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悪役令嬢ですが気にしないでください。  作者: よんに
学園中等部編
111/152

アクタルノ公爵家



目の前で深い皺を寄せたお父様が私と同じアクアマリンの瞳を閉じて息を吐く。


「ノアード伯爵家ではなく、クレコス侯爵家の者を跡継ぎにすると昔から決めていた。」


「爵位が高い方を選択されるのですか。」


それも間違った事ではない。

基本的に養子とするなら位が高い者を選ぶだろうけれど、跡継ぎに必要なのは能力だと思っている。


殿下方の事も能力で見ていた実力主義のお父様もそうお考えのはずだと思っていた。


「そんなことはどうでも良い。」


「なら何故です?」


爵位云々がどうでも良いのなら何故、悪い評判のある者を跡継ぎになんて―――



「―――血だ。」



短く発せられた言葉に目を瞠る。


『血』


それを聞いて頭に巡るアクタルノ公爵家の家系図。

二代前にノアード伯爵家にアクタルノ公爵家の女性が嫁がれている。クレコス侯爵家には四代前にアクタルノ公爵家の男性が婿に入られていた。


「公爵家の血が、薄い方に…?」


「この家の血族は消えるべきだ。」


淡々とした口調、けれどその瞳に宿る憎悪は計り知れないほどに色濃くて目を瞠る。



その言葉が本当にそのままの通りならそれは、



「私も、お父様もですか?」



あまりにも悲しく、苦しい事ではありませんか。




「アクタルノ公爵家は代々王宮に務め数々の名誉、地位を築いてきている。それはお前も、第一王子殿下も知っての通りだ。」


「王宮にアクタルノ家の者がいない時代はない。その者達は皆優秀で重宝されていたと聞いている。」


「えぇ、公爵家の伝記にもそのように伝えられています。『己が持つ全てを王国に捧げよ』。それが我がアクタルノ公爵の伝承ですわぁ。」


幼少期、家庭教師に教わった我が家の教育概念。

だからこそお父様も全てを捧げて王国のために職務を果たしていらっしゃるのだと思っていた。


――アーグを拾ったときまでは。



『“国”と“王族”に仕える者だ。

守るだのと甘い考えは持ち合わせていない。』



その言葉は私の信念とは真逆で、到底認められるような言葉ではなかった。


私が守りたいのは“国民”だもの。


王国は国民がいてこそ成り立つモノだから。


アクタルノ公爵家はそうやって紡いだ歴史があるのだと―――



「――四代前の公爵は民を奴隷のように扱い、死ぬまで首輪に繋げていた。」


「―――え?」


思いも寄らない話に言葉が出ない。


「三代前の公爵は多くの妾を娶り、正妻に恨まれ毒による死を迎えた。二代前の公爵は妻子に酷い虐待をして殺し、そのまま心中と見せかけて死んだ。一代前の公爵は女遊びの激しさから正妻に殺され、その正妻が子と共に後を追おうとした。それは未遂に終わったが結局心を病んで早くに亡くなった。」


淡々と話しながら、お父様の瞳は暗く陰り憎悪を募らせていた。


私は動転して言葉を失い何も言えないまま。

だってその方々は多くの功績を受けた尊敬する御先祖様で、それに一代前と言うと私からすれば祖父になる方だ。


なら、お父様の父ということになる。

想像も出来ない出来事がお父様に降り掛かっていたのではないか、そう思うと何も言えなかった。


「不幸にもその者等は恐ろしく出来が良かった。表面は人に尊敬される。だがその裏で人を踏み躙り、身を、心を殺してきた。その姿をずっと悍ましいものだと思っていた。」


「話を聞く限り公爵も同等だろう。」


リアム殿下の言葉にお父様は表情を変えることなく頷き、肯定された。


「私もその者等と同じだ。だからこそ、絶ち切らねばならないと思ったのだ。」


凪いだような静かに言うお父様が私を見る。


「お前も私の血を受け継ぐ子だ、ルーナリア。

いずれお前もそうなるかもしれないと危惧した。」


「だから、私に毒を盛ったのですか…」



ずっと聞きたかった。


どうしてあのとき私を殺そうとしたのか。


私が好き勝手に動いたお仕置きだと思っていた。

けれど別の意味があったとしたら、



「殺そうとしたのは、それが理由ですか…」


「殺すのはお前ではない。」


「…何を、仰って…、」


「あの毒で殺したのはお前が女である証だ。お前がアクタルノ公爵の血を継ぐ者を産めぬように。」



怒りも。


悲しみも。


何も感じなかった。



ただ、私の夢は叶わないのだと。


そのことに涙が溢れた。




「―――ふざけるな。」


直ぐ傍から低く掠れた声とバチバチと雷の音がして溢れた涙を拭うことなく視線を向ける。


隣に座っていたリアム殿下が綺麗な顔を歪ませて、綺麗な琥珀に初めて見るほどの怒りを宿していた。


「貴様の身勝手な考えでルーナリアの身体を殺す権利などあるはずないだろう。」


「身勝手とは言ってくれますな、殿下。殿下のように盲目になった者の言葉など汲む価値はありませんが、これだけは言っておきましょう。」


視界が歪む中で淡い水色が細められたのを見た。



「感情など人を醜くする害でしかありません。」



それが微笑みなのか、苛立ちからなのかはわからなかったけれど、言われた言葉はあまりにも胸に来るモノだ。



「その娘を産んだ母親がした事も。娘が母親にした事も。私が娘にした事も全て邪魔な感情故です。」


「そうは思わない。ルーナリアが俺の母にしてくれた恩も、ルーナリアが完璧な令嬢でいる理由も全て感情があったからだろう。感情があるから人は笑い泣き、怒り喜ぶ。それが人間だ。」


「それが人を陥れ、壊すのですよ。」


「そうならないために人は優しくするのではないのか。愛するのではないか。」



理想論。綺麗事。


そう言ってしまえるモノだと思う。

けれど、それを言い切るリアム殿下がどうしようもなく眩しく感じた。



「愛などこの世で一番必要ないモノだ。」


吐き捨てるように言うお父様が不意に窓の外へ目を向ける。


夕日を迎えたのか、空は茜色に染まりかけていた。

やっぱり空はどんな時でも綺麗で虚しくなる。


「お前が子供の頃から思っていたのだ。その顔はあまりにも危険過ぎると。」


「……、」


「数多の男がお前に群がり、面倒が起きるのではないかとな。事実この国の王子は見事に二人ともお前を好いている。」


何とも応え難いことを言うお父様は気にした様子もなくカップに手を伸ばし飲む。


その姿さえ私は見慣れないものだったと不思議と冷静な頭で思った。


「国の上層部がお前の言動一つで変わってしまうことを危惧した。お前は貧民街の人間を拾うような者だからな。そんな者が上に立てば国は変わる。」


「国の為を思い、ルーナリアに毒を盛ったと?」


苛立ちの含んだリアム殿下の言葉にどこか苦虫を噛み潰したような表情をしたお父様に目を瞠る。


「……そんなモノは後付にすぎんな。ただお前の言動が想像以上に厄介だと思った。」


「私が、厄介ですか…」


「王家はお前を王妃にするだろうと確信を持った。お前の思想は理想論だが、それを実現するにはお前はアクタルノ公爵家らしく優秀過ぎた。それが私の一族を排除するという目標を難儀にさせた。王妃に求められるのは跡継ぎだ。だから、確定される前にお前に子が出来ぬようにした。」


「ならばあのとき殺していれば宜しかったのに…!あの日から私がどれほどの…ッ、」


抱いた激情を抑え切れず口から溢れてしまう。

だってそうでしょう?あの日から私の地獄の始まりだったのだもの。


あの日がなければ、私がアーグにこんなに強い執着をすることもなかったかもしれない。


私を産んだ人が私を殺そうとするほど恐がり、憎むこともなかったかもしれない。


私が絶望しながら、切望することもなかった。



「全て後付でしょう!?王妃になれとお父様が仰ったではありませんか!公爵家の者らしくしろと…!なのに何故、…ッ、そんなことを言われても許すことなど出来ません…!」


矛盾ばかり。

一族断絶?

なら最初から子など生さなければいい。


王妃になられると困るのなら私に教育など施さず、領地で病弱な娘と閉じ込めておけば良かったのに。




「お父様は結局、何をなされたいの。」



その問いに目の前に座る私の父親は、同色の瞳を閉じて静かに言った。



「―――アクタルノ公爵家の血が失くなる事だ。」




毒を盛った理由でした。

公爵は王妃に重要な跡継ぎという役目は捨てていました。能力、実力だけを王家に渡せと言っているようなものです。

ルーナリアの実力なら跡継ぎが居なくても問題ない。側妃を迎えれば良いという考えでした。


この理由は最初から決めていたことなんですが、フランさんのところから公爵にも深い物語が必要なのでは、と考えまして次回は公爵のお話になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] お父さん言ってることとやってる事ちゃうますやん… 絶やすとか言いながら、子供作ってるし。 まぁ、もしかしたら今後にその理由とか色々と分かって来るのかな?
[一言] 残念だ、、、 それは、血ではなく。 生まれた子を育てる環境だ、、、 まぁ、そう思うのは。 無理な世界かな、、、? てか、それならお前。 独身貫くか。 妻に子供を産ませなきゃ良かったんじ…
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