休暇
アーグ視点
「おい、お前どこのもんだ?」
王都の無法地帯である一角に着いた途端に絡まれても無視して奥に向かう。
目当てはもっと奥に居るはずだ。
雑魚に構う暇なんざねェんだよクソが
「アーグに数日休暇を与えます。準備をして休暇を満喫なさいねぇ」
数時間前に伝えられた寝坊助のお嬢がよこした嬉しくも有難くもない休暇の知らせ。
オレの代わりにケルトルの隊を付けるとかあの黄色の手配が目に見えるのが腹立たしい。
ケルトル以外の奴なら何が何でも休暇になんか行かねェのに
そもそも後ろでニタニタ笑いやがるアイツがいてんのに何でオレだけ
って思ってたらお嬢の目が後ろに向き、わかりやすい笑顔を見せたから順番かと後ろで奇声を上げた奴を嗤ってやった。
嗤ったところでオレが離れることには変わりなかったが、そこでイイコトを思い付いたオレは天才だ。
剣と財布を持ってすぐに出掛けたオレをお嬢は珍しくとぼけた顔で見送ってやがって少し気が晴れたのは良かった。
しかし、気分が良い。
「よォ、テメェだろ?オレの飼い主にちょっかいかけてきやがる蛆虫」
図体だけの木偶の坊を侍らせて睨みつけてくる獲物を前に上がる口角が下がらない。
「てめぇは…まさか…っ!?」
「バレっとめんどーだからココは全滅だ」
鞘から見える赤い刃に顔を青褪めさせる蛆虫どもは逃げる間もなく退治だ。
「アー…焦げクセェ」
臭いから離れようにも血塗れで倒れる人間が足場を無くして動けない。
これ以上負荷を負えばどれかは息止まっちまいそうで踏めねェし。
止まったところで構わねェけど休暇中のオレが事件起こすのは不味いだろうとの考えであって、任務中なら間違いなく生かしてねーのに。
「……ケルトルに全部任せっか」
やることやって後片付けは適任に任す
適材適所は大事だ。それにお嬢にちょっかいかける虫ならケルトルも良い顔するだろ。
連絡魔法でケルトルに現在地と状況を伝えて後は寝て待つかと目を閉じて数秒。
「なんかあったか」
「挨拶が終わった」
思えば唯一付き合いの長い大人なソイツはオレの周りを見て呆れたようにため息をつくがそんなものどうでもいい。
「結局あのガキ引きとんのか」
「お嬢にも許しは得たからな」
お嬢を刺したクソ女が数年前身篭っていたのは知っていた。それが公爵のクソジジィとの子かもしれないかとオレ等は気が気でない状態だったが、産まれたガキの色はお嬢に似ても似つかない深い青だった。
あのクソ女が軽い頭で考えて拵えた気色の悪い“アクタルノ公爵家の庶子”はクソジジィの目に叶う訳もなく、クソ女共々何処かへ飛ばされていた。
だが諦めの悪い糞女のせいでガキがまたお嬢の前に出てしまう事態になった。
オレやオリヴィア、クロもそのガキはさっさと飛ばすなりなんなりしてお嬢が眠ってる間にケリつけて近づけねェつもりだったが、それらを否定したのはコイツで。
ガキに罪はねーとかオレだってんなこたぁわかってんだよ。けどそのガキがいたら目障りなのは変わりない。
お嬢とその他の人間を天秤にかける必要はない。
なのに、コイツはガキを囲いやがった。
しかも、お嬢に話を通したと。
「テメェ何がしてーんだよ」
「生後三年だ、アーグ」
「ア?」
「生まれてからたった三年の赤ん坊に何が出来る」
「存在事態がお嬢の気に触んだろが」
「そのお嬢はあの子が生きていた事に安堵していたぞ。お前等がどっかに飛ばしてるんじゃねーかってな。流石だなあの人は」
呆れたように言うコイツはたまに何故かオレ以上にお嬢の言う事を理解しているようで腹立つ。
オレ等よりたぶん、貴族って存在を識ってるからなのかもしれないとはオリヴィアのアホが言ってたんだったか
んなこたぁどーでもいい。
「で、あのガキどーすんだ?使えるよーに育てんのか」
「いや、普通に俺の子供として引き取って、普通に育てる」
「………オマエが?」
「あぁ」
「ガキ育てるっつったって…テメェ、お嬢から離れんのか」
離れた瞬間オレ等の事をよく知るコイツは絶対に消さねーと駄目だ。
「そういきり立つな。離れはしない。そもそも俺の命はお嬢に捧げてる」
「じゃあどーやって育てんだよ」
「世の中には仕事しながら子供育てる人間だっているんだぞ、アーグ」
時折見せる年上の大人の目とも違う、よくわからん目でオレを見てくるから睨めば何故か笑いやがった。
その顔ぶん殴るぞテメェ
「お嬢が融通を利かせてくれる。今までずっと休みなく仕事をし続けてきた報奨だと」
「あっそ。テメェがいなくてもお嬢の周りは問題ねェしどーでもいーわ」
「それも俺のおかげだとお嬢が言ってくれてな」
「……わざわざオレにそれを言う必要あんのか」
「お前が苛つくの見るの嫌いじゃないからな」
性格終わってんな、とは口には出さなかった。
「俺はそれを伝えに来ただけだ。これからアクタルノ領地で過ごす。寂しくなったら会いに来い」
「誰が行くかバァカ」
「無茶しすぎんなよ」
それだけ言うとさっさと背中を向けて去って行ったソイツは一度も振り返ることはなかった。
「……だる」
そのくせに、オレの足のふみ場をいつの間にか作っていたアイツはなんだかんだとオレやリダ達に世話を焼いて、それは今も変わらないことだった。
次にまた休暇が出来たら顔は見に行ってやらなくもないとは思うくらいには情はある。
ケルトルの部下らしき奴等の魔力を感知してさっさとずらかろうと出来た道を歩き出した。
猛暑すごいです。お身体お気をつけくださいませ




