花
「さーな、わたくしこのどれすがいいです。」
「畏まりました、お嬢様。ではお部屋に戻りましょうか。」
サーナに従って応接間を出て部屋に戻りました。
パーティ用のドレス、とても楽しみです。
早くデザインを完成させて着てみたいですわ。
自室の鏡に映った綺麗で愛くるしい女の子を見て、まるで人形を見るように愛でる。
腰まで伸びたウェーブがかった美しい銀髪
零れそうなほど大きく潤んだアクアマリンのような碧瞳とくるんとした長くフサフサな睫毛
スッとした鼻筋と眉
ふっくらとした唇とほんのり桃色の頬
その全てをバランス良く配置する小顔
雪のように真っ白なきめ細やかな肌は触り心地抜群
お姫様みたいに可憐で美しい美少女
それが私。
この顔で着飾らなくて誰を着飾るのです!!
だってこの世界で1番美人だと言われるのは私のはずですし。生徒も顔は1番良いと言っていましたしね。
そんなことを考えながら鏡を見て髪を軽く整え、身嗜みチェックを終えてお母様のところに向かいます。
ミスラ・アクタルノ公爵夫人
私の母は病弱だと噂されているけれど…
「おかーさま、きょうはなにをよんでいるのですか?」
「まあルーナリアちゃん、いらっしゃい。
今日は賢者様の書物を読んでいるのよ。」
ただ単に本の虫なだけです。
私と似た銀髪を右側に流して軽いドレスとショールだけを身に纏い、サファイアの瞳はいつも本の文字を追っている。
父はそんな母を好きになったと言っていたらしいけれど、今は母に会いに来ることはほとんどない。
その内離婚するんじゃないかと思うほどに関わりを持たない両親。
「おかーさま、きょうはおとーさまがかえってくるそうなの。いっしょにおでむかえしましょう?」
「旦那様が?…そうねぇ、これを読み終わる頃に帰ってきてくださるなら行こうかしら。」
「わかりましたわ。」
私は母にも父にも深く干渉することは止めました。
何度か話そうと両親に会えないか模索したけれど一度だって叶わなかったですし、干渉してどんなふうに思われるか、見られるかと不安になる。
子供だけど、私には大人の記憶があるから大抵のことは理解できるのです。
例えば、
「おかーさま、ごゆっくりおたのしみくださいね。」
「えぇ、ありがとう、ルーナリアちゃん。」
私が出て行くことに喜んでいることとか。
母の部屋を出て少し扉の前に佇んでいると私の隣にサーナが寄り添うようにしゃがみ、私の頭をそっと撫でてくれた。
侍女が仕える主の頭を撫でるなど怒るのが普通だそうだけれど、私にはこの手だけが拠り所。
「ありがとう、さーな。」
見上げて微笑む私にサーナも微笑んでくれて、「行きましょう」と私の手を引いてくれました。
記憶があって赤ん坊の頃から苦しかったけれど耐えられたのはサーナがいてくれたから。
サーナがいなかったらきっと、私は壊れてしまっていると心の中で弱い自分を嘲笑った。
「のーまんさん!」
「あぁお嬢様、走ると危ないですぞ。」
母の次はアクタルノ邸自慢の庭園へ来ました。
庭師のノーマンさんは還暦過ぎの優しいお爺ちゃんで、私は庭園に来て一緒にお花を植えたり水やりをしたり、枯れたお花を切り取ったりとお手伝い作業をさせてもらっています。
いつもの軍手をして土の状態を見ていたノーマンさんに駆け寄り隣にしゃがみこみ土を覗き込むように見ると、そこにはうじゃうじゃと動く土の中の虫。
「むしさんがいらっしゃるの?」
「良い土の証拠ですな。」
ノーマンさんが土を丸め団子状にし、それを私に差し出すようにして「突ついてみてくだされ」と言われて突いて見ると、ボロボロと土団子が崩れてしまった。
「わあ!ごめんなさい!」
「ふぉふぉふぉ。良いのです、これで良い土と悪い土の判断…、見分けができるのですよ。」
そう笑って言って土を戻すノーマンさん。
こうやって豆知識を教えてくださるし、その話は楽しいですし役に立つことだと思うからとても有り難いです。
6歳児には難しい言葉をわかりやすくしてくれる優しさも素敵ですわ。
この方とのんびりお話するのは好きです。
ノーマンさんは私が邪魔かもしれないけれど…。
「さーなはいいつちのみわけかた、しっていましたか?」
「いいえ、存じませんでしたわ。凄いですね。」
私に日傘をさしてくれているサーナがそう言って微笑んでいて私も「すごいですわねぇ」と緩く返事をしました。
「お嬢様、今日は旦那様が帰ってくるので旦那様の好きな花を生けようと思っとるんだが、一緒にどうです?」
「もちろんですわ!じゃまじゃなければぜひおねがいいたします!」
「邪魔なわけないじゃろうに。汚れるかもしれんが服はそのままでよろしいので?」
「ええ!さーなもいっしょにしましょう?」
そう後ろを振り返りサーナに言うと、サーナはいつもの優しい笑顔で「ぜひ」と頷いてくれました。
場所を庭園の庭師のための小屋に移り、そこには父のために綺麗な花を多く準備されていた。
「のーまんさん、このおはなはなんていうの?」
私は花が何弁にも重なるように咲いている重量感のある豪華な花を指差した。
とても綺麗で可愛らしくて好きです。
「それはラナンキュラスですな。“貴方は魅力に満ちている”。“貴方はとても素敵な人です”。“幸福”。“純潔”。“飾らない美しさ”。“優しい心遣い”。色によって異なりますがそんな花言葉を持つ花ですよ。」
「すてきねぇ そんなすてきなはなをおくられたら、とってもうれしいです。」
記憶の知識とあまり変わらない物ばかりだけれど、知らなかった事を知れたりしてとても楽しいです。
キョロキョロと花を見渡して、私はある花に目を引かれた。
小花が集まり控えめに咲いている淡い薄青色の花
他にもたくさん綺麗な花がある中、私はその花に目が釘付けになりました。
「のーまんさん、このおはなはなんです?」
「勿忘草という花です。可憐でブーケにすると可愛いんですよ。花言葉は“真実の友情”と“私を忘れないで”名前の通り少し切ない花言葉を持つ花ですね。
あまり貴族の方には知られない花でしょう。」
ノーマンさんはそう言って小屋の奥へ行かれた。
私は手を伸ばし、小さな薄青の花をそっと指先で撫でる。
「………わたくしはすきです。」
小さく呟いた声は誰にも届かないまま、私はノーマンさんの後を追った。