暗闇
後半リアム視点。
気付いた時には私は暗闇にいた。
此処が何なのか、何があるのかわからないまま私はずっと暗闇にいる。
恐怖も、焦りも、不安も、何も抱かずに佇だけ。
出たところで私には何があるのかわからないから。
自分が何なのか、わかっていない。
―――― …せー?
遠くで聴こえる声も朧気だった。
なのに、
―――― 目を開けてくれ
どうしてこんなに胸が痛むのかしら。
頬を伝うものを拭うこともなくただ立ち竦む。
―――― おはよう
―――― おやすみ
暗闇の中でいつも聴こえてくるこの声に返事は出来ないけれど、私は変わらず聴こえる低くて心地よい声に耳を傾ける。
単語だけの短い時間。
それでもその声に宿る熱も、思いも、私に向けられているのかと思うと胸が高鳴った。
誰かわかりもしないのに胸を躍らせるなんて、と呆れてしまうけれどそれほどこの声は感情が篭っている。
けれど
―――― ――が来てくれたぞ
―――― 散歩日和の良い天気だ
―――― ――は大丈夫だ
―――― 大雨が続いている
知りたい事は知れないまま。
私は誰なのか、あなたは誰なのか
どうしてこんなにも締め付けられるのか
―――― ―――、愛している。
会いたい、あなたに。
いったいどんな顔をしてるのだろう
どんな髪で、どんな瞳で、どんな表情で
知りたい、会いたい、思い出したい。
真っ暗闇の中、私は溢れ出る涙を堪えられなかった。
世界が黒に塗り潰されたようだ。
最愛の人の深い眠りが日常へと変わっていくのが恨めしくて堪らない。
王宮の奥、王太子妃の寝室で眠り続けるルーナリアはまるで御伽噺の姫のようだと言っている者がいた。
鼻で笑ってやるには些か信憑性があって腹が立つ
銀の髪を散らばせ、陶器のような肌に浮かぶ可愛らしい唇も、閉ざされた美しい瞳も
全てが御伽噺と言われても納得するほどの光景だ。
「ルーナリア、今日で一年になる」
あの出来事から一年もの日を経た。
毎日少しだけでも時間を作り会いに来ては、上手い言葉が浮かばずただ見つめているだけ
一年間腹の底で渦巻いている感情は身に馴染み、王城の者達から影で“非情の魔王”などと言われている。
これを知ればきっと君は口元を隠して笑うのだろうと考えては、目覚めない君を見て気を落とす
「今日も綺麗だ」
美しさに変わりはないが、それでもまともな栄養を取れず髪は痛み、肌はくすみ、頬や体は痩せていく
気が狂いそうになり魔力が漏れ出て辺りを焦がしたことは少なくないが、周りが腫れ物扱いするおかげで非難の声は上がっていない。
大事に想っているのに可哀想に。
あれほどの御方は二度と現れない。
殿下のお傍にはあの方以外考えられない。
そういった話を耳にする度に同意する
そして神はいないのだと鼻で笑った。
どれほど祈ればこの願いは届くのか
妖精も聖獣もただの珍しい生物なだけで崇める存在じゃない。
そんなふうに荒んでいく自分が醜く思えた。
ルーナリアに合わせる顔がなくなる。
ルーナリアが好いてくれたのは誇れる自分だったのに。
崩れていく自分はこんなにも弱かったのかと嘲笑う
「ルーナリア…」
君の名を呼ぶ度に締め付けられる心臓が憎い。
微かに動く君の体が止まってしまうことを考えて、その時はと胸にしまった思いが現実にならないように。
そんな地獄のような日々が終わりを迎えたのは数日後のことだった。




