新学期と波乱?
「新入生の皆さん、入学おめでとう御座います。同級生と競い合い、話し合い、たくさん学び自分を磨いてくださいませ。そして分からない事は遠慮なく教員の先生だけでなく、先輩にも聞いてくださいねぇ。」
壇上から見つめる先、幼さの残る新入生のキラキラとした表情に自然と浮かぶ微笑みで言葉を続ける。
「皆さんにとって良い学園生活を過ごせるよう願っています。生徒会代表、ルーナリア・アクタルノ。」
一歩引いてカーテシーをして割れんばかりの拍手を戴くのも今回で五回目。
毎回緊張しているけれど重ねる事に上手く力を抜いて出来るようになった。
司会席のリノさんがニコニコと続けて進めていくのを舞台袖で見ながら、隣に立つレオン先輩に声を掛ける。
「新しい生徒会役員の方、レオン先輩のお知り合いだとお聞きしましたわぁ。どのような方ですの?」
「俺に聞くとは珍しい。アクタルノなら話した事はなくとも知っているだろ?」
「直接お話したことは片手で足りるほどですの。少し、敏感になっているのかもしれません。去年の失態もありますから。」
「あれは生徒会全体の落ち度だろう。アクタルノだけが気に止むことじゃない。それにその件は終わってる、穿り返して気を落としてくれるなよ。陰気な世話係は相手も気が引けるぞ。」
眼鏡の先で細められた茶色い瞳は労りも何もなくて、単に思ったことを言っただけだと微笑ってしまう。
「優しい言葉を掛けたのなら最後まで優しくしてくださいな。」
「優しくする必要が?」
鼻で笑って見下ろしてくるレオン先輩は基本的に塩対応で、同性異性関係なくズケズケと言う人だ。
口調も無骨で愛想というものも持ち合わせていないから、眼鏡と相まって冷たい印象を持たれる。
けれどその実、厳しくありながら優しくて周りを良く見ている人だ。奥手な部分もある。
慣れると同性異性関係なく慕われる人物。慣れるまでが長いかもしれないけれど。
「それで、その方はどんな方ですか?」
今年中等部一年生の首席成績者である生徒が生徒会に入る事になったが水属性の方ではないから魔力研究会と言う名の親睦会で会うこともなく、本当に片手で足りるくらいしか会話をしたことがない。
「…普通の男だ。貴族には逆らわず、平民には平等に。同性には気安く、異性には優しく。平平凡凡、地頭の良い賢い奴だ。」
「あらぁ。レオン先輩にしては珍しい印象をお持ちなのですねぇ」
「嫌いも好きもない、という者だって居るだろう。その内の一人だ。」
本当にそれだけだと言うようなレオン先輩に緩く微笑み頷いた。
私かリノさんが指導に付くか考えていたけれど、どうやら私ではない方が良いみたい。
貴族の中でも接し辛い私が最初からお教えするのは堪えてしまうかもしれないもの。
「会長が戻られるまでに少しでもアクタルノに慣らすのが目標だ。」
「あら、私は危険人物ですの?」
「十分気を付けるに足るべき人物だな。」
「まあ。」
先日、隣国の国王陛下、側妃様の実父でありリアム殿下の祖父に当たる御方の訃報が届き、リアム殿下は側妃様と隣国の法事に行かれた。
急な事ではあったけれど驚かれた様子もなく、業務の配分を熟して向かわれた御二人はとてもよく似ていらした。
私達も指示者が居ないと動けない者ではないので迅速に丁寧に生徒会の業務を熟すのだけれど、新しいモノは注意して置かなければいけないでしょう?
「何方かと言えばアクタルノ、君の分家の方を気にした方が良いんじゃないか?」
「あらぁ。もう耳にされたのですか?」
「クレスコ侯爵家の次男が新学期早々鼻高々と話をしているともっぱらの噂だ。」
「まあ。」
いつものように微笑むけれどその裏に隠された私の考えに気付かれたのか、レオン先輩が気の毒そうな顔をされた。
「それは何方に向けての表情ですの?」
「各方面に向けてだな。」
「レオン先輩にも手伝って頂かないと。」
「………。」
藪蛇、と顔に出ているレオン先輩にくすくすと微笑って今後に向けて思考を変える。
バズル・クレスコ子息。
私の一つ年下の水属性を持つ方だけれど魔力研究会でも私が行くと現れない、お茶会にも顔を出さない、といった感じに私を徹底して避けていた人だから、直接話をしたことなんて片手で数えるほど。それも長く続く会話でもなく、明らかに私を下に見て蔑んでいるとわかる様なもの。
男尊女卑なのか、私が本家の娘だからなのか、魔力量の差になのか、はたまた全てが当て嵌まっているのかは知らないけれど。
「…まあ、俺達に出来ることは手伝うぞ。」
「鍛え上げてあげます!」
眼鏡を整えるレオン先輩の隣、司会を終えたリノさんが可愛らしい拳とニコニコ笑顔と共にそう仰ってくださった。
「うふふっ。ありがとうございます。」
頼もしい先輩もいるのだから、頼りにすることも出来るのだと頭に入れて置かなければ私の愛しい子にも叱られてしまうもの。
「ルーナリア・アクタルノ!お前はボクより下になったんだ!頭を下げろ、頭が高いぞ!」
「………まあ。」
こんなにもお馬鹿な人だと思わなかったのだ。
家を継ぐ継がないはなくとも仮にも侯爵家の人間でありながらそのような……頭が痛いわぁ。
そもそも生徒会員でもない貴方が何故生徒会室に来るのか、なんて疑問は後ろの青い顔で半泣きになりそうな男子生徒を見ただけで分かる。
「わあー…。想像以上に大変そう…。」
「…アクタルノ、此方は此方で進めるぞ。」
「えぇ、お願いします。ゾイさん、ご迷惑をおかけしてごめんなさい。」
「あ、いや、僕が、あの、すみません…」
肯定も否定も出来ずに結局頭を下げた茶髪茶目の新生徒会員のゾイさん
ああ、もう、本当にごめんなさい…。
笑顔のリノさんに声を掛けられて安堵した表情で中へ案内されたゾイさんにもう一度心の中で謝り、目の前で憤慨しているお馬鹿な人を見る。
「何で頭を下げないんだ!ボクがアクタルノ公爵家の当主なんだぞ!」
「訂正しますが、今の段階で貴方は指名されただけで当主になった訳ではありませんよ。」
「フフン。お前じゃなくてボクが当主に選ばれて嫉妬してるんだろう?」
…………あらぁ。
「――吊るし上げるか。」
ドスの効いた低い声がして目の前でふんぞり返っていたクレスコ侯爵子息が一瞬にして縄で縛られた。
次の瞬きの間に深い水色の髪と瞳が逆さまになり床スレスレの場所に顔があって、私が自然と見下ろす形になった。
それをした紅髪の見慣れた私の頼もしい護衛は本当にそのまま廊下の窓を開けてクレスコ侯爵子息を放り投げる。
「うわぁあああああああああッ!!!!!!!!!!!」
「うるせぇ。持っててやってんだろーが。」
そう言いながら子息に繋がった縄を振るアーグは鬼畜を通り越して悪魔に見えたのだろう。
より一層悲鳴を上げた子息に優しく声を掛ける。
「私の従者が失礼をして申し訳ないわぁ。すぐに助けますからね、動かないで―――」
「――お前に助けられるならボクはこのまま落ちた方がマシだッ!!!」
大声でそう言うクレスコ子息は心からそう思っていたのか、本当に自分でどうにかしようと身体をくねらせ始めた。
吊橋効果も駄目なのねぇ…あらぁ、アーグの顔が凄いことになってしまってるわぁ。
ここにアーグより過激なオリヴィアが居なくて良かっ――固まってただけなのねぇ。
周りを見渡して目を見開いてくねくね動いている子息を見ているオリヴィアに気付いて思わず微笑ってしまった。
「ボクはアクタルノ公爵家の当主になるんだぞ!!不敬だ!!手を離せ狂犬めッ!!」
「あ"ァ?黙れ落とすぞ糞ガキ。」
「…お嬢様御安心を。すぐ片付けますから。」
あらあら。大変だわぁ。
「あの、え、大丈夫なんですか、アレは…、」
「まだ大丈夫だよ、多分。本当に危なくなったらルーナリアさんが止めるよ、多分。多分ね!」
「多分おおくないですか…?」
「大丈夫だろう………多分。」
「トバラス先輩まで…!?」




