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本とチーズケーキと毒と


「オスカー殿下、八歳のお誕生日おめでとうございます。こちら、細やかながら御用意致しました」


「ありがとう、アクタルノ嬢」


柔らかな微笑みと爽やかな笑顔

しかしながら爽やかな笑顔を浮かべるオスカー殿下が手に持つ綺麗に包装されたプレゼントは強く握られている。


「…これは、本かな?」


「はい。前回お会いした王妃様主催のお茶会にて殿下がレディに対し許し難い所業をなさった事を覚えていらっしゃいますか?」


「……何のことだろう?僕は何も、」


「『病弱女』『薄色』『刺繍馬鹿』など、私に対し仰られたではありませんか。お忘れになられましたの?」


「……、」


「そちらをお読みになられレディの心を少しでもお知りになり、不適切なお言葉ではなく、適切なお言葉を使い少しでもお優しいお心遣いをなさってくださればと、誠心誠意選ばせて頂きましたの」


「……ありがとう。是非、読ませて頂くよ」


口元と目元をピクピクと引き攣らせながら笑みを浮かべ言うオスカー殿下の手にある『レディの扱い初級編』と書かれた本が殿下の自室のソファに投げられるのはもう暫く後の事である。



「はははっ 子供の成長は早いものだな。いやはや、見ていて飽きぬなぁ?」


「ふふっ そうですわね、陛下」


面白そうな顔で我が息子を見ている両陛下と軽い談笑をさせて頂き、お母様の様子を窺って頃合いを見て和やかに失礼させていただいた。


といっても、私に近づきたくないお母様は王族へ挨拶すると逃げるように私から離れて行く。


一応八歳で貴方の娘なのですよ?とはもう思わないけれど、お父様からすれば少なからず円満な家庭を見せておきたいでしょうに、宜しいのでしょうか。


「お嬢、座るぞ」


去り行くお母様の姿を眺めていた私の手を取り端のテーブルへ連れて行こうとするアーグに微笑み、礼を言うと素直に従い座った。


すぐさま目の前に置かれた温かい紅茶に少し驚き顔を上げると、お茶会で見たことのあるメイドさんが柔らかく微笑んでチーズケーキを持っていた。


「まぁ…」


私の好みを知っているのかと少し驚きながらも、王城のチーズケーキは素晴らしく美味しいと知っている私の頬は緩む。


「リアム殿下より、アクタルノ令嬢には身体が温まるものをと事前に言付かっております。お好きなチーズケーキと共に、とも」


「まぁ、リアム殿下が…」


口元に手を当て驚きを僅かに隠す私を微笑ましそうにして笑うメイドさんが一礼して去って行ったのを見届けて、目の前の紅茶とチーズケーキに目を向け微笑った。



「私、一度しか言っていませんのに…」


そのたった一度を覚えて下さっていたのだと知り、少し胸が痛んだ。


家族でもない格上のお方さえお優しい気遣いをしてくださるのに…何て今更な事をこれからも思ってしまうのだろう


「…美味しい」


甘過ぎない滑らかな舌触りに頬が蕩けた。




「ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢。」


声を掛けられたのはチーズケーキを食べ終わり紅茶を口にしていた時だった。


「マムルーク・アッシリア公爵子息様。お久しぶりでございます」


「久しぶりだね、身体は大丈夫?」


「お気遣いありがとうございます。もう暫くすればダンスを踊れるくらいにはなりますよ」


「無理はしないようにね」


そう言って柔らかく笑うこの方は第二王子の側近であり友人である常識人だ。あの方に教育して差し上げれば宜しいのに。


お茶会でオスカー殿下の傍に居て時折窘めるこの方は将来とても有能な人物になるでしょう。


殿下方以外の異性と話す事を許さないお父様もマムルーク様に対しては何も言われない事から一目置かれているのがわかる


次期公爵で第二王子の友人で将来有望ならば仲良くして損はありませんし、もしもの保険としてでしょうね。……胸糞の悪いこと。



「もしかして、彼が君の言っていた護衛?」


マムルーク様の視線の先には鮮血のような赤い目をマムルーク様へ真っ直ぐに向けるアーグ

その目の強さに少し身体を強張らせる姿にアーグへ緩く視線を向ければその強い目は途端にいつもの怠そうな目つきに変わる


「申し訳ございません、マムルーク様。初めての貴族の場に少しばかり気を張っていて…」


「いや、優秀さがわかって良かったよ。君の容姿は目を惹くからね、心配だったんだ」


「まあ。それは褒めて下さっているのでしょうか」


「勿論。君はとても綺麗だからね」


先程のオスカー殿下の爽やかな作った笑顔とは比べものにならない程の爽やかな笑顔で言われて、僅かに頬が熱くなる。


顔が良い事なんて十分に理解してますけど、素直で純粋な方に言われるのは何年経っても慣れませんね。…嬉しいけれど、気恥ずかしい。


少し頬に熱を持ったまま柔らかな微笑みを浮かべ礼を口にして、僅かに呆れの混じった視線を向けてくるアーグに紅茶を頼んだ。




「きゃあぁあああッ」


オスカー殿下が各家に声を掛け終わるのを待っておられるマムルーク様と談笑していると、賑やかながらも穏やかだった会場に女性の悲鳴が上がった。


瞬時にアーグが私を庇う態勢をし周囲に目を配る。


「アーグ、どちらから聴こえました?」


「王族の方だな。……襲撃か?」


「どちらにせよこの目で確かめなければわかりませんね。マムルーク様、行きましょう?」


「あ、うん…」


マムルーク様が唖然としてながらも私に手を差し伸べるところから紳士が身に染み付いてますねぇ。

アッシリア家の教育は中々のもののようです。



ざわめく人の間を通り抜け空いた場に出ると、青褪めた顔のメイドさんと正装の袖が葡萄色に染まった第一王子であるリアム殿下が居て、メイドさんに怒鳴り散らす貴族男性が居た。


この光景だけならばメイドさんが誤ってリアム殿下に葡萄酒をかけてしまってそれを注意する貴族男性…ですが、あの方は第二王子派閥の方でしたよねぇ


側室の子は認めない血筋派は第二王子であるオスカー殿下。

側室の子だろうと実力があるのなら認める実力派は第一王子のリアム殿下。


幼い子供でも気づく程にお互い嫌厭していますのにその相手のシンボルとも言える王子に粗相をした者をそこまで怒鳴りますか?私なら良くやったと遠目から見ていますけれど…


きっと彼女を使って第一王子であるリアム殿下を大勢の目のある場で晒し者にし、自分が良い様に見られるための恥ずかしい自作自演でしょうね。



「リアム殿下、こちらをお使いくださいませ」


「ルーナリア嬢…」


ハンカチを手に声を掛けるとリアム殿下が少し驚いた顔をした後、差し出したハンカチに目を向け礼を言い受け取って下さって、泣きそうになりながら震えているメイドさんに微笑みかける。


「貴女も濡れていますよ。メイドが汚れていてはいけません、今すぐにお着替えなさいな」


リアム殿下は袖だけだけれど、彼女は胸元からスカートまで葡萄酒で彩られている。


「はッはいっ!申し訳ございませんでした殿下…」


「着替える前に私の服を頼む。その後は休め、疲れているのだろう」


「ッ、申し訳ございません…っ」


目に溢れそうなほど涙を浮かべて頭を下げたメイドさんは会場を退出し、慌てた他のメイドさんがリアム殿下へとタオルを持って駆け寄って来てすぐさま会場を退出された。


「ニルバ伯爵様」


「…何かな、アクタルノ公爵令嬢」


リアム殿下が退出する前から逃げ出そうとしていたらしい怒鳴っていらした貴族男性を呼ぶと僅かに引き攣った笑顔を向けられて、つい言ってしまう。


「体裁とは、とても大切なことですねぇ」


「…そうだね。大人には大事なことだろう」


「けれど。」


一度言葉を止めてゆったりとした微笑みを浮かべ、少し怯えの混じった瞳をしたニルバ伯爵の目を見て首を傾げて言う。


「大人ならば、もう少し上手くやらなければ。子供でも気づく策はただの恥ですよ」


「なッ!?」


目を瞠り言葉を失くして顔を真っ赤にするニルバ伯爵に周りがヒソヒソと話す。


「血筋派が妾の子のために怒る範囲を超えていましたわね?」

「アクタルノ公爵令嬢の言う通りだな」

「貴族として拙いな。……王族への敵意は大罪だ」


聴こえてくる言葉は目の前で赤から青へと変わっていくニルバ伯爵を追い詰める刃となる。


陛下は血筋派と実力派が息子達を掲げ対立している事を認知していらっしゃるけれど、それを容認はしていらっしゃらない。

行き過ぎればそれは命にも関わることだから。


けれどそれを止められないのは国王であるため。


国の王なのだ。どちらかの派閥に寄ればもう一つの派閥の反感を買い、今安定した状態で動いている国の仕組みに支障をきたすかもしれない。


いくら息子を心配していても、愛していても。

国の王である限り国を揺るがす事態を起こすわけにはいかないのだ。


今も王座に座り事態を傍から見ている陛下のお顔は無表情だけれど、その目には確かな怒りが浮かんでいるのでしょう。


陛下の強く握り締められた拳に我が国の国王があの方であることを誇りに思う


ですから、幼く力のない私の出来る僅かばかりの陛下への忠誠の証を。



「ニルバ伯爵様。私、最近毒に興味を持っていますの。私の護衛は鼻がとても良いので収集してみた毒は必ず匂いを覚えさせているのです。毒を知っていて損はありませんし、私は膨大な魔力を持つ故に狙われることもありますから」


穏やかに話す私に周囲の方々は何の話だと顔を不思議そうにさせているが勘の良い方は顔を顰めている。


そして、目の前の伯爵様の額には異常な汗


「それ故に私の護衛は毒に詳しいのですが…先程此方に来てからずっと、そちらの葡萄酒を警戒していますの」



その言葉にビクリと大袈裟なほど体を震わせた伯爵様にゆったりと微笑む。



「ニルバ伯爵様、毒とは使い方を誤れば使用者とて只では済まない恐ろしい物ですのよ。」


貴方は只では済まないかもしれませんね?



ボソッと目の前の方にだけ聞こえる小声で呟き、冷や汗の止まらない青褪めている伯爵様にカーテシーをしてその場を立ち去った。





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