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僕の願い

ケルトル視点。



お嬢様が絶望に叩き落とされた瞬間を目の当たりにした。


アクタルノ公爵がお嬢様を愛されていないのは薄々感づいていたけど物みたいに言う姿に呆然として、お嬢様が苦悶の声を上げられたときには体が動かず


凍えるその場にお嬢様が氷魔法を使うのだと妙に冷静な頭で理解しているうちに、お嬢様の傍にはスラムのアイツがいた。



「しっかりしろ!おいッ、アンタ!」


「………」



意識のないお嬢様の頬を軽く叩き声を掛ける姿にハッとして急いで医者を、と声を出す前に、振り返れば白衣を着た男性がいた。


それに早すぎると驚き、ある可能性に息を呑んだ。



もし、初めから呼ばれていたのなら――――



頭に浮かんだ考えにゾッとした。


自分の娘を?僕のような護衛をつけて大切にしているのでないのか、何故、


巡る思考に頭痛がしてきて、意識のないお嬢様の元へ向かう医者の後を追おうと駆け寄ろうとして目に写ったソレに背筋が凍る



お嬢様の座る椅子以外の床に広がる氷の棘


数百はありそうな氷の棘はまるでお嬢様の心を表すかのようで、視界が滲む



いつも微笑みを浮かべるその裏にどんな想いを持っていたのか


きっとそれはあのとき唯一お嬢様の傍へ向かったアイツにしかわかり得ないことかもしれない



氷の棘に悲鳴や驚嘆の声が上がる食堂内で僕は立ち竦んでいた。




護衛とは何なんだろう


護るとは何なんだろう


貴族とは何なんだろう



信じて、目指してきたモノが霞んで見え難い









お嬢様はあれから4日の間、毒による高熱で寝込み魘される日々を送られ、高熱が下がっても眠り続けていた。


父親である公爵も、母親である公爵夫人さえも一度もお嬢様の見舞いに来ることはなく、僕とアイツしかお嬢様の傍にはいなかった。



そして一週間ほど一緒に居て知ったのは、『アーグ』は実に優秀な護衛だってこと。



部屋をノックされる前に人が来たと気づき、魘されながら無意識に放つお嬢様の氷魔法を自身の火魔法で相殺する


そんな姿を見ていれば僕は何かをしなければと、アーグに剣を教えることにした。


スラムでは剣を持つ即ち殺人や自殺と捉えるらしい


少し躊躇ったあとベッドで眠るお嬢様を見たあとは強い眼差しで僕を見て、頭を下げた。


あまり上手く行っていないと思っていたが、お嬢様との関係は一日だけでも良好だったのだと知った。




そしてお嬢様の目が醒めてから数日、声が出なかったが今日やっと発せられた


「ごめんなさい、ご迷惑をおかけして。」


違和感は一瞬。


お嬢様は元よりとても丁寧で柔らかい口調の方だった。


でもどこか辿々しく舌っ足らずで、だが今やっと発せられた言葉は丁寧で柔らかくも流暢な口調で変わられたと感じる



まだ起き上がることが出来ずベッドで横になっているお嬢様はあんな事があったにも関わらず柔らかく微笑んでいて、僕らにあの後のことを聞くことはなかった。



「アーグ、貴方少し身体付きが変わったかしら。心なしか大きくなった気がしますわ」


「…ケルトルに飯食わされてる。」


「まぁ。ありがとうございます、ケルトル様。」


「いえ、これくらいのこと…!」


「アーグに食を与えることにかなりの反感を買ったでしょう?私の役目だというのに、こんなにも寝込んでしまって…申し訳ないですわ。」


眉を下げて言うお嬢様は6歳児にして儚く消えてしまいそうだ。



「いえ!アーグに鍛錬を教えることは自分にも良いことでしたし…!あの、気にしないで下さい!」


「あら…ケルトル様がアーグに鍛錬を?」


「はい!剣術や体術と護衛に欠かせないものを…」


「それは、まあ…とても有り難いことです…」


軽く目を瞠り言うお嬢様は新鮮で、刺繍のこと以外でそんな顔もするのだと少し驚いた。


「お父様は何も言わなかったのですか?」


「ッ、公爵は何も。」


躊躇いもなく公爵を父と呼ぶお嬢様にこちらが躊躇ってしまう


聡明なお嬢様は毒を仕込んだのが公爵だと気づいておられるだろうに……


苦い顔をしてしまい、お嬢様に微笑まれる



「私は割り切っていますから大丈夫ですよ。」


「お嬢様…、」


「毒は致死量ではないことから殺すことが目的ではないとわかっています。きっと動けないようにするのが目的だったのでしょう。」


微笑みながら柔らかい口調で淡々と言われるお嬢様に泣きそうになる


今までならその事に恐怖を抱いていたかもしれない


殺されるかもと怯えることなくいつも通りに微笑む姿を見れば、得体の知れない者だと怯えてしまっていたはず


けど今は何となくわかる。



お嬢様はもう諦めていらっしゃるのだと。


諦めて期待することを辞めたから笑っていられるのだ。それが本心からの笑顔でなくとも。



それが虚しくて悲しくて切なくて


いつかお嬢様が笑える日を、と願わずにはいられなかった。





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