僕から見たお嬢様は。
ケルトル視点。
初めて仕えたお嬢様はさらに美しくなられていた。
四年前からお会いする事はなかったけど、手紙のやり取りで互いの近状報告を月に二回をするほどには近い関係を保っていたから、お嬢様の成長度合いは知らなかった。
アーグと手紙のやり取りはするが他に共通の知り合いなど、烏滸がましいけれど二人目の主となられたリアム殿下くらいなものだ。
その殿下もお嬢様とお会いになられる回数は年に2、3回ほどだったけれど。
「まあ。オスカー殿下はお花にお詳しいのですか?」
「…王宮庭園に咲いているものならわかるだけ。」
「王宮庭園は去年の王妃様が開かれたお茶会で拝見させていただきましたけれど、とても美しかったです。あの光景は今も目に焼き付いております。」
「自慢の庭だからね。」
アクタルノ邸の庭園に咲く花々をお嬢様と第二王子であるオスカー殿下が肩を並べて歩く様を感慨深く眺めていた。
お嬢様の隣には紅がしっくりくるけど…、その間には何色が入るだろうか。
琥珀か、翡翠か。
今お嬢様の隣に相応しいのは間違いなく琥珀だけど、お嬢様が気になさっているのは翡翠の方なのだろうか。
あのお嬢様が目を向ける御人なのだから将来優秀な人間になるのだろうが、僕から見ればまだまだ甘く感じる。
翡翠の人は自分自身に甘いし、お嬢様を見る目は同士を見る目をしているが、先程の言葉を理解しておられるのか
『愛されている貴方様と、愛されてなどいない私。
優しい毒と冷たい毒。同じにするなど烏滸がましいことです。』
美しくも儚く、冷たい微笑み
今も脳裏に鮮明に浮かぶ氷の棘を思い出し、グッと握り込む掌に指が食い込む
お嬢様が壊れたあの日、お嬢様の傍には誰も居なかった。
あのときお嬢様が自ら手に入れていた猫がいなければ、お嬢様は独りだった。
けれどオスカー殿下は違う。
王妃は隣でずっと心配そうに様子を窺い、毒を含んだ後はずっと手を握り傍にいた。
それは王妃だけでなく、陛下や近衛、見舞いにリアム殿下と側妃までもが日を置かず来ていた。
公爵までもが。
それが一番、我慢ならなかった。
何故、娘であるお嬢様の元には行かないのか!
腹立たしい、あんなにも公爵に怒りを抱いたのは初めてだったと思う。
今でもリアム殿下と見舞いに行った時に見舞い品を持つ公爵と鉢合わせた時のことを思い出すと腸が煮えくり返りそうになる。
あの場で怒りのあまり何も言葉にできなかったことは殿下の護衛としては良かっただろうが、僕自身の心境はマグマのようだ。
その違いを、知るはずもないオスカー殿下に推し量れと言っても仕方がないが、腹立たしい。
今も庭園でお嬢様の隣を歩くオスカー殿下に僅かばかり厳しい目を向けてしまいそうになる。
「温厚なお前にしては珍しい。」
声の主は現在仕えるリアム殿下だ。
中等部の騎士科を首席で卒業し、高等部でも頭一つ抜けた僕を学園での護衛に選ばれたのは実力の他に、お嬢様の事があったからではないかとアーグと僕は思っている。
作り物のような全ての美を取り付けたような殿下が、同じく美しく儚げなお嬢様に想いを寄せているのを知っていた。
あの目も、態度も、表情も、お嬢様の他に誰一人として向けられたことはない。
流石はお嬢様と自慢気になる僕とは反対に、アーグはかなり気に入らないようだったが。
仔猫を奪われまいと威嚇する親猫だと笑えば手酷い目にあった。
「そうでしょうか。」
「学園や王城でも温厚で爽やかなのに強いと令嬢やメイドに大層人気だ。」
「ありがたき事です。」
「つまらんな」
無表情のなかに揶揄いを含む殿下は中々面倒な御人だ。聞いた話では、殿下こそ若き頃の陛下に似ているとのことだ。
それだけで継承権は此方に利があるらしいが、正直僕はどうでも良い。どちらにしろ護るだけのこと。
「お前が苛立ちを覚えるのは“お嬢様”に害あるモノだけか?」
「そのようなことは。」
「……つまらんな」
僕に面白さを求めないで欲しい。
「あら。ケルトル様ほど揶揄い甲斐のある方はそういらっしゃらないですよ。」
柔らかな声が近づきながら聞こえる。
淡い色のドレスを身に纏い緩やかに花の咲くなか歩くお嬢様は物語の精霊のように綺麗で可憐だ。
「ルーナリア嬢はどう揶揄っていたのか」
「それは秘密ですわ、殿下。」
白く細い指を立て桃色の唇に当て目を細め微笑むお嬢様は10歳にはない艶がある気がする。
その顔と雰囲気のせいだろうか
初なオスカー殿下が顔を真っ赤にしているのを少し蔑んだ目で見てしまいそうになって目を瞑る。
「それは気になるな。」
「ふふふっ」
楽しそうなリアム殿下とお嬢様はやはり、お似合いだと思った。
どうか、将来お嬢様の隣に立つ方がお嬢様を幸せにしてくれるように。
そしてそれが、琥珀の御人でありますように。