騎士
初めてレビューを頂きました、嬉しい!!
ありがとうございます☺活動報告の方で感謝の気持ちを書かせて頂いています。
ザリウス・ティト視点。
呆然と火に包まれた二人を見ていた。
脚が爛れて、火に呑まれ、自ら火の中に入っていく光景は信じられないモノで。
そんな闘いをしたのが信頼関係の強いとされるあの主従であるということが余計に信じられない。
「水属性の者は速やかに火を消せ。大神官、聖女は俺と共に来い。」
目の前の光景にも淡々と表情を変えず、その場の者達に命を下していく第一王子殿下に、恐れにも似た感情を抱いた。
顔を青褪めさせ身体を震わせる聖女様は丸く見開いた深い水色の目で第一王子を見上げている。
「で、でもっ、あんなっ、あんな火の中で…!」
言葉にすると実感したのか、徐々に潤む水色の瞳と震えるか細い声に第一王子は無表情で感情一つ伺えない目を向けた。
「燃えているなら異臭がする」
「……縁起でもないこと言わないでくれますか」
最もな事を言った後輩であるケルトルがいつもの爽やか笑顔を失くして、恐れもせず第一王子を睨む。
狂犬の脚が爛れてからすぐ止めに入ろうとしたケルトルを止めた第一王子に明確な敵意を向ける姿に、胃がキリキリと痛くなる。
しかも、
「兄上、僕は先に行きますから」
いつも明るく笑っている第二王子殿下まで蔑む目で慕っている第一王子を睨んでるから、余計に。
仲裁しに行こうとした奴は全員、第一王子に止められた。
力づくで行こうものなら力づくで止められる。
後輩のケルトル、そしてジャナルディ姉妹は力づくで止められていた。
仮にも騎士が護衛対象である人物、しかも王族の第一王子に止められて如何すると言いたいが、実際第一王子の実力は騎士に勝る。
ケルトルは良い勝負が出来るけど、親しい者二人の信じられない光景に冷静になれなかったのが敗因。
なんて考えていられるのは俺が冷静な大神官様の護衛を任されていて、比較的落ち着いて物事を静観出来ていられるからだろう。
「話は後にしましょう。先ずは二人の治療からしなければ」
険しい顔をした大神官様は青褪めて震えている聖女様と目を合わせ、気遣うように目を和らげる。
「この先、貴女には辛い光景でしょう。けれどそれから逃げることは私たちには許されません」
「ッ、」
柔らかい声で厳しいことを仰られた大神官様はそのまま背を向け、第一王子と足早に燃え盛る火の元へ行く。
ただの平民だった少女には厳しいだろう。
それでもあの子が進む先はもう変えられない。
自分で決めたなら、それが例え誘導された結果であっても最終的に選んだのは自分なんだ。
青褪めながら、震えながら、瞳に涙を溜めながら、
それでも『聖女』は前を向いて足を進めた。
火から離れた場所で水属性の魔導士が水をかけ始めて数分、火は一向に止まる気配はない。
「…流石は炎属性を持つ火だな」
ほんの僅かに目を細めた第一王子が火の先に居る二人を探すように視線を彷徨わせる。
その少し前で火の中の二人の名前を呼び続けるケルトルは今にも飛び込んで行きそうな勢いだった。
「ッ、王子殿下!このままでは我々の魔力が持ちません!」
水属性の魔導士が顔に汗を滴らせながら言う。
数分ずっと途切れることなく魔力を操り魔法を生み出しているんだ、当たり前だろう。
化物じみた魔力量や常人じゃない精神力を合わせ持たない限り出来る事じゃない。
「兄上、此処は研究所だ!魔力供給を!」
「誰の魔力を使うつもりだ」
「そ、れは…っ、僕が!僕がします!」
「それは許されないと肝に銘じておけ」
燃え盛る火から目を逸らさずに冷たく鋭い声で言い放つ第一王子に、第二王子が歯を食いしばる。
「ではッ、どうするんですかッ!?」
「……」
「このままでは彼女が…ッ!」
翡翠の瞳で尊敬する兄を睨みつける姿に、いつも誰に対しても明るく爽やかな笑顔を向ける第二王子が立派な一人の男に見えた。
それが一国の王子に似合うかは俺には決められないけど、第一王子の言動の方が好きな女相手にする事かと疑念を抱くってもんだ。
それでも、第一王子の目が赤く燃え盛る火から逸らされない姿に何とも言えない。
「…ルーナリアの生命に関わる決断だ」
「――ッ、」
「っ、見ればわかる事だろッ!」
第一王子の言葉に息を呑んだケルトルと、激昂した第二王子。
その違いは何だろうな。
知っている者と、知らない者の違いってそういうとこに現れる。
「―――ルーナリア…」
轟々とした音にかき消されそうなほどに小さな声が火に呑まれた少女の名前を呼ぶ。
その次の瞬間、燃え盛っていた火が消えた。
全員が息を呑み消えた火の元を探ると、地面に崩れ落ちるように座り込んでいる二人を見つけた。
「――ッお嬢様!アーグ!」
ケルトルが声を上げて一目散に駆け寄って行く
第一王子は青褪めている聖女様を言葉も無く、無表情のままで促した。
第二王子は地面にへたり込む公爵令嬢に目を瞠り、その場から足が動かないらしく、突っ立っている。
さっきまでの威勢はどうした?と思うけど、想い人のあんな様子に、なんとも言えない感情に苛まれているんだろう。
綺麗な青と白のドレスは血に塗れ、火によって破れた箇所もある。
決闘前は緩く綺麗に整えられていた三つ編みは解けて所々ちりちりと焼けボサボサに広がり、美しい真っ白な肌が赤に染まっていて、『女帝』と謂われ常に令嬢の模範である彼女からは想像も出来ないほど悲惨な姿。
けれど何よりも、そんな彼女が縋りつくように足が爛れた狂犬の手を握り締め、泣いていることに周囲は言葉を発せなかった。
誰に対してもどんな時でもいつも柔らかい穏やかな微笑みを浮かべ、少女の姿なのにまるで聖母かのように慈愛を持ち人に接する彼女の、年相応に涙する姿は言葉を失くすに値する光景だった。
「ッぅ、あーぐっ、ごめ、ごめんなさい…っ」
嗚咽を堪えず涙をボロボロと溢して鼻水を啜る姿は自分が知る、完全無欠のルーナリア・アクタルノ公爵令嬢からかけ離れていた。
まるで幼い子供が泣いているような、なのにどこか近寄り難い雰囲気に全員が固唾を呑み誰かが動くのを待つ。
傍らで膝を付いたケルトルが泣きじゃくる公爵令嬢の姿に悲しそうに眉を下げ、その華奢な背に手を添える。
「お嬢様、治癒しましょう」
「けると、るさま…っ、うっ、あーぐ、が、わたくしのせいで…」
「その脚はアーグの自業自得ですから、お嬢様のせいではありません」
「ハッ。少しは気ぃ遣えっての」
紅髪が嘲笑いながら受け答えをする姿に張り詰めていた空気が微かに解れ、全員が動き出す
火を消そうと全力を注いでいた魔導士を回収する者、周囲の状況把握、部屋の確保。
それら全てを視界に移しながら聖女様を公爵令嬢と狂犬の元へ連れて行く第一王子の後に大神官様が付き、俺もその後を追う。
「その様子ではもう心配ないか?」
「…まあな」
狂犬の前で無表情に言う第一王子の言葉に「心配だろ」と突っ込みたくなるのを耐える。
どう見ても重症だし、その怪我なら切断しないと危険だとわかる。それのどこか心配ないんだ。
「どっ、こが、しんぱ、い、ないっ、ですかっ、ッ、あ、あしが…っ、あし、せ、せつ、だんし、なけれ、ば…っ」
嗚咽混じりに、涙を溢しながら二人を睨む公爵令嬢の姿は場違いにもめちゃくちゃ可愛い。
鼻水出てても可愛いのは子供くらいだと思ってたけどそんなことなかった。すっげえ可愛い。
そう思ったのは俺だけではないらしく、第一王子がポケットからハンカチを取り出して公爵令嬢の涙や鼻水を優しく拭った。
「聖女がいる」
「ッ、せつだん、された、からだはっ、もどらないんです…っ!」
無茶な人任せなことを言った第一王子に聖女様が顔を青褪めさせ、公爵令嬢は第一王子を咎めるように見て言う。
それでもやはり期待はしてしまうのか、その美しいアクアマリンの宝石のような瞳は縋るように聖女様を見上げた。
「ただっ、せめて、いたみ、だけ…、いたみだけ、でも…っおねがいいたします…、」
「ルーナリア様…!」
狂犬の手を握り締めながら、苦痛と悲痛を混ぜ合わせた震える声で聖女様に乞う公爵令嬢が頭を深く下げる。
その姿に青褪めたまま聖女様が公爵令嬢の傍に膝を付いて、狂犬の脚を見て表情を暗く落とす
その目は何よりも明確に物語っていた。
「別に脚が無くても構わねえよ」
公爵令嬢が、聖女様が絶望する中であっけらかんとした青年の声が周囲に届く
脚が爛れて途轍もない痛みを抱えているだろうに、その当人は何でもないような顔で自身の主人を見ていた。
「脚が無くてもオレには腕がある。それに魔法も王宮魔導士に匹敵すんだろ?」
「遜色ないだろう」
「ほれ、黄色もそう言ってんだ。心配すんなお嬢。ちゃんと傍に居っから」
…理解できない。何故そんなふうに言える。
そう思ったのは俺だけじゃなく、言われた彼女も同じ思いを抱いたらしい。
「そっ、ういう…!そういうことじゃありません…っ!あ、あーぐのっ、あし、が…っ、」
またボロボロと零れ落ちていく涙が整った顎から滴り落ちて、握り締めている狂犬の手の甲に落ちる。
その様子に何故か面白そうに笑った狂犬が、ずっと公爵令嬢の背を擦っているケルトルに声を掛けた。
「泣くようになったぞ、この馬鹿お嬢。スゲェ成長だろ?」
「そうかもしれないけど、こうやって泣かすのは駄目だ。お嬢様を傷付けるのは本意ではないないからね。僕は」
「オレがお嬢を泣かせたかったみてぇに言うんじゃねーよ」
「泣かせたかったんだろう?」
「………似たようなもんか?」
だから、何故そんなふうに話していられるんだ。
欠損は騎士を続けるには大きい痛手だ。
この先、狂犬は王太子妃となる公爵令嬢の護衛騎士になれることは絶対にない。
それを理解出来ているのか。
「心配せずとも紅髪の脚は聖女が治してくれる」
「ッ、あたしには無理です!!!」
第一王子の無責任で人任せ過ぎる言葉に言われた本人が悲鳴を上げた。
顔を青く染め深い水色の瞳が涙で潤み、作り物みたいな美しい顔を無表情にする第一王子を縋るように見つめる。
けれど第一王子はその目にも何の感情も動かされないのか、表情は一切変わらず冷たい声で言う。
「何の為に学んだ。何の為に此処に居る。自分で選んだのではないのか、聖女」
あんたらが見つけて、呼んで、隔離して、誘導して落としたんだろう。
よくそうやって言えるな。
けど、それは口にしない。顔にも出さない。
必要性はよくわかっている。
この少女の犠牲で人が救われる。
一人より、百人を。
その考えが正しいかはわからない。
それでも、それを選ぶのが上に立つ人の宿命。
そして、その宿命を背負う方を護るのが騎士。
騎士である俺の役目。
俺が騎士である限り、護る人を違えはしない。
「ほら、お嬢。聖女サマに頼もーぜ」
きっと、此奴もそうなんだろうな。
騎士として、自身の護るべき、護りたい人を、自分の命を懸けて守ろうとしている。
その姿が飄々として、どこか嘲るような態度があったとしても、その心に宿る思いは強く堅い。
強い志を胸にする騎士は頑固で、融通が利かないのを俺はよく知っている。
「っおねがい、いたします…ふぃお、なさまっ、」
泣きじゃくりながら自分の為に頭を下げてくれる人を守れる立場を失いたくないだろう。
主人に習い頭を下げる紅色から目を逸らす
近い将来、とんでもない後輩が出来る予感に少し溜め息を吐きたくなった。
Merry Xmas✨




