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悪役令嬢ですが気にしないでください。  作者: よんに
学園中等部編
100/152

オレの飼い主

アーグ視点。




『言葉で伝わらないなら体現し身体に、頭に、心に叩き込め。』


黄色はそう言った。


その考え方はよく分かる。

お嬢にそう教えられたからだ。


清楚で儚げに見えて案外脳筋でずる賢いお嬢は強い者が自由を手に入れ、心になにか刻めると言う。


だからオレは毎年、お嬢に勝って言ってやろうと思っていた。



テメェの犬はテメェが飼い続けろ。


一度首輪付けたんなら最期まで責任持て。



けど、途中で心が折れそうになる。


お嬢は強い。

自由でありたかったお嬢は強さを極めて、敵対する色んな奴を迎え撃って救ってきた。


お嬢を慕う奴は多い。表で生きていけなかった奴がお嬢に救われて裏でお嬢の為に頑張ってる。


もう、お嬢は一人じゃねぇ。



それでもお嬢はどうしようもなく弱かった。


オレの為に自分の生命を簡単に賭ける。

オレが死なねぇように、自分を酷く扱う。


フランのばあさんが死んでからソレは余計に酷くなって、どんだけ言ってもお嬢は「大丈夫」と微笑いやがる。


クソっつっても、ブスっつっても、何言ってもお嬢は受け入れてただ微笑う。


オレが離れていかないように。



もしも、オレが最初っから自分の利益だけを考えねぇでお嬢の為に必死に守っていたら変わっていたのかと思うと腸が煮えくり返るような思いが湧き上がって、叫びたくなる。


孤独に泣き叫んでいたちっせえガキが掴んだ唯一のモノだったのに、その唯一はちっせえガキを省みないで自分の利益を欲しがった。


そんなんだったら、ガキはソイツが利益しかいらねーんだって思うに決まってる。

利益を与えないと傍にいねぇんだって。


そんな考えを、ずっと、何年も。




「っ、ごめん、」


今更謝ったってあん時には戻れねぇんだってわかってる。


けど、言わねーと伝わんねえ。

オレはもうあん時とはちげぇんだって。



「どうして謝るのですか?私は傷一つ負っていませんよ?」


小雨が降る中、氷の龍を纏うお嬢がいつもの微笑みを浮かべ、十はある氷の礫を創り出して放つ。


それを躱して溶かしながら斬撃を細かく放つと氷の龍が蜷局を巻いて防御する。削れても魔力でまた再生させられる。


あの龍はお嬢の絶対防御だ。

溶かせねぇし、削れねぇし、壊せねぇ。


「クッソ、うぜェ!!」


「うざがられても止めないわぁ。」


こんな時でも穏やかに言うお嬢の神経はどっか壊れてる。これはあのクソ爺のせいだな。


上で飛ぶ見た目だけは綺麗な殺人蝶を炎で消して炎を纏わせたデカイ斬撃を三連続放つと、お嬢が二、三歩動いて避ける。


流石にあの龍も三連続はキツイだろうよ。

けどオレもキツイ。ジリ貧だ。

それでも、お嬢を動かすのに意味がある。


「そろそろ疲れてきたかよ?」


「うふふ。」


「作り微笑いが下手になってきてんぞ」


「まあ、うふふふふっ。女の子を虐めるなんて感心しませんわぁ。そんなふうに育てた覚えはありませんよ。」


傘を回して小首を傾げる見た目だけは最上級の中身ド鬼畜のクソ女なお嬢が白くて細い、少し力を入れれば折れそうな腕を空に向ける。


弱っちそうな手でヤバイモノを放つから怖ぇ。

しかもこの雨で対象凍らせるから厄介極まりねぇ


あークッソ早速かよ!


「クソがッ!」


「最近クソクソ言い過ぎよ?」


そう言いながら雨を全部凍らせて針のような数千、数億を越えるモノを造り、オレに放ってくる。


出来るだけ使いたくない魔力で炎の虎を創り出してソレの影に隠れてやり過ごす


「今日は炎の斬撃しかしてこないのねぇ。どうしてかしら。剣技だけで私と殺り合うつもりなの?」


「ちげェよ馬鹿。」


「じゃあどうして?」


「相手に手の内明かす奴がいっかよ!」


「リアム殿下はそうよ?」


「はあ?…アレ、どっかイッてんだろ。」


「ふふっ、そうねぇ。私もそう思うわぁ」


楽しそうに微笑いながら雨を降らし続けるお嬢の精神とコントロールは並じゃねえ


煽っても特に動じねぇし。


「そーいや黄色がお嬢のこと好きっつってた。」


「、」


こんなんで動じんのか、お嬢も女だな。

そう思うと嬉しくて笑いが溢れる。


「刺繍ん時、黄色使えねェのなんで?」


「……、」


「生徒会最後まで残ってんの、わざと?」


「……、」


「名前呼ばれてイヤとか言ってたけど、実は内心めっちゃ嬉しくて夜思い出して照れてるルーナリアちゃん。」


「………、」


「………オレが言ってやろーか。」


「揶揄うのも大概になさいねぇ、アーグくん。」


にっこりと微笑ったお嬢が水の龍を五体同時に仕向けて来た。


それに応戦しながら適度に躱し、雨の氷矢を剣で振り払って壊す

細ぇし多いし、クソめんどくせぇ


「そろそろ、降参してくださる?」


「するわけねェだろ、馬鹿!」


「…そう。」


微笑みを一切変えずに冷たい声音で言うお嬢の手が俺に向かって伸びる。


その手に集まる尋常じゃない魔力量に嫌な汗が浮かんで、それでもお嬢の様子に嘲笑いが溢れる。


「息乱れてきてんなァ」


「…仔猫が戯れて来るのを、相手していたら、…思っていたより動いていたの…、」


呼吸を乱しながら気丈に微笑み言うお嬢が、巨大な水の渦を創り出してオレに放つ


地面が削れる程の威力を持つ渦から離れようと脚を動かして遠のくと、お嬢が微笑みを強めた。


「早く、殺られてくださいな。」


「無理。」


「…………私、我儘ですの。」


「知ってる。」


けど、肝心な我儘は通さねぇ馬鹿な奴だ。



それでもオレは聞いた。



『首輪を外すのが嫌だと言ったら―――』



下手くそに微笑ったお嬢の我儘。



『っ…、離れて行かないで。』



素直に口にした本心からの言葉。



オレが望んでいた、飼い主の願い。


形振り構ってらんねェし、後のことなんざ知らねェ




この先の人生、お嬢の傍に居る覚悟は出来てる。


オレが苦手な貴族の社交も、他の人間に愛想を振りまくのも、他の人間を屠るのも、オレの役目。


オレはお嬢の足で、手で、目で、耳で


その役目を一生全うすると決めた。



飼い主が自己犠牲の塊で、心配されてる概念がない馬鹿でも鬼畜でも、もう関係ねぇし迷わねえ


だから黄色の話を信じてお嬢の傍に居ることは確実だって思おう。


けどその前に、せめて飼い主に言ってやる。




「――――終わりですよ。」



聞き慣れたお嬢の歓喜に満ちた声と共に、オレの下半身が凍結された。


龍と雨の氷矢、お嬢の様子に注視し過ぎて地からの極小の水を見逃していた。


舌を打ちながら布越しに熱ささえ感じる氷に、あることを思い付いてつい笑みが浮かぶ。



「お嬢、甘ぇな。」


「ッ、何を―――」


驚愕に目を瞠るお嬢の希少な表情に胸がすく


凍らされた脚に炎の魔力を巡らせて氷を高温で溶かしていると閲覧席からケルトルの静止が聞こえた。


爽やかなアイツが声を荒らげるのが面白くて笑う。

そんでたぶん、黄色に止められてんだろうなと思ったら余計に笑えた。


脚の皮膚が爛れていく感覚が痛いと訴えてくるけど、目の前で微笑みを消して焦燥を見せるお嬢を見てたらやっぱり胸がすく。



その目に、頭に、耳に、脳に、全部に叩き込め。


目の前でアンタの唯一が酷いことになってんぞ。



「―――アーグッ!!!」



悲鳴じみたお嬢の声に名前を呼ばれて笑う。



オレの事でこんなに取り乱すくせに、離れていたらどうなんのかわかんねーのかよ、この馬鹿は。


無茶して怪我して碌でもないことになるだろ、オレみたいな奴は。


ちゃんと手綱握って首輪しとかねぇとな。



氷が完全に溶けて見えた脚の全貌に目の前で顔を青褪め震えている飼い主に嘲笑って言ってやる。



「まだ終わらせねェぞ、クソ飼い主!」



脚に力が入らず上手く立てなくて地に剣を刺してデカい声で言えば、柔らかく細々と降っていた雨が、ザアァッと激しい音を立てて降り出した。


滅多に感情を乱さないお嬢が激しく動揺しているのがわかる光景に自然と笑ってしまう。


「は、はやく治癒を…っ」


「コレ、治ると思うか?骨見えてんぞ。しかもこんなんじゃ切断待ったなしだしな。」


「そんなこと…っ!」


大神官でも切断された足を生やすことは不可能だと理解しているお嬢が顔を歪める。


一日でこんなに表情豊かなお嬢を初めて見た。

新鮮で面白くて、自分がその原因だと思うと気分が良い。


「じゃあホラ、早く続けんぞ。」


「何を言ってるの…っ?もうしません、早く治療しないと…!」


「まだ決闘は終わってねェから。」


「ッ、馬鹿言わないで!!」


怒鳴ったお嬢に思わず片耳を塞げば、目の前で怒りを爆発させていた。


「この怪我で続けられるわけないでしょう!?」


「決めつけんじゃねェよ。オレがやるっつったらやるんだよ、文句言うんじゃねェ」


「な、にを…!」


微笑みさえ浮かばず唖然としているお嬢はどんな感情になったのか、一瞬で雨が止み残っていた龍がバラバラと音を立てて崩れる。


その光景に嘲笑って残り僅かな魔力で火の渦を創り出すと、目を瞠ったお嬢が取り乱して声を上げた。


「止めなさい!」


「止めねェ」


底をつきそうな魔力のせいで気分の悪さを催して少し手元が狂ったけど、お嬢に向かって火の渦が襲い掛かる。


それに水で相殺しようとしたらしいお嬢はかなり乱れた精神のせいでコントロールが上手くいかず押し切られた。


「ぅあ、」


微かに聞こえた火に飲み込まれたお嬢の呻き声は轟音と観覧していた奴等の怒声にかき消された。


それでも耳の良いオレには届く


「あーぐ、っ、どうして…」


火の中で、オレを責める声がする。


それは怒りではなくて、悲しみに満ちていた。


「そんなに、私からはなれ、たいの…?」


轟々と燃え盛る火の中からじゅわじゅわと溶ける音がして、それでも異様な臭いはしないから氷で身を守っているのだと少し安心した。


ならもう少しこのまま焼いとこう。


「私が馬鹿だから…?私がクソだから…?私が弱いから…、はなれようとするの?」


弱々しい、涙混じりの声に舌を打つ。


「確かに馬鹿でクソで色んな意味で弱ぇけど、離れようとしたことなんざ一度もねェよ。」


「…うそ、だって、アーグは、」


「何の勘違いしてんのか知らねェけど、オレは離れる気ねェっつってんだよ、馬鹿お嬢。」


痛む脚を動かして今尚燃え盛る火の中に入る。

自分の魔力で生み出した火に痛みも感度もなく、ただ視界が赤いだけ。


そんな視界の中で、歪な氷の檻に囲われて尻を付く馬鹿を見つけた。


項垂れるような姿に嘲笑うと気配に気付いたのか、俯かせていた顔を上げてオレを見上げる。


涙に濡れる目と頬に嘲笑えば、お嬢は虚ろな目で見上げたまま涙を流す。


「あーぐ…っ、」


「あ?」


「わたくし、っ、あなた、とっ、いたいの…っ」


「おう。」


ぐずぐずと鼻を鳴らして泣きながら嗚咽混じりに話すお嬢の傍に立つと、至近距離でオレの爛れた脚を見たお嬢が更に泣く。


「でもっ、わた、くしっ、あーぐ、がっ、きずつくのは、いや、ですっ…、ぜっ、たい、やだぁ…!」


ちっせぇガキがグズって我儘を言うような姿のお嬢を初めて見た。


泣くのが下手なお嬢の鼻から垂れるモノを服の袖で適当に拭ってやると、その手を取られ弱い力で握り締められる。



「でもっ、……ッ、だけどっ、このっ、さきも、ッ、わたっ、くしとっ…ッいっしょっ、にっ、いてっ、く、ぅッ、くれまっせんかっ、わ、たくしっ、がっ、ッ、しぬ、まで…ずっと…っ!」



嗚咽が酷くてわかりずれーけど、しっかり聞いた。



オレが望んでた、願ってた言葉。



目に映るオレとは正反対の色が滲んで歪む。



やっと届いた願いに、笑って言ってやる。




「言われなくても、ずっと一緒だ。」




オレの馬鹿な飼い主は、燃え盛る火を背に氷の檻がガラガラと崩れる中、オレの手に縋りついて泣いていた。




100話でやっと届きました。

ルーナリアとアーグはとても強いので大怪我を負う事はありませんでした。なので初めての大怪我、失うかもしれない事態に混乱し恐怖を抱いたんです。それを招いたのが自分というのも精神的にクるものがあるんじゃないかなと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまでの話は面白かったです。 [気になる点] 見る前から予想してた展開。 何故かこう言う小説は恋愛絡みでほぼ終わるテンプレ。
[良い点] アーグの「ごめん」にやられました。 ずっと言いたかった抱えてきた言葉の一つだと思うし、でも普段のアーグから出すのはすごく違和感がある。だからこそ、ここで!!ていうのが素敵すぎました。 [一…
[一言] よかった、よかった。 ほんっと、馬鹿でクソな飼い主さまで… 狂犬飼ってるくらいでちょうど良いよ。ww 殿下でイジるアーグ、最高でしたww 2人がくっ付いたら、今度はアーグがイジられるけど… …
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