貴いモノ
目が覚めて、私が一番に目にしたのは青空だった。
ぼんやりとした意識の中でその青は鮮烈で、久しく見ていない色だと感じた。
身体に当たる暖かい陽光は微睡みの中でとても心地よくて、目を閉じてしまいそうになる。
けれど閉じては駄目だと必死に堪える。
だって、隣に優しい人がいてくれたから。
「お嬢様、今日はベランダで日向ぼっこですよ。最近は良いお天気続きで洗濯物が良く乾くんです」
ゆっくりと視線を横に移して、目に映る変わらない彼女の姿に嬉しくなった。
記憶にある姿より痩せてしまっているのは、きっと私のせいだとわかってる。
それでも私の傍にいてくれているのが嬉しくて幸せで。
私が目覚めた事に気付いていない彼女に声を掛けようとしたけれど、私の喉は機能してくれなかった。
何が起きているのか一瞬わからず戸惑う。
自分の身体に何がおきているのかわからない。
病気で長い間寝込んだ後でも声は出たのに、何故かしら
不安と少しの恐怖を抱いて、少し目が冴えた時
「ぺちゃくちゃうるせェぞテメェ」
一番聞き慣れている子の声がした。
貴方も居てくれていたの?
そう声を掛けたくなって、涙が滲む。
「お嬢が起きたらどーすん―――」
あ、目があったわぁ
気怠げな紅い瞳が大きく丸くなるのを見て笑ってしまう
驚いた時の表情は普段と違い過ぎてとても可愛らしい。
けれどやっぱりこの子も痩せて、以前より人相が悪い。
「え、ちょ、ッいったぁあっ!!!!」
目の前で行われたアーグによるオリヴィアほっぺた抉り取り寸劇。
変わらない、私の大切な二人の姿に目尻から温かいものが流れていく
そしてどうやら私の他にも泣いてしまった子はいて。
「いやいやいや、なんでアーグ君が泣きそうになってるの?情緒不安定もいい加減にしてくれるかなほんっとに痛かったんだけど。ちょっと、ほっぺたある?ちゃんと付いてるよね?取れてないよね?大丈夫だよね?本当にいったい今も痛い、ジンジンしてる泣きそう。お嬢様、お嬢様見てま―――」
あ、目があったわぁ
そして大きな悲鳴と大きな泣き声に人が集まり、私の周りは一気に賑やかになった。
アーグが王宮医師を担いで戻ってくる頃にはオリヴィアは私を室内に移し、ベッドに横にさせてくれた。
軽々と私を抱き上げたオリヴィアに驚いたけれど、そんな私を見て切ない表情で笑ったから理解した。
オリヴィアが泣き叫びながら色々話してくれたお蔭で私が一年もの間眠り続けていたことを知った。
罪悪感もあり、待ち続けていてくれた喜びもあり。
温かいお湯を飲ませてくれるオリヴィアにありがとうと目を伏せると、蕩けるような笑顔を見せてくれる。
声が出なくても分かってくれて、こんなにも喜んでくれる姿に嬉しくなる。
目覚めてからずっと温かい気持ちだ。
こんなに実感するのは初めてかもしれない。
なにか、心境の変化でもあったのかしら。
そんなふうに考えながら、未だに姿を現してくれない御方を待つ
「ふむ…やはり身体に問題はありませんね。声は一年間使っていなかったため喉が固まってしまっているのでしょう。直に話せるようになりますよ。身体も同様です。焦らずにゆっくりしていきましょう」
「ありがとうございます、先生!」
高齢の王宮医師の方に感謝の目礼をすると、目尻を下げた医師が嬉しそうに話してくれた。
「王太子殿下は毎日私共の所へ来ては経過を聞いたり、身体に良い物はと聞かれ用意したりと、王太子妃様を想っておいででした」
嬉しい話に自然と頬は緩む。
そんな私にオリヴィアは嬉しそうににこにこと話をしてくれた。
「一時間以上の日もあれば、一分もない日もありましたけど、絶対に毎日欠かさず来てたんですよ!」
そう教えてくれる彼女はきっとその時も私の傍に居てくれたのだろうとわかるから愛しくて可愛くて、言葉に出せないのがもどかしい。
けれど私の手を包み込む優しい手は全てわかってると伝えるように優しく撫でてくれている。
その優しい温もりがどれほど貴いモノなのか私はすでに知っている。
温もりだけでなく、傍らで見守る眼差しも。
その心地良さに安堵してか、私はいつの間にか目を閉じていた。




