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悪役令嬢ですが気にしないでください。  作者: よんに
学園中等部編
114/152

確かなこと

リアム殿下視点。



公爵邸を出て宿泊予約をしていたアクタルノ領地の宿に向かい、その一室で皆がルーナリアの様子に気を向けていた。


十三の娘にとって、残酷過ぎる話。

気丈に微笑んでいたとしても心中は計り知れないほどの痛みを持っているはずだ。


紅髪や侍女は表情を無くし、怒りに手を震わせ今にも壁を殴りそうな気迫を纏っているが、それでも気遣うようにルーナリアを見つめている。


ケルトルは無表情を保っているが握り締められた拳に筋が浮かんでいて、体裁として連れて来た騎士ザリウスと魔道士ミリナは両者ともに顔色が悪い。


聞いてはならない話を聞いてしまい、見てはならないものを見てしまったのだから仕方ないだろう。



「ごめんなさい、恥ずかしいところを見せてしまって…。」


眉を下げて困ったような微笑みを浮かべて俺達に言うルーナリアに即座に返す。


「謝ることなど何もない。だが、…君は見せたくなかっただろう。」


「……いいえ。いずれ私の口からお伝えするよりは楽ですもの。」


アクアマリンのような淡い水色の瞳を伏せて、それでも微笑みを崩さないルーナリア。


それは騎士ザリウスや魔道士ミリナ、ケルトルや俺が居るからなのかもしれない。

ルーナリアの内にいない者の前で、君は弱さを見せたくないのだろう。


プライベートルームに行かせた方が良いのかもしれないが、このまま彼女を部屋に行かせるのは不安だった。


「少し、話に付き合ってくれないか。」


「…、まあ。リアム殿下は気を遣うのがお上手だったはずですのに。」


僅かに目を細めるルーナリアは暗に気を遣って一人にしてくれと言った。


だが何も言わないままルーナリアの思考を深く沈めるのは絶対に良い事とは言えない。


「好きな人が苦しんでいる時に一人にはしたくないというのは、エゴだとわかっているが…すまない、今は君を一人にしたくない。」


「………。」


真っ直ぐに見つめる先、いつもなら頬を赤らめて顔を俯かせるルーナリアは青白い顔色で強張った微笑みを浮かべていた。


話をするには人が多すぎるか。


「騎士ザリウス、魔道士ミリナは待機室に戻ってくれ。ケルトルと紅髪は部屋の前で待機。侍女オリヴィアは紅茶の用意の後、街で人気の菓子を買って来てくれ。魔道士ミリナを連れて行くと良い。」


「異性と密室で二人きりなど容認出来ません。」


「…問題ねーだろ。」


顔を顰める侍女が拒否するのは想定内だったが、紅髪が威嚇も牽制も無く享受するのは想定外だ。


先程の話で出た彼女の身体の事があるからか、それともルーナリアの精神的な事を考慮してのことなのかはわからないが、珍しい番犬の配慮に目礼する。


非難の目で言葉を発そうとした侍女の口を塞ぎ部屋を出た紅髪に続き、ケルトル達も素早く退室した。


「私の味方はオリヴィアだけかしら。」


「君を思ってのことだろう。」


「まあ。知ったような口で仰られるのねぇ。」


「自分の事に関しては鈍い君よりは少なくとも理解出来る。」


「まぁ酷い。」


僅かに顔を伏せて微笑むルーナリアに断りもなく隣に座ると、少し潤んだ瞳で見上げられる。


潤んだ淡い水色が輝きを反射させているのにその瞳は酷く昏く、すぐ手が届く距離に居るのに今にも消えていなくなりそうで背筋が寒くなった。


ゆっくりと伸ばした掌をルーナリアの青白い頬に当て、冷たい温度に胸が締め付けられ、触れても消えないことに安堵する。


「…許可なく触れるのはよろしくありませんよ。」


「ルーナリアにしかしない。」


「…、」


その言葉がきっかけになったのかもしれない。


俺を見上げていた昏い瞳に涙が溜まり、ぼろぼろと頬を伝っていく


何も言わずに溢れて流れていく涙を拭いながら膝に置かれていたルーナリアの華奢で小さな手を取り包むように握る。


「…なにか、いってください。」


か細く掠れた小さな震える声にどうしようもなく胸が締め付けられて、抱きしめてしまいそうになる。


「好きだ。」


自然と出た言葉は直球で。

僅かに表情を綻ばせたルーナリアに自分の表情が緩むのを感じた。


「好きだ、ルーナリア。」


「はい、しっています。」


「あぁ、そうだろう。俺は君にしか優しくしないからな。あからさま過ぎてよく笑われる。」


「ふふっ、そうなのですか?」


可笑しそうに微笑いを溢すルーナリアが握られていた手を少し握り返してくれた。


その愛おしさに胸が痛む。


未だ頬に当てている手を動かして目尻に滲む涙を拭い、頭に手を伸ばして撫でてもルーナリアは嫌がることもなくされるがまま。


「リアム殿下、」


「ん?」



「―――好きです。」



それは一度もルーナリアから聞くことのなかった、想いの含まれた言葉だった。


互いに想い合っているのはわかっていた。

けれど口にして伝えていたのは俺だけ。


それで良かった。

王位継承の事もあったから曖昧なままでいた方が都合が良くて、それでも今は内々には俺に決まった。


将来、ルーナリアが俺の伴侶になることは確定している。


国王の俺と国母のルーナリア。

俺からしてみればこれ以上ないほどの幸福だ。


だが目の前のルーナリアは眉を下げ、唇を震わせ、瞳を閉じても絶えず涙が溢れている。



「俺も好きだ、ルーナリア。」


「っ、すき…、」


いくら拭っても追いつかないほど涙を流すルーナリアがギュ、と俺の手を握りしめて言う。


「好きなんです、リアム殿下…っ。」


「ルーナリア、」


「好きです、っすき…、ッ、好きです、」


「わかった。わかってる。俺も好きだ。」


涙混じりの震えた声で何度も好きと繰り返すルーナリアに堪らなくなる。


それでも歓喜するにはルーナリアの声は、表情は、悲壮感に満ちていて



「―――好きで、ごめんなさい…ッ、」



泣きながらそんなことを言うルーナリアの手を引いて抱き締める。


そんな事を言う理由は思い当たりはするが、謝るようなことでは決してない。

そもそも好きになる事を謝る必要など、どんな理由があろうともあるはずがないんだ。


「謝る必要など何もないだろう。俺も君が好きなのに、謝られると苦しい。」


「ッ、殿下…、わたくしは、」


言葉を詰まらせるルーナリアの頭を引き寄せ、顔を胸元に当てて見えないようにすると腰元の裾を掴まれる。


触れたままの頭を撫でて背中をぽんぽんと叩くと、ルーナリアが耐え切れずに嗚咽を溢す。


「大丈夫だ。我慢しなくていい。」


「でんか、わたくしは…!わたくしは、王妃にはなれません…っ、」


震える声でそんなことを言うルーナリアはきっと、公爵に言われたことを気にしているのだろう。


「子供が出来ないかもしれないからか?」


「っ、…そくひをむかえなければ、ならないと思います…ッですが…!」


掴まれた服にグッと力が篭り胸元の濡れが増していくのを感じて、頭を撫でながら耳を傾ける。


「私はきっと、たえられません…っ」


複雑な感情を宿したルーナリアの言葉。


子供が出来ないことか。

側妃を迎えることか。

その両方か、また別の理由か。


ついに泣きじゃくるようになったルーナリアにそれ以上を聞くことは出来ず、強く抱き締める。


「ルーナリア。」


「ごめんなさい…っごめんなさい…!」


泣きじゃくりながら謝るルーナリアの頭を撫でて身体を離して顔を見ると、可愛い顔を涙や鼻水でぐちゃぐちゃにしていた。


不謹慎だが、相変わらず泣くのが下手くそなルーナリアがどうしようもなく可愛くて、愛しくて。


「本当に可愛いな。」


「ッ…、こんなっ、ときに…ばかにっ、しないで、ください…っ!」


微笑みのないルーナリアに睨まれてもその可愛さに表情が緩むのを抑えきれなかった。


涙や鼻水を拭いてやりながら頭を撫でると、今度は嫌がって手を退けられる。


それさえも可愛くてどうにかなりそうだ。

不謹慎な事を言ったからか、涙は止まらないまでも落ち着いたらしいルーナリアの手を取り話をする。


「ルーナリア、君に子供が出来ないとは限らないだろう。出来ない証拠などない。」


「……私には、月のものがきていません。私の歳できていないのは珍しいのです…。」


そういった事を言われると続け難いのだが、わかっていて言っているのなら手強い。


「…公爵は毒と言っていたか。」


「………はい。子宮の機能を失くす毒は存在していますから、嘘ではないと思います。」


「機能を失くす毒の解毒は治癒魔法で可能だ。」


俺のその言葉に目を伏せ、ルーナリアは僅かに震える唇を開く


「私が毒を飲んだのは七年も前にございます。治癒魔法が長期間患った病を治す事が出来ないのは殿下も御存知でしょう?」


「立証はある。俺は六年の期間だったが、比較的回復した。」


「……どういうことでしょう。」


困惑を見せるルーナリアの掴んでいたままだった手を自分の頬に当てて、緩く口角を上げる。


「毒の後遺症で幼少期は表情筋が死んでいた。」


目を瞠ったルーナリアに目を細め、両陛下と側妃、大神官殿しか知らない事だと言う。


「当時、俺の毒飲訓練の監修をしていた者が反王派で中々厄介な毒を飲まされて身体の筋肉が動かなくなったんだ。幸いにも対応が早く毒が巡る前に事無きを得たが顔は間に合わなくてな。」


「そうだったのですか…」


「それを時間を掛けて治した。」


「……リアム殿下はあまり表情豊かな方ではありませんけれど。」


「本質だろう。」


「まあ。」


飄々と言えば可笑しそうに目を緩めたルーナリアにつられて表情が緩む。


それを掌で感じたのか、微かに撫でられた。

…中々に苦行だな。


僅かに頬を赤らめて俺を見つめている可愛いルーナリアの手を軽く引いて気を向かせ、本題に入る。


「大神官殿の治癒で六年の毒が抜けた。なら、伝説の聖女であればその確率はどれ程だと思う。」


「………、」


考えなかった訳ではないだろう。

だが、願うことすら恐れてしまっている。



強いのにとても脆く、今にも消えてしまいそうな君にどうしようもないほどの想いを抱く。



この想いは俺でさえ手に余るようなモノなのに。

君を娶ることが出来る幸運を得たのにそれを手放す事など出来る筈もない。



「それが何年、何十年掛かっても良いんだ。ルーナリア、俺はずっと君の隣にいる。」


「……王位を継承する貴方に最も必要なのは、次代を産む者と契ることです。」


「違う。」


断言した俺にルーナリアがその瞳を丸くする。

涙を流して赤くなった目尻を指で撫で、淡い水色を見つめて言う。



「信頼し支え合える者と国の為に生きること。

俺にとっては、ルーナリアだけがその相手だ。」



淡い瞳を瞠り、また涙を溢れさせる愛しい人を抱き締める。


柔らかい銀髪を撫でて何度でも言おう。




「俺にはルーナリアだけだから。」



それはこれから先も絶対に変わることのない確かなものだ。











泣き疲れたルーナリアが侍女と共に部屋を出た後、外させていた三人が何とも言えない表情で俺を見てくる。


「何だ。」


「…両陛下にはどう話をされるんですか。」


初めから跡継ぎを産めないとわかっている者をわざわざ伴侶にする必要性などないと言われると思っているのだろうケルトルや二人の護衛を見やり、ルーナリアの侍女が用意した紅茶に手を伸ばす


ルーナリア専属侍女だけあって中々に良い香りと味を出している。

だがやはり、生徒会でルーナリアが淹れてくれるものが一番美味いな。


そう物思いに耽っていると痺れを切らした魔道士ミリナが声を上げた。


「公爵令嬢様のこと諦めるわけないですよね?」


「おいミリナ、」


「だって!あんなの、同じ女として許せることじゃないわよ…!!」


咎めた騎士ザリウスに食って掛かりながら顔を悲痛に歪めた魔道士ミリナに、男二人は揃って顔を歪める。


「確実とは言えないが手が無い訳ではない。だからその顔をルーナリアの前で見せることが無いようにしろ。」


「リアム殿下…!」


詳しい説明もないのに表情を明るくさせたケルトルに何時になれば疑いというものを覚えるのかと息を吐く。


騎士ザリウスと魔道士ミリナは怪訝な顔をしていたが、王族に対してこれ以上の発言は控えなければならないと口を閉じた――その時、ケルトルが剣を抜きながら俺の前に出て扉を睨む。


1拍遅れて騎士ザリウスと魔道士ミリナが警戒の体勢を取るが、二人の表情は青く身体は強張っていた。

それ程の相手だと悟ったからだろう。


だが、この気配は覚えがある。


「ルーナリアの影か。」


「……流石はお嬢のお相手だ。」


低い男の声と共に許可をする前に開けられた扉の先、黒ずくめの男が素早い動きで入って来た。

それに魔道士ミリナが「止まりなさい」と声を上げながら魔力を集め始める。


「公爵令嬢様の影が何故殿下の元へ来るの。そもそもアンタが公爵令嬢様の影である証拠なんてないでしょう。」


「遺言書を持ってきた。お嬢に見せるのは良くないと判断したが、普通に渡すのも癪だったので王子様に目を通して貰おうとアーグと決めた。」


まるで眼中にないかのように魔道士ミリナに応えず俺に向かって白い封筒を差し出す男を見れば、その耳に見覚えのある青いピアスを見つけた。


紅髪も、あの侍女も付けているそれは紛れもないルーナリアのモノであるという証拠。


「誰の遺言書だ。」


「フランという婆さんから、公爵に。」


「…ルーナリアが慕っていた料理人の老女か。」


刺繍や菓子作りを教えてくれた人だとルーナリアが嬉しそうに話し、その者の報せに酷く動揺する姿を見たほど、ルーナリアにとって大切な人物。


そんな人物の公爵宛の遺言書とは。


「亡くなられてから日は経っているはずだが、何故今それを俺に渡す。」


「いくら婆さんの頼みでもあの公爵に渡したくなかったからだ。……ただ、今日の話で婆さんが公爵に伝えたかった事が何か、ちゃんと渡してやらないと駄目だとアーグと話をした。内容は俺達も読んでいない。」


差し出された白い封筒に目をやり、この遺言書を書いた老女に謝る。


他人が覗いてしまって申し訳ない。

この手紙に込めた思いはどれ程かと、目を通しながら思う。


だがやはり、この方をルーナリアが尊敬する所以を感じた。



「許してくれる者はいない…手厳しい方だ。」


事実、誰一人として公爵の行いを許せる者はいないだろう。

そこにどんな思い、人生があったとしても。


それでも話をしろと言うのはルーナリアにも苦しいことではないのかと、泣きじゃくりながら謝る愛しい彼女が思い浮かんで目を閉じる。


しかし、この方は明かされていないとはいえルーナリアの祖母に当たり、ルーナリアを本当に愛していらっしゃったのだとこの文面だけでもわかるのだ。


そして、あの公爵が一時でもルーナリアの()であったことも。


「渡すといい。」


「渡して公爵が変わらなかった場合はどうされるおつもりで。」


「毒で殺せ。」


酷く昏い目をする影の男はその言葉に満足したのか、手紙を手に取ると颯爽と部屋を去って行った。


薄い気配が消えた頃、漸く警戒の体勢を解いた三人が怪訝な顔をして俺を見る。


ケルトルは若干の不満を持ってるようだったが、俺は何も言わずに残りの紅茶を飲み干した。



何があっても俺はルーナリアの傍に居続ける。

誰に何を言われようとも、何をされようとも、その決意は揺らぎはしない。



とにかくルーナリアが可愛くて仕方ない人です。

でも自分の立場、役目は理解して成し遂げようとします。そこにルーナリアが居るのは絶対。

なんかちょっと執着がありすぎるような気もしますが…

恋愛描写がとてもとても難しいです。


リアム殿下も、何もなかったわけではありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど。 この執着じみた感情が、今後赤髪狂犬から自立させる大事な部分かな、、、? 今のルーちゃん、アーグと共倒れ作戦で真っ先に消えそうな行動するから(´o`; 王妃になるなら、やっちゃ…
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