疑惑
後半客観視点。
「あらぁ…校舎でそのようなお話を?」
「是。」
「まあ…。」
寮の一室で受ける今日の報告内容に呆れ果てた。
普通はそんな話をいくら下校時間が過ぎたからと校舎内ではしないでしょう。
以前からこの二人の接触は耳にしていた。
私に対して良い感情を抱いていない、且つとても面倒な相手を監視するように言っている。
そのお陰で不穏な話を聞けたけれど…
「始末した方が楽だろーが。」
「二度とお嬢様の目の前に現れないようにしてさしあげます!わたしに任せてください!」
眉間に深いシワをつくるアーグと最早笑っているオリヴィアが今にも飛び出して行きそうで困る。
許可を出さない限りしないとは思うけれど、いつかその時がきたら地獄を見そうねえ、なんて考えながらクロの報告書を読み進めていく
「クレスコ侯爵家は長子だけが現実を見ているようねぇ。当主まで子息と同じ考えだなんて…。」
クレスコ侯爵が我が物顔で夜会や職場で大きな顔をしていると知り呆れてモノも言えない。
いっその事と思うけれどクレスコ侯爵領地の領民の事を考えれば早急な手は使えないし、長子がまともならば潰すのは悪手だ。
「長子、接触可能。」
「流石ねぇ。可能なら接触して彼の考えを聞いて此方と意見合致すれば早急に話を進めましょう。当主には気づかれないように気を付けて。何故かそういうことには勘が鋭いみたいですから。」
「諾。」
短い返事をして直ぐに行こうとするクロを引き留めて用意していた苺ジャムクッキーを詰めた袋を渡す
大好物を前にして表情筋が無いクロが唯一感情を見せる黒い瞳がキランと輝いた。
素早い動きで袋を開けて一枚取り出して食べ始めたクロの可愛い姿に頬が緩む。
「接触は部下に任せてみてはどう?連絡魔法を教え終えたところなのでしょう?」
「否。」
「あらぁ。素晴らしい報告をくれているのに、まだ信用するに足りませんの?」
セスが引き込んだ元暗殺者や身を隠したい者に教育をして私だけの影部隊が作られて数年。
セスとクロの教育の賜物なのか、彼や彼女等のやる気が良いのか、不満を抱く報告は今まで一度たりともなかった。
実力も申し分ないから安心して少し踏み込んだ場所の視察を頼めたり出来るからとても重宝している。
「……。」
「クロ?」
何も言わずクッキーを詰め込むクロに首を傾げていると、最高潮に機嫌が悪かったアーグがニヤニヤと表情を悪いものにしながらクロを指差す
「コイツ、ぜってぇお嬢からの任務他にやりたくねーだけだぞ。」
「あらぁ…。」
そんな可愛い理由なのかとクロを見つめると無表情なまま私をジーっと見ていた。
その瞳は無垢そのもので、何となく理解出来た。
「モヤモヤしていたの?」
そう聞いてみると少し思案したあと、ゆっくりと自身の胸元に手を当てて擦るクロ。
そのような感情を抱くようになっていたのだと感動してしまう。
あんなに人にも自分にも無関心だったクロが感情を持って動くことに喜びを感じたけれど、
「クロ、私は貴方を信用しているの。だからこそ周りに振り分けられる事は振り分けて、いざと言うときに貴方が直ぐに動けるように人を使う事に慣れてほしいわぁ。」
「…………諾。」
そう口にして姿を消したクロに頬が緩む。
徐々に、ゆっくりでも変わっていく姿が私にとって幸せを感じる出来事だ。
「あのクロがなァ…」
「感慨深いものねぇ」
「わたしもクロ君と出会ってまだ数年で稀に会うだけですけど、初めて会った頃より意思疎通も何となく出来るようになりましたよ。」
そう言いながら紅茶を淹れてくれたオリヴィアにお礼を言って、また微笑みが溢れる。
あの子達も連絡魔法を介さず顔を会わせたらきっととても驚くでしょうねえ。
なんて幸せなことを考えて気分が良くなった。
「で、どうやって始末する?」
なのにアーグったらまた掘り返して…。
横で頭が取れてしまいそうなほど頷いているオリヴィアにも、思わず苦笑いが浮かぶ。
「それが出来ないと分かっているでしょうに。」
「不慮のなんちゃらってのにすればいーだろが。運悪く犬に急所噛まれたとか。」
「急に関節が外れて動けないところを、とかなら信憑性あるよ!」
「ありませんわぁ。」
ウキウキと話す二人に苦笑いして紅茶を一口飲み、今日されていた筒抜けの密会での話に溜め息を吐きたくなる。
どうしてこうも面倒なことばかりを起きてしまうのかしら。
笑顔が印象な彼女を思い出し緩い微笑みが浮かぶ。
「一体何を考えていらっしゃるのかしらねぇ。」
鼻を擽る紅茶の香りを楽しみ、窓の外に広がる夜空を見つめた。
「ねぇお願いっ、話を聞いて!」
「うるさい!話しかけないでよ!」
ロズワイド学園の初等部二年の女子寮で言い争う声は夜を迎えてから始まった。
しかしそれも長くは続かない。
「貴女が言ったんでしょ?“人形姫”って!私はそれを言ってるだけじゃない!」
「それはっ、そうだけど…!でも違った!あの方は人形なんかじゃないって、あたしが間違ってたんだよ…っ、だからッ」
「だから?人形であってるでしょ、あんな人。いっつも同じように微笑んでるだけじゃない!人形と何が違うの!?」
水色の瞳に苛立ちを宿した少女はそう言い放つと呼び止める声に耳も貸さずに自分の部屋に入って行く
制止も出来ずに立ち尽くす少女は薄緑色の瞳に涙を溜めて今にも泣き出しそうだった。
「もう、どうしたら良いのぉ…?」
震えた弱々しい声と共に蹲った少女は堪えきれずにポタポタと涙を溢す
夜の女子寮の廊下に人は来ない。
でも、もし来てくれる人がいるなら―――
「あらあら。夜の廊下は体が冷えてしまうわぁ。」
穏やかで落ち着いた女性特有の高めの声は聞き慣れてはいなくても、この学園の生徒なら知っている。
「アクタルノ、さま…?」
「こんばんは、レイナ・メルシーさん。」
見上げた先、月明かりに照らされ人間離れした美しさを放つその人を見つめた。
そして口から滑り落ちた言葉。
「アクタルノ様は、転生者じゃないんですか…?」




