願ったもの
王妃様も参加しての初めての四人でするお茶会。
フィオナさんを少なからず傷つけてしまったと思うけれど、譲ってはいけないところもある。
「二年の間に貴族の事をなるべく広く知り、提示する学問を終えたら許可しましょう。」
「二年…」
「私が心配なのはどうしようもない貴族の方にフィオナさんが嵌められること。そして学園内で孤立しないことです。私達の学年は仲が良い反面、競い合いが何と言いますか…リアム殿下や他の方曰く苛烈だそうで…。」
「かれつ?」
「厳しくて激しいってことね。」
王妃様のフォローに目礼をして、顔を引き攣らせているフィオナさんに微笑む。
「仲はとっても良いのよ?ただ試験や闘技祭で研鑽することを重視しているだけなの。」
「ふふっ。王宮でも耳にするのよ?オスカーの代は優秀者が多い分、競り合いが多いって。」
「まあ。ふふふっ。」
「光の世代とも言われていたわねえ。ルーナリアさんを筆頭にあの代は飛び抜けているもの。そこに稀代の聖女様が加わるなんて…うふふっ、黄金時代かしら。」
「ええー…」
完全に引いているフィオナさんにケーキスタンドから小さなブルーベリータルトを渡して、私も小さなブルーベリータルトを取る。
やっぱり王宮シェフのデザートは格別ねぇ
ブルーベリージャムは甘酸っぱくて、タルト生地はサクサクなのにしっとりしてて。
しかもブルーベリーの下にはレアチーズがあって、本当に美味しい。好き。
口に広がる美味しさにうっとりと酔い痴れているこの時間が刺繍をしている時の次くらいに好きかもしれない。でもお菓子を作りながら摘み食いするのも楽しくて好き。甲乙つけがたい。
ストレートティーを一口飲んで、仄かに甘みがあるけれどスッキリとするその味と香りに頬を緩める。
「……なんか、ルーナリア様が何人もいる場所はあたしには恐れ多い気がしてきました……。」
「あら。それはどういう意味かしらぁ。」
「えっいやっちが…!変な意味じゃなくて!!すっごく上品な人達に囲まれるのは何かちょっと駄目かもしれないなって思っただけで…!!ルーナリア様一人なら目の保養になるだけだけど、多すぎたら心臓壊れるっていうかなんていうか…!!」
「アクタルノさん可愛いものね!」
「ルーナリアさんが何人も居たらたくさんお着替えさせたいわ。」
側妃様のそれは喜ぶべきかわからないけれど、褒められるのはとても嬉しくてかなり照れる。
けれどどこかズレている気がしますわぁ。
「ふふっ、ありがとうございます。フィオナさんにご理解頂けたようで良かったですわぁ。これ程言っても我を通された時は仕方がないと思っていましたけれど、安心致しました。」
「えっ、行けるんですか?」
「そうねえ…あまりオススメは出来ないけれど、1人お願い出来る方がいらっしゃるの。本人は問題ないのだけれど、家が関わると面倒――こほん。失礼しました。御実家が厄介なところなの。」
「そうなんですか…」
「その方は家からの言葉は上手く流してくださるでしょうけれど、それにフィオナさんが合わせられて尚且つ、彼女の時間を無駄にしなければ問題ない…と思いますわぁ。」
「えっ、……あの、えっ?ちょっと不安になる言い方してません?」
「ふふふ。少し気性の荒い方なの。」
「御令嬢に気性が荒いってあるの…?」
唖然としているフィオナさんに思わずくすくすと微笑ってしまって、ハッとした顔で「冗談かぁ」と安堵の息を吐いた彼女に「冗談ではありませんよ」と微笑っておく。
トレッサ様は誰に対しても厳しいですからねぇ。
それ以上に自分に対して厳しい方だけれど。
フィオナさんの事を頼めない事はないけれど、トレッサ様は全科目に慣れようとしているところですから私のお願いで負担は増やしたくはない。
せめて高等部までは。
「基本が出来ているなら大丈夫ですよ。ですから二年間で基礎学をリリア様と私でお教え致します。私は今まで通りお休みの日にしか来れないのですが、学園が長期休暇に入っている時は来ますねぇ。勿論無理矢理ではありませんが…どうしますか?」
ふんわりと柔らかく微笑み、白髪に囲われた可愛らしいお顔が凛とした表情を浮かべるのを見つめる。
「お願いしたいです。」
本当に頑張る人だなぁ、と頬が緩む。
とても好感を持てる方。だからこそ、私も返したいと思えるのだ。
「頑張りましょうねぇ。」
午前からしていたお茶会はお昼を迎える前に終わって、午後からの職務へ行かれた側妃様と騎士団で治癒の訓練をしに行かれたフィオナさん。
そして残ったのは私と未だアップルパイを食べている王妃様。
「二人は初めてね。うふふっ、息子と同じ年の女の子と二人きりなんて何だか緊張しちゃうわ!」
「まあ。ふふっ、私まで緊張してしまいますわぁ」
そう言いながらも王妃様の柔らかい雰囲気のお陰で身体が強張るような緊張はしない。
「今日はアクタルノさんとお話したかったから切りの良いところで切り上げてきたからたくさんお話しましょう!」
ドヤッと胸を張って言う王妃様に少しだけ唖然としてしまった。
私と話をしたいからと切り上げてくださるなんて…
勿論、無理はなさっていないのだろうけれど、とても嬉しくて。
「ありがとうございます、王妃様。是非、沢山お話させてくださいませ。」
「うふふっ、では早速、そのドレスは―――」
まるで新しい玩具を前にした少女のように翡翠の瞳を輝かせ、楽しそうな表情を浮かべる王妃様につられて私も笑った。
刺繍の話やお菓子作りの話。アーグやオリヴィアの話や学園の話。好きな本や食べ物の話だったりと、私の話ばかりだけれど王妃様はとても楽しそうに聞いて、掘り下げて下さって微笑いが尽きなかった。
「――それでそれで?やっぱりリアム君と良い雰囲気になったりするの?」
「え、いえ、そんなことは…」
「あるのね!?きゃー!!もうほんと素敵ねっ!!可愛いわ、可愛いわ!」
頬に手を当てて言う王妃様にかぁっと顔が熱くなるのを自覚して更に恥ずかしくなる。
「うふふっ。アクタルノさんはほんっとーに可愛いわねえ。家の子達が好きになるのもわかるわぁ」
「……、」
何と言えば良いのかわからなくて曖昧に微笑むしか出来なかった。
そんな私に気にした様子もなく、楽しそうな表情で話を進める王妃様は中々ハッキリと言われる方だ。
「オスカーは王位に就くことはないから、アクタルノさんはリアム君の伴侶になるわ。」
「…それは――」
「――確実よ。あの子は国を担うには甘過ぎるから絶対に無理ね。母親としてはそれで良いと思うけれど…。王位なんて碌なものじゃないもの。」
朗らかに笑って言う事ではないと思うけれど、実際に立つ御方でなければ言えないでしょう。
母親の愛情の一つなのかはわからないけれど言葉の節々からオスカー殿下への思いは伺えた。
「リアム君に押し付けるわけじゃないのだけれど…あの子は素質があり過ぎたのねえ。」
少し悲しそうに目を伏せた王妃様に掛ける言葉は見つからなくて。けれど王妃様も何かを言ってほしい訳ではないと思う。
「…私、昔から『好き』という感情が理解出来なくてね。陛下と結婚するのも恋愛とかは一切無くて、そういうものってずっと思っていたの。両親も政略でお互い愛人もいたし、愛のある結婚とか家族に夢を見たことがなくって。」
「そうなんですね…」
「そういう事もあって陛下ともずっと事務的な関係だったの。それに不満なんてなかったし、実家の跡継ぎは実兄がいたから問題なくて、ただ王位継承者を産むことだけが私の使命だった。何とかしなくちゃ、ってちょっと焦ってた時にね、陛下が隣国への視察から戻ってくるときすっごい美人さんを連れ帰って来て。」
クスクスと笑う王妃様にとってその事はさして不満や不安、嫌悪を抱くものではなかったらしい。
「兄はいたけど姉はいなかったから嬉しくてねぇ。陛下は申し訳ないなんて謝ってたけど、私からしたら良くやった!って感じよ。だってスカーレット様すっごく良い方でしょ!?私スカーレット様大好きなの。」
「はい、とても。優しくて、温かくて…恐れ多くも尊敬しております。」
「そうなのよ、スカーレット様は凄く優しくて温かい人なのよねぇ。私に頭を下げたりね、子を宿した時に私の立場を思ってたくさん思い悩まれたりしてくださって…。私は感謝しかしていなかったのだけれど。」
王妃という王の伴侶より先に、側妃がということはもちろんよくあることだと思う。
王妃に御子が恵まれないときは側妃を迎え入れるのが定石。それでもその間では蟠りが出来てしまったりするのだろう。そこから血に塗れた争いが始まる歴史は多くある。
しかも、御二人は子が出来た。
側妃の御子より、より血統の良い王妃の御子を次期王へと望む者は少なくはなかっただろう。
「面倒くさい状況作ってしまうなぁってわかっていたのだけどね、どうしてもほしくなったの。」
私の考えを読んだかのように仰られた王妃様は目を閉じて、とても穏やかな微笑みを浮かべた。
「生まれたばかりのリアム君がもうびっくりするぐらい可愛くて。ちっちゃな体でお母さんを求めてたくさん泣いている姿が可愛くて可愛くて。ふふっ、私がいくら抱っこしてもあやしても泣いてしまうの。でもスカーレット様が抱っこするとすぐに寝るのよ?もう私なんて可愛いのかしら!って。」
美しい顔を和らげて優しい顔をした王妃様は、今までで一番美しいと思った。
「こんなにも求められたらどれだけ幸せだろう。自分だけを求める存在はどんなに愛おしいだろうって。我儘で自分勝手かもしれないけれど…」
ゆっくりと瞼を開けた先、翡翠色の瞳が私を見つめて、穏やかで切ない微笑みを見せる。
「私の子供がほしくて、願ってしまったの。」
誰が願っても喜ばしい願いが、酷く重苦しくなってしまう。
「愛されるって、愛するって何だろう。って、国母のくせにわかってなくてね、私は駄目な王妃だと思ってた。」
「……、」
「でもね、お腹にいるときに動いたりした時にどうしようもない思いを抱いたの。あぁ、コレが愛おしいか、って初めて知ったわ。生まれたときなんて本当に赤くてね…ふふっ、だから赤ちゃんって言われるのねって言ってスカーレット様を泣かせちゃったりしたわぁ。」
目を細めて笑う王妃様が本当に嬉しそうで、幸せそうで、私まで頬が緩む。
そんな私に優しい眼差しを向ける王妃様が、そっと私の頭に手を伸ばして、撫でられた。
予期せぬ行為に驚愕して身体が固まる。
唖然と見た先で、王妃様は形容し難い表情を浮かべて私を見つめていた。
「貴女は、側妃を迎え入れなければいけないわ。」
わかっていたの、そんなことは。
私の身体では御子に恵まれるとは言い難いのだと、ずっと、理解していた。
「…はい、承知しております。王妃が一番に求められるのは跡継ぎを産むことですもの。私では確実ではありません。」
「確実ではないだけで無理ではないと思うの。けれど、もしも恵まれなかった時に備えなければいけないわ。この国の未来を確固とする為に。」
「はい。」
「それでも、諦めないで。」
「――ッ、」
息を呑んだのは何故か。
私が願いながらも、心の底でかなわないと思っていたから。
王妃様の思いは恐れ多くも理解出来た。
誰かに求められたらどれだけ幸せか。
自分だけを求める存在を求めるのは自分勝手。
でも、自分がそうだったからわかる。
親というのは絶対で、求めずにはいられない。
どうしようもないほど渇望するそれは、切なくて、苦しくて、悲しくて、辛い。
それでも一番欲したのは、願ったのは親の愛で。
いつか、私も誰かを無条件で愛したい。
愛されたい。
そんな我儘な望みを願って、切望して。
「―――ありがとうございます、王妃様。」
柔らかく微笑む裏で、私の中身は空っぽになる。




