闘技祭一日目
後半クラスメイトのリメリナ視点。
待ちに待った者もいれば、待っていたわけでもない者もいる闘技祭当日。
学園の闘技場の観客席は既に満員。
特別席にいる騎士団、魔道士団のエリート騎士様に憧憬の眼差しを向ける学生達は、溢れる闘志を胸に抱いている。
「絶対優勝絶対侍女絶対優勝絶対侍女優勝侍女侍女優勝侍女優勝優勝優勝優勝優勝侍女」
若干違う意味を持つ変人もいるけれど。
「うるせえ。頭可笑しくなんだろーが」
「ごめんなさいアーグ君。でも優勝しなきゃわたしはルーナリア・アクタルノ様のお傍には居られないのでかなり気合が入ってしまうんです。」
「そーかよがんばれ。」
「はい、頑張ります!」
闘技祭までの日数、同じ火属性であるアーグに頼み込んで訓練していたお蔭か二人は少し砕けた様子。
アーグのかなりのいい加減さがちょっといい加減になったくらいかしら。
「お嬢、頼みがあんだけど。」
「あら、まあ。アーグから頼み事なんて珍しいですねぇ。もちろん、良いですよ。」
制服ではなく学園の騎士服を身に纏うアーグの姿はとても素敵で、女子生徒や外部からの女性からも目を惹く
鼻が高くなってしまうわぁ
「オレが中等部、初等部のトーナメントで優勝したら何でも言うこと一つ聞いてくんねーか。」
「…………まあ。」
性能の良い剣を頼まれるかと思ったけれど違った事と、アーグの紅い瞳の鋭く射抜く眼差しに驚いた。
こんなにも真っ直ぐ、熱い瞳をアーグに向けられたのはいつ振りかしら。
可愛い子猫のおねだりはとても嬉しくて堪らないけれど…
「初等部入れての、と言いましたねぇ」
「あぁ。」
「つまり、私に勝つ、と言っているのですか?」
私が、負けると?
「お嬢に勝って、頼みを聞いて貰う。」
「……ええ、良いでしょう。けれど私、手は抜きませんよ?」
「あたりめぇだろ。抜かれても嬉しくねぇ」
「ふふっ そうねぇ、正々堂々負かしてあげます。」
「ハッ。負けねぇ。」
「え、そんな殺気立つんですか…?いつもすっごく仲良しなのに…?ええぇー…」
闘技祭一日目は初等部のトーナメント
まずは一年の男女クラス別で行い、クラスの優勝者が一年の男女別決勝で闘い、その優勝者が初等部二年の優勝者と闘う。
今私の居る闘技場の半分の一年一組のスペースでは一組の女ボス、トレッサ・レジャール侯爵令嬢が赤き火の猛威を奮っている。
「おーほっほっほっ!このあたくしに敵う者などおりませんわーっ!」
対戦相手の令嬢を焦がしてしまうのではないかと心配になるくらいの熱気が此方まで届く
それに対して私のクラスの女子生徒陣は顔を引き攣らせたり、身体を縮こまらせたりしていて、あの火に勝つ意欲を持つ者は居なかった。
あらあら…何と嘆かわしい…。
「皆様。」
いつもの穏やかな口調を少し冷ややかなものに変えて言葉を発すると、クラスメイト全員が此方を見て息を呑む。
少し距離の離れた男子生徒も、私から距離を置いていた“毒を抜かれた姫”と嘲笑っていた生徒も、全員が私を見た。
けれど私はそれらに対していつものような柔らかな微笑みではなく、冷たい微笑みを浮かべてみせた。
「甘い夢物語に酔いしれる方にも、本質を知ろうともせず嘲る方にも、負けるつもりはありません。」
目を瞠る方も居れば、首を傾げる者も居る。
十歳なんてそういうものだとわかっている。
けれど、いつまでもそうであっては困るのです。
「レジャール様に怯える前に、私と闘うという事に集中なさいな。」
冷たい微笑みから穏やかな微笑みに戻して、此方に向かって高笑いをしているレジャール様にふんわりと微笑んだ。
お人形のように綺麗で、可愛い女の子。
あたしのルーナリア・アクタルノ公爵令嬢様への第一印象はそれだけだった。
美しいお顔に、美しい髪に、美しい瞳。
同性のあたしですら心を奪われる幼いながらにも絶世の美貌と、柔らかく穏やかな雰囲気と優しい微笑みがとても綺麗で、それでいて儚くて、目が離せなくなったのを覚えている。
身体が弱く今まで貴族の交友の場であるお茶会に出席しなかったらしい彼女には、貴族の取り巻きはおらず、彼女自身もとても気安い人柄で、大商人であるお父様からの仲良くなるようにという言い付けも、半分はあたしがあの方と関わりたいと思ったから話しかけただけ。
「ルーナリアと、そう呼んでくださいな、リメリナさん。」
柔らかい微笑みを浮かべて優しくあたしの名前を呼ぶルーナリア様に、まるであたしが特別な存在にでもなったかのような錯覚を覚えた。
特別なわけがないのに、あたしはルーナリア様の優しく穏やかな声に、眼差しに、酔いしれた。
だからルーナリア様があまり良い噂の聞かない生徒会長を好きになった時も、あたしはルーナリア様を応援した。
この御方の望むままの言葉を紡げば、きっとあたしはこの御方にとってもっと特別で居られるかもしれないと、そんな浅はかな思いを抱いたから。
馬鹿馬鹿しいとルーナリア様から離れたノアン様はやっぱり自分勝手な貴族の娘なのだと嘲って、やっぱりあたしは違うのだと思った。
あたしはルーナリア様に大切にされている。
そう思って、いたのに――――
「さぁ、リメリナさん。いつまでも甘言に耳を傾け続けるのはお止めになられて、貴女自身の目を、耳を磨きなさいな。」
目の前に立ち水を纏う美しい彼女は、容赦なくあたしに魔法を繰り出してくる。
どうして…?なんで…!
「なんで、あたしに攻撃するんですか!?」
「まあ。闘技祭は闘う事を推奨しているお祭りですよ?闘わなければ意味がありませんわ。そして、闘いに容赦と言う言葉は必要ありませんもの。」
ふんわりと、いつもの穏やかな微笑みを浮かべて言うルーナリア様はその間もあたしに向けて水を放つ
それを土の壁で弾こうとして、泥になる。
「なっ!!?」
「水は土を泥と化す。相性が良いのも考えものですわねぇ」
「そんなっ、うそ…!?」
「試合終了は十五分。まだ十三分残っていますよ。頑張りましょうね。」
そう言って優しく微笑むルーナリア様の顔は美しくも、恐ろしく感じた。
結局あたしは十分も持たずに敗北。
ルーナリア様はその後も怪我一つ負うことなく二組の優勝者へと輝き、一組の優勝者であるトレッサ・レジャール侯爵令嬢様との決勝戦を迎えた。
「あたくし今日をとても楽しみにしていたのよ!アクタルノ公爵令嬢!」
「まあ。私も楽しみにして参りましたの。お互い、素晴らしい経験になると良いですねぇ」
「あたくし、貴女のそういう余裕そうなところが嫌なのよ!!」
「私はレジャール様の猫のように鳴くお姿、お可愛らしくて好きですよ。」
「馬鹿にしてるでしょッ!!!!??」
「まあ、ふふふ。」
闘技場の中心で向かい合って話すあのお二人は水魔法と火魔法の使い手
圧倒的にルーナリア様の方が有利だけど、一組の試合の時にトレッサ・レジャール侯爵令嬢様は水魔法を使う方にも圧倒的に勝っていた。
あれほど強いルーナリア様だって、あの熱気の炎のような火に蒸発されて消されてしまうのでは…
闘技場を囲む観客席の一角で祈るように手を握る。
ルーナリア様に敗けて、ルーナリア様の言葉を聞いて、未だに何故などという思いもある。
だけど―――
『リメリナさんが選んでくださる物は私の好みばかりですねぇ。とても可愛らしくて、嬉しいわぁ』
『ルーナリア様の髪は綺麗な銀色なので、お化粧とか服装にもよりますけど赤色だって似合うと思うんです!』
『まあ…本当?学園に入る前は赤色も使っていたのだけれど、薄い私には派手かと思っていたの。』
『そんなことありませんよ!絶対に大丈夫です!ルーナリア様なら赤色だって使いこなせます!』
『ふふ、ありがとう。なら、リメリナさんに私に合う赤色のリボンをお願いしましょうかしら。』
『お任せください!必ずルーナリア様にピッタリのリボンを用意します!』
『えぇ、楽しみにしていますね。』
嬉しそうに微笑んだあの時の笑顔は、絶対に本物だった。
ルーナリア様とその従者兼護衛の赤髪の先輩より親しい関係ではないけど、他の人より仲が良いと思ってた。
ならどうしてルーナリア様はあたしにあんな…
さっきからそればかりを繰り返してる。
「はあ…」
「溜め息は幸せが遠退くって話、貴女から聞いたのにその貴女が溜め息なんて吐かないで欲しいわ。」
「…ノアン様。」
隣に座った久しぶりに話す同じクラスの菫色の彼女が悔しそうに闘技場を見ていた。
「何よ…。ルーナリア様から離れたくせに。」
つい口に出た言葉にしまったと口元を抑えようとしても遅く、菫色の彼女は顔を顰めて口を開く
「当たり前よ。王子殿下の婚約者候補でありながら他の異性に恋をしてのめり込む人に付いて行くなんて、自分の将来を棒に振るようなものだわ。」
「……貴族って、ほんと面倒ね。」
「平民に理解されて堪るもんですか。」
「貴女のそのハッキリ言うとこ、結構好き。」
「…私も貴女の素直なところは好ましいわ。」
これなんの告白?なんて久しぶりの会話に笑い合って、ホッとした。
最初から仲良かったあたし達のクラスが別れていたのはあたしとノアン様が中心だったと思うから。
きっと、クラスの皆の微妙な関係はこれでお終いだよね。
「……きっと私達、いえ、私達二人だけじゃなくてクラスの皆、ルーナリア様に試されていたのね。」
「え?」
悔しそうに言うノアン様の横顔は真っ直ぐ真剣に闘技場に立つルーナリア様を捉えていて、あたしも視線をルーナリア様へ移す
水を纏って手も足も動かさず魔法を繰り出すコントロール力に、やっぱり凄いと感嘆の声が上がる。
「魔法のコントロールは精神が強い者程質が良いって、魔法科の先生に聞いたのよ。」
「……うん。」
「ルーナリア様の手も足も動かさずに繰り出すのは上級魔道士に匹敵するそうよ。」
「……うん。」
「魔力をコントロールしやすくするための魔力道具も持たずしてするのは、規格外らしいわ。」
「じゃあ、ルーナリア様は本当に凄いんだね。」
今闘技場で闘うトレッサ・レジャール侯爵令嬢様は金の鉄扇を持っている。あれが魔力を抑えたり強めたりと難しいコントロールをしやすくするための魔力補佐を行う魔道具。
略して魔力道具と呼ぶ誰もが持っているもの
あたしはよくあるステッキで、ノアン様は木の杖。
剣で闘う人達の中には魔力道具としても使える剣を持ったり、魔力を自分でコントロール出来るくらいの魔力まで抑えるためのピアスをしていたりと様々だけど、ルーナリア様がそれらしきものを持っているのを見たことがない。
つまり、
「ルーナリア様は並の精神じゃないってこと…?」
「流石はルーナリア様よね。本当に、私は馬鹿な考え方をしたわ。」
「えーと…?」
「もう、これだから平民は。つまり、私ですら思う事をルーナリア様がするわけないってことよ。」
「うーんと…、つまり、ルーナリア様が王子様の婚約者でありながら、他の人に浮気するなんてありえない!って、こと?」
「そう。けど婚約者じゃなくて、婚約者候補ね。」
「どっちも変わんないじゃない。」
「……これだから平民は。」
呆れた顔をするノアン様にも気にすることなくあたしは考える。
あの時、ルーナリア様は
『甘い夢物語に酔いしれる方にも、本質を知ろうともせず嘲る方にも、負けるつもりはありません。』
そう言った。
つまり、そういうことだよね。
甘い夢物語。
確かにそうだった。
甘い、あたしにとって甘すぎたもの。
「……ルーナリア様って、やっぱり凄いなぁ」
「今回の事で嫌というほど思い知ったわ。あの時の私、何様なのよって叩いてやりたい。」
「過激。」
「ルーナリア様が私達全員を試していたことに勘づいていたのはガルド様だけだったみたいよ。さっきお話してきたわ。」
「流石は二組のボス。」
「そのボスですら欺く“水の毒姫”。」
「一年の真の女ボス。」
「いえ、一年の女帝よ。」
「…………。」
「…………。」
「………あはっ。」
「………ふふっ。」
顔を見合わせて二人でくすくす笑っていると、ワァッと場内が盛り上がる。
慌てて闘技場を見れば、ルーナリア様の水がトレッサ・レジャール侯爵令嬢様の周囲に檻のように囲んでいる。
檻の中の彼女はびしょ濡れで、いつも綺麗に巻かれているポニーテールの赤毛が草臥れていた。
《えー…、戦闘不能により、初等部一年女子決勝の勝者は―――ルーナリア・アクタルノ令嬢!!》
響き渡る審判員の風魔法による広範囲拡声魔法の言葉に二度目の歓声が闘技場内に響いた。
闘技場の中心でびしょ濡れの赤毛の彼女に声を掛けて威嚇されているルーナリア様はいつものように穏やかな微笑みを浮かべていて、
「……まだ、間に合うかな。」
そんな思いを抱いてしまう。
それはあたしだけじゃなかったみたいで、隣に座っていたノアン様が立ち上がり、
「ルーナリア様ー!!一年女子優勝、おめでとうございますー!!!!」
貴族令嬢らしからぬ大きな声を上げて、またも貴族令嬢らしからぬ大きく手を振った。
………ルーナリア様には負けたけど、ノアン様に負けるつもりはない。
「すぅー………………ルーナリア様ぁあああぁあああッ!!!!優勝ッ!!!!おめでとうございまぁああああああぁすッ!!!!!!」
もしかしたら、ルーナリア様が優勝したから掌を返したと思われるかもしれない。
でも、あたしは知ってる。
ルーナリア様はとっても優しいんだって。
《ありがとう。ノアン様。リメリナさん。》
わざわざ審判員の広範囲拡声魔法を使って応えてくださる、そんな男前な一面もあるなんて…!
穏やかで柔らかい微笑みと嬉しそうな声音にノックアウトされたのはきっと、あたしだけじゃない。
「ちょっと、オスカー。決勝前なのにそんな赤い顔して大丈夫?」
「だだだ大丈夫ダ。」
「…殿下、一度冷やされた方が宜しいのでは。」
「ダイジョウブだ。」
「ガルドの言う通り冷やそう。」
「マムルークも一応冷やしておけ。」
「…、……君は平気なんだね。」
「半年も隣の席なら慣れる。」
「「強者……」」




