闘技祭について
「アーグ、今日もいらっしゃる?」
「五本前の木の影にいる。」
「あら…。五日連続の尾行は中々ねぇ」
「いい加減鬱陶しい。」
顔を顰めて唸るように言うアーグに困ったように微笑み、木の影から此方を窺っている方を見ると気づいて、かなり深い礼をする淡い薄緑色の髪を1つに結った女子生徒は顔を上げてキラキラと輝くような笑顔を浮かべている。
オリヴィアさんが西の林で会計女に問い詰められていた日から今日までずっと、私の後を付いて来るようになってしまった。
所謂、ストーキング行為をされている。
今までこの容姿や膨大な魔力を持つせいで様々な方々に狙われた事もありましたけど、そのような方々とは違う、まるで、そう、神殿で信者が神へ向ける輝く瞳と言いますか…
「飼い主に尻尾振る犬みてえ」
其方の方がしっくりしますねぇ。
そう、まるで大好きな飼い主に尻尾を振る犬……と言うとこの場合の飼い主、私では?
何故でしょう?好かれるような事致しました?
その逆で嫌味な女の子の印象を持たれる雰囲気だったと思うのですが。
まさか特殊趣味の方?私、そういった方を引き寄せてしまうのかしら。オスカー殿下とか…、ちょっと真剣にどうにかしなければいけないかもしれない。
「お嬢何考えてんだよ。」
「特殊趣味の方を引き寄せない方法。」
「ハァ?」
本気の「ハァ?」にム、と頬をほんの少し膨らますと「はうっ」と悶える声が聞こえてしまった。
見てはいけない。いけないのです、ルーナリア。
違う話をいたしましょう。
「アーグ、今日は生徒会で来月末の闘技祭についての会議があるので遅くなりますし、散歩していても良いですよ。」
つまり、糞会長や会計女は生徒会室に居るのでその間に色々な場所を調べておいで、ということ。
生徒会に入って一ヶ月は経ちましたけど、その間に糞会長と会計女が放課後時間ずっと生徒会室に居ることはただの一度もなかった。仕事をなさい無能。
他の生徒会の皆様は自身の役割をこなしているというのに。
無能二人がバラける事もあれば共に居る事もあり、アーグはその両方の行く場所をこの一ヶ月で絞って今日証拠集めの為の工作を行うのです。
「終わる頃には戻ってなさいね。」
「ああ、わかった。」
アーグにはとても胸糞悪い場所に行ってもらう事になるけれど…
「楽しんでいらっしゃい。」
柔らかく微笑みアーグの見事な真紅の髪をふわりと撫でる。
殿下の婚約者候補である私が異性とこんな近いスキンシップをとることは良くないでしょうけれど、
「お嬢も気張り過ぎんなよ」
「ふふ、ありがとう。」
私の唯一、心安らげる相手だもの。
もしもアーグとの事で何かあったとして、弁解をしても無駄だったなら仕方ないと私を差し出す覚悟は出来ている。
けれど病弱であまり深い関係の人物が居ないという事を皆様ご存知なので、唯一の従者である者に安心してしまう姿は哀れみと同情を抱かせるのです。
私のこの儚げな美貌や雰囲気には皆様とても寛容。
まだ初等科一年の子供だからというのもあるでしょうけれど。
「あと黄色と話せると良いなァ?」
「……、………ばか。」
意地悪なところもあるけど、それもまた私にとっては特別なのです。
「こんにちは、ルーナリア嬢。」
例外も居ますけれど。
「ごきげんよう、リアム殿下。」
ふわりと微笑んで、会長席で資料を読んでいる糞会長を見つけて目を輝かせる。
ちなみに、糞会長を前にする時の私は目の前に幼い頃から憧れの刺繍ミシンがあると思っています。
私が初めて王都に訪れた時にお世話になったお店にあったのを見てからずっと、ずっと欲しかった物。
お父様に頼んだところで不必要だと一蹴りにされるか無視だろうし、私も手で刺繍が出来るのだからミシンは無くても問題はないけれど、あるのとないのととても違う気がする。
なので私の憧れ刺繍ミシンを思い浮かべるのです。
アーグ曰く、完璧に『恋する乙女』なので問題ないけど10歳子女としてどーよ、だそう。
「会長!…あの、本日も宜しくお願い致します。」
嬉しくて思わず駆け寄ったけど言葉が出なかった様にすれば会長はデレッと顔を緩める。
「こんにちは、アクタルノ嬢。よろしくね。」
「あの、私、闘技祭について何もわからないので…、…会長さえよろしければ、教えていただけませんか…?」
「あぁ、そうだよね。えーと、この資料が去年の闘技祭についてのもので…。……バルサウィル、それ以降のは何処だい?」
「其方の横にあります。あとアクタルノ嬢はこっちでレオンやリノと一緒に教えるからこっち。」
副会長であるバルサウィル様が呆れた顔をしながら私を呼ぶので嫌な顔を浮かべる。
「私、会長に…」
「いいや、アクタルノ嬢。こういった関わりも大事だよ。だから行こうね。何か心配事があればいつでも言ってきて良いから。」
初めて私を遠ざけた。
「………わかりました、会長がそう仰るのなら…」
悲しげな顔を浮かべて言うと会長は満足そうに頷いて私を副会長の元へ促す
そして自分は会長の仕事をし始めて…
あの糞会長が、仕事をしている?
いつも副会長たちに任せきりの仕事を?
これは……何かありましたね。
実家から何か言われたか、学園内で私が惚れているという噂が完璧に広まったから生徒会長らしくしようと思ったか
わからない。
けれど、する事は変わらない。
私は会長に恋する哀れで愚かな女の子になるだけ
レオン様とリノさんと共に副会長やアイサさんから闘技祭について詳しく教えていただいた。
ロズワイド学園の二大行事『闘技祭』はその名の通りあらゆる技で闘う祭り
そして、簡単にわかりやすく言うとトーナメント方式の模擬戦を各学年で行う行事なのだ。
初等部一年で男女別のトーナメントを行い、勝ち残った男女二名を初等部二年で勝ち残った男女二名とタッグで闘い、勝った学年が初等部三年のトップである男女二名と闘う
中等部も同様。初等部の優勝者と闘い、勝った方が優勝。
ただ高等部は体格も実力も経験技術も違うので初等部中等部で勝ち残った者とは闘わず、高等部一年二年での優勝者を決める。
四名の優勝者には学園からの褒美が贈られる。
そしてこの行事では王宮騎士団や王宮魔道士団の精鋭の方が観覧に来られるので目に止まった者は勧誘されたりする。
なので騎士科の生徒はとても張り切るらしい。
アーグが去年勧誘されてとても面倒だったと手紙に書いてくれていたのでよく覚えている。
闘技祭は外部の出入りを禁止しているロズワイド学園で唯一、家族や親戚が観戦する事ができる行事として有名。
去年は運悪く体調を崩してアーグの勇姿を見る事が出来なかったけれど今年は見れるように気を付けると決めている。
「去年の中等部優勝者はケルトルっつー、リアム殿下の従者の奴で初等部は殿下だな。それと君の従者は準決勝で殿下に敗れてる。良い試合してたぞ。で、高等部は去年騎士団に入団されたザリウスって人な、めっちゃつえーの。」
「存じています。ザリウス・ティト様。ティト男爵家の次男様ですね。」
「そ。会長はザリウス先輩に善戦して負けたんだよなあ」
副会長がそう仰った時、会長が目に見えて分かるほど不機嫌になられた。
「今年の騎士団から来る観戦者にはザリウス先輩もいるって話だから会長も張り切るよなぁ」
「まあ…。そうなんですね…。」
なるほど。糞会長はそのザリウス様に負けたことがとても気に食わないらしく、今から闘技祭に向けて頑張ると。
仕事をして好感度を上げ慕われているのだと騎士団に入団され翌年にはスカウトを任せられる程に信頼されているらしい去年負けた相手に知らしめてやりたいと。
それを剣技で見せるのではなく好感度などで見せつけようとするところに小者感が覗えますねぇ
「初等部一年女子は水の公爵家のアクタルノ嬢か火の侯爵家の令嬢のどっちかだと思ってるんだけど、どう思う?」
意地悪な顔をして聞いてくる副会長に余裕を持った微笑みを浮かべる。
「私に『負け』という言葉はありませんの。」
公爵家令嬢として。
次期王太子妃、王妃として。
「全てを征して勝利を掴むのは私です。」
この場にいる戦うことになるかもしれない相手に柔らかくも強かな笑みを魅せた。
闘技祭にはお父様も見に来られるかもしれない。
敗者が恥ずかしく見苦しいものではないことはわかっているけれど、お父様には公爵家令嬢として誇れる姿を見てほしいから。
「それは楽しみだな。」
珍しく笑って言うリアム殿下に皆様が驚愕の表情を浮かべるなか、私は微笑み頷いた。