そのうち
「じゃあ後は恋人のお二人で!」
そんなことをニマニマ笑いながら言って去って行ったフィオナさんにリアム殿下が礼を告げているのを赤くなった頬を抑えて聞いていた。
恋人って…恋人って、そんな…恋人って。
「良い響きだな。」
「……はい。」
今はアーグの怠そうな顔とオリヴィアの溶けた顔を遠目に見て落ち着けているけれど、いつかこの空気感になれるときがくるかしら。
私の提案で庭園を歩くことになり、隣に並んで美しく咲き誇る花々を見ながら話をする。
「バルロイズの王太子殿下とお話を?」
「長く話をすることは叶わなかったが人となりは知れた。隣国と良い関係を築けそうだ。」
目を緩められたリアム殿下に私もつられて微笑む。
「今後お話をする機会があれば良いですねぇ」
「その時はルーナリアも共に居よう。あちらにも婚約者がいるから話をすると良い。特異な地位に立つ者同士、話し合うのも良い経験になるだろう。」
「ええ、そうですねぇ。機会があれば是非。」
この大陸に私と同じ地位に立つ方は数名で少数なのだから、今後にも繋がる関係を築きたい。
悪い関係ではないけれど、隣国であるからこその問題もある。良い関係を築ける機会を逃しはしない。
「ところで。」
「はい?」
「生徒会はどうだ。」
逃げられない問題がきたとほんの少しだけ足が止まりかける。
「レオン先輩もリノさんも変わりなく。新しい生徒会員のゾイさんもリノさんが集中して教えていらっしゃるので問題ありませんし、呑み込みも早くもう暫くすればレオン先輩や私のサポートにも入って頂こうと思っています。」
「そうか。クレスコ子息はどうだ。」
その問に此方が言うまでもなく把握していらっしゃるのだと感心と尊敬と、若干の気不味さ。
「お恥ずかしい話ですが私では対処出来ず、今はアーグが物理的に対応してくれています。」
「毎日押し掛けて来ているらしいな。」
「…はい。皆様にご迷惑をおかけしてしまって申し訳ないのですが、どうにもあの人は打たれ強いと言いますか…」
どんな言葉でも自分に都合の良い受け取り方をして私やアーグを煽り捲くるクレスコ子息は最早天才なのではと疲れた思考で考えてしまうこともある。
「これは口にして良い言葉ではありませんが、子息には首席も取れずに公爵家の次期領主が務まるかと言わせて頂いたのですが…」
「厳しいことを言う。」
ほんの少しだけ笑われたリアム殿下に曖昧に微笑むと続きを促されて、思い出す度に溜息を付きそうになる言葉を思い出した。
「自分に出来ない事はない、私を使ってやる、との事でして…。うふふ、アーグがあんなに怒った姿は初めてでしたわぁ。」
「頭に花でも咲いているのかもしれないな。」
無表情で仰られた殿下の視線の先に咲く可愛らしい桃色の花があの子息の頭に咲いているのを想像してしまって、思わず微笑ってしまう。
咲いているだけならまだしも、そこに威張り散らす自分がいらっしゃるのが一番の問題なのだ。
「ご実家にも文は出したのですが一向にどうにかする気配がなくて。抑えられていないという事も考えられますが。」
「そうか。」
「リアム殿下がお戻りになられる前に対処しきれず申し訳ございません。」
頭を下げて謝ると、ぽん、と大きな手のひらが私の頭を撫でた。
誰の手なのか考えずともわかって、申し訳なさと羞恥と若干の喜びが混ざって形容し難い。
「適材適所だ。クレスコ子息は俺に任せてルーナリアは生徒会の職務、補助を頼む。」
「殿下…」
ぽんぽんと二度跳ねて離れていくのに合わせて顔を上げると目の前で優しく微笑むリアム殿下を見て、ほんの少し張っていた気が緩んだ。
アーグも私も此処まで面倒な相手を表立って相手にするのは初めてで、しかも下手に潰せない相手はやり難いことこの上ない。
それを丸ごとリアム殿下に押し付けてしまうのは申し訳ないけれど…
「宜しくお願い致します。職務も補助も、お任せくださいませ。」
「婚約者の為なら苦じゃない。」
深く頭を下げる前、そんな優しさと甘さを詰め込んだ言葉と声、柔らかい表情に脈が早くなった。
「まだ時間はあるか?」
「はい。」
午後はフィオナさんとの予定しか入れなかったから学園に戻れば刺繍をしようと思っていただけ。
刺繍の時間も私にとっては大切だけれど、その合間に好きな人との時間があるのも素敵だと思う。
「此処に来る前にチーズケーキを用意するよう頼んで来たんだが、一緒にどうだ。」
「ふふっ。是非ご一緒させてくださいな。」
リアム殿下は私が王宮に来た時に用意されなかったことも、驚くべきか笑うべきか、一度足りともないのだ。
そして私も幼い頃から大好きな王宮シェフのチーズケーキを断ったことなんて一度もない。
「隣国ではケーキに合う茶葉を自分でブレンドするのが流行りらしい。」
「まあ。自分でですか?」
「王都の茶葉専門店が独自に始めたのが上手くいったらしくてな。今は注文が殺到しているそうだ。」
「専門店が独自に開発なされた戦法ですのねぇ。上手に浸透すれば此方にも店を出されるかしら?」
「人手が足りないから店舗を増やすことも出来ず、何か良い案はないかと王太子殿が相談されたらしい。俺も世間話程度に聞かれたんだが、他の茶葉を扱う店と連携を取る案しか伝えられなかった。」
「その案が利用する者側からすると店として信用出来ますわねぇ。店側は得を分けなくてはいけなくなるから不本意でしょうけれど。」
ガゼボに戻る最中、そんな話をするのが楽しい。
リアム殿下は自分の意見、私の意見、両方を持って深く考える御方だ。
人の意見を取り入れるのがお上手で、妥協点を作るのがかなり上手い。
「私であれば、手法を教える代わりに材料費を下げて頂いたり、若い人材を頂きたいですわぁ。店を広げたいと思うのなら。」
「…成程。」
無表情に少し楽しさが浮かんだリアム殿下に頭の中には様々な計画が巡っているのだろうと微笑むだけに留める。
口を出すのは問い掛けられた時と、道を踏み外されそうになった時、そして滅入ってしまわれた時だけだと私は考えているから、楽しそうな時はその結果を待つだけだ。
私の考えも、リアム殿下の考えも違うからこそ楽しいと思える。
緩いテンポで話を続けていると束の間にガゼボに着いて、侍女がテーブルに用意してくれていたチーズケーキと紅茶を目にして気分が上がった。
「今日も美味しそうですねぇ。」
ほんの僅かにするチーズの香りと生地の焼けた香り、そして紅茶の香りがマッチしてもう幸せ。
リアム殿下が引いてくださった椅子に座り礼を言っていると、紅茶を淹れてくれていた王宮侍女が珍しく私に話し掛ける。
「失礼致します。ルーナリア様、料理長から此方を預っております。」
「料理長からですの?」
王宮侍女が差し出した可愛らしい袋に目を向けていると、向かいに座られたリアム殿下が口を開く
「ルーナリアがチーズを使った菓子を好むからと色々と試していたらしい。」
「まぁまぁ。そのような事を?嬉しいわぁ。」
思いも寄らないサプライズに頬が緩む。
王宮シェフの腕前は伊達ではなく本当に素晴らしいもので、私は既に王宮シェフ達の虜だ。
私の為に思考錯誤して作ってくださったなんて。
「帰りに寄らせていただきたいと伝えてもらえますか?」
「畏まりました。此方はオリヴィアに預けさせていただきます。」
「ええ、ありがとう。」
微笑みかけると僅かに頬を赤らめた王宮侍女は丁寧な侍女の礼をして静かにテーブルから離れる。
オリヴィアはもう王宮侍女の方と仲を深めているみたいで感心すると同時に行動力に感嘆してしまう。
出会う前は自分から進んで何かをすることもなかったらしいオリヴィアは、私と出会って変わった。
それが悪い方ではなく良い方だと胸を張って言えるけれど、加減を知らずに突っ走る可能性も捨て切れないから目が離せない。
近衛騎士と共に周囲の護衛をするアーグの姿も私には信じられないものだ。
私が王太子妃になる頃にはアーグは私の元には居ないはずだったのだから。
慣れない他人と協力し合うアーグはいつものように緩く紅い髪を結んで怠そうな顔ではあるけれど、身体は常に瞬時に動ける体勢で視覚も聴覚も研ぎ澄ましているのがわかる。
けれどやはり一見、怠そうな態度にしか見えないから近衛騎士の中には見兼ねている者も居る。
それをアーグも理解していて、自分でどうにかするつもりなのだろう。
私もアーグの仕事関係に口足すような真似はしない。そこまで過保護じゃないもの。
そもそもそういった事を自分自身で片付けられないなら務まらない。
……私にも耳に痛い言葉だけれど。
「本当に美味しいですわぁ。リアム殿下はそんなに少なくて宜しいのですか?」
「幸せそうに食べるルーナリアを見ているだけで十分だ。」
「ふふっ、見てるだけで満足されるのですか?」
「可愛いルーナリア限定でな。」
「……………。」
「照れるルーナリアをこれからも見続けられるとは恋人とは良いものだな。」
照れもなく本心から言っているであろうリアム殿下を見ないように半分無くなったチーズケーキに視線を落とす
きっとそのうち慣れる時がくる。
この先も長い人生、傍で生きていくのなら。




