夢を描く
王城の離宮でお茶会をした日から数日。
今日は闘技祭優勝者のエレナ様の褒賞として一日デートの日であり、その時間は既に迎えている。
「ルーナリア様、此方に目線を…!」
不意に求められる願いを聞いて。
「ルーナリア様、此方のドレスを…!」
数十着の洋服やドレスに着替え。
「ルーナリア様――――…!」
ギラギラした瞳が少し脅迫じみていて、
「ルーナリア様、あのお店でお茶でも…!」
「致しましょう。」
何故か精神を削られている中々にハードな褒賞だと個室のある王都で人気の喫茶店で一息つく。
目の前で店員の方に注文をしているエレナ様の肌は異様に艶々としていて、満足されているのなら良かったと安堵した。
私は着飾るのが好きだけれど、気迫のある着飾りは苦手だと初めて自覚した。私はオリヴィアとうふふしながら選ぶのが一番好きだ。
「このお店で一番人気のシフォンケーキセットを頼みましたが、他にも頼みますか?」
「いえ、私もこのお店のシフォンケーキ食べてみたかったので嬉しいですわぁ。」
「そうですか!良かった…!」
パアッと表情を輝かせるエレナ様に自然と表情は緩み、穏やかな微笑みを浮かべられた。
「ふふっ。エレナ様とこうしてお話出来る機会はそうありませんから、とても嬉しいです。」
「いや、そんな!私の方こそ…!初めて闘技祭で対した時から憧れとか、愛でるとか色々と!」
「まあ。うふふ、ありがとうございます。」
最後の部分は良いように捉えましょう。
茶髪と同色の瞳を輝かせるエレナ様は女騎士と表すに相応しいほど精錬とした芯の強い方で、憧れを抱く女子生徒も男子生徒も多くいる。
「ルーナリア様、今日はかなり動かせてしまって本当にすみません。」
「そんなことはありませんよ。初めて行くお店もあって私も燥いでしまいました。とても楽しいデートをありがとうございます、エレナ様。」
「私こそありがとうございます!!」
「ふふ、少し声が大きいですよ。個室とはいえ抑えましょう。」
「すみません!!」
「あらあら。抑えましょうねえ?」
「ハイ。」
項垂れるように返事をしたエレナ様の姿に微笑みを浮かべていると、良いタイミングでシフォンケーキを持って来てくださった。
店員さんが私とエレナ様の前にふんわりとした黄色のシフォンケーキを置き、白磁のカップにコーヒーを注いでミルクと砂糖を横に添える。
良い香りがして口の中が早くしてと叫ぶ。
「美味しそう。エレナ様、いただきましょう?」
「では、いただきます。」
「いただきます。」
手を合わせフォークを取りシフォンケーキにスっと通してソレを口に運ぶと、ジュワッと広がる甘みに目を閉じてしまう。
溶けるようになくなったシフォンケーキの甘さが濃厚で、コーヒーと抜群に合って美味しい。
目の前で黙々と食べているエレナ様も目を輝かせているのを見るにとても好きなのでしょう。
「美味しいですねぇ」
「ですね。コーヒーの苦みが調度良い。」
「想像以上の美味しさでしたわぁ。連れて来てくださってありがとうございます、エレナ様。」
そう言うと満面の笑顔を見せてくださったエレナ様の可愛い表情に自然と頬が緩んだ。
「んー…美味しかった…。」
「本当、美味しかったですねぇ。」
食後、二人して満足感を表して顔を見合わす。
「ずっと不思議だったんですけど、今日は紅髪居ないんですね。」
「ええ。今日は初等部生徒の褒賞にね。」
「……断ると思ってました。」
「ふふ、そう。断りに行ったの。」
「やっぱり。……え、遅くないですか?」
アーグがずっと私の傍に居るという認識なのだろうと微笑ってしまう。
「今日は休暇なの。断りに行ってそのまま近くのダンジョンに行くそうですよ。」
私専属の影であるセス達を含むかなりの護衛が周りを固めてくださっているから、守備について問題はない。
「なるほど。私も春休みの後半はダンジョンに潜るつもりです。」
「お気を付け下さいませね。」
「はい!ダンジョンでの油断は命取りになるのはもう身に沁みているので!」
何度か危険な目にあったらしい方の言葉に思わず苦笑いが浮かぶ。
「私はダンジョンを探索したことがないのですけれど、話を聞く限りまるで異空間のような場所ですよねぇ。」
「そうですね。森の中に砂漠があったり、海の中に塔があったり…夢があります。」
「ふふっ。冒険者の台詞ですねぇ。」
「えっ、そ、そうですか?」
どことなく嬉しそうな表情で言うエレナ様に小首を傾げる。
「冒険者に憧れを?」
「あっ、…その、いえッ!!」
「うふふ、声を抑えましょうねえ。」
「ハイ。」
姿勢を正したエレナ様に微笑み、続きを促すと気恥ずかしそうに話してくださった。
「昔、宰相夫人となったリディス伯母様からダンジョンの冒険談を聞いて子供ながらに格好良いと、」
「憧れを?」
「…、……抱きました。」
照れを見せるエレナ様に微笑みを浮かべる。
「エレナ様は学園卒業後は冒険者に?」
「いいえ。私は自分の力を遺憾なく発揮出来、尚且つ誰かを守れる騎士になりたいと思っています。」
凛とした声でハッキリと言ったエレナ様の表情はとても真剣で、迷いがなかった。
「冒険者は子供の頃から憧れを抱いていましたが、それは夢ではありません。」
「…夢。」
「はい。私の夢は姉の様に誰かを守る騎士です。」
眩しく、輝かしい夢。
「エレナ様はきっと、とても素晴らしい騎士になられるのでしょうねぇ。」
「ありがとうございます!」
満面の笑顔を浮かべる未来の女騎士に、私も微笑ってみせた。
「アクタルノ様の夢は何ですか?」
「私の夢、ですか…」
興味津々で私を見つめるエレナ様にどう答えれば良いのか考えて、無難に答える。
「この国の良き国母になることです。」
「それは一国民として嬉しい夢ですけど、そういったものではない夢をお聞きしたいです。」
「あらぁ…、そうですねぇ…」
はぐらかされてくれなさそうな様子に困った。
夢。
私の、夢。
幼い頃、思い描いた温かい家族?
私の傍に居てくれる子達との幸せ?
今も尚、見向きもしない両親の愛?
望むモノも、大切なモノも、叶わないモノも。
私が抱えられる大きさではないから。
零れ落ちてしまっては大変だから。
けれど、そんなことを考えずに言えるなら―――
「―――母になること、です。」
「母に?それは子を持つという…?」
「ええ。何の含みもなくですよ?私は母になり、子供と過ごしたいです。」
エレナ様の考えていることはわかる。
王妃になるのならそれは求められること。
だから夢であることはない。
それでも、
「十ヶ月お腹に子を宿して、出産して。自ら母乳をあげて、おしめを変えて。一緒にお散歩をしたり、絵本を読んだり、お絵描きや歌を歌ったり。
…そんな愛のある日々を子と過ごしていくのが私の夢ですわぁ。」
夢は『夢』なのだから、自由に描いたって罰は当たらないでしょう?
「アクタルノ様はきっと良い母になりますよ!」
「ふふっ、ありがとうございます。」
いつか、そんな日々を送れたら――――…
初期の設定を詰め込んでしまいました。
描きたかったダンジョン話。
この世界の冒険者はトレジャーハンター的な存在です。
そしてルーナリアの個人的な夢の話。




