かけがえのないモノ
あけましておめでとうございます☺
「ルーナリアさん、この事なんだけど――」
「先輩、この間の―――」
「会長、教員の方々から頼まれた―――」
「各自で調べていた件についてだが―――」
あれから日は経ち、年を超えた。
変わらない学園生活とは言えないけれど、決闘の勝敗や聖女であるフィオナさんの神のような御技に落ち着きを取り戻した学園は今は卒業式と春休みを迎える前。
実家に帰省する方、学園に残る方、旅行へ行く方と其々の準備をして学園内は少しの賑わいと、寂しさを漂わせていた。
「アイサさんは卒業式後、直ぐに王宮に行かれるのですよねぇ?」
「騎士団の事務に見習いとして置いて頂くことになっているの。」
「アイサ先輩が卒業後王宮侍女って事が現実味を帯びてきたぁー」
「どういう意味かしら、リノ。」
「ぴゃっ!」
「ふふふっ。寂しくなりますねえ。」
休憩時間の紅茶に手を伸ばして言うとしゅーん、とリノさんが頭を垂れる。
慕う先輩が卒業するというのは中々に寂しいものだけれど、二度と会えなくなる訳ではない。
私は会える機会も多いだろうから。
「あたしも何年後かには王宮で働けますか…?会長どうです?あたし、使えそうですか?」
「今以上に能力向上している事と上層部の頭の硬い爺さんが黙れば問題無い。」
「後半がキツそう…。」
苦い表情で本日のお菓子フィナンシェへと手を伸ばすリノさんに微笑みながら言う。
「頭の硬い方には実力行使が一番ですわぁ。能力向上、共に頑張りましょう、リノさん。」
「外見に反して脳筋だな、お前は。」
「あら。ではレオン先輩なら如何なさいますか?」
「まず掛け合う。実力を持つ者を入れた時の得、今以上に迅速に動かすことの出来る案を上げる。」
「頭がお硬いのですよ?それでは今でも十分とでも言えば終わりますわぁ。」
「…試しに一週間入れる。」
「王宮機関に?うふふ、その許可は得られないでしょうねえ。」
「………。」
思案するように腕を組みテーブルを睨み付けるレオン先輩の人相の悪さに微笑いながらフィナンシェを一口食べて、しっとりとした良い食感に頬が緩む。
オリヴィアは料理もお菓子作りの腕も上がりましたねぇ。私好みでとても嬉しい。
アイサさんが淹れてくださったダージリンの紅茶もとても良い香り。
「他の施設で実績を作って王宮機関に推薦を貰う、のはどうだろうか。」
「長い目で見れるのならば良いと思いますわぁ。
その施設で揉みに揉まれて精神鍛えられるか、挫折してしまうかも判断出来ますねえ。」
「きっつーい…。」
一口でフィナンシェを食べ切ったリノさんの声は言葉とは裏腹にどことなく弾んでいて、肝が座ったなと微笑みが浮かぶ。
「何にしてもまず能力向上が必須だろう。それは俺含め、全員に言えることだ。」
紅茶片手に書類に目を通すリアム殿下の一言にアイサさんもレオン先輩もリノさんも、私も背筋を伸ばして表情を引き締める。
全員の視線が向けられる中、殿下が書類から目を離して私達を見渡して緩く目を細めた。
「いつかまた揃う日が来ることを願おう。」
普段は冷静で冷徹にも感じる恐怖政治の会長の私達への信頼を匂わせる言葉に、僅かばかり涙腺が緩んだ人が居た。
「っ、頑張り"まず…ッ!」
「精進します、」
「邁進を怠りませんっ。」
リノさんの涙腺が決壊して、レオン先輩が目に力を入れて、アイサさんが瞳を潤ませる。
そんな姿を見て、本当に恵まれたと思う。
「こうして皆様とお茶を一緒に出来る日が待ち遠しいですねぇ。」
私の学園生活での憩いの時間から、一人姿を消す。
「その時にはもっと美味しいお茶を淹れるわね。」
嬉しそうにそう言って笑った尊敬する先輩に微笑み頷いて、ダージリンの香りを堪能した。
思い出に残るこの紅茶を、私はずっと忘れない。
この場所で茜色に染まった美しい空を何度見て来ただろう。
尊敬する先輩と共に。
大切な二人と共に。
敬愛し、想う人と共に。
太陽が沈み夕日へ変わるこの時間が私はとても好きで見る度に美しいと感じる。
悲しいときも。
苦しいときも。
切ないときも。
嬉しいときも。
楽しいときも。
幸せなときも。
変わらない茜色の空の美しさに目を奪われる。
「今日の夕日も綺麗ですねぇ。」
「綺麗だな。」
皆様が生徒会室を後にして、残ったリアム殿下と二人、窓から差し込む夕日の光に目を細め、茜色に染まった空を眺める。
とても緩やかに揺蕩う色付いた雲を目で追いながら椅子に座り書類を手にしている殿下に声を掛ける。
「ずっと、言えなかったのですけれど…決闘の際、ありがとうございました。」
「…随分と今更な事を言う。」
「腑に落ちないところがありましたの。……それは今も少なからずありますけれど、それ以上に感謝の念を抱いています。」
夕日に染まる空から、黄金と琥珀を持つ想い人へ視線を向けて、思うがままに表情を動かす。
浮かんだ表情は自分でもわからないけれど、目の前のいつも無表情な彼が目を瞠るほどの表情なんだろうと他人事のように思った。
「この先もアーグの傍に居られて、オリヴィアの傍にも居られて…。私はこの先も生きていられると、生きなければと、そう思えました。」
「…そうか。」
琥珀を柔らかく細めて、穏やかで優しい声で言うリアム殿下にほんのりと赤らむ頬は、きっと夕日の光でわかりずらいでしょう。
普段より早い脈を刻む心臓に少し深い息を送って、浮かんでいた表情をいつもの微笑みに戻して問う。
「何故、殿下は周りの反感を買ってまで私達を止めなかったのですか?殿下自身、危なくなったら間に入ると仰られていましたのに。」
「紅髪が死ぬとなったら入るつもりだった。」
琥珀色が真っ直ぐに私を射抜く。
言っていることは耳を塞ぎたくなるものだけれど、その強さを持つ声や言葉は昔から少しも変わらなくてとても眩しく感じる。
「あの程度、死ぬ内に入らないと?騎士の道を失ってもアーグの死ではないと、そうお思いですの?」
「紅髪も言っていただろう。魔道士団でやっていける腕がある。団に入れずともルーナリアの執務室で護衛する事も出来る。」
「……、」
「それに聖女もいた。」
「フィオナさんが絶対に治せる確証はありませんでした。その危ない橋を渡る必要はありません。」
「それこそ執務室での護衛に決まるだけだ。怯えてばかりいた聖女に期待していなかったが想像以上に強い人だと知れた。」
淀むことなく言うリアム殿下に返す言葉は浮かばなくて、歯痒くてどうにも落ち着かない。
尊敬すると同時に少し憎らしく思う。
ちょっとだけ、皮肉を言いたくなる。
「……想う相手が火達磨になるのを静観出来るとは御見逸れ致しました。」
「静観出来るからと言って、内心は冷静ではいられなかった。」
「――、」
言葉を失くして唖然としながら見つめると、そんな私を見て微かに笑ったリアム殿下の角張った男の人らしい手が私の頬に伸ばされ、触れた。
少し冷たいリアム殿下の体温にも私は反応出来ず、ただ目の前の綺麗な男性を目に映す。
「すぐにでも、君の元に行きたかった。」
焦がれるような、悲しみの交じる低く掠れた声。
美しい琥珀に宿る恋慕の熱に囚われる。
「リアム殿下…、ッ、」
熱に浮かされるように口から溢れた声は自分でも驚くほどに甘くて、それ以上口を開くのは憚られる。
こんな甘えた声が私から出るとは思わなかった…!
それを聞かれてしまった羞恥からか、未だ感じる冷たい手によるものか、身体が火を吹いたように熱くて胸が苦しくて張り裂けそう。
「…君は本当に可愛いな。」
「っ、」
普段から優しい声ではあるけれど、それ以上に優しくて甘さを加えた声で言われて声にならない。
胸が張り裂けそうなほど痛くて苦しくて。
なのにとっても嬉しくて、幸福を感じる。
貴方もそうなら、いいのに…。
「失いたくないんだ、何があっても。」
「…、」
「君が死んでしまうかもしれないなら、どんなことをしてでも食い止めたいと思ってしまう。」
「私が、死んでしまうと…?」
「ああ。紅髪が居ないと駄目なのだろう?」
目を柔らかく細め、穏やかに問うリアム殿下の表情は呆れも嫉妬もなにもなく、ただただ優しくて。
この人は私を解ってくれるのだと、安堵した。
それを理解して尚、こんなどうしようもない私を想ってくれているのだと知って、抑えきれない感情を抱いてしまった。
「…面倒な女でしょう?」
「そうかもしれないな。だが、そんな脆いところも好きになったんだ。」
「………変な人。」
「ふっ、顔が喜んでいるぞ。」
珍しくわかりやすく笑ったリアム殿下を見て、私もつられて表情が緩む。
穏やかな茜色の夕暮れ時、隣に貴方が居るということがかけがえのないモノだと思う。
私をこんなにも理解して尚、想いを寄せてくださる殿方はきっとこの先出会えない。
出会ったとしても、きっと想うことはない。
サラサラの金髪も。
美しい琥珀の瞳も。
彫刻のような綺麗な顔も。
低い落ち着きのある声も。
偶に見せる微かな微笑みも
全てが輝いて見えるのです。
とても冷徹でとても温かい人。
私はそんな彼を好きになったのだと思った。
「…リアム殿下、」
「なんだ。」
「また、明日も一緒に見たいです、夕日。」
「…あぁ、見よう。一緒に。」
互いに赤く染まる頬は夕日のせい。
そうして言い訳を作れば、一緒にいられるもの。
頬に触れていた手はいつの間にか私の手を包み込むようにしていたけれど、私は何も言わず微かな力で握り返していた。
進展させたい甘くしたい進展させたい甘くしたい甘くしたい甘くしたい……甘くがわからない…。
リアム殿下はルーナリアがアーグがいないと駄目だと理解しながら好きです。ここがとても重要だと思います。
だから我慢して火達磨になるのを見守っていたのです。静観するべきか、突っ込むべきか…リアム殿下の扱い結構悩みます。
今年もお付き合い頂けたら幸いです。
良い年始を☺




