冬
結局あれからモニカ・アザハルン令嬢も、悩みの種であったバズル・クレスコ子息も何をすることもなく時間は過ぎて、以前突っ掛かってきた闘技祭の時さえも何もなかった。
けれど嵐の前の静けさとはよく耳にするから警戒は怠らずに過ごしている。
「うわぁーっ、すっごいキレイ!!」
「うふふ、喜んでくださって嬉しいわぁ」
「氷って本当に多種多様なのね」
「こんなに綺麗なんだもの、このまま庭に飾っておきましょう!」
冬を迎えて辺り一面が白に包まれた王宮の庭園にある広場で私とフィオナさん、側妃様と王妃様の四人で私が氷の魔力で作り出した様々な花の造形を囲んで観賞している。
薔薇やダリア、フリージアに季節外れの向日葵。
花束のように作った氷の花は太陽光によってキラキラと輝き美しさを放っていた。
「いつまで持つんですか?氷だからやっぱり日に当たり続けてるとすぐ溶けちゃいますか?」
「魔法ではなく魔力だけで作っているので壊さない限り溶けませんよ」
「わぁー!じゃあ毎日見れるんだ!」
まるで幼い子供のように無邪気に喜んでくださっているフィオナさんはこの一年で大きく成長された。
勉強も、仕草も、考え方も。
これなら学園でも大丈夫でしょう。
「朝の日課にしよーっと!」
「私も時間が空いたときに見に来るわ」
ニコニコと楽しそうに笑っているフィオナさんと穏やかに微笑みそう仰ってくださった側妃様を温かい気持ちで見ていると、トントンと肩を突つかれて振り向くと王妃様が手招きをされている。
モスグリーンのドレスにファーショールを身に纏う優雅で気品漂う王妃様は、可愛らしいお顔に気遣うような色を見せていらっしゃった。
「どうかなさいましたか?」
「ごめんなさい、今日はただお茶をするだけだったのだけれど聞きたいことがあって…」
この花はあの花は。とお話をしている御二人からそっと離れて王妃様に伺うと、眉を下げて私に謝られた。
確かに今日はお茶をとの御誘いで来たけれど、お茶と一緒に話をするのが目的なのだから可笑しな事ではないし気にすることでもない。
そもそも私は王族に仕える身なのですから。
「王妃様、そのような御顔をされては緊張してしまいますわぁ。私が応えられる事ならなんなりとお申し付け下さいませ」
「……ルーナリアさん、もっと早くリアム君と結婚しない?」
「学園卒業後の予定ですので後三年余り御待ちいただけたらと」
クスクスと微笑っていると王妃様は少し楽になられたのか、ファーショールを撫で続けていた手を止めて私を真っ直ぐに見つめられた。
翡翠の瞳に見せる真剣さに私も真っ直ぐ見つめ返すと、馴染みのある方の名前を口にされる。
「トレッサ・レジャール侯爵令嬢について、聞きたいことがあるの」
「トレッサ様、ですか?」
「ええ。とても優秀なご令嬢なのよね。オスカーから話しを聞いているし、レジャール侯爵からも耳にしているわ」
「はい。トレッサ様は全科目を取得されていて非常に努力家で素晴らしい方です」
魔法科、騎士科、政治科、淑女科、侍女科、執事科の全てを取得して、どの科目も満点ではないものの高得点を維持されている。
私もそこまでの根気は持てない。重要部分とある程度の知識があれば良いと思っているから、本当に尊敬する。
性格は子猫のようなままだけれど。
「そう、それなのよねぇ。とっても優秀でルーナリアさんとも首位争いをしているのでしょう?」
「争い、とは言い難いですけれど、競い合い共に研鑽しておりますわぁ」
「まあ…。ルーナリアさんもそんなふうに言う子が居たのねえ」
翡翠色の目をパチパチと瞬かせる王妃様に微笑み「素晴らしい御方は尊敬しますわぁ」と言えば、頬に手を当てて「ほほほ。」なんてわかりやすい誤魔化しかたをされた。
別に気にならないけれど…………私、そんなにお高くとまっているように見えるのかしら…。
「そう、それでね、トレッサ・レジャール令嬢がオスカーの婚約者候補筆頭なのだけれど、ルーナリアさんから見てどう思う?二人は仲良くできそう?」
「同じクラスで五年過ごされてますが、仲が悪いという噂も姿もないですわぁ。どちらかと言えば手を組んでいる、と言いますか…」
「手を組む?」
「ふふっ。打倒二組、と団結してらっしゃいます」
「あらあら、なるほどねえ」
可笑しそうに笑う王妃様に笑い返しながら、やはりトレッサ様だったかと思う。
公爵家の私以外の女性は年齢が離れすぎているし、侯爵家から筆頭者が出るとは思っていたけれど、優秀な方は数名いらっしゃる。
その中でもトレッサ様は頭一つ飛び抜けているのでしょう。
例外を作り出した方ですもの。
「ほら、オスカーって昔から少し甘いところがあるでしょう?そういう所をルーナリアさんが指摘してくれていたの有り難かったから、そんな人がオスカーの傍で支えてくれたらなぁ、って思いがちょっとあって」
苦笑いを浮かべている王妃様に柔らかい微笑みが自然と溢れる。
「トレッサ様は人にも自分にも厳しい方なので、オスカー殿下には良いお相手かと思いますわぁ」
オスカー殿下は昔から自己肯定感があるようでない御方だった。環境がそうさせたのか、本来からの性質なのかはわからないけれどオスカー・ロズワイドという人物はそういう人。
他人に何かを言われるのが嫌いで言われる度に突っ掛かったりする大変面倒な性格だった。
今は同年代、後輩にも慕われる親しみやすい王子様という印象が根付いている。
「…実を言えば好きな人と結ばれたらなぁ、なんて思っちゃうのよねぇ。まぁあの子長い初恋が終わったとこなのだけれど」
何故か目を輝かせている王妃様に何も言わず微笑みを浮かべて話を続けた。
「一度、御二人をご招待してお茶会を開いてみますか?フィオナさんも来年から学園に通われますし、トレッサ様と顔を会わせて頂きたかったのです」
「まあ!良いんじゃないかしら!なら早速レジャール侯爵家に招待状をしたためなくちゃ。……私実はレジャール侯爵って苦手なの、他人のこと誰彼構わず馬鹿にした態度するでしょう」
手で口を隠して声を潜めて言う王妃様は内緒話をする女子生徒のよう。
けれどかなりの気持ちが籠っているのを感じられるし、翡翠の瞳がとてつもなく冷めている。
実体験でしょうか。けれど私にも身に覚えがあるからただ曖昧に微笑むだけにしておく。
「ルーナリア様、王妃様!中でお茶の用意が出来たみたいですよー!」
氷の花の下、笑顔で此方に手を振るフィオナさんに手を振り返しながら足を踏み出そうとしたとき、王妃様は先程の女子生徒のような面影もなく、一国の王妃としての顔をされた。
「レジャール侯爵家はキナ臭いから、まともな御令嬢だけでも早く引き取っておきたいのよ。優秀なら尚の事」
「そうですねぇ」
翡翠の瞳を僅かに曇らせた王妃様の言葉にそれだけを返して再度踏み出す
頭に浮かぶのは初めての王都での出来事。
ガリガリの骨張った身体に薄汚れたサイズの合っていない服を身に纏う子供
あの時の藍色の髪の少年は今立派に育っているけれど、当時の事を忘れたことなんてないでしょう。
自分が処分される存在だなんて思わされ火の恐怖を味わい、頼った相手は結局何もしてくれなかった。
けれど、あの頃とは違う。
私は無力じゃないはずだ。
何かがあったとしても今度こそ。
冬になりましたね。皆様お身体温かくなさってくださいませ。
風邪やインフルエンザ、コロナの感染予防を怠らずに過ごしていきましょう☺️




