城の魔王と女神
突然ですが、僕は根性なしではない。
二十歳にして平民初の領地管理者の一員となり、周囲より飛び抜けて優秀で期待されて求められてきた。
優秀が故に推薦で最高峰である城勤務という最上級の就職先を手に入れた。
平民として初の王城勤務。
鼻高々な家族に溢れんばかりの賞賛を送ってくれた友人、近隣住民のみんな
ごめんなさい、僕は―――
「もう一度言ってみろ」
この御方にクビにされます。
さらさらの金髪に透き通ったような琥珀の瞳
彫刻かと疑うほどに整った顔立ち
高身長で程よくついた筋肉の肉体美
低い冷徹な声と眼差しは良く言えばクール、悪く言えば無愛想
仕事は人の何倍も熟す上、フォローの天才でそれを鼻にかけることもなければ、失敗をした者に怒りをぶつける事は殆どない。
いや、普通そんな人いないだろ。
顔身体最上級。家柄最上級。性格欠点皆無。
魔導具か何かですか
人間じゃなくないですか
裏で“非情の魔王”と言っている人もいるけどそういう人達は日頃から行いが良いとは言えない人ばかりだから口から出る言葉を真に受けることはない。
そんな噂がひそひそと王城内で囁かれ、僕も内心そう思っていた。
実際とても良くしてくださっていたんだ。
周りからも一目置かれてるんじゃないかって囃し立てられたりもして、鼻高々だったんだよ。
だけどもうおしまいだ。
「何故報告もせず手を回している」
「今回の事件で働き手の方々が激減したそうで、急ぎだと、その、頼まれまして…」
「頼まれたから優遇するのか」
「いえっ、あの、…」
以前大変世話になった人に頼まれて。なんて、言えるわけない。していい理由にもならないのは重々承知の上だった。
今までも圧のある御方だったけれど、今目の前にいる様子からしてあんなの通常だったんだと気付かされる。
琥珀の瞳で僕を射抜く王太子殿下に僕は次第に言葉を紡げなくなってしまっていた。
そんな僕を助けてくれる人はおらず、室内の全員が目を逸らして卓上に向いている。
あぁ、僕、クビだ…
たった一度の判断で全て水の泡に消える。
泣いてしまいそうだ。
母さんと父さんの仕送りどうしよう…
領地に戻っても仕事貰えるかな…
笑いもの扱いされるより腫れ物扱いされる方がきついかなぁ…
そんな考えばかりが頭を占めていて、部屋の空気がガラリと変わったことに気づいていなかった僕は
「あら…お取り込み中ですか?」
そんな柔らかい優しい女性の声に異常なほど驚いて勢い良く振り向き息を呑んだ。
美しい波打つ銀の髪
麗しいアクアマリンのような瞳
ふっくらとした艶やかな唇
淡い色のドレスを纏う異様なほど華奢な身体
柔らかい微笑みを浮かべる目の前の存在に僕は言葉も失いただ呆然と見惚れていた。
御伽話のお姫様のような御方が、その麗しい瞳を甘く細めながら僕を見て―――
「リアム様、いじめはいけませんわぁ」
とんでもない言葉を吐いた。
え、魔王殿下のこと名前で呼んだ?
見つめられた、と錯覚していた僕は目の前の御方に寄り添うように近寄った御人を見てさらに目を疑う
「ルーナリア、俺が部下をいじめるような人間に見えるか?」
ええっ、魔王殿下、笑ってません…?
えっ、ちょ、今頬にキスした!!この人今キスした!!
さっきまであんな絶対零度の非情魔王の顔していたのに…!!!
というか、この御方って…
「私のリアム様はそんな低俗な人ではないと存じておりますが、あの方のお顔の色見えてますか?」
ルーナリア・アクタルノ様――
僕は慌てて片膝を付いて頭を下げた。
国の宝と謳われるこの方を拝見したのは初めてでわからなかった。
まずい、王族に連なる方を挨拶もせず不躾に見てしまった、不敬罪だ罰せられるクビどころじゃない。
王城勤務して半年、この方の事は知っている。
王宮の奥の一室で眠る王太子殿下の愛する妃。
王太子妃決定の正式な報せをする前に事件に巻き込まれ意識不明の重体に陥ってしまった公爵家の御令嬢
ロズワイド学園で無敗を誇る氷と水魔法使いの圧倒的強者でありながら、貴族平民、誰に対しても分け隔てなく接する心優しい人。
どんな宝石よりも美しいと評される顔。
いろんな話題に尽きないロズワイド王国の“宝”
そう称したのは現国王陛下だ。
その当人が目の前にいる。意識が飛んでしまいそう
「なるほど、お話は理解致しましたわぁ」
僕の意識が飛びかけている間に話が進んでいたらしく、僕の処遇が決まったようだった。
「半月の謹慎、半年の減給。なんて如何でしょう?」
「え…」
耳を疑うその言葉はまるで奇跡か何かか
「優遇された貴族家は他家よりも多い被害を受けていますし、領主から助力を願う書簡も度々届いています。どうして受理されていないのかと不思議に思うのですが…何か問題がありますの?」
その問は僕にではなく隣に立つ殿下と、今まで空気に徹していた先輩方に向けられていた。
何故だろう、とても寒気がする。
「…君が優遇したハルサルト伯爵家の書簡を目にした覚えがないのだが」
「伯爵様は四度書簡を送られて、返事がないと僕の方に…」
「四度か」
殿下の目に冷たいものが宿った気がする。
「どうやら俺の落ち度のようだ。すまない」
あ、ああ、あや、謝られた…っ!!!??
「と、とと、ととんで、とんでもないでツ!!」
痛い舌噛んだ!!!!!しかも噛んだし!!
恥ずかしくて今すぐ部屋の外に逃げたい、いっそのこと窓から飛び降りてもいい。
なんて思っていると柔らかい微笑みを浮かべている御方が僕に話しかけてくれた。
「今回報告もせず行った事を咎めるけれど、貴方の判断は間違っていないと思いますわぁ。もし伯爵領地に何もしていなければ困窮に苦しむ領民が今以上に増えていたもの」
「王太子妃殿下…」
なんとお優しい…
「ふふっ、その呼ばれ方嬉しくて照れてしまうわぁ」
え、女神様?
こうして僕は助けられた恩を返すのだと必死に励み、近い将来王太子殿下に名前を呼ばれる地位まで駆け登った。
王城には“非情”だけど“優しい”魔王のような王太子殿下がいて、“優しい”けれど“怖い”女神様がいる。




