悪夢
「クソッ、どうなってんだァ!?」
「――リアム殿下!!」
アーグが降り立った先に多くの侵入者を魔道具の錠で捕えている騎士達が居て、その中心には見慣れた茶髪の騎士がいた。
髪も隊服も乱れ、頬に傷を受けている姿に驚いた。
彼がアーグ以外を相手にして傷付くところを私は見たことがなかったから。
「殿下、多大な失態申し訳ございません。罰は事が終わり次第以下用にも受けますので動く許可を」
真っ直ぐに茶色の瞳がリアム殿下を射抜く
鋭い眼差しに複雑なものなどなにもなく、ただ一つの信念のみが映る。
「お前達の罰はソレ等を捕えたことで帳消しだ。直ぐに街へ行くぞ」
「はっ!!君達はこいつ等が逃げないように警備を。仲間がまた来る可能性もある、気を緩めないように」
「「「はっ!!!」」」
ケルトル様の背後、捕らえられた侵入者を見て気付いた。
「裏切り者が多いようですねぇ…」
「だなァ。見覚えのある奴がいる」
瞳孔が開いているアーグは完全に頭にきているらしい。
ザリウス騎士とミリナ魔道士も苦い顔で捕らえられている侵入者を睨みつけている。
「王宮の人事部は笊だったようだ」
抑揚の無い、感情が感じられないリアム殿下の眼差しは凍てつくほどに冷えていて。
捕らえられた見覚えのある者達の顔は青を超えて最早色がなかった。
「逃げられないように凍らしておきますねぇ」
バキンっ、と音を響かせて全員の肩から下を凍らす
「大丈夫、その氷は貴方達の体温を奪わないわぁ」
ほんの少しの間だけだけれど。
「さぁ、街へ急ぎましょう」
無力だった私は誰一人として助けられなかった。
たった一つの約束だって守れもしない、ただの子供。
二度とそんなことがないようにと強くなったはずなのに私はまた同じことを繰り返している。
真っ赤な炎に覆われた王都を目の前に吐き気がした。
大勢の悲鳴、怒声、呻き声、奇声
誰かの名を大声で呼ぶ人。
誰かを抱き締めて泣き叫ぶ人。
頭をガンガンと殴られているような、息がし辛いような、そんな感覚に陥いりながら私は魔力を空高く放ち雨を降らせた。
王都全域に届かないちっぽけな雨。
それでも少しはこの炎を鎮めらるように。
「私は炎を鎮めます。アーグは国民の避難を」
辺りを駆け回る国民や怪我で動けない国民が大勢いる。
この場だけではないのは明確。
今この場にいるのは数十人の騎士。
対して王都に暮らす国民は万を超えるのだから圧倒的にこちらの数が足りない。
王宮の騎士でさえ裏切り者が居た。
警備隊を信用して良いのか、また襲撃されるのでないか、被害状況は、援軍は、他の街は?
不安要素しかない今、それでもしなければいけないのは国民の安全の確保。
「城を開放する、誘導と城へ伝達」
「は!」
「ルーナリア、俺は状況を見てくる」
「はい」
「護衛は不要だ、他へ回せ」
そう言って瞬きの間に姿を消したリアム殿下は雷属性特有の速さで状況を見に行かれたのだろう。
この場で一番早く把握し、動けるように。
残された護衛騎士と魔道士達も各々が動き出し、アーグも私が視界に映りすぐ動ける範囲で救助を始めた。
赤い炎はユラユラと立ち昇り続け、建物の焦げた臭いがして気分が悪くなる。
深呼吸だってしちゃいけないし、ずっと肌が焼けそうなほど熱気を感じる。
怖くて、恐ろしくて、怒りと不安で気が狂いそう
「お母さぁんッ!!どこぉ!!?」
「っ、此方においで」
燃える建物の近くで泣きじゃくる七歳程の女の子に急いで駆け寄り手を引いて離れる。
その瞬間、ゴウッと大きな音を上げて建物が一段と火の勢いを強めていて、少しでも遅れていたら――
ゾワ、と粟立つ身体に力を入れて泣きじゃくる女の子の前に両膝を付いて目線を合わせ頭を撫でた。
「お名前言えるかしらぁ」
「っ、ひっく、る、るーな…っ」
「ルーナ?お姉さんの名前にも“ルーナ”ってつくの。おそろいねぇ」
そう微笑むと女の子は瞳からぼろぼろと涙を溢れさせながら、きょとん、と目を丸くした。
「ルーナ、此処は危ないからお姉さんと一緒に行こう?ルーナのお母さんもきっとそこにいるわぁ」
「ほんとぉ…?」
「ええ。お母さんもルーナを探しているはずだもの」
小さなルーナの手をとりきゅ、と弱く力を込めて繋ぐ。
離れてしまわないように。
どうか、この子のお母さんが無事でいますように。




