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アーグのいない日々


第二王子の誕生日パーティが終わり、春を迎え、アーグは王都の学園へ入学した。


それから半年――――



「お嬢様、スープをお持ちしましたよ」


「ありがとう、フランさん。けれど此処まで持って来るのも大変でしょう?無理なさらないで」


「無理はしておりませんよ。婆にも運動は必要なのですから良い機会ですよ」


そう言って私の前に器とスプーンを並べるフランさんに少し苦笑いしながら手伝うと、嬉しそうに微笑み「ありがとうございます」と柔らかな声で感謝される。


感謝するのは私の方なのに。



料理長であったフランさんはその座を退くもまだまだ教育をする、との事でアクタルノ邸の料理人として働いてくださっている。


腰が曲がり、お顔に刻まれた年輩の証である皺が優しさを際立たせているフランさんは、領邸にて私の世話をしてくださる方の一人。

もう無理はしないでほしいと幾度となく言っているけれど聞き入れてくれない、意外と頑固な刺繍とお菓子作りの師匠。



数日前、アーグが学園に行ってから二度目の毒混入事件があり、私は動かず刺繍ばかりする毎日。


アーグとは日記のように手紙のやり取りをしているけれど、この事は知らせていない。知ったら飛んで帰って来てくれそうだけれどそれは本意ではないから。


頭痛腹痛嘔吐も回復してきてベッドから起き上がり自室をのんびり歩けるようになって、明日は庭園に行く予定。夏の終わりに咲く花も綺麗で好きだから自分の目で見たい。



「あら。このスープ、もしかしてフランさんが?」


舌に広がるこの頃滅多に口に出来なくなったホッとする味はフランさんの味付けだ。料理長を退いてから私に料理を出せなくなったからこれはもう二度と味わえないと思っていたけれど…


「お嬢様の食が以前より細くなられて心配した皆で話した結果、当分の間はこの婆がお嬢様の食事を用意することになったんですよ。」


「まあ…。それは有り難いけれど、先程も言ったように無理はなさらないでくださいな。いざとなれば私が自分で作りますから。」


「それはこの屋敷に仕える者として許されないことですよ。使用人がいながらお嬢様の御手を煩わせるわけにはいきません」


「そんなことを言うのはフランさんやノーマンさんくらいではなくて?」


何故かそれが面白く感じてクスクスと笑ってしまう


そんな私をほんわりとした笑みを浮かべて見ているフランさんと二人だけの空間は居心地が良い。

無理に気を張らずに居られて、アーグがいなくなってできた冷たいモノが少し溶けた気がした。



フランさんと会話しながら美味しいスープを頂き、食べ終わり、紅茶を淹れていると、ノックがされ返事をする間もなく扉を開けられる。


お父様のいらっしゃらないこの屋敷は一応娘である私が家主ですからこの様な無礼は有り得ないのですけれど…。


「公爵様から文が届きました。お目を通して下さい」


「ありがとう、サーナ。」


変わらず私の侍女をしているサーナは私を自分より下に見ている事が丸わかりで、その様子を見ている他の使用人もそれに習って私をぞんざいに扱う


困ったものだけれど、公爵であるお父様はサーナを信用しているようだし、私もサーナに強く出ることができないから、この屋敷を仕切っているのは実質サーナだ。


その事をフランさんやノーマンさんのような古株の方は良く思っておらず度々サーナとバチバチしているのを知っているけれど、私は困って双方をやんわりと窘めるだけ。それが余計サーナを増長させているのだろうけれど。


お父様がサーナを王都の屋敷へ呼べば良いのに、と考えながら差し出された白い封筒から文を取り出し、目を走らせる。



「…………あらあら…、」


つい溢れた声は驚嘆に満ちていて、サーナとフランさんが驚いた顔で私を見ていた。

普段、私がほのぼのとしていて、こんな風に驚く事がないからびっくりしたのでしょう。


けど、これは、…どうしましょう。


「明日、こちらにリアム殿下とオスカー殿下がいらっしゃるみたいです。」


そう言った私を見る二人の顔は『驚愕』という言葉がピッタリ当て嵌まり過ぎて少し笑ってしまった。



「なっ、で、殿下が…!?」


「まぁまぁまぁっ。」


慌てるサーナとフランさんに微笑み、トンと軽く手を合わせ気を引くと二人は姿勢を正して私を見る。


サーナのそんな姿は久しぶりに見たけれどそんなことよりも今は殿下方の受け入れ準備をしなければ。



「サーナは殿下方が泊まられる部屋の準備を。全て最高級の物を使う事と、屋敷に細心の注意を払い不審な異物が無い事を確認しなさい。フランさんは料理長に明日からのメニューの見直しを。御二方共食べられない物はありませんから、こちらもいつも以上に細心の注意を払って作るようにと伝えなさい。両方予算は気にしなくて宜しいですよ。何かあればすぐに私へ報告を。では早速動きましょう」


テキパキと指示を出し、二人が部屋を出ると私も準備に取り掛かる。



アクタルノ公爵家の長女としてしっかりと持て成してみせます。


それに久方振りにあの方にお会いできるかもしれませんもの。きちんとした『令嬢』だとお見せしなければ。



アーグが入学してから初めて自然と頬が緩んだ気がした。




2019年最後の投稿になります。

ありがとうございました!

2020年もどうぞ温かい目でよろしくお願い致します☺

良いお年を!

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