闘技祭二日目 中等部一年決勝
前半騎士ザリウス視点。
後半リアム殿下視点。
化け物かと思う。
何なんだ、この世代は。
「なあ、俺、幻覚でも見てる?」
「私が聞きたいわよ。……でも、間違いなく幻覚ではないわね」
「えー……幻覚であれよ」
目の前で繰り広げられている炎と雷のぶつかり合う爆音と、聞き慣れた金属がぶつかり合う音。
その音の発生源が十三歳の少年二人って、恐ろしすぎるだろ。
「リアム殿下ってこんなに強い方だったかしら。騎士団の団長直々に指南されているとは聞いていたけれど…」
「確かに騎士団長が扱いてるらしいけど、こんなめちゃくちゃ強いってのは聞いてないぞ。」
「使えないわね、ザリウス・ティト。」
「うるせえ。」
魔道士団の女魔道士に軽く言い返しながらも闘技場で繰り広げられる剣技から目が離せられない。
そして女魔道士は魔法のぶつけ合いから目が離せられない。
プロが目を惹かれる剣技と魔法をする十三歳の少年って、なんだ?いや、マジでなに。
「昨日の初等部で優勝した公爵家の子並の魔法よ、コレ。しかも殿下も紅髪の子も剣が魔力道具よね?なのにあの子並の魔法ってちょっと魔法専門の魔道士に喧嘩売ってるとしか思えないんだけど、ねえ。どういうことよ!?」
「落ち着けよ!俺に言うんじゃねーよ!俺も意味分かんねーわ!何であんなヤバイ剣技しながら魔法出せんだよ!羨ましい!!」
「ザリウス!ミリナ!喧しい!!」
「「スミマセン」」
闘技場に釘付けの先輩に言われて落ち着く
いや、でも確かに昨日の決勝で公爵家の女の子も凄かった。二、三年の優勝者に勝って初等部部門優勝って歴史初だろうよ。
でもまだ初等部の中でだしな。魔法と速さと威力だけが突飛なら…いやでもあの子、魔力道具持ってなかったよな。ピアスしてたっけ?いや違くて魔法だけが凄くても剣とか物理で来られたらあの子は確実に負け確定だしな。でも近づけさせなきゃイケるっていや何か脱線してね?もうわけわかんねーわ
つかバチバチうるせえし、ジワジワ熱い!!
「あの紅髪の子、火魔法の使い手って言うより炎魔法の使い手って言う方が合ってる気がするわ…」
「炎って…絵本の賢者の奥方でもあるめぇし…」
「「…………、……、ええー…」」
無きにしも非ず。
「王子サマァ、いい加減終わんねー?」
「まだ十五分残っているぞ」
「マジかよ、だりぃ」
「そう思うなら緩めたらどうだ」
「ハッ、ウケる」
「そうか」
何故、そんな軽口を叩きながらそんな剣技を…騎士になったのに、俺、心折れそう。
「ねえ、これ三十分終わるまでこのまま?」
「…かもな」
決勝だけ三十分になるのはわかるけど、実力が僅差の奴の試合は時間が来るまで続くのが常だ。
いやもう俺の心が耐えられん…
「にしても、あたしは去年もスカウトに来てたけどあの紅髪の子がこんなにギリギリの試合してた覚えがないんだけど。」
「あぁー、確かに。なんかもうちょい強ければ勝てた、って感じだったよなぁ…」
「今、そんな感じないわよね。」
「だな。どっちかっつーと、殿下がギリギリ追い付いてるって感じだよなぁ。」
「「…………成長期?」」
にしては、……なあ?去年手ぇ抜いてたってか?
「去年より手強いな。手でも抜いてたか」
「アー?ウン。ソウ。」
いや、もうほんと、やめてほしい。
「ちょっと、ザリウス・ティト!何涙目になってんのよ!しっかりしなさいよ!」
「俺、メンタルよえーんだよ…」
「そんなんだから耳にピアスじゃらじゃらなのよ、バーカ。鍛えなさい。」
「うるせえ鋼メンタル。」
「あたしにもピアス付いてるわよ!魔力道具使うわよ!鋼じゃないっての!あたしはただ、昨日の公爵家の子見て折れただけよ!」
「お前も折れたんかよ…」
なんなの、この世代。
騎士と魔道士尽く折るってどーなの。
俺もまだ在学してたらやさグレてたな、絶対。
俺繊細だから。
去年の闘技祭優勝できて良かったー
あの脳ピンク野郎様々だぜ。
屈辱でしかない。
手を抜いていた?王族である俺に対して気を遣って手を抜く者も居るが、コイツの場合はそうじゃないだろう。
だからこそ腹立たしい。
「ルーナリア嬢が居なければ如何でも良いと?」
「そーゆーこと。」
「舐めてるな。」
「舐めてはねーけど、温存はしてるっつーか、お嬢との試合になるべく備えときたいっつーか。」
「……昨日のルーナリア嬢の試合は見事だったと思うが、今剣を交えていてお前が彼女に負けるとは思えない。」
彼女の水魔法のコントロールには目を瞠った。
魔力補佐道具も膨大な魔力を抑えるピアスもしていない状態で優勝を勝ち取った姿は素晴らしいと拍手せずにはいられないものだった。
だが、いくら魔法に長けていたとしてもそれを潜り抜けて剣を当てられれば終わる。
観客席から見ていて彼女にはかなり潜り込める隙があった。それを鋭いこの男が見抜けない訳がない。
「お嬢はなぁ、ウメェんだよ。」
「……コントロールがか?」
「それもあっけどよォ、なんつーの、隙を作ってそこ狙わせて、狙ってきたとこを狙って確実に仕留めるっつーか。」
「……………それは、上級騎士や上級魔道士のするような技ではないか?」
騎士団長に毎回ヤられる身としては、隙を付いたと思えばそれを逆手に取られて首に剣を当てられる。実に苛立つものだ。そしてとても凄い技術だと身を持って知っている。
それを、十歳の彼女がする?
何の冗談だそれは。
「お嬢がピアスも魔力道具も持ってねーって事は、別に思考しなくても勝てるってコト。魔力をコントロールする余裕があるからしてねーだけで、魔力道具持ってたらマジヤベェから、うちのお嬢。」
「………。」
そんな馬鹿なことを、と思えないのは彼女に一番近い男が真剣な目で言っている事と、前に西棟の林で声を掛けた時に瞬時に掌に魔力を集めていたのを知っているから。
昨日のアレが全力ではないのなら、彼女は一体どれほどの訓練をしてきたんだ。
速さも、威力も。中等部生徒ですら出来る者は限られるだろうと思っていた。
レオンとリノの実力はかなりのものだ。
生徒会は筆記試験で上位なだけで入れるものではないのは周知の事実。
ルーナリア嬢も弱くはないと思っていたが、それでも学年で頭一つ上ぐらいだと思っていたが…考えを改めなければならんな。
だかしかし、それは今ではない。
今俺の前に立ち剣を持つ相手に勝つ事が第一。
「あと十分。」
「ケリ付けようってかァ?王子サマ。」
「そうだ。」
剣を一太刀入れてから大きく距離をとり、極大の雷を剣に纏わせる。
「ウッワ。」
此処に来て初めて余裕そうな顔を崩した紅髪に笑う
「これで、ケリを付ける。」
「………おもしれェ。」
怠そうな顔を凶悪な笑みに変え、赤を纏う剣を一振りして腰を下ろし目を閉じた相手に思う。
まるで獣を前にしているようだと。
「……行くぞ、紅髪。」
「来いや、黄色。」
瞬間、赤い炎の剣と黄色い雷の剣が衝突した。
土埃と雷の光と炎が出す煙で姿は見えず、バチバチッという雷の音とジュワッという焼ける音しか観客には届かず、唯一見えた審判員は目を瞠る。
《……ッ、ち、中等部一年、決勝の勝者は―――――――狂犬のアーグ!!》
審判員の奮える声に乗った言葉が闘技場内に響き渡り、視界が晴れた先のリアム王子が膝を付く光景に一拍おいて轟く歓声のような、悲鳴のような、怒声のような声が会場内を包んだ。
「っ、」
ジュクジュクと焼かれた右腕の火傷の痛みに顔を歪めながら剣を鞘に戻して左手を差し出す
首を傾け鳴らしていた紅髪が不思議そうな顔でその手を見てくる姿が、どことなく彼女に似ていて微笑ってしまう。
「良い試合だった。ありがとう。」
「………ドーモ。コチラこそ。」
一瞬目を瞠ったような気がしたが次の瞬間にはいつもの怠そうな表情をしていた。
だが、やはり主従は似るものか?
耳が赤くなっているぞ、紅髪。
「男が照れていても可愛くないぞ。」
「ハア?意味分かんねーしうっせえ」
「やはり似るものだな。」
「何笑ってんだキモ。」
「お前…、それは―――」
「―――さすがに不敬ですよ、アーグ。」
穏やかなゆっくりとした口調の声の主がいつの間にか俺と紅髪の間に来ていた。
その傍らには彼女の元護衛であり、現在俺の護衛であるケルトルが付いていて、俺に目礼をした後「二人ともお疲れ様でした。」と言いながら爽やかな笑顔を浮かべた。
「お嬢の護衛ご苦労、元護衛。」
「お嬢様の現護衛が元護衛だった僕の守護対象に負けていたら笑ってあげたのに。」
「バァカ。負けるわけねーだろ」
「嘘つけ。最後はわかんなかっただろ?だからアーグも全力出したくせに。」
「…………うるせえバカ。」
「素直じゃないなぁ」
仲良さそうに軽口を言い合って拳を合わせた二人にそんなに仲が良かったのかと驚く
その驚きに気付いたのかルーナリア嬢がいつもの穏やかな微笑みを浮かべながら教えてくれた。
「アーグに護衛術の基礎を教えて下さったのは当時私の護衛をしていたケルトル様ですの。あまり長い時間を共に過ごす事は出来ませんでしたけれど二人は仲が良くて。今でも文通しているのですって。」
「そうだったのか。」
人当たりの良いケルトルが文通をするのは想像付くが、あの何事にも怠そうな緩そうな紅髪が文通をするとは…
「リアム殿下、失礼致します。」
驚きだな、と考えていた時に細い小さな手に腕を取られて身体が固まる。
触れられた腕に目を向ければ、肌が焼けた場所に触れるか触れないくらいの距離で手を翳すルーナリア嬢がいた。
上手く上がらない右腕を下から支えるように慎重に持つ彼女の表情は何処か困惑していて、
「大丈夫か。」
そう自然と声を掛けると珍しくその美しい顔を驚愕に彩り、不快げに微笑みを浮かべた。
微笑んでいるのに不快そうに見えるのは逆に凄い気もするな。
「それは私が言う台詞ですわ、殿下。」
「そうか、すまない。」
「…アーグの炎でこれだけの火傷で済んだのは殿下の雷がかなり相殺していたからですよ。少し驚きました。オスカー殿下やガルド様達の話、期待していて良かったです。」
「………それはどういう、」
「その火傷は大神官様に診て頂かなければならないでしょう。冷やしておきましたので処置も早く終わるのではないでしょうか。では失礼致します。ごきげんよう。お大事に。」
声を掛ける間も無く背中を向け去って行ったルーナリア嬢とその後を怠そうに続く紅髪を見送り、ルーナリア嬢が離れた今も感覚が冷たい腕に目を向ければ淡い黄色のハンカチが巻かれていた。
何故こんなに冷たいんだ?
水魔法は温度調整出来るのは知っているが、ここまで冷たい水は聞いたことがないぞ。
まるで氷のような―――そこまでいけば気付く
「なるほど。」
「………。」
「お前は知っていたのか。」
「はい。存じ上げていました。」
何でもないような顔をしているケルトルは、少し目を細めて氷を纏っているかのような淡い黄色のハンカチを見ていた。
その焦げ茶色の瞳に浮かぶ複雑な感情を全て読み取ることは出来なかったが、ケルトルに取って彼女の氷魔法は特別な思い入れがあるのかもしれない。
だが国を治める者として特殊魔法を持つ者の保護は絶対的なものだ。
いつ暴走が起こるかわからないものを野放しにするのは危険だ。国の歴史や、世界各国の歴史で特殊魔法を持つ者が国を壊滅させた逸話は多くある。
特殊な雷魔法を持つ王子である俺も保護対象に含まれているのに、四大魔力の水の特殊“氷”となればまた需要も変わる。
陛下である父上が放って置くわけが無い。
何か処置されているだろうが…
「公爵様もご存知ないと思います。」
「……それは有りえない。」
「それが有りえるのがアクタルノ公爵家の現状です、殿下。どうせあの女がお嬢様の事を有ること無いこと報告しているのでしょう。」
忌々しい、と顔を歪めたケルトルに内心驚く
温厚なケルトルがこんなにも顔に嫌悪感を出すことも、いつも紳士なコイツが女性に対して「あの女」と呼ぶことも。
アクタルノ公爵家で何か起こったのだろうか
俺から見れば、仕事人間だが人格者として通っている公爵と、産後身体が弱くなられた深窓の夫人、虚弱体質の深窓の令嬢という、貴族にはよくある家族間だと思っていたが…
「調べる必要があるな。」
「差し出がましくも殿下。その事についてお嬢様にお尋ねになられるのは止めて頂きたい。」
「当事者の話は必須だ。」
珍しく口を出したケルトルにそう返せば口を噤み、グッと拳を強く握り締めたのがわかった。
そして、
「……ならば、僕が話します。」
重々しく言ったケルトルに目を眇める。
「俺は当事者と言ったが。」
「当事者の近くに居た者の、……守れなかった者の話も必要かと。」
「……聞こう。」
『守れなかった者』
それでケルトルはルーナリア嬢に対して元護衛にしては敏感で過保護なのか。
完璧な彼女の、隠された過去。
「…、……。」
国に関わる大事な話に、こんな時まで己の感情故の優越感を抱く者に国を担えるか、愚か者が。
「ですが話す前にまずその火傷を大神官様に癒やして貰いましょう。」
「時間を食う。先に聞く」
「癒やしてからでないと話しません。」
「……………伝説の癒やしの聖女でも居れば一瞬で終わるだろうな。」
「現実主義の殿下が珍しいですね。負けた事に精神やられましたか?」
「はっ、ほざけ。」
軽口を叩き合いながら大神官の控える医務室へ足を向ける。
「それと殿下」
「何だ」
「アーグがルーナリアお嬢様に勝った事はここ数年というか、これまで一度もありませんよ」
「……………………、そう、か」
好きな相手が自分より強いと知った時の感情は言葉では言い表せないくらい、複雑だった。
備考。
この世界で治癒魔法を使えるのは神殿の高位神官や大神官様だけです。今のところ。




