ロズワイド学園
温かい日差しの季節。
ロズワイド王国の貴族の子息令嬢が本日より、世界有数の学園へと入学する。
「あっ、アクタルノ令嬢だわ…!」
「“水の毒姫”と噂の!?まあ…本当に可憐な方ね…」
「王子殿下御二人の婚約者筆頭だそうだ。」
「家柄も容姿も最上級で、あの年で聡明であるとは…未来の国母に相応しい!」
学園の制服を着た上級生の話を聞いて、何だか気恥ずかしい気持ちになる。
こんなに褒められるなんて……
「お嬢、顔ニヤけてんぞ。」
「アーグにしかわからないでしょう?」
呆れた顔で私の僅か後ろに付くアーグは学園の制服をかなり着崩しているせいか、少し浮いている。
素行が素晴らしいとは聞いていませんけれど、悪いというわけでもないらしいのに何故こんなに遠巻きに…。
女子生徒の白のセーラー服と男子生徒のブレザー
どちらも襟と袖に金色のラインだけのシンプルな制服で、貴族令嬢にも好評な素敵なデザイン
セーラー服はリボン型とスカーフ型のどちらでも良いけれど、上位貴族がリボン、下位貴族がスカーフというのが暗黙の了解らしく、私も学年色である淡い緑色のリボンをしている。
アーグはブレザーなしで、シャツをズボンに入れずに出していて、気弱そうな令嬢は視線も向けられない様子。学年色を表す黄色のネクタイはブレザーのポケットに入れたままらしい。
相変わらず髪の毛も緩く後ろで結ぶだけなので、この気怠そうなのが一部には人気みたいですが…
「少しは上級生らしくしてみては?」
「だりぃ」
「変わりませんねぇ、面倒くさがり屋さん。」
久方振りのアーグは体格こそかなりしっかりとしていますが、顔付きも雰囲気もちょっとだけ凛々しくなった気がするだけで変わりはない。
それに安心すると同時に心配。
気心の知れた友人は作れたのかしら。手紙のやり取りでそれらしい話は聞いたことがありませんし…
「お嬢、式遅れんぞ。」
「あら。それはいけませんね、急がなくては。」
ルーナリア・アクタルノ、今日から小説の舞台である学園生活へ突入します。
高等部からのヒロインさんもとても楽しみですが、それ以前に同年代の人と学ぶことが楽しみですし、初めての寮生活という屋敷を離れた生活がとっても楽しみです。
小説の中で共犯者となる隣国の間者にはなるべく気をつけながら過ごして、変な敵は作らない。
ずっとではないけれど、これからはアーグが居てくれますし、不安はありません。
だから、私にとっても、アーグにとっても、素敵な出会いがたくさんありますように。
願わくば、高等部からのヒロインさんとも仲良くなれますように…。
学園の講堂にて入学式が行われている。
親が来ていたりいなかったりの式ですが、勿論私の両親は姿がありません。
お母様は私が王都に来たと同時に避けるように領地へ帰られたし、お父様は今日も王城にて仕事だ。
これから暫くの寮生活で顔を合わせずに済むことに少しホッとするけれど、ちょっと悲しい。そんな懲りない私にアーグはこの事ばかりはとても嫌な顔をしていた。
「期待に膨らむ皆にとって、素晴らしい学園生活が待っていると断言出来る。様々な人と出会い、その思考に触れて己の能力、実力を高め、自信をつけて欲しいと思っている。
本日は入学おめでとう。共に素晴らしい学園生活を送ろう。中等部代表、リアム・ロズワイド。」
そう締め括り祝辞を終えたリアム殿下に講堂に響き渡る拍手と、驚愕の声。
王都から離れた地方貴族や下位貴族の末子達はあまり茶会などに出席しないので王子殿下等の姿を知らない人もいるのだ。
この国の王子があんなに素敵な方と知って嬉しくない人はいないでしょうねぇ
―「続いて新入生代表。オスカー・ロズワイド様。ルーナリア・アクタルノ様、御登壇願います。」
………あら?聞いてないのですが…
そんな事を表に出すわけもなく、ふんわりと微笑みを浮かべながらオスカー殿下にエスコートされながら共に壇上に上がる。
ブレザーを着こなすオスカー殿下に僅かに黄色い悲鳴が耳に届く。流石にこの場で大声を上げる恥ずかしい人は居ないでしょうけれど、少しホッとした。
場を弁えない困った方も稀にいらっしゃいますし…
「暖かな日差しの今日、ロズワイド学園に入学出来たことを嬉しく思います。身分の差を気にせず、勉学を共にする学友として研鑽仕合い、素晴らしい学園生活を送りましょう。
新入生代表、オスカー・ロズワイド。」
爽やか笑顔で締め括り盛大な拍手を贈られるオスカー殿下はまさに“王子様”で、キラキラ光るものが見えた気がした。
オスカー殿下は中央の壇上から一歩下がった所に居た私を振り返り手で促すと、自身が後ろへ下がり私が注目を浴びる。
今まであまり経験することのなかった大勢からの視線に少し気を張ったけれど、一切表情に出さずに優雅なカーテシーをする。
「今日の良き日に皆様と名誉あるロズワイド学園に入学出来た事をとても嬉しく思います。同時に、学園生である事を胸に己の研鑽を絶やさず、常に高みへと登る目標を抱えて行きたいと思っています。同級生の皆様、研鑽仕合い互いの実力を向上していきましょう。そして上級生の皆様、教員の皆様、どうぞ御指導御鞭撻の程、宜しくお願い致します。
新入生代表、ルーナリア・アクタルノ。」
終始穏やかな口調と微笑みを浮かべ乗り切り、一拍の後に盛大な拍手が講堂に響く
何だかオスカー殿下より大きい気がするのですけれど…。あら、拗ねた顔をされていますね…
まあ気にしなくてもよろしいでしょう。
殿下にエスコートされて席へ戻り、それからは無駄に長ったらしい話が続き入学式は終わった。
新入生は総勢四十名程の初等部一年は二クラスで、そのまま八年間クラス替えはないのでずっと変わらない顔です。
そして私は二組。オスカー殿下は一組でした。
王位継承権を持つ王子殿下と違うクラスという事で落ち込む子息令嬢方も多いけれど、ホッとしていらっしゃる方もいて…
地方領地の方や官僚や騎士の子息令嬢、ご兄弟の多い下位貴族の末子の方々が安堵していらっしゃるみたいだけれど、殿下に次いで高位貴族の私に少し落ち着かない様子。
八年の間で慣れは来るでしょうけれど、素晴らしい学園生活のスタートは素晴らしいものの方が良いでしょう。
そう思い、記憶の大学とやらのような広い教室の真正面ど真ん中の教壇に立つと、自然と皆様の視線が向く。
ふわり、もう癖のような穏やかな笑みを浮かべる。
「皆様、これから八年間、どうぞ宜しくお願い致します。私はルーナリア・アクタルノと申します。
ルーナリアとお呼びくださいな。」
親しい者しか呼ぶ事はないファーストネームを呼ぶには早いけれど、手っ取り早く絆を作るキッカケになるのなら別に気にはしない。
そもそも私の名前を呼ぶ人は少ないですし。
驚愕と困惑の表情の同じクラスの皆様に、少し首を傾げて困ったように微笑む
「いけません、でしょうか…?」
秘技・困り顔の微笑みおねだり
アーグには余り効かないけれどリダ達には効果覿面なのは知っている。この顔の美貌は凄いのだ、私はそれを存分に知り尽くしているのですから、この顔を使う場面は承知していますの。
予想通り、皆様は頬を赤らめて「ルーナリア様」「ルーナリア嬢」と呼んでくださった。
「宜しかったら皆様、先生がいらっしゃるまでに簡単な自己紹介を致しませんか?」
「あ、はい!そうですね!」
一番に声を上げた子息から順に総勢二十名が自己紹介をしていく。
この際、私に習って名前だけの簡単な自己紹介だけをしたならば、その方は少々見込みがあります。
ここで「どこの領地の」「官僚の」「近衛騎士団の」などと要らない情報を言う者は身分を笠にする可能性大。そういうのは面倒くさいのだ。
場の節々の些細な言葉を聞き逃さず、順応出来る十歳の人材は大変素晴らしい将来有望株。目を付けて損はない。
この方々は将来、国の中枢に携わる者も居るのですから、今から本質を知るのも良い事です。
「殿下が隣のクラスで残念に思っている方もいらっしゃるでしょうけど、折角こうしてクラスメイトになったのですもの。仲良くしましょうね。」
この言葉は私の本心。
私が憧れていた夢の学園。
お父様の目があまり届かない場所。
私にとって、かけがえのない友人が出来るかもしれない。
期待に胸が膨らんで、その気持ちが表情に現れたのか私を見る皆様の顔が赤らんでいた。




