勧誘と事案
ロズワイド学園に入学して初めてのテストが終わって成績発表があったその翌日の放課後、私は職員室に呼ばれていた。
「私が生徒会に、ですか?」
「ええ。我が校の生徒会は各学年の成績優秀者でしています。アクタルノ嬢は初等部一年で首位ですから生徒会からも勧誘して良いかと言われまして。」
「…首位は私だけではなく、一組のレジャール侯爵家の方もでした。あちらには声がかかっていないのでしょうか?」
あの方なら喜んで生徒会に入りそうですけれど…。
腰に手を当ててぷんっと顔を逸らす猫みたいな赤毛の少女が頭に浮かんで消える。
生徒会にはリアム殿下も居られるはずですから、それを逃がすような方ではないし…
「…勧誘がありませんでしたから。それに性格…ごほん。いえ、普段の行動…、などに基づいて…」
なんとか良い言い回しを探そうとしている先生に少し感銘を受けた。
「そうでしたの…。そういう事なら私でよろしければ、微力ながら生徒会に貢献出来るように是非お請けさせて頂きます。」
そう先生に微笑み応えていると、
「宜しく頼む、ルーナリア嬢。」
背後から声をかけられる。
振り返れば、金髪と琥珀の瞳を持つ美少年が居た。
優雅にカーテシーをして微笑む。
「ごきげんよう、リアム殿下。生徒会の新参者に御指導、どうぞ宜しくお願い致します。」
「生徒会は常に人手が足りないからな、戦力は有り難い。期待している。」
「頑張ります。」
そう言った私に美しい微笑みを向ける殿下に少し目を逸らしたくなりながら微笑みを返した。
「まあ。では七名の内五名でなさっていますの?」
「そうだ。全く手が足りん。」
職員室に近い中庭の木陰にあるベンチでリアム殿下に生徒会の話を聞いている。
生徒会は先程先生が仰られたように成績優秀者、学年で首位の者達が集まっていて、その中には貴族ではない方もいらっしゃるよう。
簡潔に言ってしまえば、勉強の出来る平民と同じ空間に居たくないやってられるか、と言った方が二名いると。
その二名の生徒会員は幽霊会員になっているらしい。除名を、としたらしいがその事には尤もらしい言葉で躱し続けているみたいで…
「責任ある立場を頂いたからにはその責務を全うするべきだというのに…。貴族の名を持つ者が聞いて呆れますねぇ」
「まったくだ。だが、そんな奴等如きを除名出来ずに居る俺も王族として不甲斐ない。」
拳を握り琥珀が鋭く前を見据える。
その力強い姿は以前パーティで見た姿と同じ、眩しく感じるものだった。
「……私も生徒会の一員になるのですもの。不廃物の撤去は重要事項。最初の案件を精一杯やり遂げてみせますね。」
「それは頼もしい。共に上手く排除しよう。」
微笑み合う姿は傍から見れば甘酸っぱさあるように見えるが、会話は子供のそれでない。
「それで不廃物の方の名は?」
「現生徒会長ウィスド・カヴァルダンと会計のネラリス・タバサルスだ。」
「あら、まあ…」
生徒会トップが何をなさっているのでしょう…?
それにウィスド・カヴァルダンと言えば大きな武力を持つ侯爵家の次男だったはず…
「生徒会長と言えばファンクラブがある程人気がおありの方でしょう?」
「そうだな。顔と表向きの態度だけは良い。」
「そういう方こそ排除するには時間と情報が必要ですねぇ…」
「情報はそれなりにあるつもりだが、隠すのが上手いうえに滅多にボロを出さん。今までも全て躱されるか…、………揉み消されている。」
「それはまた…。」
厄介な、とは口に出さずに頬に手を当てて困ったように微笑む。
思案する時に顔に出ないよう仮面のように張り付くこの表情に、リアム殿下は僅かに目を細められたけど何も仰られることはなかった。
何故微笑む、って言われても可笑しくはないと思うのですけれど…。
そう思いながら今回の相手は最高学年高等部生で、今は堕ちているものの頭の良い人物相手。
己の地位に溺れた馬鹿な大人ほど自惚れてはいないはず。だからこちらも油断は禁物。今は他の事は流しておく。
リアム殿下ならば見逃しておいても少々痛い目はみないでしょうから。
「殿下、他の生徒会の方々に会長寄りの人はいらっしゃいますか?」
「いや、次期会長寄りばかりだ。俺を含めてな。」
「次期会長というと…バルサヴィル侯爵家の嫡男様ですね。なるほど、人格者と聞き及んでいます。」
「…その情報能力、俺も見習うべきだな。」
しみじみと言われて思わず笑ってしまった。
その後、明日の放課後に生徒会員と顔見せをすると決めて殿下は去って行かれた。
一人残った中庭の木陰のベンチで息を吐き上を見上げて口を開く。
「貴方は会長の事何か知っていて?」
「手癖がめちゃくちゃわりぃ」
「先程殿下が口籠られたのはその部分ですか。」
「そりゃあ、まだ初等部の子女に言うわけにゃいかねぇだろーよ。」
呆れた声の主は上に生えた幹に寝転がって伸びをしている。正しく猫。
「会計のネラリス・タバサルスという方、タバサルス子爵は知っているけれどネラリスと言う名はなかったはずよねぇ?」
「他所で作ったガキだろ。」
「あら…。彼女、中等部三年生よねぇ。お年頃の子ね。優しい男性に惹かれたのかしら。」
「知らねー」
興味無さそうに言うアーグにくすくすと笑って、少し暮れてきた空を見上げる。
不思議なもので、あの領地の屋敷から見た空と今この学園の中庭で見る空は違うように見えた。
「自由に、楽しく…理性的に。」
微笑みながら口に出した後、両手の掌を顔の前に上げて魔力を溜めていく
掌にひんやりとした透明のモノが浮かび、ソレにそっと息を吐きかけるとソレは僅かに氷を張った水の蝶へと姿を変える。
遠い場所まで連絡するための高位魔法。
王都の屋敷の書庫で見つけた便利なこの魔法を数カ月かかってマスターしてからとても重用している。
伝言を蝶に伝え終わってふうーと柔らかく蝶に息を吹けば、蝶は空気に溶け込んで飛んで行った。
水と氷は透けて良いわねぇ。なんて暢気に見送って居るとアーグが木から降りて私の隣に来る。
「生徒会とか面倒くせぇコトしたら糞爺が出しゃばってくんじゃねーか?」
「あの人もそこまで馬鹿じゃないですよ。学園に外部が深入りする事は例え保護者でも緊急ではない限り禁じられていますから。」
「糞爺なら緊急の時こそ来ねぇだろーな。」
「まあ、アーグったら…。同意見ですけれど、あまり強い反感を持っていてはいけないと言っているでしょう?」
「今ここに俺等以外いねぇから。」
「ふふっ そうねぇ、居ないのなら良いかしら。」
アーグの無造作に結われた紅髪を指で梳いて笑う
「私もアーグも、楽しくなりそうねぇ」
「…そーかもな。」




