救いたい人
フィオナ視点
王都を襲った火災。
怪我人は多いけれど迅速な誘導や火の鎮火が早くて幸いなことに重傷者は少ない。
「わぁー、雨も止みましたね!」
奇跡みたいに降っていた雨もほとんど止み、日が落ちた夕暮れが空を彩っていた。
なんだかいつもより綺麗に見える。
「あの雨は奇跡みたいに降っていたのではありません」
「え?」
あたしの護衛として側にいながら皆を城の方に誘導してくれていたセレナさんが恍惚とした顔で言う。
その顔をするってことは―――
「ルーナリア様なんですか!?あの雨!すっごい量がずーっと降ってたんですよ!?」
「信じられないような事ですが今、我々がずぶ濡れでないことが証明です」
そう言われてあたし達が濡れていないことに気づいた。
あの雨の中傘もささずに居たのにあり得ない。
本当にルーナリア様が降らしてたんだ…あり得ない。
「まるで神のようなお力で我々を救ってくださっていたのです…!!」
「ルーナリア様、ほんっとに凄い…!!」
優しくて綺麗で可愛くて時々お茶目な完璧なルーナリア様に恐れる事なんて何もないだろう。
頭に浮かぶ怖い紅髪の護衛騎士さんを恐れている、というのとは少し違っているだろうから本当に思いつかない
頼りになりすぎるお嬢様で、お姫様。
きっとあたしがルーナリア様の役に立てるのはこの力で多くの人を助けることだけなんだろう。
そんなことを考えて、よし!と意気込んで顔を上げる。
「城に戻って患者さんの手当しないと!」
「そうですね―――、ッ!?」
目に写っていたはずのセレナさんの姿が一瞬で消えて、あたしは風に乗って空を飛んでいた。
あまりに一瞬で、驚く間もないあたしは固まったまま目に映る金髪に目を瞬いた。
「りぁぶぶぶぶっ」
口を開いた瞬間思いっきり風が口の中に入って変な声が出た。
恥ずかしい、あたしだって女の子なのに。
抱く、というより担がれているあたしはあたしを担いでいる人物に反論はできないけど、後で絶対にルーナリア様にチクってやるんだから。
喋れない代わりにせめて睨みつけてやろうとその人の顔を見て、言葉が出なくなった。
いつもの鉄仮面はどこにいったんだろう
いつもの冷徹な雰囲気はどうしたんだろう
そんな疑問と共に浮かぶルーナリア様の優しい笑顔に、
何故か悪寒がして。
どうか、その悪寒がただの風によるものだと信じて。
信じて、あたしが目の当たりにしたのはいつもの優しい笑顔のない、血を流したあたしの大好きな人
血の匂いが漂ういつもは綺麗なお城で、ルーナリア様は血を流して倒れていた。
ルーナリア様を囲うオリヴィアさんや生徒会の先輩、ルーナリア様の友達の人達。
さらにそれを囲うように遠巻きで様子を窺っている怪我をした人達。
そこからさして遠くない場所で女の人の首を絞めているルーナリア様の大切な紅髪の怖い護衛騎士さん。
あたしはそれを蚊帳の外から呆然と見ていた。
「じゃないでしょ、あたし」
パンッと頬を思いっきり叩いて走り出す
「オリヴィアさん!リノ先輩!」
「っ、フィオナさん…!!」
涙をボロボロと流していたリノ先輩があたしを見上げ、あたしより向こうへ視線を向けて顔をくしゃくしゃにした。
「がいぢょぉーッ…!」
「良く耐えた、お陰で間に合った」
鉄仮面殿下の声と同時に護衛騎士さんの唸るような声が聞こえて思わず身体が竦んでしまう。
「離せケルトル、テメェもブッ殺すぞ」
「僕を狙ってその人を離すなら受けて立つよ、アーグ」
騎士さんの腕を掴んでいる茶髪の騎士の人はよく鉄仮面殿下の側にいる人で、セレナさんとも仲が良い爽やかで穏やかな人だけど、恐ろしくブチ切れているあの騎士さん相手に一歩も引かないところを見ると並の人じゃないんだと思う。
怖い、だけどあの騎士さんがあんなに怒り狂ってるのはルーナリア様がこんなことになってしまってるからだ。
「聖女様、お嬢様は毒に耐性を持っておられますが魔力が底をついていて免疫が全く無い状態なのです」
「ルーナリア様の魔力が底を!?」
ほぼ無尽蔵と言ってもいいくらいの魔力量を持つルーナリア様が底をつくほど魔力を使うなんて…
「王都全域に雨を降らし、尚且つ火の強い場所を感知しながら意識的に操作していた。魔力だけでなく精神力も消耗する、負担は想像以上だろう」
「重症なのはわかりました!まず傷口を塞ぎます!出血が多すぎる!毒はそのあと抜きますから、清潔な水と布を用意してください!!」
「聖女の指示に従うように」
殿下はそう言うと城の中へと向かいながら、騎士さんに向かって声を上げた。
「殺すなら後でにしろ。全て吐かせてからだ」
その声はいつもみたいに無機質なのに、今までで一番恐ろしく感じた。
隣で血を止めているリノ先輩も顔から血の気が引いていて、止血する手が小刻みに震えている。
だけど怒りに狂ってるルーナリア様の騎士さんはそんなこと気に留めないだろうと思っていた。
だけど、想像していたのとは違って騎士さんは素直に女の人から手を放して、殿下の護衛騎士さんが素早く拘束している。
あの騎士さんがルーナリア様以外の言うことを聞くところを初めて見て変な気分になったけど、ルーナリア様を運ぶ担架が来て意識は完全に移った。
ルーナリア様を素早く担架に乗せて素早く行動する。
絶対に、この人を救うんだ。




