パーティの観客
観客視点。
その日、貴族達の噂と会話は一人の少女のことが多かった。
『公爵家の令嬢』『深窓の令嬢』『水の毒姫』
面白半分で流れた最後の“名”が違う意味で似合い過ぎて本人が密かに涙を流すほど笑ったことをここに居る人々は知らない
この国の王族である第二王子へ柔らかな微笑みを浮かべたまま反論の出来ない事実を突き付けるその光景は毒を吐く可憐な姫だったそうで、それが由来だと聞くと少女の護衛が「いつものこと」だと呆れたことも知らぬまま
ルーナリア・アクタルノ公爵令嬢
第一王子リアム殿下、第二王子オスカー殿下の婚約者候補である少女は常に噂の的だった。
「去年のパーティでは体調を崩されて欠席でしたから、今回とても楽しみですわね」
「ええ、とっても!王妃様のお話によれば第二王子殿下とは仲が悪いように見えてとても仲良しだとか」
「まあ。第一王子殿下とも文のやり取りをする程の仲だと聞いたことがありますわよ?」
「まぁまぁ!まるで殿下お二人で一人の令嬢を取り合っているかのようねぇ!」
「「「………素敵だわぁ」」」
幼い子供でもその情景は世の女性には堪らないものだった。
だがしかし、それに当て嵌まらない者も居るわけで
「王家主催のお茶会にしか出席しないなんて、わかりやすい子ねぇ?」
「本当に。可憐だけれど…ねえ?」
「はしたない。淑女としての自覚がありませんわ」
同じ年の娘が居る者やただその美貌に年甲斐もなく嫉妬する者が居る。
男性陣はそれを傍から見て頷いたり呆れたり、噂の少女と上手く関わり自分の利益に出来るかどうかを思案する
僅か八歳の少女はそれを全て自覚しながら、微笑みを絶やさない事をこの大人達は誰も知らないのだ。
「アクタルノ公爵家御一行、御到着されました。」
その声に会場内の人々が一斉に視線を向け、美しい公爵夫妻に見惚れて、その後の少女に一昨年のように息を呑む
美しい銀色の髪を前髪だけ垂らし残り全て後頭部で編み込み、フワリとしたライトブルーの大きいリボンの髪飾りで纏め、耳には白いふわふわのピアスが揺れている
髪飾りと同じ淡いライトブルーの膝丈とロング丈のフィッシュテール型のフリルたっぷりのドレスがふんわりと広がり、膝下までのレースアンクレットの付いたパンプスにも白いふわふわが付けられていて全体的に可愛らしい
ドレスの裾に同色のリーフ模様が刺繍されていて上品さもあり、ライトブルーと白いふわふわで合わせている
水色のアイシャドウとピンク色のグロスで色づいた幼いながらも美しい顔は何処か儚げに感じ、溜め息のような感嘆の声が漏れる
フリル袖から見える細く白い腕や足を見るとやはり『深窓の令嬢』とはあの少女の為の言葉だと思う
優雅にカーテシーをする美しい少女の傍らには、見慣れぬ紅色の髪を緩く結んだ子供にしては長身の端整な顔立ちの少年がいる
黒地に青い刺繍のされた護衛服の少年は辺りを見渡すと僅かに笑みを浮かべ、少女に倣い礼をする
それはとても様になっていて何処の貴族の子息かと隣人と囁き合うけれど誰も知らず、けれど貴族だと疑わなかった。
それほどに綺麗な佇まいで凛としていて学園の騎士科の学生だと思ったのだ。
一昨年の茶髪の優しげな少年とは違い、何処か冷たさのようなものを感じる少年だった。
高位貴族の令嬢に護衛が付くことは珍しくはないが少年と呼ぶ子供を付けることは珍しい。それほど腕が立ち信頼を得ているのか
爵位を持つ者や頭の切れる者は思考を巡らせ己の利になる事かどうかと考える。
少年が慣れた様子で少女の手を取りエスコートをする姿に出席している令嬢等が頬を赤らめる姿は何とも微笑ましく、子息等がエスコートされる少女に顔を赤らめ、紅髪の少年に僅かな嫉妬をする姿に大人達は苦笑する
たった数秒数分で場の視線を集めながらも穏やかに微笑む少女と自然な佇まいの少年はお互いに目を合わせ、ゆったりと微笑んだ。
それは絵画のような光景
麗しい姫君と凛々しい騎士のようだった。
会場に入り周囲の視線を浴びながら両親の後を追い、少し離れたところでアーグと共に留まる
馬車も二台用意する程に私と共に居たくないらしいお母様への配慮ですが、公の場でくらい母親を演じてくださっても宜しいと思うのですけれど。
「アーグ、初めての貴族の場はどうですか?」
「なよっちいのばっかだな」
私にだけ聞こえる程度の声で言うアーグはかなりの落胆と嘲笑が混じっていてクスクスと笑みが溢れる
護衛騎士や王城騎士に期待していたらしい強さを求める少年の目に、此処に居る騎士は期待ハズレだったらしい
エリート揃いの王城騎士に期待ハズレだなんてとても失礼なことなのだけれど… この子猫はどれ程の強者を望んでいるのかしら。
「王子サマに期待だな」
「あら、殿下方に?」
騎士以上に強いとは思わないけれど、という私の疑問に応えるつもりはないらしく、また周囲の観察をする子猫に微笑んだ。
私の育て方は厳しく優しく自由に、ですもの。
いざという時にしっかり出来るのなら良いのです。
それに、私へ僅かながらも敵意のある者を審判しているのを邪魔すれば、私が叱られてしまいますもの
今回も気の強そうな赤髪の少女が私へ突っかかって来そうですしねぇ
今も私に対して何故か誇らしげに笑い見てくる彼女に少し苦笑いしてしまった。
この二年、お会いしたのは三回だけですけれど、その度に突っかかって来る赤髪の彼女は私をライバル視しているのか、少し鬱陶しいほど私に声をかけ的外れな嫌味らしい言葉をかけてくる。
私からしてみれば構ってほしくて戯れて来る猫のようなものですけれど、猫ならばたまには顔を背けてくださりませんと…
私の子猫を見習って下されば可愛がって差し上げられますのに。
そんなことを考えぼんやりとしている間に王族の皆様が来られて深いカーテシーをし、変わらない威厳のある陛下のお言葉の後、貴族達の王族への挨拶が始まり、第二王子誕生日パーティが始まった。




