昔の話
「ご家族は全員いらっしゃるのねぇ」
「は、はい…」
「良かったです。それとこちらは一家族一枚ずつで申し訳ないのですが、お使いくださいね」
「あ、ありがとうございます!」
「おひめしゃま、ありあとー」
三歳の娘さんがニコニコとお礼を言ってくれるのに「どういたしまして」と頭を撫でて返す。
ご両親は慌てているけれどそんなこと気にしなくて良いのだと微笑みを浮かべた。
「あの、る、る、ルーナリア様?」
「何でしょう?」
「どうか休まれて下さいね、ずっと動かれて…」
「ありがとう。けれど私こう見えて頑丈なんですよ?まだまだ全然大丈夫です」
軽く拳を作って見せると少しだけ眉を下げる様子から見抜かれている気がしてならない。
何故だろう、私は今までずっとこうして誤魔化して来たのにこうも簡単に見抜かれている。
「お嬢様、平民はそう言うのに聡いんですよ」
「…確かにオリヴィアも気付いていたわねぇ」
「わたしはお嬢様が大好きだからわかるんですよ!」
公爵家から必要なものを持って来てくれたオリヴィアが出来たてのスープを配り歩きながら言うのに納得した。
学園の寮で留守番していたオリヴィアは外の異変に気づいた時、すぐに城まで私を迎えに来てくれたらしいけれど私はその頃には街へ向かっていて、オリヴィアが追い掛けて街に来たときには私は城へ戻っていて。
また城に追いかける途中で連絡魔法で必要なものを全て運んでくれた。
まさに敏腕侍女。少し申し訳ないけれど。
「侍女さん、平民なんですか?」
「そうですよー。王都じゃなくて近郊の村育ちです」
「へぇー!」
周りの人達が驚いたようにオリヴィアを見て、次いで私を見る。
うん?と首を傾げると一斉に目を逸らされるけれど。
この場にいる全員の名前を書き記すにはまだまだ時間がかかりそうだ。
街が心配で城から出ようとする人もいるからスムーズにはいかないし、不安で泣いている方に釣られて気分を落とす方も、気を荒立てる方もいる。
そんな中で言い争いになると止めなければならないのだけれど、そういう時に仲裁してくれる人がいた。
「まぁな、ばぁちゃんの言い分もわかんだぞ?けどな、今戻ったって何もできねーんだよ」
「何も出来ない年寄りって言いたいのかい!?」
「そんなトゲトゲ言ってねーだろ?危ないから心配で言ってんの、俺は!ここでばぁちゃん行かせて戻って来なかったら俺ぜってー後悔するし」
「戻って来ないなんて縁起でもないこと言うんじゃないよ!!」
「じゃあ行くなんて縁起でもないこと言うなっての!」
「おばあちゃん、ラージに言い掛かるの止めてよ」
「言い掛かりだってぇ!!?」
「いい、いい、気にすんなぁ」
仲裁、と言うかお年寄りのお相手をしてくれている。
リアム殿下と言い合いをしていたラージさんは顔がかなり広いらしく、色んな人に声をかけられ、声をかけていた。
フレンドリーさが群を抜いているのか、初対面の人ともすぐに打ち解けて仲良くなっている。
天性の人たらしってああいう人の事を言うのだろう。
「ばぁちゃん、日も暮れてきたし疲れてんだよ。ちょっと寝よーぜ?」
「年寄り扱いするんじゃないよ!!」
「いやいや、どーみてもばぁちゃんじゃん!大事に接するのはとーぜんだろー?」
「……なんだい、それ」
憑きものがとれたように落ち着かれたお婆さんに、お孫さんはホッと息を吐いてラージさんにお礼を言っていた。
けれどお婆さんの目の前で言う事ではない、と割り込むように声をかけた。
「さぁ、温かいスープが届きましたよ。皆様にお渡し致しますので各自近い場所にお並びくださいませ」
距離を開けて配置した五つの大きな鍋に作られた鍋に我先にと駆け出す年若い者や、此方に礼を言ってくれる方。
それら全てに微笑みを浮かべて見守っていると、スープの器を二つ持ったラージさんが私の隣に立った。
「コレ、姫様の分です」
「まあ。お気遣いありがとうございます。ですが私より他の方にお渡しくださいな」
「ずっと動いてんだから食べなきゃダメっすよ」
そう言って私の手に持たせて自分の分を食べ始めるラージさんに突き返すのも、と私もスプーンを手に取って食べた。
立ちながら食べるのなんて何年振りかしら。
そう思うと少しだけ可笑しくて、温かくて美味しいスープに頬が緩む。
「……貴族様ってのは立ち食いしなれてんすか?」
「立食パーティはございますが、ラージさんの言う立ち食いは屋台などかしら」
「はい」
「学園に入学する前はありましたわぁ」
そう答えた私に驚愕と呆れと納得と、ころころ表情を変えるラージさんに察しがついた。
「もしかして、リアム殿下とは屋台でお会いに?」
「そーなんすよ!アイツ、金貨で買おうとしてカモられそうだったのを俺が助けたんすよ」
「あらぁ」
幼いリアム殿下が屋台のおじさまに金貨を差し出す姿を想像して可愛くて微笑ってしまった。
「っいや、すんません!王族様にアイツとか…!!」
顔を青褪め声を上げたラージさんに人差し指を口元にあてて「内緒にしておきます」と微笑んだ。
あの方の可愛い昔話のお礼だ。




