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悪役令嬢ですが気にしないでください。  作者: よんに
学園中等部編
118/152

願う花は


「ルーナリア・アクタルノ!ボクが来たぞ!茶でもてなすんだ!」


「ごきげんよう、クレスコ子息。」


生徒会室に訪れた見慣れ始めた水色髪の男子生徒に緩く微笑みを浮かべながら、背後に見慣れた紅い髪を目にして微笑みを深める。


「貴方は学びませんねぇ。指名の段階でありながら本家の娘にその態度、そして異性に対して…私は丁寧にお教えしたはずですけれど。」


「フン!お前はボクに嫉妬しているんだ!今更ボクに良い顔をしたって意味ないんだぞ!」


本当に話が通じない方ねえ。

どう聞き取ればそのような返しになるのかしら。


これまた見慣れた縄に縛られて叫び暴れながら運ばれて行くクレスコ子息を見送り、生徒会室で此方を見ていた皆さんに曖昧に微笑む。


「毎日お騒がせして申し訳ないですわぁ…」


「いや、ルーナリアさんの方こそ大丈夫?あたし達は関わらずにルーナリアさんのフォローしてるだけだから良いけど、あの話し通じない子と話してるルーナリアさんが一番しんどいんじゃない…?」


淡い赤色の瞳に心配の色を浮かべるリノさんと、眼鏡の奥で顰め面をするレオン先輩、そして青い顔で私とクレスコ子息が運ばれて行った先に目をうろうろとさせるゾイさん。


新学期から一週間程経ってゾイさんは私にそこまで怯えなくなったけれど、こういう時は顔を真っ青にされるから申し訳なくて仕方がない。


そもそも、一週間毎日来るあの人の神経をそろそろ恐ろしく思えて来た。


「あたし、ルーナリアさんがあんな顔で正論ズバズバ言ってるのに懲りないあの子がちょっと怖くなってきたよ…。」


「ふふ、私もです。」


「アーグ先輩も日に日に形相が悪化している。」


そうなのだ。私に反抗的な態度を取るクレスコ子息に耐え切れなくなったのは私よりもアーグやオリヴィアだった。

アーグは護衛という立場から精神的にも猶予はあるけれど、オリヴィアは二日前に限界を超えて今は寮室にて精神を落ち着かせている。


当初より私の侍女らしく立派にと我慢強く、そしてふわふわにこにこの表情を保っていたオリヴィアが表情を失くすくらいにはクレスコ子息に手を拱いている。



「しかも会長そろそろ戻ってくるよね。」


「………修羅場になるか?」


「か、会長ってそんな感じの方なんですか…?いつも冷静沈着なイメージがあったんですけど…。」


「会長はねー、基本無口で無表情で恐怖政治ではあるけど優しくて頼りになるし、間違ったとこは丁寧に指摘してくれる方だけど怒るとすっごく怖いんだよ。怒ることも滅多にないけど。」


「安心するところが三つしかありません…!」


ゾイさんが可哀想に思えてくる程に青褪めている。


「でもルーナリアさんのこと大好きだから可愛いとこもあるよ?」


「リノさん…?」


今度は私の顔色が変わってしまった気がする。


ニマニマと私を見て笑うリノさんと驚いた顔で私を見るゾイさんに何故か居た堪れなくなって俯く。


「その事は学園で当たり前の事実みたいになってましたけど、本当にそうなんですね…」


「政治的なものに乗って演技でもしてるって思ってたの?まぁ実際そう思ってる人も少なからずいるみたいだけどねー。此処で見たら一目瞭然だよ!」


「有害物質を放出するな。」


「私を揶揄うのはお止めくださいな。」


三者三様の視線を受け流して自分の席に座り業務に講じるけれど、内心は落ち着かなくてそわそわしている。


だって、確かにそうかもしれない、なんて自分で思ってしまったんですもの。


目が合った瞬間、きっと私は頬を赤らめてしまっていて、リアム殿下はそんな私を優しい眼差しで見つめて。

それだけで何とも言えない空気になってしまっていたでしょう。


…………はやくお会いしたいと思うのは、いけないことかしら。






「おかえりなさいませ、お嬢様。本日もお疲れ様でした。」


「ただいま、オリヴィア。」


寮室に帰って一番最初に耳にするオリヴィアの声に身体から力が抜けていくのを感じて、自分でも少しだけむず痒い。


預けた鞄を嬉しそうに抱えているオリヴィアと、私を追い越してキッチンに向かったアーグに頬を緩める。


けれどオリヴィアの「今日は如何でしたか?」という心なしか低く単調な声に引き締まってしまう。あの子息は本当にどうしようかしら。


「変わんねぇよ。今日もギャンギャンうるせーから吊ってきた。」


「沈めてしまえたら楽なのに。」


パン籠を抱えたアーグの返答にニッコリ笑って言うオリヴィアの手は固く握られている。

そんな手を優しく包み込んで撫でてあげると一瞬でデロンと溶けるから微笑ってしまって、オリヴィアが奇声を上げて空気が変わったのを感じてゆっくりソファに腰を下ろした。


「クレスコ侯爵にも子息に関する文は出しましたから暫くすればあちらも対処なさると思うのだけど、私が対処仕切れないというのが問題なのよねぇ。」


「アレはお嬢が関わる程めんどくせーぞ。」


「貴方達は子息の事を私が返答するだけで喜ぶ変態と言うけれど、そう言った感情は見えないのよ?」


アーグもオリヴィアも、クレスコ子息が私を好いているなんて言う。


確かに好きな相手に素っ気ない態度を取るだとか、意地悪をするなんていう接し方があるのは知っているけれど、そう言った時でも私は感付くはずだ。

幼少期からやんごとない方から受けていたもの。

付け加えるならば、私はそういった表現の仕方はあまり得意ではないと思う。


いえ、そもそもの話、あの子息は昔から私を徹底して避けていたのだからそういった感情を抱くことなんて……顔かしら。こんなあからさまに顔目当ての方は初めてな気がするわぁ。


オリヴィアが淹れてくれたお茶に口をつけて鳥肌の立った身体を落ち着かせる。

深く考え過ぎても精神的に駄目ね。


「明日は午後からフィオナさんと予定があるから会わなくて済むのが幸いねぇ。」


「ドレスや装飾品、全て準備は整っていますよ!」


ニッコニコになったオリヴィアに私も微笑む。

着飾るのは楽しいから気分も上がる。


「腹減った。飯。」


「パン全部食べたの!?」


「あらあら、ふふふっ。」


寮室で心地良い二人と過ごす時間が私にとってかけがえのない大切なものだと日々実感していた。




「ルーナリア様、本日はよろしくお願いします!」


「ごきげんよう、フィオナさん。此方こそ、よろしくお願い致します。」


王城の庭園、白いドレスを着た可愛らしいフィオナさんと蒼いドレスを着た私は並んで座っていた。


その付近に人は居らず離れた場所に数十人の護衛と侍女が控えていて、フィオナさんはそういった体制にも慣れたようで嬉しそうに笑っていらっしゃる。


「今日もリラックスでお願いします!」


「ふふっ。私よりフィオナさんの方がリラックスされないといけないのでは?肩が上がっていますよ。」


「あたしがルーナリア様の役に立てる唯一の事なので毎回気合入るんですよ!」


数回目になる聖女であるフィオナさんによる治癒魔法を受けている私はその力の凄さを身を持って知った。


たった数回の治癒魔法で長年の偏頭痛が軽減し、軽い運動での息切れの頻度が大幅に減った。

それだけでも私にとっては驚愕の出来事で、王城の庭園を息切れせずに見て回れた日に少しだけ泣いてしまったのは私にとって恥ずかしい思い出だけれど、本当に嬉しい思い出だ。


フィオナさんはそんな私にそれ程重い事だったのだと受け取ってかなり意気込んでしまわれたけれど、否定しても涙ぐまれて何も言えなくなった。


「じゃあルーナリア様、手を。」


「はい。」


隣に座って手を繋いで治癒魔法を扱い始めたフィオナさんの瞳が深い水色から黄金色に変わっていく


私を包む眩くて温かい魔力は心地よく感じていつも不思議と穏やかな気分を終始保っていられる。

アーグやオリヴィアとは違う安堵感に最初は不安を覚えたけれど、それも慣れて受け入れれば大丈夫。


「あっ、ルーナリア様知ってます?リリア様が婚約者の人と結婚式を挙げるって!」


こうしてフィオナさんと他愛ない話をすることも、この時間のたのしみである。


「ええ、リリア様とリリア様の婚約者様から招待状を頂きましたわぁ。」


「あ、そっか!ルーナリア様は婚約者の人と先輩と後輩の関係…で、あってます?」


「ふふ、学園の先輩でしたの。私もお世話になった方なんですよ。」


「良いなぁ…!あたしも早く学園行きたい!」


「あと二年ですねぇ。リリア様も御結婚されても王都で過ごされるようですから、変わらずフィオナさんに付いてくださるみたいですよ。」


実際はそのように頼んだのだけれど。

リリア様もそれを望んでいらっしゃったから良かったけれど、婚約者であるバルサヴィル先輩が早く領地に迎え入れたかったのか難色を示して少しお話し合いが長引いた。


聖女に近い存在になる妻に心配や不安を持つのはわかりますが、それも今更であると理解しながら難色を示した先輩にリアム殿下は珍しく苦笑いしていらっしゃった。

同じ過ちを犯したくない思いは尊重しますが。


「フィオナさんも式に招待されたのでしょう?」


「あ、はい…。でもあたし、結婚式とか村の皆で、おめでとー!ってするくらいだったので…」


「私の育った街では新婦さんに街中から花を集めて贈るのが鉄則としてありましたわぁ。」


「えーっ!なにそれすごく素敵!皆でお祝いって感じで憧れるなぁ…!」


「ふふふっ、本当に。私も幼い頃に一度、アーグを連れ回して色々な花を集めてドレスを着た綺麗な新婦さんに渡したことがあって、その時は目を輝かせていたと思います。花を渡した新婦さんが本当に嬉しそうに笑っていらっしゃるから…」


貴族の責務としてそんな幸せな結婚を描けなかった私は、純白の花嫁さんが綺麗で、可愛くて、きっと世界一幸せなんだろうと思っていた。


あの子達と一緒に動き回れない私を順番に抱えて街を歩き回るのが新鮮で、戻ってフランさんのおやつを食べながらあんな花が、こんな花が、って話をしたのを覚えている。


「わぁー…あたしも結婚出来るかな…」


「お相手によりますが出来なくはないですよ。」


聖女としての役目を全うしてくださるなら国に全てを捧げる必要はない。そういった相手が居ても良いでしょう。


「ンフフッ!でもあたしよりルーナリア様が先じゃないですかー?」


「…うふふ。そうかもしれませんねぇ。」


「その時はどんな花を贈られたいですか!?」


何故か鼻息荒く聞いてくるフィオナさんに少し身を引くとその分詰められる。

これは躱せないなぁ、と考えてみて。



「ラナンキュラスという花が好きなので、ラナンキュラスを贈られたらきっと嬉しいと思います。」


「必ず用意しておこう。」



聞き慣れた低い無感情に聞こえる口調の声を聞いてゆっくりと振り返ると、正装を身に纏った高貴然とした姿のリアム殿下と目が合った。


……格好良過ぎではありませんか?


―――ではなくて。



立ち上がりカーテシーをして挨拶を述べる。


「お戻りになって居られたのですね。無事帰還され、安心致しました。」


「長く開けてすまなかった。」


「いえ、そこまで長くは―――」


「――ルーナリアに会えず長く感じた。」


そんなこと言われると照れます殿下。本当に止めてください殿下。フィオナさんがニマニマされてますから…!


むず痒い感情に何とか表情を保っていると、不意に温かい手に手を取られ、そこに当てられた柔らかい感触にぶわぁっと身体中に熱が回ったのがわかる。



私の手越しに見える細められた琥珀に宿る甘さに何とも言えない感情を抱きながら、


「ただいま、ルーナリア。」


「…おかえりなさいませ、リアム殿下。」


宿っていた気持ちが溶けていくのを感じて、自然と頬が綻んだ。




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