ルーナリア・アクタルノ
リアム殿下の申し出を断りきれず、私は王城馬車でアクタルノ領地へ向かうことになった。
同行者は私、アーグ、オリヴィアの他に、リアム殿下、ケルトル様、騎士団からザリウス様、魔道士団からミリナさんと少数精鋭。
私もリアム殿下も自身が魔道士や騎士に値する実力を持ち、且つ国内トップの実力者であると同時に、同等の実力者が護衛に付くから出来る体制だ。
「場違い過ぎるわよ…」
「俺はもう腹割った。お前も割り切れよ。」
「私平民よ?何で王族と次期王太子妃と同じ馬車に乗ってるわけ?」
「割り切れって。」
同じ馬車に乗っているから話は筒抜けだけれど、表情を失くしているミリナさんを気遣い良い言葉を贈る余裕を持ち合わせていなかった。
フランさんの訃報で訪れた日以降、一度も戻らなかった私の育った領地へ向かうこの道はあまり見慣れない光景で、それに言い様のない虚しさを抱いた。
帰りたいと思ったことは一度もなかった。
会いたいと思ったことも、寂しいと思ったこともなかった。
幼い頃から見てほしい、認めてほしい、愛してほしいと切望していたのに、私自身冷めていたのではないかと初めて感じて微笑ってしまう。
「どうした。」
そんな私の些細な変化に敏感に反応してくださったリアム殿下に曖昧に微笑み、素直な感情を告げた。
「似た者親子だったのだと、思いました。」
「ルーナリアと公爵がか?」
「はい。長く一緒に過ごしていたことなどないのに不思議だなと可笑しくて。」
「親子ならどこかしら似る面はあるだろう。」
何でもないことのように仰られたリアム殿下にぽかんとしてしまう。
気にした私が馬鹿みたいに思えてきて、自然と頬が緩む。
「殿下も側妃様に似ておられますものねぇ。」
「…どの辺りが似ている。」
「静観していてもいざという時に的確な言葉と判断を下すところとか、笑ったときとか似ていらっしゃいますわぁ。」
「………そうか。」
無表情のままだけれど、尊敬している御人に似ていると言われて照れているらしい。
ほんの少しだけ赤く染まった耳先は見て見ぬ振りをして、窓枠の外へ目を向けた。
鳥籠の中で生きているような幼少期。
餌を与えてくれる者に求めたぬくもりは偽りで。
けれどその者に縋るしかない私は愛されようと必死だった。
限りなく狭い世界の中で一時の幸せを掴んだとしても、ポロポロとナニかがこぼれ落ちていく虚無感に苛まれた。
そんな中で初めて自分で掴んだぬくもりを手放すことなんて出来なくて、また必死に離さないよう掴んで擦り切れていくナニかに悲鳴を上げた。
けれど、もう大丈夫。
独りじゃない。
親の愛だけが全てじゃない。
「ごきげんよう、お父様。」
「何の用だ。」
同じアクアマリンのような瞳に宿す温度はやはり家族に向けるものではなくて。
前は胸を痛めていたけれど、それももうない。
「アクタルノ公爵家の跡継ぎの件についてお話をしに参りましたの。お時間宜しくて?」
「…構わない。」
予想に反して簡単に応じたお父様に少しだけ驚いて、けれどそれを表に出す事はなく微笑みだけを返した。
「私も同席するが構わないか、公爵。」
「第一王子殿下の望むままに。」
軽く頭を下げたお父様の様子は以前お会いした頃からあまり変わっていないように見える。
王宮追放とも言える罰に堪えていない様子にどう捉えるべきか困惑する。
私の中でお父様は仕事だけが生き甲斐のような方だから。
公爵邸の談話室に私とリアム殿下、お父様が向かい合わせに座り、アーグとオリヴィア、ケルトル様とザリウス様、ティナさんが壁に控える。
お父様の護衛は居らず屋敷の使用人が一人付くだけで、明らかに私を侮っているようだった。
まだ子供であり、自身の娘である私に何かされるなど思わないのでしょうね。
使用人が出す紅茶を一瞥して薄く微笑う。
「此処で飲食を口にすると思いまして?」
「毒は入っていない。」
そう言って飲むお父様に周りが身体を強張らせたのを感じ取り、ふんわりとした微笑みを浮かべる。
「その言葉を信じるほど私はお父様を信用していませんわぁ。」
「お前の信用など求めていない。要件を話せ。」
変わりないようで少し安心した。
「先程も申しました通り、アクタルノ公爵家の跡継ぎを考え直してくださいませ。」
「ならん。それが要件ならこれで終わりだ。」
「御説明を。公爵家の矜持を重んじろと仰ったのはお父様でしょうに、何故あの方を跡継ぎに据えるのです。」
「お前に関係ないだろう。」
「ございます。王妃の実家は反王家にとって狙いとなります。貴族の模範としても注目されます。王宮に勤めていらしたのにご存知ありませんの?」
煽るように小首を傾げるとほんの僅かに整った眉を顰めたお父様に微笑む。
「ご存知でしょう?お答えください。何故バズル・クレコス子息を跡継ぎに据えるのですか。」
「……聞いて何になる。」
「言いましたでしょう。私の評判に関わるのです。そして王家にとっても。」
逸らすことなく見据える先、同色の瞳が不意に伏せられた。
それは今まで見たことのない、お父様の逃げ。
あのお父様がそのような姿を見せるとは夢にも思わず、言葉を留めてしまう。
何とも言えない沈黙が部屋を漂う。
それを打破してくださったのは私の隣に座り静観していらしたリアム殿下だった。
「この際全て話してはどうだ?公爵。」
「何をです。」
「貴殿が王宮を離れ領地に戻ってから一度も職務を熟さない理由も含め、全て。」
「っ、領主であるお父様が職務を果たさないとは如何言う了見ですの?王宮ではないからしないなどと馬鹿げた事は仰らないでしょう?」
思いの外大きな声と強い口調で問い詰める私に少し目を瞠ったお父様が深く息を吐く。
「今までの姿が嘘のようだな。」
「……お父様に愛されたい一心で良い娘であっただけです。」
「ならばこれからもそうしていれば良い。私の役に立ちたいのなら、王妃としての職務を果たせ。」
「役に立ちたいのではなく…お父様。貴方に愛してほしかったのです。認めてほしかったのです。」
「何が違う。」
そう言い切るお父様に微笑ってしまう。
私の望みは叶わないのだと理解出来た。
無駄だったのでしょう。
わからないから、愛せない。
――――私と同じで。
「見てほしかった。褒めてほしかった。手を繋いでお庭をお散歩して、一緒に本を読んで、お菓子を食べて。たくさんお話をしたかった。」
「………。」
「そんな夢を抱いておりました。」
見つめる先、お父様は侮蔑の色を浮かべていた。
それは私にリアム殿下を慕っているのかと問われた時のような、そんな表情。
「お父様はそう言った物事がとてもお嫌いなようですねぇ。」
「心底軽蔑している。」
深い憎悪の篭った低い声に喉がひりつく。
今まで私に向けていたモノ以上の感情に驚愕した。
氷の公爵と謳われたお父様が『家族』や『恋愛』などをこんなにも感情を動かすほど心底嫌悪しているなんて想像したことがなかった。
そう考えて、私はお父様の事を何一つ知らないのだと気付いて自分自身に嗤ってしまった。
知ろうともしなかった。
それなのに自分を見て、愛して、なんて。
我儘で傲慢だったのかしら。
けれどもう、引き返しはしない。
私は愛される娘になることを望まない。
『ルーナリア・アクタルノ』という公爵令嬢としての責務を果たす
「―――お父様、御説明を。」
ルーナリアの決断、決意。
見届けてあげてくださいませ。




