聖女
フィオナ視点。
あたしは、普通に生きていたかった。
酷い痛みに苦しむ人も、
その人を大切に思う人の悲しむ姿も、
知らずに生きていたかった。
「っおねがい、いたします…ふぃお、なさまっ、」
いつも優しく微笑んでくれるルーナリア様のそんな悲しくて苦しそうな姿、見たくなかったのに。
脚が酷い火傷で爛れている紅い髪の騎士様はそんなルーナリア様の姿に何故か嬉しそうにしてて、気が狂ってるんじゃないかって思う。
大切に思うなら、何で悲しませるの。
その火傷は自分が引き際を見極めていたら負わなかった傷じゃない。爽やかな騎士様も、ルーナリア様も貴方を止めたのに。
自業自得じゃん。それをあたしに治せって言われたって、できないよ。
あたしは、ただの―――
「―――聖女。」
その呼び名に心臓が痛いくらい脈打つ。
バクッバクッ、って跳ねて口から出てきそう。
「今から脚を切り落とす。準備はいいか。」
キレイな顔の第一王子様はいつもあたしの事を見てくれない。酷いし、人としてどうかと思う。
あたしはあなたのお母さん助けたのに。
自分の家族と離れてまで、助けたのに。
なのにあたしに優しくしないで、優しくて可愛くてキレイなルーナリア様にだけ優しさを向ける。
確かにルーナリア様は好き。
優しいから。手を取ってくれるから。憐れんでくれるから。
だからそんなルーナリア様の大切な人を助けたいって思うよ。
でも、あたしはそんなに凄くないんだよ。
「私が補佐しますからいつも通り、祈りを。」
大神官様があたしにそう声を掛けてくれるけど、あたしの視線は爛れて骨まで見えた騎士様の脚にしかいかない。
今まで訓練で騎士団の人達の傷を癒やしてきた。
擦り傷、切り傷、骨折。
一番酷いときは内臓の破裂寸前。
切断面の修復なんて、わからない…。
『――フィオナさんはこの国好きかしら。』
美しい側妃様があたしにそう聞いてきた時、もちろんだと頷いた。
美味しい物があって、楽しい場所があって、家族と笑って過ごせる家がある。
そんな普通の幸せを送れていたから。
そう答えたあたしに側妃様はとても嬉しそうに笑っていて、側妃様もこの国が好きなんだなあって思ってた。
自分の好きなものが相手も好きって嬉しいもん。
あたしはその問の深さを知らないで笑ってた。
けどルーナリア様は悲しい微笑みで言っていた。
『好きになりたいです。好きになってもらえるような、そんな国にして、私も今以上に好きになりたいと、大切にしたいと、そう思います。』
優しくて、穏やかで。
いつも微笑みを絶やさないで柔らかく接してくれる素敵な人。
好きになりたいよ。ルーナリア様みたいに、大切にしたいって思いたい。
だけどその仕方はわからないし、今の状況だって呑み込めたわけじゃない。
父さんと、母さんと、シェイナとずっと一緒に居て同じ家で生活を送って、毎日笑って泣いて、いつかは好きな人と結婚して家を出て、またあたしの家族を作っていく。
そんな生活を、人生を望んじゃう。
血を見るんじゃなくて、草木を見ていたい。
涙を見るんじゃなくて、川や池を見ていたい。
嘆きを聞くんじゃなくて、笑い声を聞いていたい。
でも、そんな中にも笑顔があって。
感謝の涙や言葉があって。
誰かの生命を、人生を終わらせず、繋いであげられることができて。
その瞬間があたしにとって幸せなモノだった。
怖いけど。
辛いけど。
苦しいけど。
悲しいけど。
あたしは『聖女』だから。
「―――騎士様抑えててください!」
自分に対してへの喝も入れて大きな声で言うと、ルーナリア様がそのキレイな水色の瞳からボロボロと涙を溢した。
どうか泣かないで。
ルーナリア様は笑っているのが一番なんだから。
「僕は肩を抑えます。ザリウス先輩やリアム殿下は腕を。」
いち早く動いてくれたのは茶色い髪の爽やかな騎士様だった。その一声を機に全員が紅い騎士様を囲み身体を抑える。
「オスカー、お前は俺と抑えるぞ。」
「っ、はい!」
険悪だった王子様達もそんなことはしていられないのか、素直に一緒に片腕を抑えてくれた。
「ルーナリア、君は離れていろ。」
「いいえ、わたくしも、そばにいます。」
目から涙を溢しながら、声も途切れ途切れになりながら自分の騎士の頬に手を当てて、弱々しく微笑むルーナリア様の姿は場違いにもキレイで、まるで天使みたいだ。
「アーグ、頑張って。」
「おお。」
怠そうに応えるけれど、その表情は今から脚を切り落とされるのに柔らかくて、安心したような表情だった。
「じゃあ―――あ、」
そこで誰が脚を切るのか決まっていなかった事に気付いて、腕を抑えている第一王子様を見て訴える。
「あたし、脚切り落とせません!」
「…ジャナルディ、頼めるか。」
一瞬思案して、傍から様子を窺っていた学園の女子生徒であるエレナさんに声を掛けた王子様に引く。
他にも騎士は居るのに何で女の子に頼むの?
「承知致しました。紅髪、覚悟しろ。」
「ここで張り合われんのはダリィわ。」
笑いながら睨むエレナさんと顔を歪める紅髪の騎士様の様子に仲悪いのかな、と思いながら脚の前に膝を付く
やっぱり酷い…。痛々しい…。
そう思いながら切り離されることになる脚に触れようとして、視界に映ったドレスに顔を上げ、目の前に居たルーナリア様に目を瞠る。
「えっ!?あの、ルーナリア様…?」
「私がします。エレナさんは学園に戻って、私の寮室に居るオリヴィアを連れてきてくれませんか?」
「え、いや…それは構いませんが…」
驚愕の自分がする発言にエレナさんが困惑しながら了承すると、抑えられている騎士様が「あー、」と少し間の抜けた声を上げた。
「アイツ今、領地にいっからいねぇぞ。」
その言葉の意味はわかんなかったけど、ルーナリア様が目を丸くして口を戦慄かせ、ヒンヤリとした空気が肌を撫でたことに何か駄目なことだと理解は出来た。
「…私は、オリヴィアに領地に近寄る許可を出していないわ。」
背筋がゾッとするような冷たい声音に身体が自然と縮こまる。
優しいルーナリア様を久しぶりに怖いと感じた。
「何故私が今、あの領地に近付いては駄目だと言っているか、貴方達はわかっているわよねぇ。ねえ、どうして?何故オリヴィアは領地に居るの。」
「怒ってる?」
えっ、この人、馬鹿なの?なんで煽るようなこと言うの、馬鹿なの?
「アーグ。」
冷たい有無を言わせない声に何も悪くないあたしが頭を下げて誤りたくなる。
なのに名前を呼ばれた本人はあっけらかんとした顔でルーナリア様を見上げて嘲笑ってて。
「なあ、今どんな気持ち?勝手なことしたオレらに怒ってる?腹立ってるよなぁ。命令聞かないで危ないとこ行ってよ、お嬢の知らねーとこでくたばるかもしんねぇって。」
「っ、」
言葉を失くして顔色を悪くするルーナリア様にどうすれば良いのかわからなくて、誰かこの空気を変えてほしいと周りを見ても誰も口を差す気はないらしく、沈黙を貫いていた。
ただ、第一王子様がルーナリア様を見る目が優しく感じられて引いた。
ルーナリア様が何でかわかんないけど泣きそうになってるこの状況で優しい目をするって何。
「それ全部、お嬢がしてきたことだからな。」
その言葉はあたしには理解出来なかったけど、何故か深く頭に残った。
言われたルーナリア様が目を瞠り、またポロポロと大粒の涙が頬を伝っていく。
あたしにはわからない、二人のナカにあったモノが解けていくような涙。
「―――ごめんなさい。」
か細く涙に濡れた声で謝るルーナリア様は、小さな子供が悪いことをして謝っているようだった。
未だに涙をポロポロと流しているルーナリア様が深く息を吸って、吐いてを二度繰り返して騎士様の爛れた脚を少し余分に氷らせた。
「ッ、つめてぇ…」
「流石お嬢様、完璧です。」
ヨイショを欠かさない爽やかな騎士様に呆れたような目を向ける第一王子様と、固唾を呑んで腕を抑えている第二王子様、手に血管が浮くほどの力で抑えているザリウスと呼ばれた騎士様に、あたしの横で治癒の魔力を掌に集めている大神官様。
きっと、大丈夫だ。
「皆様、準備は宜しいでしょうか。」
ルーナリア様の少しだけ強張った声に全員が自分の役割に集中する。
「さん、に、いち、で行きます。」
手に生み出した鋭く光る氷の剣はキレイだけど、切れ味を確認したセレナさんの指がスパッと深く切れたから問題はないんだと思う。
さあ、頑張るぞ、あたし!!!
「――さん、」
無くなった脚がまた生える。
「――に、」
断面から同じ幅、同じ質で生える。
「――いち、」
そしたら、皆が笑顔になるんだから。
――――ガシャンッ
氷の壊れた音と同時になにかを押し殺すような呻き声がした。
視界に映った血に濡れたドレスも気にせず、血が吹き出る脚に手を当てて願い、祈る。
―――この人の願いが、叶いますように。
きっと、ルーナリア様の傍に居たいから無茶したんだろうなあーって感じた。
それをルーナリア様も望んでる。
ならそれはとても嬉しいことだ。
あたしはそれを、繋いであげたい。
「―――お願い、戻ってッ!!!」
目に映るもの全てが金色に見える。
治癒をするときの症状にいけると感じて、全力で魔力を込めていく
そして、視界が元の色を映したときには紅髪の騎士様の脚は新しい脚に変わっていた。
周りの騒然とする声も、賞賛の声も、あたしの耳を通っていく。
「っ、あーぐッ、あーぐ…っ!」
「聞こえてる。」
泣きながら、それでも嬉しそうに騎士様に抱きつくルーナリア様と、そんなルーナリア様を笑顔で受け止める紅髪の騎士様の姿が何よりも嬉しくて、輝いて見えて。
「良かったぁ…!」
心からの言葉と共にあたしは笑った。
この描写をルーナリア視点で描くのがどうしても難しくて、フィオナの思いと考え、成長を交えて描きました。




