哀れな子
ザリウス視点
どうしてあの御令嬢はいつも事件の渦中にいるんだろう
といっても今回も問題を起こしたのは相手側だが。
「ザリウス、ボサッとしてないでさっさと拘束!」
「わかってますよー魔道士団員サマ」
今尚叫んでいる令嬢に足早に駆け寄り今にも斬ってしまいそうなアーグから離そうと腕を掴もうとしたが、金切り声を上げて暴れるから剣先が頬にあたってしまった。
一文字に切れた場所からゆっくりと血が滲み流れていくのを感じたのか、令嬢が固まる。
「ッアーグさま…、」
「オレの名前を呼ぶんじゃねェ、クソガキ」
紅目を瞠り低く唸るアーグは完全に目がイッてる。
おそらく主人からの静止がなかったら周りに人が大勢いようと構わず殺すだろう。
そんな圧がかかっているはずなのにアーグを見つめるこの令嬢はちょっと薄気味悪い。
普通剣向けてる相手にそんな甘い目する?
「ザリウス、早く!」
「へいへい」
ミリナの催促にもう一度拘束しようと手を伸ばせば思い切り睨まれて手を叩かれる。
「触らないでッ!!」
「俺も仕事だからしてるだけだからね、お嬢ちゃん」
「やだやだやだっ!!アーグ様たすけて…!」
何この子。
そんな思いでミリナを振り返れば同じような顔をしていて同性でもそう思うよなと思ってしまう。
「…ミリナ、任せた!」
「………はぁー、仕方ないわね。この子言うこと聞かなそうだし。アーグも限界でしょ、ルーナリア様のとこに戻っていいわよ」
「………」
眉間に皺を寄せて不服感満載のアーグに溜め息を吐いたミリナが面倒くさそうに令嬢を見やる。
「この子はもう保護対象じゃなくて捕獲対象よ、捕獲。捕まえて吐かせないと」
「なんなの貴女、平民のくせに…ッ!」
「そうそう、私は平民上がりの優秀な魔道士なんですよぉ〜。貴女のだぁいすきなアーグとも仲良くってぇ。同じ平民上がりだから!」
にっこり笑って煽るミリナに令嬢は顔を真っ赤にしていきり立った。
「あなっ、貴女とアーグ様を一緒にしないでッ!!アーグ様はっ、アーグ様は平民なんかじゃなくて…!!」
「平民上がりじゃねェよ、スラム育ちだ」
「あら、お貴族様が嫌ってる育ちだって、お嬢サマ」
なーんで二人していじめるんだっての。
ミリナはニタニタ。アーグがギラギラ。
こんなのに相対したくねーわマジで。
つかいい加減ここから離れるべきなのわかってっかな、ここまだ闘技祭の真っ最中の闘技場なんだけど。
会場の視線グッサグサだ。
「いい加減にしろよお前ら。任務は素早く遂行するべきだろ?」
そんな俺の至極真っ当な言葉もあいつ等の耳には残らないようで、そろそろ暴れられても力ずくで連れて行くかと足を踏み出そうとした時―――
「モニカ!!」
誰一人として呼ばなかった面倒な令嬢の名前が闘技場に響いた。
闘技場の入り口から駆け寄ってくる女の子はこの面倒な令嬢と同じ学園のリボンを付けていた。
「レイナ……?」
唖然とその子の名前を呼ぶ令嬢と、そんな令嬢を複雑そうな表情で見据える令嬢にこれはまた面倒な、と溜め息を吐きたくなる。
しかもこの令嬢こっちに送ったの、アクタルノ様だろ…
入口付近に見える銀髪の令嬢の姿にこれで面倒だからと割って入ることが出来なくなった。
それはさっきまで煽りまくっていた二人も同じようで、口を噤んで令嬢二人の様子を伺っている。
「モニカ、あたし言ったよね」
「なによ、今更…!」
「今更、なに?あたしはずっと、ずっと言ってきたでしょ!?」
「なによ…なによなによなによッ!!!あの人のところに行ったくせにッ!!」
段々と上がっていく二人の熱に対し、会場の空気は下がって行った。
席を立つ者も大勢いて、それに習い会場を後にする者が増え、残ったのは少数の野次馬根性しかない者だけ
人がいなくなった事にも気付かずに二人は意味のない言い争いをしていた。
「モニカはあたしの言葉を聞いてくれたことあった!?なかったよね!?なのにあたしには自分の言うこと聞けっていうの!?」
「別に聞いてほしいなんて言ってないでしょ!!私はただレイナがあの人に良い顔をしてるから…!!」
「良い顔なんてしてないよ!!!」
「してた!!!」
なんだこの不毛な言い争いは…
ミリナなんか飽きて自分の魔道杖弄んでるし、アーグはいつの間にか飼い主の元に帰っていた。
俺が止めるしかないのかよ。
アクタルノ様もこっち来る気ないみたいだし。
「お二人共、これ以上の話し合いは不毛では。モニカ・アザハルン令嬢には王宮の三番棟まで同行して頂きますので速やかにお別れをしてください」
王宮の三番棟。重要な人物を預かる騎士の屯所だ。
それ即ち、尋問が待っているのだとわかるくらいにはこの二人は馬鹿ではないようで。
「…………」
「…………」
お互いに口を噤み顔を見合わせる二人の心情は知らないが、ここまで言い争ってまた仲良くしよう、なんて出来るほど精神は育っていないだろう。
「……モニカは、あたしにとって大事な友達だったよ。他の子達と上手く話せないあたしに話しかけてくれた、優しくて、大切な…親友だった…っ」
ぼろぼろと涙を溢す姿にアザハルン令嬢は目を丸くして言葉を失くしていた。
「自分の秘密を、中途半端に言っちゃったから、こんなことになったのかなって、ずっと…ッ」
「レイナ…」
「ごめんね…ッ、ごめん、モニカ…!」
泣きじゃくって謝る自分を親友だと言った子の姿に、この女の子は何を思ったのか。
「…………ごめんね」
小さな声は震えていたけど、その目から涙が流れることはなかった。




