貴族というもの
「はじめまして。わたくし、ルーナリアともうします。あなたのおなまえは?」
「は、はじめ、まして…、名前はない。です…、リーダーって、呼ばれている…。……ます…」
近づいてきた子供は12歳ほどの少年でした。
ケルトル少年と比べるとかなり小さいけれど、きっとそのくらいでしょう。
私の隣に立ち威嚇するように睨んでいるケルトル少年に怯えた様子の“リーダー少年”に柔らかく微笑みかける
「ごめんなさいね。わたくしのごえいなのです。あまりきになさらないで?」
「あ、あぁ…」
「オイッ―――」
「ケルトル、くちをはさむことをきんじます。」
「ッ、………はい、お嬢様。」
返事の仕方にいきり立ったケルトル少年を“主”として諫めると、目を瞠り、静かに従った。
この場合、私はケルトル少年の護衛対象なだけで言うことを聞く必要はないのですが…やはり子供ですしその辺りはやりやすいですねぇ
隠れ護衛達だけが問題ですが、こちらもあまり干渉はしてこないようです。
唖然としている“リーダー少年”をベンチに座りながら見上げ、微笑みを浮かべたまま問いかける
「わたくしになにかごようですか?わたあめをかうすこしまえからついてこられていたようですが…」
私の言葉にケルトル少年が驚き“リーダー少年”を見て、本人が驚愕に口を開け私を凝視しているの見て真実だと理解したようで、また私に恐れを向けてきました。
それに微笑むだけで何も言わず相手の返しを待っていると、“リーダー少年”が意を決した様子で拳を握り、私を強く見下された。
そして怯え混じりの目をし、震えた声で言われた。
「俺らを、処分しに来たのか…?」
…………まあ。
“リーダー少年”の言い方に隣でケルトル少年が身を硬くしたのを視界の端で見ました。
こんなふうに言う“人”を初めてみたのでしょうね。かくいう私も初めてなのですが…
「なぜそのように?」
動じず微笑みながら先を促す私をケルトル少年が見ていますが、私は“リーダー少年”を見つめます
そんな私を見つめ返し、難しい表情をして話す“リーダー少年”の話は少し気分の悪いものでした。
「数週間前に貴族の奴がスラム街に来て言ったんだ。ここら一帯を焼き払うって。」
「なんだとっ!?」
声を荒げたケルトル少年を咎めることはできない。私も予想外過ぎて言葉を失ってしまいましたから。
スラム街の焼却
それはこの国の禁則であり、貴族でも、ましてや王族でさえ決してしてはいけないモノである。
それを破る大馬鹿者はいないと思うのですが、目の前のこの少年の瞳は嘘偽りのないものです。
これは私が六年間で身を持って培ったもの
私は自分を信じないことは絶対にしません。
故に、この少年の切願を聞きましょう。
「そのきぞくのなはわかりますか?」
「信じてくれるのか…っ!?」
「お嬢様っ!?何をっ、」
嬉々に満ちた表情で問う少年と驚嘆と怯えの表情で問う少年に私は微笑む
「わたくし、みてみぬふりはきらいですの。」
“リーダー少年”曰くその貴族は名乗りはしなかったらしいのですが、一つ確信的な証言がありました。
“こうしゃくさま”と“火”
スラム街に訪れた貴族は力を見せつけるため、近場に建っていた石材の建物を燃やし尽くしたのだそう
そこまでの力を有す“こうしゃくさま”など、わかりきっています。
それは我がロンドルハイム王国で知らぬ者はいない
“火を司る侯爵”として有名なレジャール侯爵家で間違いないでしょう
アクタルノ公爵家とは属性の相性と共に、その他のことでも合わない家柄です。
アクタルノ家がお金がないなら利益を生み作り出すのなら、レジャール家はお金がないなら民から毟り取る。という具合で、レジャール家が此方を妬み嫌厭しているだけなのですけれど…。
「どうしてあなたはわたくしにこえをかけてきましたの?たかがきぞくの"こども"ですのに、なにかできるとおおもいですか?」
「…貴族門の門兵が“こうしゃくさま”の娘だって言ってた。だから、アンタがあの“こうしゃく”の子供だと思った。…“こうしゃくの子供”はとても強い力を持っていると聞いたから、それで…」
「……わたくしが、つよいちからをもつと?」
“リーダー少年”の話に違和感を持ちそう聞くと、迷うことなく頷かれた。
何故、そのような話が…
公爵家の娘として強い力を持つと考えるのは妥当でしょう。ですがそれは機密とされ他貴族にも知らされていないはず…
それなのにこの少年は迷い無く頷いた。まるで確信を持っているかのように。
私に対して6歳児だからと馬鹿にもせず貴族として接したことも、私の異常性を気づきながらも動じず話すその姿勢からしてこの少年が“馬鹿”ではないとわかります。
そんな少年が“聞いた”だけでそんなに信用しますかね…
「わたくしのちからがつよいというのはだれからきいたはなしでしょうか。」
「…?スラム街では有名だ。“こうしゃく”の娘は近代稀に見るほどの魔力量を持つ子供だって。」
「だれがひろめたかわかりますか?」
「……すまない、それはわからない。」
「いえ、ありがとうございます。」
申し訳なさそうに謝る“リーダー少年”に微笑みながら頭の中でぐるぐると思考する。
私の魔力量を知るのは領地のお屋敷の使用人数名とお父様とお母様だけのはず。王都の屋敷で知っている者はお父様の侍従だけだと思うけれど、だとしたらお父様を裏切っている?それは絶対にありえませんわ。お父様は隙の無い方ですもの、不審な行動を取る人間を側に置くなど……、
……不審な、行動…。
頭にチラついた人に私は手をキツく握りしめる
今脳裏に過るなんて、最悪です。
「…このけんはもちかえっておとうさまにはなしますわ。ごじつ、かならずうかがいます。」
「、わかった。」
もどかしそうな表情の“リーダー少年”に何となく、そう、本当になんとなくしてみたくなったんです。
手を伸ばしクイ、と軽く服を引っ張るとかなり驚いた顔をしたあと不安そうにしながら私の意を取り屈んでくださいました。
私は軋んでいる短い藍色の髪に手を伸ばし、ふわりと撫でてみました。
初めて触れる人の髪を優しく、優しく撫でる
驚嘆して固まる“リーダー少年”に微笑みながらゆっくりと頭を撫ででいてると、周りの人々が目が取れるんじゃないかという顔をしていて笑ってしまいました。
「リーダーしょうねん、またごじつあいましょう。」
「あ…っ、」
頭から手を離しベンチから降りて立ち上がり、くるりとその場で後ろに振り返り日傘をくるんと一回転回す
そのまま目の前の建物を見上げると、目に入った
“紅”に微笑い、小さく呟く
「…お嬢様、何か言われました?」
「いいえ。さあ、そろそろいきましょう?」
振り返りケルトル少年を連れて、今日の目的であった手芸店へ向かいました。
その日の私の行動は平民の方々だけでなく、貧困街の人の間でも噂になることを、私は知りもしませんでした。
「わぁ〜…すごいですわ…」
私の視線の先にはたくさんの鮮やかな糸や布
ずっと見てみたかった刺繍道具は私に与えられた物以外にもたくさんあって目移りしてしまう
「あの〜…?」
「……あら、もうしわけありません。うれしくってつい…。」
店主の呼び掛けにハッとして頬に手を当て微笑むとホワァと頬を赤らめられた。
やっぱりこの顔の可愛さは万人受けしますのね…
手芸店の店主は丸眼鏡をかけた柔らかい雰囲気のお婆さんで、料理長のフランさんのようで気が緩んでしまいます
こんなに私の中で気を許す関係だったとは、驚きです。師匠であり、少し変わった素敵な使用人という認識でしたのに…
自分の中の認識に少し戸惑いながら、それをおくびにも出さず店主に微笑みかける
「わたくし、しゅみでししゅうやあみものをしますの。それでじぶんのめでいとやぬのをみてみたいとおもいまして、このおみせにこさせていただきましたの。」
「まあ…そうでしたか…。……お嬢様は…、何歳なのでしょう…?」
「ろくさいです。きぞくではおさないころからしゅくじょとしてならうのですよ。」
「針は危ないのですよ。」
真剣に私の目を見て言われた店主に私は微笑み、掌が見えるように差し出す
「はじめはなんどもさしましたわ。けれど、いまはとてもうまくできますの。」
「……あらあら、小さいのに刺繍職人みたいねえ。指の腹が堅いわ。」
「ふふっ しんじてくださいますか?」
「ええ、ええ、信じますとも。この指が証拠ですねえ。ふふふ、参ったわぁ」
のほほんと笑う店主に私も微笑み、よくわからず気不味そうなケルトル少年に閉じた日傘を持ってもらい、念願の糸と布の物色を始めました。
ここはまるで夢のようでした。
初めて触る布や糸、毛糸ももちろんのこと、刺繍には様々なものがあり飾りを作る事ができることを知りました。
ビーズを縫い付けるなど知りませんでしたし、そして何より、
「このきかいはなんですか!?すごいわっ、こんなにはやいのにとてもきれい…!」
「お嬢様、落ち着いて…っ!」
「あらあらまあまあ。お嬢様は初めて見たんですねぇ。これはミシンと言うのですよ。今しているのはミシン刺繍と言って大きな布や洋服などによく使うもので…」
「なるほど、だからおやしきのかびなししゅうはひとのてがかんじなかったのですね。」
お屋敷のあちらこちらに飾られた刺繍絵画やカーテンなどにとても感心していましたがどうも人の手とは思えなかったのですが、機械でしたのね。
それでもとても難しい技術ですわ…
見せてくださった店主にお礼を言って、少しミシンを触らせて頂きました。
危ないからと止めるケルトル少年には“主”として黙らせ、私は思う存分堪能させてもらいました。
満足です!
「お嬢様は手芸が本当に好きなんですねぇ」
「はい、だいすきです。なにかにねっちゅうすることがとてもたのしくて、きれいにできあがったものをみるととってもうれしくなります。」
「まあ、ふふふっ。お嬢様は職人気質ですねぇ お貴族様でなければ私の店にスカウトしたいほどに有望だわぁ」
「こうえいですわ!もしぼつらくしてしまったときはやとっていただきたいです!」
「お嬢様!」
ケルトル少年の色んな感情が混じった声に「じょうだんです」と微笑うけれど、訝しげに見られて信じてもらえませんでした。まぁ本気ですけれど…
楽しそうに笑う店主が私にたくさんの糸や布の説明をしてくださって、気づいたことがあります。
「てんしゅさん、このぬのは?」
「それは少し安い物ですよ。お嬢様ならもっと高い布を使われていると思いますけど、こちらとか…」
「ふふ。そんなことないです。わたくしによういされているのはこのぬのですもの。」
「えっ?……まあ、それは…、」
信じられないような顔をする店主に貴族に出す物としてはあり得ない物なんだとわかりました。
全く…残りのお金は何に使っているのでしょう。
高級な布の触り心地に酔いしれていると、店主が恐る恐る私に聞いてきた。
「お嬢様は公爵家の…?」
「…まぁ、どうしてです?」
「最近ね、お貴族様の侍女の人が布や糸を買いに来るんですけど…、」
そこで一区切りしてケルトル少年をチラっと見た店主に察して私は布を手に店主の口元に耳をやると、可笑しそうに笑ったあと耳に手を当て教えてくださった。
「その侍女の人が、変な噂をたくさん言いふらしているのです。」
「…どんなうわさですか?」
そこで聞いた噂に、私は頭を痛めてしまいました。
「ではてんしゅさん、きょうはありがとうございました。とってもゆういぎでしたわ。」
「私もとても楽しかったです。またいらしてくださいな。」
「まあ…!ぜひ!」
嬉しくてニコニコ笑うと店主が微笑ましいものを見たように頬を緩め、私の頭を撫でてくださった。
今日はよく頭を撫でられますね…嬉しい。
優しく微笑む店主に手を振り、日傘を差して外で待つケルトル少年に歩み寄った。
「いきましょう、ケルトルさま。」
「はい。」
日傘を受け取り上機嫌で街並みを眺めているとケルトル少年が少し戸惑いながら私を呼びました。
立ち止まり振り返ると、眉間に皺を寄せ難しい顔でケルトル少年が私を見ていた。
「どうしました?」
「お嬢様は貴族なのですよ?」
「ええ、そうですよ。アクタルノこうしゃくけのちょうじょです。」
そう微笑むとケルトル少年は初めて見るほど険しい顔で私を見下された。
「僕はお嬢様の護衛です。ですから強く言えませんでしたが、お嬢様の平民に対する行動は良くありません。」
「どうして?」
「お嬢様は“貴族”なのです。平民に良い顔ばかりしていれば将来、良い領地経営は出来ません。」
「どうして?」
「甘えられるからです。甘えられて言うことを聞いて、そうして崩れた貴族は多くいるのです。これは学園に通い貴族学で必ず学ぶことですが、」
「きぞくってそんなにえらいものですか?」
「ッ、」
言葉を失い私を驚愕の表情で見下ろすケルトル少年に微笑みを消して真っ直ぐ見つめる
「わたくしのいう“きぞく”とは、たみにしたわれるものをしめします。まもり、たより、たよられ、しんらいしあい、ともにてをとりよりよいまちをきずく。それこそが“きぞく”ではなくて?
あなたのいう“きぞく”はどんなものですか?
わたくしにはまもるべきたみたちをさげすみけがらわしいものをあいてしているようにかんじます。」
「ぼ、僕はそんなこと…、」
「かれらはわたくしたちとおなじ“にんげん”です。
さげすむのはおやめなさい。」
そう言って睨むとケルトル少年は体を強張らせながらも、私を不思議なものでも見たかのような顔をされた。
ここでそうやって見るのは大物ですわ。
ケルトル少年から目を逸らし街を眺め、時計に目をやり時刻を確認する
「そろそろですね…」
「えっ?お嬢様、今何か――――」
――――ドッガーンッ
言いかけたケルトル少年の声は街に響いた爆音にかき消された。
街中に響く爆音と悲鳴や怒声にケルトル少年が勢い良く私から離れた瞬間、私は走り出した。
隠れた護衛達も騒ぎに目を向けていて、気づいたときには私は人の波に隠れて見えません。
逃走、完璧ですわ。




