ちいさなワガママ
サーナとノーマンさんと共に花を生け終わり、後は使用人の方達が準備をするとのことで私はサーナともう一箇所、馴染みのある場所へと赴く。
目的の場所に着きノックして開けるとふわんと良い香りが鼻をくすぐりました。
アクタルノ邸の厨房です。
「ふらんさん、いらっしゃいますか?」
「はいはい、お嬢様ようこそ。」
私の呼び掛けに腰の曲がった年配の女性が返事をしてこちらをニコニコと見る。
祖父の代からの料理長のフランさん。御歳78歳。
腰は曲がっているけれどその腕前と料理に対しての熱意はどんな若者達よりも凄く、まだまだ現役だと言って休まない少し頑固な人です。
私をお嬢様と呼びながら気軽に接してくれる人。
フランさんに駆け寄りお父様のお戻りの件を伝えると「もう準備に取り掛かっていますよ」と柔らかな声で教えてくださりました。でもその手は高速で美しい料理を作り出していらっしゃる。
一緒にお菓子作りをしても私の方が若くて体力もあるはずなのに、いつもバテてしまう。実は年齢詐欺ってるんじゃないかと疑うも祖父の写真には若かりしフランさんが写っています。とても80歳前の御老人とは思えないです。
アクタルノ邸の七不思議だと思います。私の中で。
「じかんのじゃましてごめんなさい。でも、ふらんさんにおねがいがあってきましたの。」
「まあまあ、邪魔になんて思いませんよ。こんな老婆で良ければ何でも聞きますよ。」
ニコニコと笑みを浮かべたままそう言ってくれたフランさんに私は礼を言い、頼み事をします。
私の頼みを聞いたフランさんが一瞬目を丸くした後、ふわっと優しい笑顔で頷いてくれました。
「さーな、そろそろきがえますわ。」
「かしこまりました。どのようなドレスに致しますか?」
「あかいろがいいです。」
サーナと自室へ戻ると赤のドレスが用意されていて本当にメイド達は行動が素早いと感心します。
数ある赤いドレスの中から白い花が裾から上へ散らばるような刺繍のされたドレスを選びました。
髪を編み込みハーフアップにしてもらい、大きな赤い花の髪飾りをします。
してくれたサーナにお礼を言って鏡の前でくるりと回って自分の姿を見る。
「さーな、にあいますか?」
「ええ、勿論お似合いですわルーナリア様。とっても可愛らしいです。」
「ふふっ ありがとう。さーなはすごいですわね。わたくし、じぶんのかみをとくことしかできませんのに。」
少しむくれながら言えばサーナが私の髪を崩れない程度に撫でて、見上げればいつもの優しい笑顔。
「お嬢様はまだ幼いですもの。大きくなられたらきっと上手にたくさんのことが出来るようになりますわ。それに、お嬢様がご自分でなされたらサーナのすることが無くなってしまいますわ。」
「…そうですね、まださーなにしてもらいますわ!いつかじょうずになったらさーなのかみはわたくしがしますね!」
「……まあ。ふふふ、とっても楽しみですわ。」
緩やかに笑ったサーナの手を取り、小指と小指を絡めて指切りげんまんをします。
もっと幼い頃からノーマンさんやフランさんともして来ました。誰よりもしてきたのはサーナだけれど。
「さーな、さーな!はやくいきましょう?おとーさま、もうついてらっしゃるかしら?」
「今から少し急げば間に合いますわ、お嬢様。少し小走りしましょう。」
私の手を引いてサーナが玄関への道を小走りで歩いて行く。
本当はまだ6歳児の幼子だとしても一応主なんだから引っ張るなんてことしちゃ駄目なんですよ?
でも、そんな嬉しそうな顔されちゃ何も言えませんね。
どうしてあんな人が好きなんでしょうね。
そんなことをもう三年は思っているけれど、勿論誰にも内緒。
サーナと共に玄関へ向かえばそこにはすでに父がいました。従者達と話をしています。
仕事の話かもしれないから声をかけるのを躊躇っていると、サーナに少し強く手を引かれ、見上げると私ではなく父を熱の篭った目で見ているサーナ。
仕方ない、と声をかけました。
「おとーさま、おかえりなさいませ。」
「………ルーナリアか。」
「はい。」
首を真上にして見上げなければ見えないほど大きな父は私と同じアクアマリンのような目をしています。
氷のように冷たい目つきと変わらない表情から“氷の公爵”と呼ばれているらしいです。
我が父ながら見た目は完璧なのに残念ですね。
「おかーさまはほんをよんでいらっしゃるとおもいますわ。こえをかけにいかれますか?」
「…いや。…それより食事の準備はしてあるか。」
「はい、旦那様。もう食されますか?」
コツコツと音を立てて早足でダイニングルームへ行く父に付いて行こうと思うけれど子供の歩幅で追いつけるわけもなく、父はすぐに行ってしまいました。
少しくらい娘との話を……、なんて、そんなこと思ったって仕方ないですわね。
「さーな、おかーさまをよんできてくれますか?」
「……はい、畏まりました。」
サーナは私を見ることなく母の元へ向かう。
その姿を私はぼーっと眺めながら思う。
……ほんとは、気づいてるんです。
「ごめんなさい、さーな。」