表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢ですが気にしないでください。  作者: よんに
学園中等部編
113/152

手紙

アクタルノ公爵視点。




酷い顔色の娘をエスコートする、射殺さんばかりに私を睨むこの国の第一王子と忠実な従者が部屋を後にしてからも立ち上がる気は起きない。


昔この屋敷で起こった光景を思い出す。



泣いて生きてと願われ、私はそれを叶えるためだけに生きてきた。


成績首位で学園を卒業し、王宮の重鎮となり真当に勤めを果たした。


だが、この屋敷にだけは居られなかった。

フランのいるこの屋敷。

フランとの思い出があるこの屋敷。


庭を見る度、廊下を歩く度、ダイニングルームで食事を取る度に思い出す。


今此処に、フランは居ないというのに。



「話を、すれば良かった…」


生きているうちに。

話が出来るうちに。


傷付く事になってもそれを受け止め抱えて生きていけば、それが報いることになったかもしれない。




全てが空虚なものだった。


分家や王家に妻を持てと言われ続け、当時水属性を持つ女性の中で一番魔力の高い者で、私に愛を求めることがなく丁度良い相手だったからミスラを伴侶にと望んだ。


子を持つつもりなど到底なかった。

育てられる自信も大切にできる自信もなかった。

だが王家に願われれば何度かしなければならない。


途轍もない苦痛を味わった。薬を使って行為をする度、したくもない考えをして何度も吐いた。

その度に自分の罪深さを思い知る。



そうして三年掛かって産まれたのは娘だった。


この娘も歴代の当主達のように、私のように人を壊すのだろうかと考えるとどうにも嫌悪が湧いたが、人間なのかと思うほど小さな身体で、小さな手を必死に動かし、小さな足でシーツを蹴って泣く姿に何とも言えない感情を抱いた。



娘に『ルーナリア』と名付けたのは私だ。


ミスラは産まれてすぐ自室に引き篭もり自分の世界にのめり込んで行ったから、暫く私が傍にいた。


その日は月の光が部屋に射し込むような夜で、その光に照らされて眠る赤ん坊の娘に思ったのだ。


こんな残酷で反吐のする世界でも、輝く月のように育てばいいと。


何も背負わず、何も気負わず、自由に趣くままに。


二人目の王子が誕生したこの年に公爵家で女児が産まれたなら王太子妃候補になることは確実だが、もしもがあれば好きなように生きていけたらいいと思っていた。



「んにゃぁぁっ、ふゃぁあっ、」


「……赤子の泣き方は独特だな。」


じたばたと手足を動かす娘に如何するべきか悩み、何を思ったかぎこちなく振り回されている小さな手に指を当ててみたのだ。


なんとも言えない柔らかい初めての感触に動揺し、泣きやまない娘に声を掛ける。


「母が恋しいか?」


「なぁあっ、ぅゃぁあっ、」


「すまない、お前の母は部屋に戻ってしまった。」


「ぁぁあっ、んゃぁぁっ、」


新人以上に会話が成り立たない事態に情けなくも右往左往していると、開いていたドアから随分と老いたフランが入って来た。


あの日から禄に会話もしないままの再会。

会うつもりも話すつもりも当時はなかった。


だから握られていた手から離れ、開けられた扉から直ぐに退室した。


話をしたくない、見たくない。


逃げて、逃げ続けた先で振り返ることもなく息をすることにだけ力を注いだ。



数ヶ月振りに領地に戻り目にしたのは、太陽の光が差す庭園で優しく穏やかな表情で赤子を抱くフランの姿。


私達が奪ったフランの幸せな人生を目にしたようだった。


ルーナリアを抱いて微笑む姿に昔の光景を思い出す


優しい、私にとって大切な思い出。


そして、フランにとっては―――





「なぁ公爵。お前の娘はいくつになった?」


「二歳です。」


「だよな。そろそろお茶会に呼んでも良いだろう?公爵夫人もたまには茶会でお洒落したいだろう?」


「娘も妻も病弱なので御断り致します。」


外に出せば変わってしまうかもしれない。

何も知らぬまま、終わってほしいのだ。


それでも何年も欺く事は出来ず、ルーナリアは面倒な感情を持ち、王家は包囲網を張った。


ならばせめて気に入られて、王宮の何処かで隔離されれば良い。あの顔で頭が良く深窓の令嬢ならばどちらの王子も惚れるだろう。


しかし、アクタルノ家らしく()()は優秀だった。


面倒で邪魔な存在になられては困る。

この家の血を受け継ぐことはいけない。

どうする、どうするべきか。



そうして私は道を踏み外した。




「貴方は何を考えているのですか!!」


初めて見る怒りの表情にも私は何も感じなかった。


「貴方は優しい方なのに、何故お嬢様にあのようなことを…!」


「答える義理はない。」


「旦那様ッ!!」




「今までのお話を、聞いてください。」


まともに見たのは産まれたばかりの日くらいだった娘は、自分と同じ淡い水色の瞳を真っ直ぐに向けて来た。


何も出来ぬようにしてきたはずなのに、この娘は面倒なことばかり起こす。




「公爵…ッ!!お前何故…!!」


「アクタルノ、君には失望したよ。」


「君を友だと…!」


学園で出会った者達など、あの頃からどれも同じで見分けもつかなかった。


怒りも、軽蔑も、涙も。

全て私にとってはどうでもいいことだ。



世界は残酷だ。


だから私も残酷であろう。



「――物語の世界はいつも楽しいです。」



妻になった女性はそう言って笑っていた。


偽りの世界に浸って幸せそうに笑う姿は私には眩しく、馬鹿馬鹿しいと見ないふりをして。


アクタルノ家の者らしく異常者だった子供に壊された今も彼女の元へ行くことはない。







窓の外、夕日が落ちて暗い空になる瞬間を綺麗だと言ったのは誰だったか。


「…………。」


脳裏に浮かぶアレの涙と、それに殺気立つアレを囲う者達の姿に不思議な感覚を抱いた。


便利だと集めていた駒を捨てた事に後悔はないが、同じ血を引いている者なのに周りの差が違うのはやはりアレは躾が上手いからなのだろう。


いつも微笑みを崩さないアレが人形であればいいと思っていたが、毒の理由を告げた時の顔は―――


「………。」


自分のエゴだとわかっている。

恨まれることも憎まれることも殺意を抱かれることも、どうだっていい。


死刑にされてもかまわない。

むしろそれを望んでいる。



「―――アクタルノ公爵。」


背後からした聞き覚えのあるようでない男の声に、漸く来たかとカップを置く。


特に会話をする気もない私は首を斬られるのを待っていたが、刃は一向に抜かれない。


腰抜けを寄越す訳もないだろうとひたすらに待てどもやはり刃は抜かれることはなく、夕方をとうに越え夜を迎えた。


面倒な、と微動だにしない後ろの者に早くしろと口を開きかけ、それを遮るように男が口を開いた。


「貴族とは何だ。」


「国と王族に仕える者だ。」


「国民とは何だ。」


「国を回す不可欠な者達だ。」


意味のわからない問いに答えながら、その答えも本物かどうかわからないがと一人考える。


人間など欲深く良い物を考えれば、もっと早くに生み出せ、もっと良い物を作れ、もっと良い物を与えろとほざき捲る喧しい存在だ。


貴族も平民も同じことしか言わん面倒なもの。


「お嬢は何方も必要不可欠だと言っていた。」


「アレは昔から幻想を夢見ていた。」


アレの手の者だと気付き、血は変えられんと微笑う。


「公爵、アンタは何の為に生きてきた。」


「それを言う必要があるとは思えんが。」


「答えろ。」


何とも面倒な。このまま無視して早く斬らせよう。


そう思い何も答えずにいると舌打ちと共に、何故か白い封筒を差し出された。


「……何だ、これは。」


「アンタ宛の手紙だ。お嬢の未来の旦那が許可した。それとその手紙の存在、お嬢は知らないぞ。」


「それが何だと言うのだ。」


「読めばわかるんじゃないか。」


煩わしい。さっさと終わらせれば良いのに、私が読まぬ限りこの者は手を下さない。


微かな苛立ちを覚えながら封筒を開け、中に入っていたものに目を通して息を呑む。


「こ、れは、」


「亡くなったフランさんからだ。」


思わず振り返ったが、言葉は出なかった。

後ろに居た黒服の男も何も言わず、ただ時間が過ぎていく。


思わぬ出来事に頭が回らない。

喜ぶことなど出来はしない。フランとは何年も話さぬまま、会わぬまま死の別れを迎えた。


報せを聞いて向かった先にフランの姿は既になくなっていて、そこから探すこともなかった。


ただ、終わったのだと。


これで私も楽になれると息をしたのに、まだ終わっていないとは。


深く息を吐き、白い紙に目を通す




〖如何お過ごしでしょうか。

食事は摂れていますか?睡眠はとれていますか?

とても心配しています。

私は貴方に話さなければならないことがたくさんあります。

ですが貴方の元へ行く事も出来なくなった今、こうして文を書くことにしました。


あの日貴方が言った通り、貴方の産みの母は私です

黙っていて本当にごめんなさい。

あの頃は私に余裕が無く、ただ貴方の傍に居たいだけでした。


けれど、そんな私の弱さ、愚かさで幼かった貴方の心を深く、深く傷つけてしまいました。


あの時、貴方の手を取っていれば。

あの時、貴方を抱きしめていれば。

あの時、貴方に母と告げていれば。


貴方が死を望む姿を見て何度も思いました。

何度も後悔していました。

今更だと思われるかもしれません。

それでも、私は貴方を愛していました。


身寄りのなかった私に出来た唯一の家族。

婚約者を殺した相手を憎むより、たった一人の家族を守りたかった。


地下室で丸まる貴方を見て心が引き裂かれるような思いをしたことを、私は忘れられません。

貴方の手を取って今すぐ彼処から逃げ出したかった。貴方を連れて遠くへ行けば良かった。


後付だと思われても仕方ありません。

けれど私は貴方を守る術を持ち合わせず、あの場所で貴方の傍に居る事だけが私の出来る術でした。


手を取れば、貴方を連れて行きたくなる。

抱きしめれば、貴方から離れられなくなる。


そう考えて貴方を見ないで、逃げてしまいました。


貴方を苦しめてしまった。

貴方からの信頼を、信用を奪った。

貴方の優しさを私が殺してしまった。


本当にごめんなさい。



何年も話すことも、会うことすらなくなって数年、貴方に娘が出来ましたね。

『ルーナリア』という素敵な名前。

満月の輝く夜、貴方は父親の顔をしていました。

それがとても嬉しくて、恥ずかしくも孫と一緒に泣いてしまいました。


私にとっての初孫は本当に可愛くて、愛らしくて。

庭園で刺繍をする姿は幼い頃の貴方に重なって、


知っていますか?

貴方もルーナリア様も、むくれるとほんの少しだけ目を細めるんです。

呑み込みが早くて、失敗した事は二度と失敗しないけれど、驚くほど数をこなします。

出来たものを満足気に私に見せてくれる御二人は本当に似ていて可愛くてしかたありませんでした。


ルーナリア様の美しい淡い水色の瞳に見上げられる度、貴方を思い出して、この場に貴方も居てくれたらもっと幸せだったろうと思っていました。



私は貴方に謝らなければならないことばかりで、貴方に何かを言える資格はないかもしれませんが、ただ一つだけ。


私と貴方は出来なかったけれど、生きているのだから話をしてほしい。

逃げていた私が言えることではないけれど、親子なのだから心が離れているのは悲しいです。


遅い、なんてことはありません。

生きている限り、何度も話をして、謝りましょう。

貴方を許してくれる人はいないでしょうが、それでも話をしてください。私の最後の願いです。


あの日、願いを聞いてくれてありがとう。


そしてこれからは、どうか、私の最後の願いを叶えてください。


遠い未来で、貴方を楽しみに待っています。

その時は私と貴方で話をしましょう。


たくさん話を聞きたいです。

たくさん抱きしめたいです。

たくさん愛していると伝えたいです。


貴方の名を呼べる日を、

心から楽しみにしています。〗



頬を伝う水を拭うことなく文字を何度も読み返す



その日、私の首は繋がれたままだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公がかわいいこと [気になる点] 結局の公爵の自分勝手な自己中行動に勝手に巻き込まれてた主人公が1番かわいそう。自業自得な公爵に因果応報あればいいのに
2021/03/14 18:32 オルガ・イツカ
[一言] 、、、なんだかなぁ。 やっぱり、結局。 この人は、言いなりにしかなれない人なんだなぁ、、、 まぁ、何も対処されていないサバイバーは、こうなんだろうなぁ、、、とも思うけど。 でも、やっ…
[一言] 公爵は間違った。簡単に許されないこともした。 けど、生きることを選んだなら、これからの未来は変えることは出来る。 今までの行いの分しんどい思いをするだろうけど、ちょっとでも娘と向かい合え…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ