情報と演技
生徒会に入り数週間。
今も私は糞会長に恋する一年生として精一杯頑張って過ごしています。
「何故ですの…!ルーナリア様、お考え直しくださいませ…っ!」
「あんな黒い噂のある男なんて…!」
悲痛な声と表情で言うこの方々は同じクラスのノアン様、リメリナ様。
菫色の髪と瞳が可愛らしいノアン様は涙目で、黄色の髪と瞳が綺麗なリメリナ様は怒りに震えている。
お二人だけでなく、他の方々も心配そうに私を見ていらっしゃって、ちょっと感動した。
こんな目をアーグやケルトル様、フランさんとノーマンさん以外に初めて向けられた。
胸を擽る温かいモノに頬が緩む。
「…皆様、ご心配をお掛けして申し訳ありません。ありがとう…とても嬉しく思います。」
「っルーナリア様…!」
何故か頬を赤らめているノアン様を見上げて、困ったように微笑んだ。
「けれど…、会長はとても素敵な男性ですよ。」
その一言でクラス中が凍ったような気がした。
「あのルーナリア様を誑かすなんて…!まさかあの噂はガセなのかしら…」
「けど中等部の先輩の話をガセだなんて…」
「実際、高等部では会長に恋人を奪われた人もいるって聞くし…」
「でも、あのルーナリア様よ?」
「そうですよね…。あのルーナリア様に限って性格に難のある方を…とは、あまり思えないです…。」
「でも生徒会長は百戦錬磨との噂もあるぞ?」
「あのルーナリア様がそんな男に落ちるわけが…」
「だ、だよな…?あのルーナリア嬢に限って…」
皆様の情報網についてはとても感服致しますが…、あのルーナリア様とは、どういった意味でしょう。
顔に出さず声を潜めて話す皆様の会話に耳を澄ませていると、隣に座って様子を見ていたガルド様が手を上げた。
ス…、と静かになる皆様に僅か半年程で出来あがっている…とほんの少し慄く
きっと一年二組のボスはガルド様ですね。
「ルーナリア嬢。」
「何でしょう、ガルド様。」
十歳にして貫禄があるように感じるガルド様に微笑みかけると、ピクッと目元が動く
顔に出るところはまだまだですねぇ
まぁ完璧な十歳児などそうそう居る訳もないでしょうけれど。
「殿下方は知っているのか?」
「まぁ…。何故私の…好きなお方を、殿下方がお知りになるのです?」
好きな方を盛大に照れた顔で言えば、クラスの数名が顔を覆って呻いた。
だがしかし、騙されないのがボスである。
「ルーナリア嬢は第一王子殿下、第二王子殿下の御二方の婚約者候補筆頭。いくら学園時であろうと変な噂があっては不味いことくらい、貴女もわかっているだろ。」
そう。王族に嫁ぐにあたり重要なのは家柄、人柄、容姿、そして何より純潔であること。
将来国母となった時に私事で妙な噂や騒ぎで城内や貴族、果ては国中に混乱が起きないようにそう定められている。
実はあの頃の男性とまだお付き合いが…
実は当時憧れていた男性と密かな文通を…
例えそれが偽りであったとしても、そのような話が上がる時点で関わりがあると疑うものだ。
王族ともなれば、些細なことであっても国の中枢機関に関わり、国の不安の種になりかねない。
そして、もしも王妃となる者が王以外との間に身籠ったとしたら……
この歳でそのような泥沼にはならないと思うけれど、将来はわからない。
「…わかっていますの。」
「………。」
真剣な目をしたガルド様から視線を逸らして、手を胸に当てて切なく、か弱い微笑みを浮かべた。
「いけない恋だと…わかっているの……。」
「ルーナリア様…」
「ルーナリア嬢…」
悲痛な声と表情をしてくださる皆様に、弱々しく微笑みかける。
「けれど…、恋とは難しいものですね…」
ここで別れる。
まるで観劇のような悲しい恋物語に夢を見て恋する乙女を応援しようとする者。
「あたしは、ルーナリア様を応援します!」
「好きになってしまったならしょうがねーよな…」
貴族としての矜持を失くした愚かな公爵令嬢を切り捨てる者。
「では、陰ながら応援していますわ」
「生徒会としての活躍を期待しています。」
あるいは――――――
「……………。」
―――真偽を確かめようとする者。
応援する者からは糞会長の噂を。
切り捨てた者からは私の噂を。
真偽を確かめる者は二つを合わせ、更に深い噂を。
全ての情報を耳に入れる。
敵を欺くには味方から。
味方を欺くには自分を愚か者に堕とす。
そして――――
「まあ…!皆様、ありがとうございます…!」
こんな時でも本質を見極める。
不安も、嘲りも、逆境と困難をも踏み台にして乗り越えてこその貴族。
いつかその時が来たとき、混沌とした事になっているのだろうと思うと自然と微笑みが浮かんだ。
「ルーナリア・アクタルノ嬢。少し良いかい?」
私、ルーナリア・アクタルノ、本日は少し人気者のようです。
先程は中等部の女子生徒に顔を見に来られ、高等部の女子生徒に声をかけられ、男子生徒には哀れみの目を向けられた。
初等部一年のまだまだ幼い子供に対して嫉妬心を抱き牽制しようとする人には呆れを通り越して恐れを抱きました。
何故そこまであのような糞に入れ込むのでしょう。理解が出来ません。
そしてこの方も。
「あら、オスカー殿下。どうなされましたの?」
「いや、なに…。貴女の、その……なんだろう。…顔が見たくなったというか、」
目を泳がしながらしどろもどろに言うオスカー殿下に遠巻きに見ている女子生徒が頬を赤らめている。
さすがは美少年。ふわふわの髪が愛らしいですし、翡翠の瞳は何だか癒やされるような気もしなくはありません。
中身がどうかは別として。
「まあ…。殿下にそう言って頂けるなんて…とても光栄です。」
「そ、そう…。あの、さ……、それで…その…」
「はい?」
「えーっと、その…」
「はい。」
「あ、の…」
はっきりなさいな、ヘタレ王子。
とは口に出さず、教室の扉の前でこれ以上留まるのは良くないので、オスカー殿下を階段裏へと促す
後をついて来た不躾な人も数人居ますし、噂が広まるのも早いでしょう。
などと思案していると意を決した殿下がついに口を開いた。
「生徒会長に、ひ、…惹かれているというのは…、…じ、事実なのだろうか。」
「………。」
「き、君に限って恋にうつつを抜かすというのはあまり想像できないが今学園中で“水の毒姫”が恋に落ちたなどと噂する者もいてそれで君が“毒を抜かれた姫”などと嘲笑されているのだと知っていているのだろうかと心配になってじゃなくていや心配はしているが君は一応王家に継ぐ権力を持つ公爵家の一人娘であるからしてあまりそのような噂があるのはいかがなものかと君のい、一応、こん、こんやく、しゃ、としては是非とも真実を聴ければ良いと思って話を聞きに来た次第なんだけどどうなんだよ。」
一息で言われて少し圧倒されてしまった。
ですが一つ。
「私は殿下の婚約者ではなく、婚約者候補ですよ、オスカー殿下。」
「わ、わかってる!付け忘れただけだ!」
「婚約者と婚約者候補では大きな違いがありますので、付け忘れたなどと幼子ではあるまいし、お気をつけくださいませ。」
「……………相変わらず、僕に対して毒を吐く。」
「まあ。言われ続ける気分はいかがです?」
「……………もう慣れた。」
「慣れる程言われる事に対し危機感を覚えてくださいませ。」
少し引き攣る口元をニコッと動かし、不機嫌そうに私を見るオスカー殿下を見上げる。
「…殿下は、私が会長をお慕いしていると、そう仰られましたね。」
「そのような噂が流れているんだ。火のないところに煙は立たぬ、だ。」
「ふふ、えぇ、そうですねぇ」
あの殿下が…と上から目線になりますが思ってしまうのは致し方ない事だと思う。
子供の成長はあっという間。
私も記憶が無かったのなら純粋な子供だったのだろうなぁ、なんて過ぎたことを思って自嘲気味な微笑みが浮かぶ。
「…私は、私に優しくしてくださる方はとても好ましく思うのです。」
「まぁ、誰であれそうだと思うけど。………会長がそうだと?」
「ふふ。あの方は女性に対して紳士ですの。」
表向きは。
「紳士なら他にもいるじゃないか。…兄上とか、ケルトルとか、マムルークとか………ぼ、僕とか…。会長は17歳なんだよ?10歳なんて子供を相手にしたりしない。」
「……。」
口元を両手で覆い目を瞠り、ゆっくりと俯いてからじんわりと瞳を潤ませる。
その様子に殿下が「アクタルノ嬢?」と声を掛けながら一歩近づいて来たところで、一歩下がり顔を上げ見上げる。
驚愕した表情で硬直した殿下に目の潤いが乾いてしまわない内にほんの少し掠れた声を出して言う
「そんな、こと…私が一番、わかっています…」
「っ、」
「…それでも…、それでも……この想いを無くすことは出来なくて…」
「アクタルノ嬢…、」
顔を歪めた殿下に淡く微笑んでみせた。
「王太子妃候補に上がっている者として、決して…決して許されない事だと重々承知しております…。ですが…!」
胸に両手を当て切なく眉を下げて、見つめる。
見つめて、それ以上言葉が出ないとでも言うように俯いて、肩を震わせてから深く礼をし――――
「申し訳ございません。…失礼させて頂きます。」
「あっ、」
―――そそくさとその場から離れた。




