょっとまって、
「小さな器に魔力を流して温めるには繊細なコントロールが必要でしょう?オリヴィアさんは先程それが出来ていましたもの。落ち着いていれば完璧な温度に出来ますよ。」
「ハ、はい。」
裏返る声に恥ずかしさを感じる間もなくわたしは促されるようにポットに両手を当ててゆっくりと火の魔力を流し、範囲が広いから風の魔力をほんの僅かに入れて全体に熱がいくように混ぜる。
「あら…器用ですねぇ」
「ひぇっ、ありがとうございます…」
褒められたっ、本心だったよ!?褒められた!
「混ぜる魔力が強いとポットが割れてしまいますから、落ち着いてくださいな。」
「すみません。」
「はい、深呼吸。すぅー、はぁー」
可愛過ぎる神尊いヤバイ尊い。
わたしの言語が崩壊した。
「まあ…出来たてのようねぇ。香りも落ちていませんし、完璧な温度調整です。ありがとう、オリヴィアさん。」
「いえそんな!教えてくださった通りにしただけで…!わたしはそんな…」
「あら。口頭で教えただけでも実行出来るのは十分凄いことですよ。」
柔らかい微笑みを向けられて胸が熱くなる。
優しい、可愛い、尊い。
「折角ですからオリヴィアさん、一緒にお茶でも如何ですか?私が焼いたクッキー、食べません?」
ふんわりとした口調で恐れ多い誘いを口にする目の前の神にも等しい彼女に滅相もないとお断りしようとして、気付く
―――寂しい
柔らかく、穏やかな微笑みの裏に隠された思いに僅かでも気付いてしまえば、わたしが彼女に堕ちるのは一瞬だった。
「ルーナリア・アクタルノ様!わたしを、貴女様の侍女にしていただけませんか!?」
学園の貴族令嬢の傍にいつも居る“侍女”という存在ならば、わたしはこの寂しそうな少女の傍らに居られるのかもしれない。
そう思ったら止まらなくて、諦めきれなくて、何度断られても何度も何度もアプローチを続けた。
そしてやっと、やっと彼女は考えてくれた。
お試し期間。
わたしの人生が、運命が決まる。
汚くて、醜くて、どこまでも恐ろしい人間の欲や醜悪さに気が滅入っていた時に訪れた優しい光。
離れてなるものか。
今度こそ絶対に大切な人の傍にいて守りたい。
だから、
「優勝は、わたしがいただきます。」
「会長の傍にはあたしが相応しいのよ!」
タバスコさんには負けられない!




