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僕から見たその令嬢は。

オスカー殿下視点。



苦しくて痛くて、死んでしまうのかと思った。


僕を蝕んだ毒は僕の心に深い傷を残したんだ。


八年間の短い人生の中で、毒を盛られるなどという恐ろしい事をされたのは初めてだった。


僕は王族に生まれたからそんな事があったとしても守られていたのだと思うけれど、守られていたからこそ実感がなかったのかもしれない。



ロズワイド王国の正妃から生まれた男児

オスカー・ロズワイド

それが僕の名前。


王位継承権第一位の僕には優秀な兄がいた。

僕なんかよりもずっと王位に相応しい人だと思う。


だからこそ将来、王位を継承するのは兄上だと思っていたんだ。


優秀な兄と平凡な弟。

そんな弟を始末する必要なんてないだろうと。


だけどそれは甘い考えだったと今は思う。




「まあ。学園でそのような事が?」


「君の護衛は興味ないようだったがな。」


「ふふっ アーグらしいと言えばらしいですわねぇ」


夏も終わりに近づき冷たさを感じながらも暖かな陽射しの中、アクタルノ邸の庭園で兄上と僕、アクタルノ公爵令嬢の三人で細やかお茶会をしていた。


話題は兄上の通うロズワイド学園の話。

アクタルノ令嬢の護衛であり従者の話をしていて、僕はあまり楽しくはない。

だってどんな人か知らないし。



ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢

僕と同じ年の彼女はこの国随一と言っても過言ではない程に美しい人だと言われている。


それは僕も同意見だ。だって彼女以上に美しい人は見たことがない。


美しい銀色の艶やかで柔らかな髪

アクアマリンの可憐で麗美な瞳

まるで造りもののように整った顔


白磁のような傷一つない美しい肌に、彼女がいかに大事にされているかが慮れる。


微笑みを絶やさない彼女は愛されているのだろう。



「オスカー殿下は学園に入学されたらどの学部で学ぶかは、もうお決めになられていますの?」


「政治コースに。」


王族に生まれたのなら他に道はないだろうに。

なんて意味のない問なんだろう。


「それは殿下が決められたのですか?」


「え?」



この令嬢はいつもこうだ。


「王族に生まれたから政治コースだと仰られているのならば今すぐお考え直しくださいな。そのような浅い思案の者が近い将来この国に政に携わるなど不安でしかありません。」


キツイ言葉しか吐かない。


その美しい顔に似合わず、その穏やかで柔らかな雰囲気とは違い、その可憐な唇からは毒しか出ない。



「貴女は相も変わらず毒ばかりを吐く…」


「まあ。貴方様が拙いからですよ。同じ地位に立つリアム殿下にこのような事を言った事はございませんもの。」


「それは、兄上が僕と違って優秀だから…」


思わず出た言葉。それは僕の本音だった。


優秀だから兄は毒を盛られなかった。

平凡で邪魔な僕だから毒を盛られた。


僕には王位の資格なんてないから、消されそうになったんだ。




「何を仰っているのですか?」


その声はただ、不思議そうだった。


いつの間にか俯いていた僕が顔を上げた先、いつも微笑みだけを浮かべていた美しい顔はキョトンとしていて、初めて見る彼女の人らしい顔を見た。


どこか愛らしさを感じて、僕は少し息を呑む。

愛らしさと、どこか冷たさを感じたから。


でも、


「人は期待していない物には無関心ですわ。」


その言葉に僕は息が詰まったような気がした。



「期待しているからこそ言葉をかけるのです。期待などしていない邪魔なモノになど関心を持つことなどありません。」


「そ、れは…」


冷たい雨を浴びたようだった。


けど。でも。本当に?


そんな言葉が頭の中でグルグルと回る。



「…毒を盛られたのでしょう?」


そんな柔らかな声で告げられた言葉に息を呑んだのは僕だけじゃなく、静観していた兄上もだった。


いつも無表情な兄上が綺麗な琥珀を瞠り彼女を見る姿に、この事は秘密にされていたことを思い出す


ならばアクタルノ公爵が?と考えるが、あの厳しい公爵が娘であれど知らせる事はしないだろう。


ならば何故。

その答えは当人が簡単に応えた。


「オスカー殿下の出された紅茶を見る姿。とても身に覚えがありましたの。」


二人の王族に注視されていてもなお、彼女は穏やかな雰囲気と微笑みを浮かべて紅茶を飲む。


言い表せない緊張感に冷や汗が背筋を流れる。


「この紅茶は大丈夫なのか。あの苦しみを齎さないだろうか。あの恐怖をまた味わうのだろうか。」


その言葉一つ一つが、当て嵌まる。


『身に覚えがある。』

それがどういうことかわからないほど馬鹿ではないと思いたい。



そう言えば僕が毒を盛られたとき、母上と側妃様の茶会だったから兄上がいた。そのとき兄上の護衛になったばかりのケルトルも。


そのときケルトルは慌てていた?いや、確か苦しそうな顔をしていた気が…

でもそれはただ毒を盛られた僕を哀れんでいただけでは…でも何故そのときに哀れむ?毒を盛られたなど想定外のはず。だって母上達の茶会なのに。何故だろう、なんでだろう…


兄上は言ってた。アクタルノ令嬢も。


『今の主は兄上』だと。

ならば前は?ケルトルの前の主は?

そのときに同じようなことが起こったのか?

そのときの事を思い出していた?



思わずその場に居たケルトルを振り返れば、いつも優しい顔をしているケルトルはその顔を苦しそうに歪めていた。



あぁ、ああ、そうなんだ…、彼女も………、



思わず向けた視線は自分ではどんなものだったのかはわからないけど、同士のはずの彼女はその表情に微笑みを浮かべている。


けれどそれはいつもの柔らかな微笑みではなく、


「甘いお考えですのねぇ」


毒を吐くときのどこか冷たい微笑みだった。



「毒を盛られた僕たちは可哀想だ。とでも仰られているようなお顔。面白いわぁ」


「なっ、」


「毒を盛られた。それは同じでしょうが、少し違いますわ。」


微笑む彼女はいつものように穏やかで柔らかく、けれど毒を吐くときのように冷ややかで。


けれど、初めて見る顔をした。



「愛されている貴方様と、愛されてなどいない私。

優しい毒と冷たい毒。同じにするなど烏滸がましいことです。」



眩しそうに目を細め緩い笑みを浮かべた彼女は、

どこかへ儚く消えてしまいそうだった。




ふと、思う。


僕が初めて毒を盛られたのはいつだろう、と。


この間?でもそれよりも前から思ってた気がする。



彼女はまた来るのだろうか。

彼女はまた苦言を言うだろうか。

まだ、彼女は僕に微笑みかけてくれるだろうか。


誕生日パーティが待ち遠しくなった。

母上の開く婚約者候補探しのお茶会も憂鬱だったけど、彼女が来るのならばと、今度こそは言い負かしてやるのだと意気込み、撃沈して。


優秀な兄上を見るとこの令嬢を思い出した。

あの日、もし彼女の体調に気づき父上が僕に彼女を見るようにと言っていたならと。

今、彼女が優しく微笑みかけるのは兄上ではなく、僕だったかもしれないと。



何故か毎日、この令嬢は僕の頭に浮かんでいた。



 ――『王妃様に助けて頂かなければ社交も出来ないお方に好意を抱くことはあり得ません。』



僕を王族ではなく、オスカー・ロズワイドという個人に対しての言葉だったと思う。


王子だから、国王の息子だから僕に媚び諂う大人や子供にウンザリしてた僕に、真正面からそう言った人は彼女だけだった。


それは初めて味わった痛み

そして喜びだったと今はわかる。





「愛ある毒ならば喜んで受け入れてみてはいかがです?この先、辛く苦しい事など星の数ほどあるのですから。」


「…貴女は変わらないね。」


「まあ。人はそう簡単に変わりはしませんよ。成長はするでしょうけれど。」


「そう、かもしれない…な。」


「ええ、そうですよ。」



緩く微笑む彼女が何をどう考え思っているのかはわからないけれど、『成長する』と言われたのだ。


彼女はいつも毒を吐くけれど、その毒が間違ったことは一度もない。


僕はその『毒』を全て身につけてきた。


僕は彼女の吐いた毒に侵されていたのかもしれない



刺々しくも、どこか優しい柔らかな令嬢()に。





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