生き方
公爵であるお父様に毒を盛られて目が醒めてからも私はあまり変わらなかった。
毒による高熱のせいであまり動くことが出来ないけれど、前から刺繍や料理に軽い園芸、勉強しかしていなかったから然程問題はない
ただ少し、息切れしやすくなったのは悩み
「スペルはこう……そう、合ってますよ。」
「アーグは呑み込みが早いですね」
「そうですねぇ」
目が醒めてベッドから降りられるようになってからアーグに文字を教えている
ケルトル様の仰られる通り、アーグは頭が良くて呑み込みが早くあっという間に覚えていった。
きっと貧欲なのだろうと思う
知りたいからこそ、覚えようと必死に頭に詰め込みそれを上手く呑み込む
護衛術の方でもその実力は既に騎士並だとケルトル様は悔しそうに、だけどどこか嬉しそうに仰っていた。
テーブルの上、真剣に言葉の文字を紙に書くアーグの姿に自然と表情が緩くなる
初めて会ったあの日からまだ約数週間だけれど、身体付きも顔付きもとても良くなったと思う
その変化が嬉しくてたまらない
アーグは今誰かの目に留まれば必ず引き抜きの話が来るだろうとわかる
スラム出身だと知られなければ。
それが私にはとても安心できて、心底嫌になる
同じ人間なのに、何が違う
貴族は確かに“国民”を護る存在だけれど、同じ血を流しているのに特別扱いされる意味がわからない
けれどもう、その様な事を口にすることは止めた。
私はただ、自由に生きたい。
小説の中の悪役令嬢が何ですの。
知らないですし、気にしません。
私は私の思うがままに、我儘に生きてやります。
「アーグ、ここが違いますよ。」
「あ?………あぁ、わかった。」
まずは私が死んでも普通に生きられるようにアーグを育ててみせましょう。
「…お嬢様、そろそろ刺繍を止めて昼食にしませんか?」
「まぁ、もうそんなに経ちましたか?楽しい時間が流れるのは早いですねぇ」
ゆっくりのんびりまったりと、好きなことをしながらですけれど。
今の私は屋敷で居ない者のように扱われているため、侍女やメイドが食事を持ってきてくれることはない
自ら取りに行かなければならないのだけど、今の私はこのお部屋を出て厨房に行きまた戻る、というだけで疲れてしまうため、いつもケルトル様が頼んでくださる
ケルトル様に好意を寄せるまだ新人のメイドがお部屋近くまで運び、その後ケルトル様が私とアーグの分を部屋へ持って来て食べるのが最近の食事
毒味は絶対にさせない私に従い、毒はないかと鼻の良いアーグが嗅いで変な臭いがしないかを確認したあと私の前に置くというのを徹底されていて、嬉しいけど臭いのない毒もあるということを教え辛い
けれどあれから一度も毒は盛られず、私は味の薄い質素な料理を毎日残さず食べている
といっても普通のお皿に半分もない量だけれど…
「アーグ、あとで町に行って食べるんですよ?」
「別に良い。」
「まぁそれは困りますわねぇ。私のクッキーも買ってきて欲しいのですけれど…」
「………お嬢、」
「何です?」
「………、はぁ、わかった。」
正面に座り私と同じ食事を取るアーグは育ち盛りなのだから町の食堂で食べるように言っていて、毎度断られるけれどそのたびに私はお願いをして行かせている
なんだかんだアーグは私に甘いのだとこの数週間で知れた。
『お嬢様』ではなく『お嬢』と呼ぶアーグに、私が毎回心の中で大歓喜していることは内緒。
ケルトル様はアクタルノ公爵家に仕える者というわけではないので、食事もちゃんとした物を出されている
その事に関してだけホッとした。
伯爵家の次男を護衛として学園側からの推薦で鍛えている、というていで預かっているからお父様が馬鹿な事をするわけがないけれど。
「午後の訓練、アーグは隠れんぼかしら?」
"隠れんぼ"と言うのは屋敷内で誰にも気づかれずに一時間歩き回り、二時間走り回り、30分以内にお部屋に戻ってくること。
今のところ勝敗は五分五分だけど、公爵邸で雇う者に五分五分はもはや化物だとケルトル様は言う
プロ相手に素人が半分勝っているのはそれはもう信じられない事態だと思うけれど……、センスが抜群に良いのねぇ
「夜にな。それまでは魔法。」
「魔法の前に軽い稽古だけどな。お嬢様はお身体の方、大丈夫ですか?無理ならば魔法も僕の稽古に変えますが…」
「ふふっ 大丈夫ですよ」
アーグにはケルトル様が護身術、私が魔法を教えている
筋の良いアーグは護身術の方はかなり良いのだけど繊細で緻密な魔力操作はかなり苦手らしく、少し渋い顔をしていて微笑ってしまう
アーグは火属性ではなく炎属性で特殊だった。
ケルトル様から私が魘されている時に無意識に放つ氷魔法を相殺してくれていたのだと聞いた時に、特殊な氷魔法を相殺するのは火属性では無理だと考え独自でアーグを調べたところ炎属性だと気づいた。
だってどう考えても普通の火属性より熱くて違う魔力なんだもの。
きっとこの事はお父様も隠密を通して知っているのだろうけど、今のところ何も変わりはない。
本当に放って置いてくれるらしい
そう考えるまでは奪われると思ってアーグと離れることが出来なくてとても困らせてしまった。
事情を話したときは鼻で笑って一言「ない」と言われた。
とても嬉しくて、その言葉は私の宝物
「けれど、数日後の誕生パーティが終わればすぐに領地に戻りますし、それまではケルトル様の護身術だけを徹底してしましょうか」
「そうですね…」
「オレは何でも良い。」
「では護身術を。私もそろそろ侍女達に磨かれるでしょうから。」
お父様は必ず私を王族に嫁がせたいご様子ですし見た目を綺麗に磨かれるでしょう。
6歳児の女の子に何させる気だ、って感じですねぇ
「貴族ってダルいのな。」
「そうですわねぇ けれどそれが貴族というものですから。」
「王子サマにハニートラップがかよ?」
「まぁ、ふふふっ ハニートラップですか?ふふっ面白い表現ねぇ でも、綺麗な女で釣る、という感じですもの。ハニートラップで合っているかもしれませんね。とても胸糞悪いですわ」
「釣るの方が面白い表現だな。」
「お嬢様もアーグも、不敬になりますよ…」
私が自分を綺麗と言うことにお二人とも何も言わないのはどういうことかしら?お二人共、私の可愛さを身に沁みているからかしら?何でかしら?
呆れた顔をしたケルトル様だけれど特に否定することはなく、同意されているような気がした。
何だか最近、ケルトル様もお悩みのようですねぇ
流石思春期。悩め若者よ。
心優しい少年にひっそりと微笑んだ。
「あとお嬢が顔で男を釣るのはまだ先だろ」
「まぁ。今でも釣れる人は釣れるでしょう?」
「お嬢様、釣るなどはお控えください…」




