赤と緑のほんわか女子
この頃、リアム殿下があまり見れません。
困りました。大変困ります。生徒会の仕事でも支障をきたしてしまうかもしれません。今のところ何もないですが、これが続くのは如何なものかとわかっているのです。
理由もわかっているのです。先日の西棟の林前の時の事でしょう。それしか思い当たりません。
あの、でも、本当に見れないんです。
もうどうしましょう。
「………。」
「ここ最近の刺繍ペース、とんでもねぇな。」
西棟の林の外れの木の下、隣で呆れたように言うアーグが出来上がった刺繍の入ったハンカチを持ち上げて広げる。
白のサラサラした生地に淡い系統色で纏めたボタニカル柄がポイントのハンカチと、黒のしっかりとした生地に紺と白のリーフがポイントのハンカチ
「黒色はアーグのですよ。」
「今日で三枚目。オレそんなあっても使わねーぞ」
「紳士の嗜みとして持っていなさいな。」
「三枚もか?それ逆に笑えんだろ」
「泣いてる子に差し出したりすれば良いの。」
「泣いてる奴に声掛けっかよ。」
「…………雨が降ったとき何枚あっても困らないでしょう?周りの人にも貸してあげられて素敵よ。」
「傘持てよ。」
「……………チェストに仕舞っていても良いから、受け取ってちょうだい。」
「最初から素直に受け取ってって言えよな」
上から物を言うアーグの口に今日の刺繍のお供である今朝焼いたクッキーを三枚放り込む。
アーグの好みは把握している。
アーモンドを練り混んだクッキーが好きでしょう。今日はそれなの、しばらく食べて口閉じてて。
「なあ、黄色がねぇな?」
「…………クッキー食べてなさい。」
「ブハッ」
噴き出して大笑いするアーグは気にしないことにして、刺繍の続きをしようと布に針を刺す
深い青が純白を染めて、美しい花を咲かせる。
刺繍の楽しみは出来上がっていく過程と仕上がり
どのようなモノを描きたいか考える事も楽しい。
心が落ち着いて煩悩が溶けて脳に染み込む感覚が凄く良くて、やっぱり刺繍は好きだと思い知る。
糞会長のことも、会計女のことも、クラスのことも、学園からの好奇の目も、リアム殿下のことも、お父様やお母様のことも、
全部。ぜんぶ溶けて、溶けて―――――
「お嬢。誰か来た。」
「まあ、珍しい。」
西棟の林に入ってくる人なんてほぼ居ないと思っていたけれど。
魔力を探れば三つの魔力を感じた。
三人かしら。
「…匂いは二人だな。」
「…あら。」
それはまた、珍しい人が来ましたねぇ
この世界で人間が持つ魔力属性は一人に一つ
一つの属性が極められて“氷”や“炎”になることは稀にあることだけれど、一人の人間が二つの属性を持つ事は有り得ない。
そう言われていたのだけれど。
この世界初と言われる存在。
“火”と“風”を身に宿す、王国の研究者の注目の的
「あの、ごめんなさい…、わたし、そんなつもりじゃなくて…」
オリヴィアという中等部三年生のその人が
「じゃあどういうつもりよ!?会長に色目を使うなんて…!下民のくせに!」
生徒会会計ネラリス・タバサルスに罵られていた。
あらあらまあまあ…。
生い茂る葉よりも淡い薄緑色のシンプルに一つに纏めた髪と淡い桃色の瞳を持つ、この世界では異質と感じる容姿の彼女はおろおろと濃紺の会計女を見ている。
どうにも、彼女は自己主張意欲が一切無いらしい。
与えられた制服をそのまま着たような格好と、十六歳という女性の美しい成長過程期に化粧気が一切感じられない。
それが悪い事とは思わないけれど、人から注目されているのにありのままの姿を晒す事は女性としてはあまり良い事ではないかもしれない。貴族の多いこの学園では尚更。
別に素材は悪くないでしょう。柔らかそうな髪も愛らしい瞳も、穏やかな雰囲気と相まってとてつもない癒し系でしょうに。
もったいない…、と思って眺めていたら
「二属性が何よ…!!そんな人間居ないんだから!アンタなんか、人間じゃないわよ!!」
そんな言葉を耳にしてしまった。
本当、嫌ねぇ。
恋する乙女っていうのは誰彼構わず傷つけないと気が済まない生き物なのかしら。
「まあ。そのような言葉を口にする方が会長の腹心としてお側に仕えているだなんて…。」
「ッ!?」
木の陰からゆっくりと姿を見せると会計女は綺麗な顔を酷い形相に変えて私を睨みつける。
あらあら、怖い顔をなさって…。
「会長のお側には私の方が相応しいのではなくて?ねえ、そう思いませんこと?」
「え、わたし…?え、えぇっと、そ、そうなんでしょうか、ねぇ…?」
ぎょっとした顔を困惑に変えておろおろと誤魔化すように曖昧な微笑みを浮かべる彼女に微笑みかけると、ふんわりとその頬が赤に染まる。
まぁ…素直な可愛らしい方ですねえ。
「アンタなんか…!アンタみたいな子供なんか、会長に相手されないわよ!!」
「そうでしょうか?私はタバサルス先輩よりも会長とお話させて頂いていますよ?」
「ッ、それはアンタが公爵家の娘だからに決まってるでしょうっ!!!??でなきゃ会長がアンタみたいな子供を相手するわけないじゃない!!」
「…まあっ。」
口を両手で覆い隠して目を潤ませて俯き、如何にも傷ついたという悲痛な顔をする。
いくら会長に心酔していてもこんなにも可愛らしい顔をした私の悲しい顔に心動かされない筈がない。
「女相手に嘘泣きが効くと思わないことね!」
………………何ですって?
「オリヴィア、アンタもこれ以上会長に近づかない事ね。この忠告を聞かなかった場合、容赦はしないわよ。」
「勿論近づかないです。」
「その言葉、忘れないから。」
そう言って顔を真っ赤にさせて怒りが収まらない様子ながらも背を向けて行った濃紺色の会計女に私が掛ける言葉は見つからなかった。
だって、だって…!
「私のこの顔が効かないなんて…!」
「お嬢は自分の顔に自信持ちすぎ。」
「この顔を嫌いな人間居ます?」
「まあ、少なくともいねーだろ。」
「そうでしょう?」
「自信過剰ヤベェ。」
木の上で猫のように寝転びながら苦い顔で舌を出して「うげー」とするアーグに僅かに頬を膨らます
見なさいな、この可愛い顔を!
「計算尽くされた表情こそ気味悪がる奴もいんだろ。あの女はそっちだったつーわけだ。」
「それにしては退散が早かったような気が…」
「あら、確かにそうですねぇ…。……オリヴィアさんは私の顔、可愛いと思ってくださる?」
身長差で完璧な上目遣いをしながら聞くと、
「え?あ、はい…もちろん…、とっても可愛いと思います。可愛いですし、綺麗です。」
赤らめた頬でふんわりと微笑むオリヴィアさんに私が照れてしまった。
だって、本心で言ってくださっているんだもの…
「ありがとう…。オリヴィアさん、貴女も磨けば光る原石ですよ、きっと。」
「え、あ…えっと、ありがとうございます。」
「お世辞じゃなく、本心で言っていますの。」
「あ、…わかります。ありがとうございます。」
少し困ったようなはにかみ笑いをするオリヴィアさんに微笑みながら、「わかります」とはどういう意味かと考える。
嘘がわかる能力でも持っていらっしゃるのかしら。
もしそうだとしたら、彼女はとても不憫ねえ。
研究者は自分達の為にある事ない事たくさん言ったでしょうし、貴族は己が一族に有益であるかどうかを嘘で固めた言葉を優しい笑顔で彼女に贈ったでしょう。
彼女が学園に来て三年だったかしら。
人間不信になっていそうよねぇ
私がどうこうする事ではありませんけれど。
それ以前に嘘がわかる眼を持っているかもわかりませんし。
気不味そうな彼女に気づかない振りをして柔らかい笑顔と口調で話を続ける。
「貴女は会長と何か関係を?」
糞会長の事なら些細な事でも調べておく
僅かに首を傾げたオリヴィアさんは「あ、」と小さく声を上げて私を困った子を見るような目で見た。
きっと噂の”生徒会長に恋する乙女”だと気づかれたのね。
「あの、わたしはこの通り、異質でして…。生徒会長さんは…えーと、気にかけてくれてて…」
「そうだったんですね…」
糞会長の生徒達へのアピールかしら。それともオリヴィアさんのようなふんわりとした女性に手を出したかったとか?きっと両方ね。とても屑。
そしてオリヴィアさんは糞会長のそんなハリボテの優しい言葉に気づきあまり良い印象はない、と。素晴らしい。学園の女子生徒に見習わせたいです。
「けれど、先程のタバサルス先輩のお言葉通り、会長に関わる事は今後一切ありませんように、お気をつけ下さいませね。」
ほんの少しキツイ口調と嫉妬したかのような不満気な顔をして言う。
これは被害者が増えませんようにとの本心なので、嘘ではないから変に思われないでしょう。
「……………。」
ぽかんとした顔をしているオリヴィアさんに優雅な礼をして、アーグと共に元居た場所に戻って帰る支度をする。
「なあ、お嬢。」
「はい?」
「すげー見てくんぞ。」
「……気にしなくて良いでしょう。」
「けどすげぇ熱視線だぞ?」
「…アーグに惚れたのかしら。趣味良いですねぇ」
「ちげぇだろ。阿呆か」
「もう。主に対して何て口の聞き方をするの。」
「申し訳ございませんお嬢様。以後気をつけます。ではお嬢様、校舎に戻りましょう。お忘れ物はございませんでしょうか。」
「まあ、アーグったら。ふふふっ」
いつもの会話を楽しむ私達を、というよりも、私を見つめる桃色の瞳と薄緑色の髪が木の影から見え隠れしていた。
主要人物登場です。
設定詰め込んでみました!




